第216話 旗よ靡け




「あははっ、お揃いの鎧でもやっぱりデコボコだね」


「だねえ」


 クラス最低身長の奉谷ほうたにさんが横にいる女子最長身の笹見ささみさんを見上げて笑う。それに返す笹見さんも妙に楽しそうだ。

 こちらの世界に来る前も、二人は行事かなにかで並ぶたびにこうしていたのが想像できてしまう。仲良しさんだな。



 新品のフルプレートの装着はそれなりに時間をかけて、各人が楽しみながらだったように見えた。


 俺のように装着感というか合体シーンに想いを馳せながらパチンパチンと結節していく者、まあ男子の多くがそうするだろう。女子は女子で、新しい服を買ったかのようにきゃいきゃいとお互いに助け合いながら、着せあいっこをやっていた。

 途中でかわいー、とかやっていたけど、そういうタイプの代物だろうか、これって。


 そうしてできあがったのが二十五人による騎士の整列だ。


「準備はできたな」


 そう、工房長のいうとおり、ここまではまだ準備の段階だ。


「式典用の盾と剣、それと槍はそっちの棚だ。悪いが出来合いでな、型は全部一緒だぜ」


 工房長が指さした方を見れば、壁に沿って奥行が深い木製の棚があって、そこには綺麗に磨き上げられた近衛騎士用の『儀礼剣』と『儀礼盾』がゾロゾロと並んで置かれていた。


 アヴェステラさんから事前に聞かされてはいたが、式典に挑む際にはコレも持たなければいけないらしい。フルアーマー状態だな。



「へぇ。こりゃまた豪勢だな」


 盾を手にした【聖盾師】の田村たむらが皮肉っぽく言うが、まさに同感だ。形や大きさ自体はウチの騎士職連中が迷宮で使っているカイトシールドと変わらない。それでもこれは式典用だ。鎧と一緒でマットホワイトに塗られた表面はやたらと複雑な装飾で彩られている。ど真ん中にデカデカとした紋章とかが描かれていないのはありがたいかな。


 剣の方もまたしかりで全長は一メートルくらいの長剣だが、鞘と柄は白を基調として、これまた金やら銀のラインが大量に入っている。カッコいいとは思うし、同時に派手だとも感じる。


 鎧と合わせてギリギリ下品にならない線の内側ってところだろうか。


「どうかしら」


「いいね。カッコいい」


「そ」


 俺より十センチ近く背の低い綿原わたはらさんだけど、白いフルプレートにいつもと違うカイトシールドと腰に佩いた長剣の組み合わせは、可愛いとか綺麗より先にカッコいいが出てきてしまう。

 もちろん【砂鮫】も二匹傍に浮いていて、某ロボットアニメのフル装備、最終出撃感が凄まじい。どうせなら両手に盾と、剣を背中に二本クロスさせてもいいかもしれないな。


八津やづくんも中々だと思うわよ」


「そっか。そりゃ良かった」


「重たくない?」


 女子にそう訊ねられるのもちょっと心外だが、ここまで派手な装備をしても重たいという感覚は驚くほどに感じない。明らかに階位のお陰だ。【身体強化】を持っている綿原さんならなおさらだろう。


 クラスの中でも非力筆頭格の奉谷さんや文学少女の白石しらいしさんでさえ、ごく自然に体を動かしているし、これなら式典で動けなくなりました、なんてことはなさそうだ。

 この世界のルールとはいえ七階位や八階位ともなれば、地球なら運動系の競技会で出入り禁止になるくらいの身体能力が得られてしまう。カッコいい装備は嬉しくもあるが、こんな重装備を普通にできてしまう事実にちょっと心が軋む感じはあるかもしれない。


 俺自身がというよりは、体格の小さな女子たちが普通にしているところを見ているのが、むしろ違和感として大きいのだと思う。こちらに来た当初から自分でもみんなでも確認し合っている、ゲームと錯覚してはダメだという言葉がリアルにのしかかってくる。



「ええっとじゃあこのあとは、この格好のままで離宮に戻って式典の練習、ですよね?」


「はい。お願いします」


 リアル聖騎士な格好の藍城あいしろ委員長がアヴェステラさんに確認して、俺たちはナイトスタイルのまま離宮まで行軍することになった。



 ◇◇◇



「晒し者ってああいうの?」


「でも似たようなカッコの人、結構見かけたし」


 クラスメイトが愚痴っぽいことを言っているが、近衛騎士の本領は王城警護だ。


 工房から離宮までの帰り道のそこかしこで立ち番をしていたり、巡回をする近衛騎士とすれ違った。俺たちとしても見慣れた光景ではあったのだが、今日ばかりはこちらはこんな格好の集団だ。驚く騎士もいれば、微笑ましいと言わんばかりに笑う騎士もいた。

 好感触で接してくれたのは、たぶん第四や第五の人たちだったと思う。噂で聞いたか迷宮でリアルに会ったことがあるのか、第四の『蒼雷』と第五近衛騎士団『黄石』の人たちの中では、俺たちはそう悪くない評価を貰えているらしい。


 だからといって気恥ずかしさが無くなるわけでもない。さらに難点も見つかった。

 左腕にカイトシールド、右手にはフルフェイスの兜を抱える格好で俺たちは王城の廊下を行進しているのだが、これがなかなか歩きにくいのだ。

 鎧や盾が重たいとかではなく、両手、両足、胴体、要は体全部の関節の可動域が微妙に狭まっているのがちょっと。


「やはり歩くだけでも違いますね」


「これ、ハルの走り方、ムリ」


 工房での装着の時からそうだが、武闘派系のメンバーはフルプレートを機能面でお気に召さないようだ。

 滝沢たきざわ先生やはるさんが、歩きながら動きを検証している。この調子だと、離宮に戻ればもっと派手な動きの確認を始めそうな予感だな。



 戦うためには体の柔らかさが重要なのだと強く言われている俺たちは、朝晩の柔軟を欠かしていない。だからこそ、フルプレートを装備してしまうと可動域が狭まったのがよくわかってしまうのだ。

 迷宮用の革鎧の時ですら先生などはかなり気にしていたようだが、コレは段違いだな。


 もちろん俺たちがコレを着て戦闘をするシーンは思い浮かばない。ヘタをすると式典での一度きりになってしまう可能性の方が高いだろう。


「これなら地上戦でも革鎧ね」


 物騒な中宮なかみやさんの発言だが、目立たないように小さく頷くクラスメイトも多い。


『地上で戦う』か。まったく想定していないわけでもないし、この国の兵士や騎士たちの力も探ってはいる。とくにガラリエさんとヒルロッドさんにはお世話になりっぱなしだ。以前までならラウックスさんもだな。


 当面の目標は近衛騎士総長を倒せるかどうか。今の段階では五人がかりならば、犠牲が出る可能性込みでイケるかも、だ。つまりはムリ。犠牲前提の戦法など、ウチのクラスに限ってはあり得ないからな。



「わたしならどっちかしら」


「どっち?」


 すぐ横を歩いていた綿原さんが左腕のカイトシールドを軽く動かしながら俺の方を見ていた。


「迷宮なら断然革鎧だけど、地上で人が相手なら、もしかしたらこっちのほうがわたしに向いているかなって」


「硬さと動きやすさ、どっちを取る、か」


「そ。わたしはほら、りんみたいな技術があるわけじゃないし」


 それを言い出したら先生と中宮さん、強いてあげればミアくらいしか経験者はいないのだが、確かに綿原さんは防御重視で訓練を重ねてきた人だ。


「ドンと構えて、サメでフェイント。そこに一撃っていうのはアリだろうな」


「なんかその、ドンっていうのがイヤね」


「ああいや、その」


 女子のツボというのはどこに転がっているかわかったものではない。


「でもいいわ。八津くんを守る騎士になってあげるわよ」


「それはそれでちょっとなあ」


「男子のプライド?」


「まあね」


「ふふっ」


 モチャっと笑う綿原さんの心の内にはどんな光景が浮かんでいるのだろう。



 ◇◇◇



「なんとか間に合いました」


 夕食を終えてから談話室に移動したところで、荷物を手にしたアヴェステラさんが登場した。

 いつも沈着冷静なこの人からしてみると随分と高揚しているように見えるが、それぐらいタイトなスケジュールだったのだろうな。


 そんなアヴェステラさんに応えるべく、俺たち一年一組は夕方まで離宮の広間を使ってフルプレートを着たままで行進の練習なぞをやっていた。お互いに努力を見せあう誠意は大事だと思うのだ。

 もちろん今は装備を外してラフな部屋着に着替えているが、今日ばかりはシシルノさんやヒルロッドさんたちも居残りだ。



「おお~!」


 いつもと違ってテーブルを片付けていない談話室に、みんなの声が響き渡った。


 アヴェステラさんが開いた風呂敷というか、布の中から登場したのは、待望の迷宮騎士団紋章だ。称して『帰還章』。それが三十個。

 一年一組は二十二名、そこにアウローニヤ側の六名が加わるから、予備まであるということになるのか。


 形は規定通りの長辺十センチ、短辺三センチくらいの長方形になっている。

 数種類の緑糸が使い分けられたグラデーションで山脈が描かれ、指定通りに二十二個の白いカイトシールドに各人を示すシンボルが小さく縫われていた。

 一番下には約束通り四つの白い円とその中に小さなマークがある。シシルノさん、アーケラさん、ベスティさん、そしてガラリエさんだ。銀のモールで囲まれた周囲の一部が金と茶に彩られ、それがヒルロッドさんとアヴェステラさんを表す。一番下の短辺からは太い金糸を編み込んだモールが何本もぶら下げられていた。

 ひとつひとつが微妙に違っているのが手作り感を醸し出している。


 俺たちの紋章。これぞ一年一組が激論を交わし、最後には綿原さんに言いくるめられた結果だ。



「取り急ぎお持ちしましたが、付けるのは明日の朝でいいでしょう」


 そう、べつに明日の朝でも問題はなかったのだ。それでも出来立てホヤホヤをアヴェステラさんは今日の内に見せてくれた。そんな気概がこちらを嬉しくさせてくれる。


「なのにわざわざ。ありがとうございます」


 だからこそ委員長も朗らかに礼が言えるというものだ。


「それと、こちらも」


「うおっ!」


 持ってきた風呂敷に厚みが残っていたのが気になっていたのだが、アヴェステラさんがそこから取り出したのは、二枚の大きな旗、縦長だからバナーと言った方がいいかもしれない代物だった。


 声を出して驚いた馬那まなの顔を見て、こんどこそアヴェステラさんは澄ましたままでしてやったりの顔をする。これはタイミングを計っていたな。



「すげぇ」


 手ずから渡されたバナーを馬那が手にし、立ち上がってぶら下げてみせた。


 長さは一メートルで幅は三十センチくらいという、ちょうど肩章の十倍サイズのソレは、明らかな厚みをもっているだけに、存在感がバリバリだ。

 サイズが大きいのもあって紋章に比べて刺繍も細かいところまでが追加されている。魔力を表す小さな粒がそこかしこに散りばめられていて、それがキラキラと輝くものだからたまらない。


「かっけえ」


「いいねえ!」


「いい仕事デス!」


 方々から飛び出す絶賛の言葉に、アヴェステラさんも肩の荷が下りたのだろう、ゆったりと椅子に背を乗せ満足げだ。


「ちょ、ちょっと待っててくださいね。まだ帰らないで、みなさん!」


 肩章とバナーを見て大喜びしていた古韮ふるにらがいきなり立ち上がり、アヴェステラさんたちにまだ帰るなと一言添えてから談話室を飛び出していった。なぜか馬那も一緒になって。ああやる気だな、あいつめ。


 俺たちの行進を監督してくれていたヒルロッドさんはすぐに気づいたのだろう。珍しく面白そうにイタズラな笑顔を浮かべている。家ではご家族が待っているというのに、この人は。

 逆に機微に聡いはずのアヴェステラさんは意味不明の様子で、シシルノさんは自分のぶんの肩章をいじって遊んでいる。自由だ。



「お待たせしました!」


「扱いに気を付けろ、古韮。危ないぞ」


「わかってるって」


 三分もしないうちに古韮と馬那は談話室に舞い戻ってきた。


 そんな二人が手にしているのは、白く塗られた棒、正確に言えば儀礼用の長槍だ。長さが三メートルくらいあって、穂先の部分は装飾の入った白いカバーで覆われている。俺たちの儀礼用長剣とセットといったところだな。

 そんなことだろうと思っていたよ。武器保管庫まで突っ走ったのだろう。


「鎧はムリですけど、これだけなら今ここでも、ね?」


 微妙にイケメンな古韮がニカっと笑いかけたところで、アヴェステラさんも意味が分かったようだ。


「……そうですね。見せていただけますか」


「もちろん!」


 優しく笑うアヴェステラさんに古韮は胸を張ってみせた。



 ◇◇◇



「おお~!」


「いいですね。素敵です」


 みんなの歓声にアヴェステラさんの嬉しそうな声がカブる。


 迷宮騎士団儀仗担当の古韮と馬那は、格好こそ部屋着だが、それでもビシッと直立しながらそれぞれ右手で槍を掲げていた。

 槍の先には金の紐で結びつけられた緑のバナー、『帰還旗』が翻る。バナーの下につけられた金色のモールがゆらゆらと靡いて、これぞ西洋風ファンタジーといった風情を醸し出していた。これだよ、こういうのが見たかった。


「明日、これ持って歩くんだよな。なんか緊張してきた」


「俺も」


 ここにきて実感が湧いたのか古韮と馬那が情けないことを言うが、みんなは笑って硬い空気を吹き飛ばす。


「一番やらかしそうなのは、ワタシデス!」


 ミアの自虐ネタにもうひとしきり笑ったところで、そろそろお開きかな。

 本来ならばとっくに日本人だけの時間になっているし。



「あ、それなら、もうちょっと、もうちょっとだけ待ってもらえるかな!?」


 そこでさらに待ったをかけたのは茶髪チャラ子のひきさんだった。


「せっかくだし、アレ。アレもみんなの前で、ねっ!」


「わたしも行くわ」


 慌てて立ち上がった疋さんに続いて、中宮さんも名乗りを上げた。


 疋さんがなにをしようとしているのかクラスの全員が気付いているし、中宮さんは護衛ということだろう。

 俺たちはたとえ離宮の中であっても、極力単独行動は控えるようにしている。アヴェステラさんたちを信じていないわけではなく、隠し通路なんてものがある場所だ、どこから刺客やら人さらいが侵入していてもおかしくないから。

 こっちの世界に来て以来、こうして気を使うことばかりだ。そのぶん決め事も増えているが、なるべく楽しい文言にして重みを消そうとがんばっている。


『気を付けろ、暗い廊下と【忍術士】』


 みたいな。


【忍術士】の部分を『砂のサメ』にしようと提案して却下されたのは、ほかでもない綿原さんだったか。



「おまたせ~!」


 そんなどうでもいいコトを考えていたら、速攻で疋さんと中宮さんが戻ってきた。

 廊下を挟んだ反対側の女子部屋に行っただけだけど、それにしたって三十秒くらいしか経っていない。どんなスピードをしているのだか。


 アウローニヤから肩章とバナーを発表されてしまったからな。今度は一年一組の番だ。

 とはいえ俺はノータッチだったのだけど。


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