第215話 まずは姿かたちから




「キャルもいろいろあって『蒼雷』の団長だからね。君たちに興味があっても、意味なく害意を持つような人物でないことは保証するよ」


「わたくしからもです」


 シシルノさんに続けてアヴェステラさんまでがキャルシヤさんを庇う。


 三人は学校の同期で仲もいいらしいし、キャルシヤさんの人となりはわかっているはずだ。

 俺たちを『蒼雷』に託すという最終的な命令は近衛騎士総長か王女様あたりだろうけれど……、あの総長なら俺たちが嫌がりそうな騎士団をぶつけるか。ならば今回の件はこれまた王女様かな。一年一組の情報を添えて、とか。


「どうかな、綿原わたはらさん」


「……わかりました。ムキになってごめんなさい」


 藍城あいしろ委員長が最終確認をすれば、綿原さんは素直に頭を下げて謝った。

 それを黙って見届けるしかない俺の方が申し訳ないくらいだ。ここで俺が口出ししてもいいことがひとつもないのがな。それでも気にしてくれてありがとう、綿原さん。



 こうしてキャルシヤさん誘拐犯疑惑から始まった一連の会話は、なぜか俺たちの境遇が結構マシだったという実態を知るハメになるところまで発展してから決着した。あくまで相対的にだけど。

 良かった、悪い騎士団長はいなかったのだ。悪い総長は健在なのが残念。


「現場は実感しているが、地上の者どもは資料でしか見ることができていない。信じて疑っているか、信じずに楽観するか、どちらにしてもいい気味さ」


 シシルノさんは切って捨てるが、そこまで言って大丈夫なのかとも思ってしまう。


「繰り返しになるがね、君たちは明日、騎士になる。王家が動いていたとしても、その思惑さえ超えたのは間違いないとわたしは思うよ。君たち自身が掴み取ったものだ」


「あの、シシルノさんはどうしてそこまで」


 なんだかんだでシシルノさんと仲のいい、大人し系メガネ文学少女の白石しらいしさんがおずおずと訊ねた。

 その言葉にはどうしてそこまで貴族を嫌うのか、どうして一年一組に加担するのか、両方の意味が込められていたように思う。


 それにどうも、今日のシシルノさんはかなり踏み込んできているような。

 いつもなら後方腕組みタイプな人なのに、妙に俺たち側だと表明している気がする。


「シライシくんは少し勘違いをしているようだね。わたしは貴族を嫌っているわけではないよ」


「え、でも」


「わたしはね、わたしの研究を邪魔する境遇を嫌っているんだよ」


 やはりマッドだ。それでこそ俺たちのシシルノさん。

 キッパリと言い切ったシシルノの横では、額に手を当てて首を横に振るアヴェステラさんがいた。



「それともうひとつだね。わたしは君たちを好いているんだ」


 どうやらシシルノさんは白石さんの意図をしっかり汲んでいたらしい。ふたつ目の答えをちゃんと用意してくれていたようだ。

 それにしても好きときたか。


「好き、ですか」


 微妙に頬を赤くする白石さんだけど、そういう意味じゃないと思うぞ。そっち方面なら白石さんには野来のきがいるのだし。


「ああ、言葉では語りつくせないくらい君たちを好ましく思っているさ。だからアヴィ」


 好きを強調しながら繰り返したシシルノさんは、ふとアヴェステラさんに向き直っていた。


「これからもお互い協力し合って、勇者たちを盛り立てていきたいとは思わないかな?」


「……ええ。全力を尽くしたいと考えています」


「ならばよかったよ」


 それはまあアヴェステラさんになにかがあることくらい、俺たちにも理解できている。

 なにせお忍びで王女様のメッセンジャーをやったことがあるのだ。常に両殿下と言い続けているアヴェステラさんには第三王女の手先という側面と、王室付筆頭事務官としての役割があるのだろう。


 むしろ俺としてはシシルノさんの立ち位置が心配なくらいだ。自由過ぎて怖くなる。そういうところがカッコいい人でもあるのだけど、これでシシルノさんに裏があったら俺は世界の裏切りを疑うだろう。

 脇に控えているメイド三人衆もいろいろあるのだろうし、もしかしなくても一番わかりやすいのは、こんな光景を疲れた顔で見ているヒルロッドさんかもしれない。この人は絶対に苦労人だよな。



 ◇◇◇



「明日の式典についてですが──」


 ようやく腰を落ち着けた俺たちは、アヴェステラさんから騎士団のお披露目式次第を教わっている。


 迷宮三層の『魔力部屋』については昨日の内にシシルノさんとキャルシヤさんが、概要をゲイヘン軍団長に伝えてくれている。俺たちのすることといえば、迷宮泊の経路で出会った魔獣の種類と数、進路を入れた地図と大まかな報告書を提出するくらいだ。

 事前に今日は忙しくなると聞いていたので、そちらの方は今日の朝に終わらせておいた。キャルシヤさんの一件があったので、そちらで時間を食ったのがアレだけど。



 アヴェステラさんは俺たちに気遣ってくれているのか、式典のキーポイントになる部分だけを重視して、それ以外では普通に大人しくしていればいいように差配をしてくれるようだ。

 整列する時の並びとか、受勲される時のポーズや返事、あとは先生による宣誓なども事前に用意されていた。暗記とまではいかなくても大筋を記憶して、ソレっぽく発言してくれればそれでいいとのことだ。やっぱり今回の式では先生の役目が多い。


「先生の宣誓」


 誰だ、アホなツッコミを入れたのは。

 それは日本語じゃないと意味がない。



 ところで俺たちは今日、いつもの訓練服を着ていない。


 明日の式典は白いフルプレートを装備して出席することになるが、それ以降、普段着としての正式な騎士服、近衛騎士団としての制服が用意されたのだ。訓練服はこれまでどおりなので、滅多に着ることはないだろうけど、訓練や迷宮以外で人目のある場所に行く時はコレを着用することになる。


 とはいえ、基本は調査会議の時に着せられた服と大差ない。

 基本は白いシャツにグレーのスラックス、上着に裾が長めの厚手なブレザージャケットなのだが、こちらは薄緑色が採用されていた。前回お借りした『灰羽』の上着は名前のとおりに明灰色だったのだけど、こちらもまた名前に因んだ色ということらしい。

 偶然ではあるが『魔力研』所属のシシルノさんが愛用している『緑の白衣』と色合いがすごく似ている。ワザとじゃないかと思うくらいに。シシルノさん、こういう変なトコロで糸を引いていたりしないだろうな。


 足元は革製の明灰色のブーツになる。新品なので絨毯の上を歩いても安心だ。

 この国は革製品が進歩しているせいか、シッカリ採寸したブーツはフィット感がバッチリな上に、内張りに毛皮が使われていて履き心地は悪くない。むしろ日本にいた頃よりイイかもしれないくらいだ。コレって地球で買ったら高いんじゃないだろうか。


 ゴテゴテしない程度に金や銀、白で装飾された上着はかなりコスプレ感はあるが、学ランとセーラー服だった山士幌高校の制服と比べれば、派手なブレザーと軍人コスの中間に着替えたくらいの感覚だ。女子も全員スラックスなのがこれはこれでカッコいいかもしれない。



 右肩にはアウローニヤ王国章とレムト王家の紋章が貼り付けられているが、これは仕方がない。

 新しい騎士団はあくまで近衛騎士団の一種だし、王家の直轄であることを表しておくことも大切だ。せいぜい魔除け的な効果を期待しておこう。


 本来左肩にあるはずの『帰還章』はまだできあがっていない。夕方まで時間を欲しいと言うアヴェステラさんが申し訳なさそうだったが、それはこちらのセリフだ。無茶を言ってすみませんでした。


「校章付けたらダメかな」


 騎士団としての制服なものだからか、ふとした思い付きで草間くさまがそんなことを言い出した。なるほど、アリといえばアリだが。


「止めておきましょ。消耗品は仕方ないけど、それ以外はちょっと」


 各人が賛成反対を示したが、副委員長の中宮なかみやさんの言葉で皆は納得した。

 こっちの世界で校章を失くしたり落としたりしたら、なにか負けたような気がするものな。



 制服やカバンをはじめ、地球から持ち込まれた俺たちの私物は離宮の保管庫にしまわれている。いちおう鍵は俺たちに渡されているが合鍵が無いとは言い切れないから、そのあたりはお互いの信用だけで成り立っているのが現状だ。

 訓練や迷宮に出ているあいだにいくらでも漁ることは可能だが、一日に一度、当番が確認するぶんには怪しい気配は今のところない。


 制服、体操服、上履き、カバンそのもの、スマホ、小説、マンガ、筆記用具、ちょっとした化粧道具やらソーイングセットなどがこちらに持ち込まれたモノになるが、俺たちとして一番警戒しているのはスマホではなく書籍類だ。とくに教科書。

 日本語の解析を恐れているのがその理由だが、写しを撮られて人海戦術とかされていたら、どうなることやら。


 それでもアウローニヤは俺たちというか日本という国の文明を舐めてかかっているフシがあるので、大丈夫じゃないかなと楽観視している。というか、そうするしかない。

 シシルノさんあたりは絶対に気付いていると思うのだけど、あの人は俺たちとの会話からこそ情報を得ようとしているようだし、しかも報告するより自分の研究に役立てようと考えている気がする。自由すぎるな。


 結論としては一年一組として、日本からの物品チートをやるつもりはない。イザという時は、また話はべつになるけど。


 というわけで、俺たちの私物は基本使いをするもの以外は保管庫の、さらに大きな木箱の中で二重に鍵に守られて眠っている。

 一緒にこちらの世界にやってきた机と椅子、教壇なども同じ部屋で。なむなむ。



「では工房に向かいましょう」


 騎士服の確認と式次第の練習を一通り終わらせて、皆で昼食を食べてからはいよいよ工房だ。

 アヴェステラさんの声掛けに従って、クラスメイトたちはピカピカ新品の騎士服をお互いに褒めたり囃したりしながら移動を開始した。



 ◇◇◇



「よう。できてるぞ。人数分の一揃い、全部だ」


「ありがとうございます」


 久しぶりにやってきた近衛騎士団専用工房『フューラの工房』では、待ち構えていたとばかりに工房長が腕を組んでいた。それに対し涼やかに挨拶を返すアヴェステラさんとの対比が激しい。柳の如しというヤツだな。


 この場にやってきたのは一年一組全員と勇者担当の六名。すなわちフルメンバーだ。


 ちなみにアーケラさん、ベスティさん、ガラリエさんはなんと、俺たちとお揃いな迷宮騎士団『緑山』の騎士服を着ている。従士としての参加になるが、キッチリ準備がされていたのだ。

 こういうシチュエーションでダダをこねるかと思ったシシルノさんだが、いつも通りの文官服に『薄緑の白衣』という恰好で不満はないらしい。そのあたりはどうやら無頓着だった。ただし部隊章だけは要求されたけど、それについてはアヴェステラさんとヒルロッドさんも状況に合わせて装着するらしい。



「ほれ、ここだ」


 工房長に案内されたのはピッチャー海藤かいとうのボールを受け取ったとはべつの、そこそこ大きな部屋だった。そこに置かれていたものは──。


「なんか、棺桶みたいだな」


「やめろや」


 海藤がボソっと呟き、横から佩丘はきおかが物理的にドツく。俺も同じような感想を持ったが、口に出さなくてよかった。ほかのメンバーも微妙な顔をしているのが多いかな。とくに女子連中が。


 その部屋の床一面には等間隔で白木の箱が並べられていた。わざわざ白い材料を採用しなくてもいいだろうに。大柄な人間でも楽勝で入りそうなサイズで、フタはついていない。うん、やっぱりイメージが悪い。

【観察】のお陰で気付いてしまっているが、それぞれの箱の隅にクラスメイトたちの名前が書かれているのが、すごく微妙だ。


 だけど近づいて中味が見えればそんな想いは吹き飛んだ。



「かっけえ」


「すっご」


「うわあ」


「いいねぇ」


 そこかしこから上がる声は驚きや歓喜、賞賛にまみれている。そんな空気を受け取った工房長は胸を逸らせてかなり嬉しそうだ。


 箱に納められていたのは、クラスメイト全員分プラスメイド三人衆用の全身金属鎧、俗にいうフルプレートだった。


「基本は近衛騎士団の制式モノと一緒だ。ただまあ、大きさがなあ」


 頭を掻きながらボヤくように言った工房長の視線の先には、目をキラキラさせながら『自分のぶん』の箱を覗き込んでいるロリっ娘の奉谷ほうたにさんの姿がある。


 なにせ彼女の身長は百五十を割っている。男女問わずに百七十から百八十くらいが多いこの国の騎士からしてみれば、まあ、な。

 いちおうフルオーダーメイドの全身鎧だ。流用が利くパーツはそうしたらしいが、奉谷さんをはじめとする低身長組、ウチのクラスの場合だと女子のほとんど、男子の一部は完全に新調することになったのだろう。



 そんな工房の苦労の甲斐もあって、箱に納まった鎧は全部が新品でピカピカだ。

 頭、胸、腰、両手、両足と分割されているけれど、人間の形になるように置かれているソレは、この国の近衛騎士団共通な、つや消しの白で塗られている。今着ている騎士服と同じで、そこかしこに金や銀のラインが入り一部に赤や緑の意匠が施され、なんともいえないカッコよさと上品さが共存しているように感じられた。

 着込む中味の人間の性格は考えないとして、見た目は本当にイカしているのだ。なにげに良いセンスをしている国だよな、アウローニヤ。勇者の国は伊達ではない、とでも言いたげに。


「上着さえ着替えればそのまま装着できる仕様だ。さあ、着てみるといいさ」


 工房長の声に押されるように俺たちはそれぞれの鎧の前に立ち、上着を脱いで脇に置く。


 白木の箱の中に畳まれて置かれていた厚手の生地で作られた鎧下は暗い灰色で、見た目は長袖のタートルネックシャツのようだった。俺のイメージではチェーンメイルを着込むような思い込みもあったが、どうやらそうではないらしい。シャツとスラックスの上から着込むので、着替え室とかを使わないで済むのが手っ取り早くていいな。


 鎧下にそでを通し終わってからそれぞれパーツに分かれた鎧を、皆が思い思いの場所から装着していく。

 俺の場合はブーツの上に被せるようになっている脚甲からだ。前後に分割された白いパーツをかみ合わせてから、革のバンドで留めていく。

 綿密な採寸の成果なのか、キツいでもなく緩いでもなく、パーツが嵌っていくたびにパチンと音がするのが心地いい。

 鎧を着込む時に鳴る音。これってツボだよな。こういうのが大好きそうなオタの古韮ふるにら野来のき、ミリオタな馬那まな、ロボット好きの草間くさま夏樹なつきのニヤつきが凄まじい。たぶん俺の顔も似たようなモノだろう。


 逆に武闘派の滝沢たきざわ先生や中宮なかみやさん、陸上女子なはるさんあたりは、関節の可動域のチェックで忙しそうだ。実戦派としては気になるところかもしれない。



 数分後、そこには真っ白な鎧姿の一年一組二十二人と、同じ鎧を着込んだメイドさんが三人、合計で二十五人の騎士が並んで立つ姿があった。


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