第326話 王国の最強
「埒が明かんな。バークマット、こちらに付けとは言わん。退くことはできんのか?」
「……すみませんね、総長。事情があって、それはもう難しいですよ」
「この場を静観すれば、騒乱後に陞爵を推挙しても──」
「そういう状況じゃないってことです」
「……そうか」
ジリジリとした相対に業を煮やしたのか、近衛騎士総長がヴァフターを言葉で揺する。
一度は宰相に協力し、王女様というか俺たち勇者に脅されて、こんどは総長に勧誘された形だ。大人気じゃないか、ヴァフターは。
けれどまあ、さすがにここで再び裏切ったとしても、ヴァフターたちに先はない。地上の状況が不明瞭ではあるが、ここに近衛の最強戦力がいるのに対し、地上にはキャルシヤさんやミルーマさんたちが出張っているのだ。
宰相と軍務卿が捕らえられている段階で『宰相派』はすでにまともな動きが取れないはず。メインの対立軸は『王子派』の総長と『王女派』のそれ以外という構図になってしまった。この時点で明確な『王子派』、言い換えれば『総長派』は第一近衛騎士団の『紫心』だけになる。第二の『白水』は宰相派で第六の『灰羽』は日和見だな。
そして『紫心』団長の、たしかパルハートとかいう人は実力的に大したことはない。つまり、ここからは総長が全てを叩き伏せられるかどうかがキーになるのだ。ムリだろ、いくらなんでも。
という感じで、ヴァフターは俺たちを裏切れない理屈がてんこ盛りなのだ。ついでに俺たちはヴァフターの性格を知ってしまった。
「矢面なのは辛いところですけど、俺も生き残れる確率が高い方を選びますよ」
結局はそういうタイプなのだ。
先日の勇者拉致にしても、ヴァフターからしてみれば完全に想定外の行動を勇者が取ったことで頓挫してしまっただけで、常識の範疇なら成功していたと考えているのだろう。
「新しいしがらみもできたもので」
トドメにヴァフターは昨日の段階で王女様の戴冠を認める書類にサインをしてしまっている。かなり無理やりだったらしいが、それも仕方ないだろう。王女様に協力するということは、そういう意味を持つのだから。
たとえヴァフターがここで総長の誘いに乗ったところで、後日それが発覚すればどんな扱いをされるかわかったものではない。
「貴様はそういう人間だったな」
「団長職を持っていても、しがない男爵家なもので」
侮蔑の表情になった総長を見たヴァフターは自嘲するように言葉を濁した。
「儂は金で得た爵位を嫌うが、バークマットのように実績と歴史を持つ家は重用されるべきだと考える」
「お言葉だけはありがたく」
ここに至ってもやっぱり総長は変わらない。
血統を重んじ、それを驕る。
総長からしてみれば、今の王様から第一王子に王位が受け継がれるのが必然であり、そこに第三王女の割り込む余地などはハナから存在していないのだ。同時に自分自身は、傍から見れば傍若無人に振る舞うだけの立場を持っていると信じ込んでいる。
五十くらいの人だから、俺たちからしてみればおじいちゃんというよりは、年のいったおじさんというイメージだが、ガンコでワガママとかいうめんどくさい要素が満点じゃないか。
「マズいな。敵が落ち着きはじめてる」
「うん。隊列になってきてるねぇ。ベリィラント隊がとくに」
俺の言葉を近くで戦況を見守るベスティさんが肯定してくれた。
敵は総長とヴァフターの問答のあいだにも、少しずつだが落ち着きを取り戻し、隊列らしき状態を作りつつある。
パラスタ隊は
総長のくっちゃべりがこういう時間を作り出しているのだとしたら、大したタマだ。狙ってやっているのか天然なのかは知らないが、やっぱり武張った方面ではしっかりとしていやがる。
「貴様ら、そろそろ鬱陶しいぞ」
ヴァフターの勧誘を諦めた総長が、騎士の頭越しに後衛組を睨みつけた。
こうしているあいだにも術師をはじめとする遠距離組の攻撃は続いているのだが、有効打は出せていない。たまにピッチャー
だからといって鬱陶しいなんていう単語は負けフラグだぞ、総長。
ここまでの戦いでわかったことがある。
総長は戦いの呼吸こそ俺たちを上回るなにかを持っているのかもしれないが、勇者を知らない。報告書レベルで俺たちの技能や戦い方を朧げにでも知っている人は多いが、それでも総長なんていう立場の人間にしては、ザルすぎじゃないだろうか。真面目に資料を読んでいたとは思えないのだ。
結局のところ総長にとって俺たちは、異邦人で平民で、勇者だという認識でしかない。
個々の戦士としての能力も、集団としての戦力も、理解などしようともしていなかったのだろう。総長というのはそういう人だ。
「こうしているあいだに勉強されるのも癪だよな」
「アレでいて、こと戦闘に関しては学習能力が高いんだろうね。そういう『たいぷ』なんだろう?」
こんどのツッコミはシシルノさんからだった。とても共感できる表現だな。
ごく一部の例外を除いた俺たちは戦闘素人の集団でしかない。多様な神授職と連携、あとはチートも使っての奇策が『緑山』の強さだ。
一年一組の強みがそういうものだというのを見抜かれてしまうのが怖い。ここまで比較的地味な膠着状態を続けられているのも、総長が俺たちの能力を図っているというのもあるのだろう。俺たちひとりひとりに向けられている鋭い視線がまさにソレを証明している気がする。
魔力を削られていることに気づきながらも、大きな動きを見せずに混乱状態からの復帰を狙いつつ、俺たちを観察しているあたりが厭らしい。そういう戦闘勘に優れているあたり、やはり厄介な敵だ。
「そろそろつぎの手なのかな?」
「シシルノさん、ネタバレは無しですよ」
「おっとすまなかったね」
気軽な口調のシシルノさんは、そうやって俺の緊張をほぐそうとしてくれているのかもしれない。
戦闘能力はほぼ皆無だけど、こういうところでも役立とうとしてくれるあたり、シシルノさんだって立派な『緑山』のメンバーだ。俺も負けてはいられない。
◇◇◇
東西南北で表現すれば、この広間は南北が長く、四方に扉がある構造になっている。総長たちが南から侵入し、魔獣と交戦。そこに俺たちが北側の扉から突撃を仕掛けた格好だ。
戦況が進むにつれて、総長とベリィラント隊は北側に寄り、宰相たちとパラスタ隊は南側の壁際に張り付くようになっている。
それほどの距離でもないが分断するような形になっているのは、中央部で牽制を仕掛けている【豪拳士】の先生と【豪剣士】の中宮さん、それと【嵐剣士】の
同じアタッカー組では【剛擲士】の
残る【忍術士】の
『あと二、三分は粘りたかったけど、仕方ない。
「うん」
念のために日本語で【騒術師】の白石さんに指示を出せばすかさず返事がきて、直後に広間にある西の扉のあたりに床を叩くような音が響いた。
扉とは表現するが、迷宮にはトラップ以外で稼働する扉などはない。言い換えればドアがはまっていない門のようなものだ。
そんな迷宮事情はさておき、音使いの白石さんはいくつかの音を練習している。ひとつはパンという破裂音。俺たち日本人からすると拳銃の音に近い、ビックリさせるための音だ。
さらには彼女がお得意にしている『エアメイス』こと風切り音。あえて物体が通過するような重たい響きを再現していて、最近の彼女はコレをメインに対人戦で活躍している。
そして今回は第三の音。
ほかにもいくつか練習はしているのだが、こういう集団戦で役立つだろうと考案されたのが『エア足音』だ。『エアフットステップ』でも良かったのだけど、フレーズが長いということで却下された経緯を持つ。
【魔術強化】と【遠隔化】を持つ白石さんだからこそ可能な、遠距離かつ床スレスレに発動点を置いた重低音はそこに人がいるかのように錯覚させる。
「来てくれましたか。シャルフォさん!」
フィルド語に戻した俺は音がした『西側』を向いて、白々しく叫んでみせた。
ちゃんと演技はできているだろうか。あとで辛い採点をされそうで怖いなあ。ああ、ロリっ娘
ともあれだ。
「左、警戒だっ!」
総長の怒号と共に、西側の扉に敵全員の視線が集中した。もちろん眼前の敵から注意を逸らすような間抜けは宰相と軍務卿くらいなもので、それ以外の連中はシッカリと両方をこなしている。
つまり、どうしたってそれ以外への注意が散漫にもなるというものだ。
「しっ!」
「ぐあっ!?」
限りなく足音を忍ばせて『東側』の扉から突入してきた八人の先頭を走るのは、十一階位なったばかりの【強剣士】、シャルフォ・ヘピーニムさんだった。
突撃時点で抜いていた剣が、意識を完全に逸らしてしまっていたベリィラント隊のひとりに突き刺さる。とはいっても致命傷ではない。剣を持つ右肘の裏側、フルプレートの関節部を狙う一突きだ。相手の戦闘能力を奪うという意味では十分効果的だろう。
「気を使って……、くれてるのかな」
心配そうに戦況を眺める白石さんがこちらをチラ見して、怯えた声で俺に見解を求めてきた。
「たぶん……」
相手を殺したくないという俺たちのワガママを、シャルフォさんたちは知っている。そんな異世界人の情緒にあの人たち巻き込んでしまっているのだ。
完全なタイミングで奇襲を仕掛けたヘピーニム隊だが、ベリィラント隊の二人を無力化したあたりで勢いは止まった。
階位が上の騎士がフルプレートを装備しているのだ、簡単には攻撃は通らない。基本は関節部への攻撃となるが、相手だってそれは承知の上で動くに決まっている。
いちおうこちらの術師たちが援護の攻撃を入れたからこそ、そこまでやれたというのが実情だろう。
「引いてください、シャルフォさん」
「……はい」
ヘピーニム隊の側にも被害は出ている。戦闘続行不能な人こそいないものの、盾を落とされたり、革鎧の一部が脱落している人もいるようだ。
悔しそうな表情をするシャルフォさんだけど、奇襲の効果が薄れれば階位差で押されてしまう。引き時なのは間違いないと理解しているヘピーニム隊の一同は無言のままで距離を取ってくれた。
けれど大丈夫、八人もの戦力が広間の一角を陣取るだけでも十分な意味があるのだから。
この段階で敵方の戦力喪失は四名。全員が十三階位だ。あちらさんの【聖術師】は戦闘中の【聖術】行使などもってのほかなので、戦いが一段落しない限り、復帰は考えなくていい。
そして元々戦力外な宰相たちを抜かせば、敵は二十六人となった。
「とはいえこっちも、後衛が多いからなあ」
グチともつかない呟きがこぼれてしまう。俺もそんな後衛のひとりなのがなあ。
俺たちサイドは四十一人で敵に挑んでいるが前衛職なのはそのうち二十七名で、向こうとほぼ同数な上に、階位は圧倒されている。もちろんそんな不利を補うために後衛戦力はあるのだが、これは駒のつぶし合いじゃない。生きた人間たちの戦いだ。
「さて、そちらも全員が揃ったようだ。こちらからも行かせてもらうとしよう」
「へっ、様子見してくれてたってことかよ」
奇襲を防ぎ切ったと判断した総長が不敵に笑い、攻勢を宣言してくる。
罵るように言い返すヤンキー【重騎士】の
なるほどシャルフォさんたちがいないのと、俺たちの手札を探っていた段階が終了したというわけか。
味方に被害を出しながら、それでも冷徹に状況を見ていたらしいが、そういうところが癇に障るおっさんだ。
「パラスタ共は守備を固めて、うしろでチョロチョロしているのを抑えておけ。ウチは儂が中央で、左右に六人ずつ展開だ」
総長がベラベラと自分たちの作戦を聞かせてくれるが、俺たちの全てを正面から砕くつもりなのだろう。いかにも武闘派な考え方だ。
背後に設置しておいたトラップこそ残してはあるが、それが機能するまではたぶん十分以上の時間が必要になる。それまで口を使って粘るのはもうムリだろうし、獰猛に笑う総長はすでに臨戦態勢バリバリだ。
「いくぞ」
短く総長が吠えた。
◇◇◇
「ぐおぉ!」
「らぁあ!」
広間に怒号が響き渡り、そこに重たい金属音が被さる。
石や水、サメが空中を交錯し、ごく稀に薄い血しぶきが床を赤く濡らしている。
最前線近くでは【聖騎士】の
頼りになるアタッカーの先生、中宮さん、春さん、そして【忍術士】の
いや、むしろあの四人だけで十三階位の兵士を九人も拘束しているのが、こちらとしては助かっているくらいだ。士気に欠けるパラスタ隊が、総長の勘気を食らわない程度に手探りの攻撃で留めているからこそ保っていられるギリギリの状況だな。
「うっひゃああぁぁ!」
叫ぶながら走るメガネ忍者の草間は伏せておきたい札だったのだけど、ここで引っ張りすぎるのもムリだとアイツ自身が判断したのだろう、【気配遮断】を使ったまま相手の【聖術師】を一人殴り倒して、そのまま戦線に居残っている。
大きな動きをした段階で【気配遮断】は途切れてしまうので、今はひたすら相手の攻撃を捌くので手一杯の様子だ。必死に逃げ回ってくれているが、そちらに回せる【聖術】使いはいない。怪我だけはしないでくれ。
ちなみに殴られた【聖術師】は俺たちとの因縁がある、あのパードだったりする。パード・なんとか・エラスダ男爵。初回の迷宮で【聖術】を出し渋り、ハウーズ遭難事件で尊大な態度を取ったロクでもない大人だ。
二層探索の名簿に載っていながら行方知れずだったアイツがどうして総長一行に加わっていたのかはわからないが、悲惨な戦場の中で数少ないざまぁ要素になってくれたようだ。
こんな展開になってまだ二分か三分。
短い時間ではあるものの、大怪我をして戦線から脱落する味方がひとりも出ていないのが不思議なくらいだ。
伏せられていた草間というカードはすでに切られ、【鮫術師】
「ボクが【身体補強】使えば」
「ダメだ奉谷さん。前に出たら左右から狙われる」
「そっか……、だよね」
たまりかねたように奉谷さんが前線に出て【身体補強】を使いたがっているが、それはムリだよ。
前衛系の誰かに抱えてもらって前に出るというアイデアもあったのだが、この状況では使えない。最後衛にいる俺たちが分散するのは、相手の思うつぼだから。
「ぬっおらぁぁ!」
「ふはっ、やるではないかバークマット。伊達に騎士団長を名乗ってはいない」
「畜生、余裕ぶりやがって」
さっきからずっと総長に立ち向かってくれているのはヴァフターだ。
後衛からの支援攻撃と、【聖騎士】の委員長や【岩騎士】の
ヴァフターは手など抜いていない。むしろ『黄石』本部で対決した時より動きがいいくらいだ。それをいなしてしまう総長とは、あそこまでの化け物だったのか。
四階位の頃に対峙した時には理解できない存在だったが、こちらの階位が上がったことで、逆に強さが見えてしまうのが始末に悪い。
アウローニヤ最強の存在とそれに従う騎士たちは後衛の攻撃を受け流しながらも、真正面から盾の列を貫こうと行動し、それを成功させてしまいそうな怒涛の勢いを見せつけてくる。強すぎるぞ、アイツら。
不味い。このままじゃ勝ちきれないどころか──。
「ガラリエさんっ、前に──」
「だがここまでだな、バークマット。惜しいとは思うぞ」
「ぐおっ!?」
俺がガラリエさんを王女様の護衛から解いて前線に回ってもらおうとした瞬間、事態は最悪の方向に動いてしまった。
下段から振り上げられた総長の剣がヴァフターの大盾を弾き上げたのだ。ヴァフターの体が泳ぎ、完全な隙になっている。これではまるで、先生と戦った時みたいじゃないか。
だけど先生と総長では違う。ここから総長が繰り出すのは、殺すための攻撃だ。
総長が上段に大きく剣を構え、振り下ろさんとしているのが見える。全部が見えてしまう【観察】が恨めしい。
目を逸らすことは簡単だ。だけど俺はそれをできない。体が凍り付いたように、視線を外すことができないんだ。
「ヴァフター!」
剣が落ちてくる瞬間、ヴァフターの体が誰かに突き飛ばされて横にズレた。
ソイツはヴァフターを押した反動を使って自身も回避を試みるが、アレは間に合わない。ああ、ああ、ああ、手遅れ、だ。
「ぐあぁっ!」
装備していた大盾ごと千切れた腕が空に舞うのが、スローモーションになって視界に映り込む。
俺のクラスメイト、馬那の左腕が……。
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