第47話 削れる心で:【聖騎士】藍城真




「ほれ捕まえたぞ。気を楽にしてやってくれ」


 あまりに軽いセリフだと思った。

 同時にこの世界の騎士を名乗る人たちならば、迷宮一層のお守などこの程度の感覚なのかもしれないとも。


「ほら、つぎはヒキ様とササミ様だったか」


 取ってつけたような『様』呼びをするのは僕たち三班に同行している、『黄石』カリハ隊の分隊長だ。名前はヴェッツ・ミレドハ騎士爵というらしい。

 平民の出で軍上がりだから気軽にヴェッツと呼んでくれてかまわないと言っていたけど、こちらを『なんとか見下したい』ようにしか見えない。


 完全に見下しているわけじゃない。どこかそうしたいという願望が見え隠れしているんだ。

 同じ軍上がりのヒルロッドさんなんかはこういう雰囲気を出さないけれど、訓練をしている最中でも僕たちを嘲るようだったり羨むような目はよく見かけるから仕方ないとも思う。


『離宮に囲われている君たちが妬ましい者がいるのは事実だよ』


 以前たまりかねてヒルロッドさんに文句をつけた時の返答だ。

 貴族からも平民上がりからも疎まれる存在か。事故とはいえ拉致をして、訓練を強要しておいてこれだ。



「やってやるよ!」


「うあぁぁぁ」


 笹見ささみさんとひきさんが叫び声を上げて、茶色のネズミに突っ込んでいく。



 迷宮一層を歩き始めてかれこれ四時間。こちらの表現だと二刻か、僕たちの階位は全員二に上がっていた。


 階位が上がった瞬間はたしかにすごかった。

 自分の中にある光の球がグっと膨れ上がり、とくに騎士系の僕なんかは『外魔力』の青い球が大きくなるのと同時に力が漲るのを実感できたものだ。

 野来のきとしては身体が光に包まれるとかのエフェクトが欲しかったらしいけど、別にそれはいいんじゃないかな。


 だけどゲームでいうようなレベルアップは、喜びだけで済まされない。敵対しているとはいえ生き物を殺して得た力なのだから。



 ここまでで一人頭八体以上の魔獣を倒している。四時間でこれなら、たしかに初日で三階位も夢ではない。けれど僕たちは憔悴しきっていた。


「顔色悪いわよ、大丈夫?」


「そっちこそ」


「わたしは……、まだなんとか。だけどあおいちゃんと朝顔あさがおちゃんがツラそう」


 幼馴染で副委員長のりんちゃん、いや中宮なかみやさんが、心配そうに白石しらいしさんとひきさんの名前を挙げた。

 実際のところはとりわけ酷いのがあの二人というだけで、俺たち七人全員が疲れている。肉体以外の部分、精神的疲労がとにかくキツいんだ。

 白石さんは階位が二に上がったところで【平静】を取った。これは予定通りの行動で、笹見さんも【体力向上】を取っている。

 それでも熟練度がまだまだ低いせいで効果は薄いだろう。本人の性格も考えれば、どこまで持つか。



「二階位になって体は軽くなったのが救いだね。どう、感覚は違う?」


「別モノね。この世界の武術が発達しないワケがわかるくらい」


 軽く肩をすくめた中宮さんだけど、武術話になるとちょっとだけ早口になる。

 なるほど八津やづたちの言っていたオタ傾向というやつだ。


「【身体強化】を取った時は熟練度が低かったからまだマシだったけど、階位は一気に変わるからね。もう身体を合せるのが大変なの。わたし【身体操作】を取るしかないかな」


 最初こそゲームみたいなシステムに反発していたのに、今じゃむしろそれを利用してどう強くなろうかと模索しているようだ。実にたくましいし、彼女を導いてくれた滝沢たきざわ先生はさすがだと思う。


「──技っていうのはね、力が強くなったらなったで修正が必要になるの。どうにかしてこの国にバレないように練習時間を、って藍城あいしろ、聞いてる?」


「ああ、もちろんだよ」


 ごめん。聞き流していたよ。



「流してたでしょ。まったくまことは。わたしにはわかるんだからね」


「ごめんごめん。ほらあれ、疋さんたちがやったみたいだ」


 魔獣を倒した疋さんと笹見さんがフラフラしながら部屋の端に行って、水路の前で四つん這いに……。って、これ以上は見ない方がいいな。

 最大であと二時間。どこまでがんばれるか。


 それと凛ちゃん、上か下かどっちの名前で呼ぶか統一してくれよ。



 ◇◇◇



「で、アイシロ殿は【聖術】を鍛えていますかな?」


「いえ、僕はまだ取得していないので」


「ご冗談を。候補にしながら【聖術】を取らないなどとは考えにくいですな。奥ゆかしさは勇者殿のお国柄ですかな」


 三階位になれないまま、だからこそ中断を言いにくい空気なのに、事あるごとに話しかけてきているのは近衛騎士団付き【聖術師】のパードさんだ。なんでも四十を前に法衣男爵位を持っていて、これはなかなか名誉なことらしい。全部を自分から話すあたり、かなりの自慢なんだろう。


 この人もそうだけど、アウローニヤの【聖術】に対する特別視がやっかいだ。

 たしかに医者は多ければ多い方がいいに決まっている。僕だって地上に戻れば今日にでも【聖術】は取る予定だが、それはクラスのためであって、しばらくは黙っているつもりだ。


 つもりなのだけど、こうも執拗に確認され続ければ、アヴェステラさんたちにはどこかで話すしかないだろう。

 その時どうなるのか。『勇者との約定』を盾にするしかないか。



「僕は【聖騎士】なのに体力不足なんですよ。騎士としての力も考えないと」


「騎士などいくらでもいるではないですか。それにくらべ【聖術】使いは希少な──」


 黙って聞き流してはいるけれど、僕からしてみれば立派な職業差別だ。周りが騎士ばかりなのによくもまあ。

 そうかなるほど、パードさんは男爵で騎士たちは全員騎士爵ばかりなのか。指揮権こそ分隊長にあるのに、この人には口を出せない。酷い組織図もあったものだ。



あおいちゃん!?」


「白石さんっ!」


 大声がした方を見れば、白石さんが戦いの最中でもないのに膝をついてうずくまっていた。

 駆け寄って確認するが、顔が真っ青な上に汗も酷い。【体力向上】は精神に意味がない。


 同じ農家で親同士が仲がいい野来なんかは、自分のことのように顔色を変えて心配している。きみだって気弱で体力もないくせに。


「ごめ、んなさい」


「謝ることはないよ」


 野来が心配そうに、それでも優しげに声をかけている。

 僕は班長失格だ。彼女の限界が近いことを知っていたのに、パードさんの鬱陶しさに気を取られすぎていた。


 もう限界だな。早くはあるけれど切り上げ時だ。

 これ以上は僕の我慢が効かない。クラスメイトを守ってあげられなくて、なにが委員長だ。



「ヴェッツさんっ!」


「ん? なにかな?」


「切り上げましょう」


 僕たちの慌てっぷりにあきれ顔を見せていたヴィッツさんに思わず苛立ち、声がキツくなるのが自分でもよくわかる。


「しかし予定がなあ」


「……ヴェッツ・ミレドハさん。僕は藍城真あいしろまことです」


「……」


「正式に要請します。探索を中止して、僕たち三班を安全地帯に戻してください」


 ここは引けない。臆病で貧弱だけど、みんなはそんな僕を信用して委員長や班長にしてくれている。応えなければ意味がない。

 だから凛ちゃん、すぐうしろで殺気を出すのをやめてくれ。僕まで堪えるから。



「……いいのかな、勇者様たちの要望で中断したっていうことで」


「もちろんです。あなた方の分隊は全力を尽くしてくれたと証言しましょう」


 そっちが引いてくれるなら、おべっかのひとつやふたつ、いくらでも使ってやる。言外にそう言ってるんだ。伝わっていないわけはないよな。


「……わかった。おい、引き上げだ。勇者様たちが音を上げたぞ」


 分隊長の言い方に棘がありすぎる。煽っているのか?

 気の強い凛ちゃんや酒季さかき姉ことはるさんが気色ばむが、ここは堪えてくれ。



 ◇◇◇



「すぐに戻れるから、もうちょっとだけ我慢してね、白石さん」


「ごめんね。ありがとうね」


 比較的体力に余裕がある凛ちゃんと春さんが、代わりばんこで白石さんに肩を貸している。春さんがいつも以上に優しげな声をかけているのが痛々しい。

 見かねて近づいてから、身内だけにわかる素振りで騎士たちからの視線を切ってもらった。


「白石さん、二階位になった分の魔力で【高揚】も取らないか?」


 小声でダメ元の提案だけはしてみる。

 熟練度が低い【平静】だけだと今は足りない。付け焼刃でも【高揚】を併せれば。


「……ううん。技能はみんなで話し合ってからでしょ。迷惑かけてごめんね。もう少し経てば大丈夫だと思うから」


「いざっていう時は各自の判断だって決めてあるよ?」


 白石さんの言うように、技能の取得はみんなで話し合ってからが基本だ。

 迷宮の中で困ったからとその場の思い付きで取ったところで、熟練度の関係から気休めにしかならないというのも大きい。けれどだからといって。



「でも地上に戻ったら真っ先に取りたいかな」


「うん、それがいい。今回の迷宮でみんなもいろいろ考えも変わったはずだし、またみんなで話し合おう」


 力強さは全然ないけれど、ちょっとだけ笑ってくれた白石さんに安堵する。

 精神的な疲れは難しいな。ちゃんと夕飯を食べられればいいのだけど。


 僕だって背中の盾が重いし、心は擦り切れかけだ。野来や疋さん、笹見さんも疲れを隠せないでいる。顔こそ水で拭ったけど、革鎧は赤紫色の返り血で染まっていて気持ちが悪い。


「委員長、白石さんに気を使ってくれてありがとね」


「野来こそ疲れているだろ」


「まあねえ。次回までに鍛え直しかな……。早く守れるようになりたいよ」


 守る、か。白石さんを守りたいんだろうな。

 僕が【聖騎士】なら野来は【風騎士】だ。騎士系は守るための技能を取りやすいし、僕も【聖術】以外は身体強化系からかな。

 八津たちの言い方なら僕がタンクで凛ちゃんがアタッカーって役割になるらしい。僕が守って彼女が斬る。ああ、意外と悪くないかもしれないな。


「一回目でいろいろ勉強になったよ」


「勉強って、委員長。言いたいことはわかるけどさあ」


「野来は勉強嫌い? それほどでもなかったような」


「異世界まで来て、ってこと」


 それもそうか。だけど異世界に来てからの方が必死に学んでいる気がするけれど、それは言わないのが華かな。



 最初の広間に戻るのは僕たち三班が一番先になるはずだ。ほかの班がくるまで休み時間にさせてもらおう。



 ◇◇◇



「こりゃあマズったかな」


 ほんの少しだけ気まずそうな顔でヴェッツさんがこちらを振り返った。


「どういうことです?」


「いやなに、少しでも早く戻ろうと思って順路を変えたんだ。それでこのとおり、アタリを引いちまった」


 苦笑する彼の肩越しからいくつもの茶色い影が見える。

 しかも二十以上。あれってまさか。



「憶えておくといい。迷宮は複雑でな。『始まりの修練場』とかいわれる区画から一部屋ズレただけでもこういうことが起こるんだ。いや、どこでもかな」


 なんて無責任なことを!


「さて勇者様方、正念場だ。できる限りは俺たちで抑え込むけど、いくらかは流れるぞ。覚悟を決めて痛い目をみてくれ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る