第214話 クラス解体の危機
「はい?」
呆気にとられてそういう返事しか出てこないアヴェステラさんが可哀想で仕方がない。
「だから、
「ぶはっ!」
さらに言いつのろうとする
「あははっ。はははは!」
「可笑しいですか? シシルノさん」
ジトっとした視線をシシルノさんに送り、綿原さんはサメを再起動させる。もはや自由自在だな。
「ぷふっ」
次の瞬間、また別の場所から吹き出す音が聞こえた。ベスティさんか。
壁際に並ぶメイド三人衆はアーケラさんがいつもどおりの穏やかな微笑み、ベスティさんは腹筋崩壊寸前、ガラリエさんは口元をキュッと結んでなにかをこらえている。残るヒルロッドさんはといえば表情が消えていて、少々顔色が悪くなったといったところか。
メイドさんたちは楽しんでいる風だけど、ヒルロッドさんについてはなんともいえないな。
「説明してください」
臨戦態勢を取っていた綿原さんが、なにかを諦めたかのように穏やかな声に切り替えた。
泳いでいたサメも今は彼女の肩に乗っかって、そのあたりでも綿原さんの落ち着きっぷりが感じられる。本当に感覚表現器になってないか、そのサメ。
シシルノさんが笑ったあたりで、まあ綿原さんも気付いたのだろう。
キャルシヤさんになにかしらネガティブな思惑があったなら、こうはならないはずだ。
綿原さんも暴走気味だったことを自分でわかっているのだろう。ちょっとだけ耳元が赤くなっている。
元々綿原さんはアジテーター傾向はあっても理性的に物事を考えるタイプだ。俺が絡んでいたから暴発してくれたのかもしれないと思えば、その点については嬉しくなるが、感情任せに無理筋をゴリ押しするような人ではない。
ましてやこの場にいないキャルシヤさんを、いわば欠席裁判にかけるようなマネなどするはずも。
「アヴィ。ワタハラくんに代わって言おう。彼女はね、ヤヅくんをキャルに盗られるのはイヤだと言っているのさ」
事態を掴みかねていたアヴェステラさんに、シシルノさんがそのものズバリなコトをぶっちゃけた。
途端、完全に赤面してしまう綿原さんだが、この状況だとむしろこれくらいハッキリ言い切った方が話が早いかもと、俺は心を第三者的視点に置いて思うのだ。
サバっとしたシシルノさんなら、大した問題でもない風にコトを終わらせてくれそうな気がする。
それにしても、これだけのやり取りでよく気付いたな、シシルノさんとメイドさんたち。やっぱり迷宮に同行していたのが大きいだろうし、彼女たちなりにクラスメイトたちやキャルシヤさんを観察していたということか。
「だからアヴィ、教えてあげるといい。ヤヅくんだけではないよ。誰かひとりでも引き抜かれるかもしれないという彼らの持つ不安は、杞憂なのか、それとも現実なのかな?」
そのセリフを言い切る時だけ、シシルノさんの声には本気が混じっていた気がする。
シシルノさんなりに俺たちに対して真摯で、しかも味方として向き合ってくれているような、そんな色を持たせるように。
「……そういうことでしたか」
どこか納得した風にアヴェステラさんがため息を吐く。
「イトル卿……、キャルシヤにも困ったものです。勇者に中てられたのでしょうね。彼女を
胸に手をあて、アヴェステラさんは俺たちに軽く頭を下げた。
宛がったというのは、一年一組を第四近衛騎士団に任せたということだろうけれど、非があるというのはちょっとわからない。
「そうですね、改めて、みなさんの現状を説明した方がいいかもしれません。これも機会でしょう」
そのまま両手を胸の前で交差させたポーズを取ったアヴェステラさんは、告解するように語り始めた。
「最初に王陛下が『勇者との約定』を持ち出さなければ、さらには両殿下による迷宮騎士団構想がなければ、どうなっていたか。それを説明すれば、わかっていただけるかもしれません」
この場合は両殿下ではなく第三王女なのは、俺たちにとってすでに周知の事実だ。
【聖術師】のパードを餌に時間を稼ぎ、俺たちに騎士団を結成させるように仕向けた張本人。
現状、形としてはたしかに俺たちは誰一人欠けることなく、クラスとしてこの場にいる。
「勇者のみなさんが出現した夜、王国首脳部による会議が行われました」
初日……、王子様と王女様、近衛騎士総長も一緒に夕食をした日か。離宮までの案内をしてくれたのがアヴェステラさんだった。まだあの時は名前も知らなかったな。
「端的に申し上げれば、みなさんの奪い合いです」
「それは……」
アヴェステラさんのあんまりな言葉に
取り合いか。委員長の言い出しそうになった言葉には、それを俺たちに教えてもいいのか、王国側の人もいるこの場で言ってもいいのかという含みもあったのかもしれない。
「会議に臨席されていた両殿下が『勇者との約定』を以って王室案件であることを主張し、さらには猶予を見てはどうかと提案されたのです」
「猶予、ですか」
「はい。当時一階位であったみなさんです。とりあえずは階位を上げるのを待ってからにしてはどうかと」
アヴェステラさんの説明に合いの手を入れるのは、とりあえず委員長で固定された。毎度そういう役割を背負わせてしまっているが、ウチのクラスで一番の適任者であるのは間違いない。がんばってくれ。
それにしても階位を上げるのを待ってからというあたりに腹が立つ。
なまじ神授職だの階位だのがあるせいか、この国における人材の基準はそれを重視しすぎなきらいがある。騎士の家に騎士職を持たない人間が生まれれば、その時点で当主レースから除外されてしまうような、そういう文化が。【瞳術師】だからと婚約破棄されたシシルノさんなんかが典型だな。
日本人の俺からしてみれば才能というものに対する見方が違い過ぎてアホらしくなるが、アウローニヤでは血筋と神授職、それと金に政治力あたりが出世の鍵だ。
当人は気にもしていないようだが、シシルノさんがどれだけすごい存在なのかを、この国は理解できていない。何度も引き合いに出してすまない、シシルノさん。
「そこで出た結論は、要するに様子見でした。三か月を待ち、みなさんが階位を上げてから再度話し合おう、と」
淡々と語るアヴェステラさんだが、そこからは言い難そうな気配が漂ってくる。
この国の偉いさんたちは、俺たちを品定めしようとしていたというワケか。
「通常であれば三か月の促成で、四階位は見込めます。かなり厳しくしても六階位くらいまででしょうか。ミームス卿?」
「そうだね。それくらいが妥当だよ」
水を向けられたヒルロッドさんの声には呆れと誇りが混じっている。両方ともが俺たちへの賛辞なのは言うまでもないだろう。
俺たちがおかしいのではない。がんばったからそうなっただけだ。ついでに言えば、迷宮に入るたびにトラブルが起きるものだからこうなった部分もある。
「すでに想定から外れてはいますが、そうなっていた場合は、そうですね……」
少しだけアヴェステラさんが考え込むように溜めた。
「まず、アイシロさん、ノキさん、マナさん、ハキオカさん、フルニラさんは『紫心』と『白水』にわけて所属となっていたでしょう」
第一近衛騎士団『紫心』、第二近衛騎士団『白水』。騎士職を近衛騎士団に振り分けるということか。当然近衛騎士総長の思惑だろう。
「なんで『蒼雷』や『黄石』じゃないんですか?」
自分の名が入っていた【風騎士】の
『紫心』や『白水』は貴族騎士団だ。迷宮には入らない。
その点、第四の『蒼雷』や第五の『黄石』は迷宮で魔獣を狩ることもする騎士団だ。どうせ異邦人だと見下している勇者の力を活用するなら、そっちにした方がいいだろう。
「『勇者』だからです」
「看板、ですか」
素っ気なく返したアヴェステラさんの言葉を委員長が翻訳してくれた。
なるほど、看板ね。
「そうなります。とくに【聖騎士】たるアイシロさんなどは、間違いなく『紫心』になっていたでしょう。近衛騎士総長のお孫さんからどなたかを娶らせて、ベリィラント伯家を継がせる可能性すら」
「それは……。もうないんですよね?」
「ええ、余程のコトでもない限りは」
「はあ」
そういう未来は潰えたのだから、ため息を吐かなくてもいいじゃないか。
勇者オブ勇者だものな、委員長は。未来の近衛騎士総長じゃないか。
その手の小説とかでありそうな展開だ。その場合、お相手の筆頭はあの第三王女様なんだろうけど。
それと
「同じく勇者という肩書を大切にする教会などは、間違いなくウエスギさんを所望したでしょうね」
アウローニヤの教会はこの国らしく勇者信仰の一派らしいから、上杉さんを欲しがるのは当たり前か。
「それに対し王国聖務部はウエスギさんとタムラさんを欲します」
上杉さんより格下扱いをされている【聖盾師】の
そもそも王国に評価されたからといって、なんになるのかという話だ。
「ナカミヤさん、ハルカさん、ミアさん、カイトウさんは軍部でしょう。状況次第ではササミさん、ミヤマさん、ナツキさんも」
なるほど、アタッカーと攻撃的術師は軍というわけか。
ここでクラス最強たる【豪拳士】の
本当に個性を鑑みない、しかも硬直した組織だというのがアヴェステラさんの話を聞いていると、イヤでも理解できてしまう。自分の名が出てきて先生がいなかったことで、中宮さんなどは立ち上がりかけたくらいだ。
優秀な斥候アタッカー、【忍術士】の
もちろんアヴェステラさんはあえてこういう言い方をしているのもわかる。そこに込められている思惑も。
「タキザワ先生は外交部が名乗りを挙げるでしょう。ササミさんもあり得ますが」
「あたし?」
名前が二度も登場したアネゴな
「わたしは使いどころのない神授職ですが、年長者。笹見さんは【熱導師】だから、でしょうか」
先生が少し目を細めて解説する。
「そのとおりです。勇者の肩書もそうですが【導師】は非常に珍しいですからね」
正解ですという意味で言葉を続けるアヴェステラさんは、この国の『黒い常識』を俺たちに教えてくれているのだ。
俺たちとの付き合いがあるからこそある程度は日本人の常識を知るアヴェステラさんは、ワザとこうしてくれている。
一年一組に二人だけ存在している【導師】。すなわち【術師】の上とされる者。【聖導師】の上杉さんと【熱導師】の笹見さん。そしてもうひとり、【聖騎士】の委員長はアウローニヤ的には別格だということか。
外交部と言っていたが、そんな肩書が他国にも通用するということだ。この国の常識がほかの国でも通るのか? こんなのがこの世界の常識だとでも。
「ほかの方々は、手を挙げた部署に分散されて配属されたでしょう。能力とは無関係に」
「ヤヅくんとワタハラくんだけは確定だよ。『魔力研』。ウチさ」
悪い顔をするシシルノさんだが、意味するところは理解できる。
【鮫術師】の綿原さんと【観察者】の俺、つまり未知の神授職を持っているこの二人は、シシルノさんが所属する『王国軍総合魔力研究所』で実験動物にされていたわけだ。
クラスメイトたちがバラバラで、アウローニヤの都合だけで動かされてしまうような未来があり得た。しかも結構高い確率で。
背筋がゾワゾワしてくる。話を聞くクラスメイトたちの顔色もよろしくないが、それも当然だろう。俺たちは一緒だからここまでやってこれた。誰一人欠けていたら、とまでは言わないが、それでも誰かが離脱していたら精神が耐えられなかった可能性は高い。
この国は、それをやろうとしていた。
「どこの部署も勇者の肩書を欲し、牽制し合う。これが王国の現状です」
「いえ、僕たちの世界も似たようなものですよ」
アヴェステラさんの自嘲に委員長がさりげなく返す。日本も似たようなモノだと委員長は言うが、そういう職場で大人になりたくないなあ。
「そう言っていただけると……。そして王家もその一翼です」
「だから騎士団……」
「アイシロさんの言うとおりです。両殿下は勇者を求め、そのためにみなさんが一緒いられるという選択肢を提示しました」
わかっていたコトだが改めて聞かされると、ギブアンドテイクというか暗い取引というか、まんまと釣りあげられたというべきか。
ここまでした以上、黒幕の第三王女にはなにかしらの目的があるのだろう。
それがどういうもので、いつ明らかにされるのかはわからない。欲しがっているのが勇者の肩書だけだといいのだけれど。
俺たちにできるのは迷宮に潜り続けて少しでも強くなり、一刻も早く帰還のためのヒントを得ることだけだ。できればこの国の揉め事に巻き込まれる前に。
「君たちは自らの力で仲間を守り抜いたのだよ。王家の暗躍、おっと、後押しがあったとはいえ、誇るべき成果を掲げてみせた」
ワザとらしい言い方をしてアヴェステラさんから睨まれながら、シシルノさんは大仰なことを言う。
わざわざお忍びで騎士団の話を持ち込んだアヴェステラさんは、早急に七階位と言っていた。
王女様の暗躍で三か月という期限はさらに伸びていたかもしれないが、どちらにしてもタイムリミットは存在していたということだ。
そしてシシルノさんの言うように、俺たちは成し遂げた。
「まさかふた月を待たずに目標を達成してしまうとは、考えてもいませんでした。ましてや九階位を複数人。みなさんを侮っていたことをお詫びいたします」
両手を交差したまま深々と頭を下げたアヴェステラさんは、なぜか誇らしげな笑みを浮かべていた。【観察】が無ければ見落としてしまうようなタイミングだな。
頭を上げた時にはもう、いつも通りの顔に戻っているアヴェステラさんは器用なのか不器用なのか。
「わたしとしてはシライシくんを魔力研に引き込んで研究を共にするのも悪くなかったのだけどね」
やっと落ち着いた空気になったところでこういうコトを言い出すのがシシルノさんだ。
ほら、
「だがね、君たちと行動を共にすれば誰にでも理解できるだろう。君たちはひとつだ。そこに期待をかけるか危機感を抱くか、そういう違いはあるかもしれないがね」
そんな風に緩急を付けてから持ち上げるのも、シシルノさんなやり口なのはわかっている。ついでに警告文まで追加するのも。
そうか危機感か。もしかしてキャルシヤさんの目というのは、それを。
「当時のみなさんに全てを晒せば警戒と不信を招きかねませんでしたので、伏せておいた事柄ではあります。こうして明かす機会を得たことを、嬉しく思うべきか、残念とするべきか」
なんともいえない苦笑を浮かべるアヴェステラさんだが、これはアウローニヤの闇を晒すことができる態勢が整ったという意味でもある。そういう段階に来てしまったということだ。
「それでその、キャルシヤさんの件は」
両脇でサメをもてあそぶようにしながら主張する綿原さんは、そこにこだわる。根深いな。
「それについてはミームス卿、貴方が説明できるのではないでしょうか」
綿原さんの追及を受け止めたアヴェステラさんは、ヒルロッドさんに話を振った。同じく近衛騎士だからかな。
「俺か。……ヤヅにこだわっていた、という話だったね。それなら答えられそうだ」
「ヒルロッドさんにはわかるんですか?」
やっとまともな答えを得られるのかと、綿原さんの表情が明るくなる。
「ヤヅの指示を受けているとね、自分が強くなれたような気がしてしまうんだよ」
「わかります」
ヒルロッドさんのセリフも大概だが、綿原さんは即答してしまうくらいわかるのか。俺は元気印の
「それが楽しくもあり、怖くもなるのさ。ずっと一緒にやってきた君たちには、理解できない感覚かもしれないね」
「楽しい……、怖い……。それだからキャルシヤさんは」
「彼女の驚きは最初から君たちを知っていた俺どころじゃないだろう。イトル団長は強くなってからの君たちと接した上に、本来指揮を執る立場なのだから。思うところはあるだろうね」
俺が他人の精神を侵略しているような扱いを受けているのが気になる会話だが、キャルシヤさんが執着して怖がるという意味がちょっとだけ見えてきた。
「あの人、自分から八津くんの指示を受けるって言ったのに」
「ヤヅの指揮については報告書になっていたからね。自分自身で確認してみたかったんだろう。付け加えるなら、あの人は迷宮に入る騎士団長だ。俺としては同情すら感じるよ」
「そんなに八津くんってすごいんですか?」
「本人を目の前にしてはなんだが──」
そろそろこの流れはやめてほしいかな。褒め殺しは背中が痒くなるのだけど。
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