第396話 悪い女王様の想い描く国




「出席番号二十二番のアーケラさんは『メイド』アーケラ・タウ・ディレフ。いい名前だって、あたしは思うかな」


「ありがとうございます」


 アネゴな笹見ささみさんが宣言し、アーケラさんが綺麗な所作で頭を下げた。


「えっと二十三番、ベスティさん、『ヴァイス』ベスティ・レイ・エクラー」


「ありがとね。ユキノ」


「いえ」


 ポヤっとしたアルビノ系赤目美少女の深山みやまから訥々と告げられた名に、ベスティさんは仰々しく胸に手を当て、これまた頭を下げてみせる。


「出席番号が二十四番のガラリエさんは『キャプテン』ガラリエ・ショウ・フェンタ。いいですか?」


「ええ、もちろんです」


 風弟子なオタク男子の野来のきが、ちょっと誇らしげにガラリエさんの名を呼べば、彼女は嬉しそうに口角を吊り上げて微笑んで見せた。


 ガラリエさんについては『リーダー』っていう案もあったのだけど、女王様の『リード』とモロ被りなので却下されたという経緯もあったりする。



「二十五番のシシルノさんと二十七番のヒルロッドさんは省略で、出席番号二十六番のアヴェステラさんは『セクレタリー』アヴェステラ・シ・フォウ・ラルドールです」


「光栄に思います」


 アヴェステラさんの名前を伝えたのはなぜか俺。ほんとなんでなんだろう。

 恭しく頭を下げてくるアヴェステラさんだけど、そこまですることとはとても思えない。


「それで、出席番号二十八番の女王様が『クイーン』リーサリット・アウローニヤ・フェル・リード・レムト。……です」


「ワタハラ様には、感謝の言葉もありません」


 で、最後を告げたのは弱ったサメを漂わせる綿原わたはらさんだった。


 嬉しそうな女王様にそのままな二つ名を授けた綿原さんは、なんとも微妙な表情で笑っている。モチャっとはしているのだけど、そこには普段の快活さは感じられない。

 普通に困るよな、女王様に『クイーン』だなんて。しかも出席番号まで追加されているし。



 一連のベッタベタな名づけは、主犯格のミアが詰められる形で急遽行われたものだ。

 当のミアは自信満々ではあるが、果たしてそれでいいのだろうか、アウローニヤの人々よ。


 ミアの性格だ。以前から本人たちのためを思って考え抜いてきた名前……、なんてことがあるはずもなく、急遽当人の役割とかイメージを英語で適当に当てはめただけになった。


 それなのに本人たちは妙に納得しているものだから、贈る側としては胸が痛くて仕方がないのだ。本当にごめんなさい。



 ◇◇◇



「道案内としての同行者はガラリエとなります。道順については──」


 いきなりだった名づけ騒動もひとまずは終息を迎え、アヴェステラさんの口からやっと出てきてくれたのは具体的な明日からの予定だ。

 とはいえコレについては夕方登場したベスティさんから予定表を紙面で貰っていたので、最終確認でしかない。俺たちの方で気になったところをちょこっと質問するくらいのやりとりとなる。


 だけどなんか予定時刻を一時間くらい超過しているような気がするんだよな。いや、予定があったわけじゃないけれど、ヒルロッドさんの指導が長引いたのと、さっきの名付けで。


 現在時刻は二十一時半といったところだ。明日は六時出発の予定なので、四時過ぎには起床の予定になっているのだ。俺たちは【睡眠】があるからイケる……、って、この場にいるメンバー、ヒルロッドさん以外全員そうだよ。

 やっぱり最後までヒルロッドさんは不遇キャラだったのか。



「フェンタ領は二年ぶりです」


「ご両親や弟さんたちに会えるねっ」


「ええ」


 風師匠のガラリエさんが久しぶりとなる帰郷を語れば、風弟子のはるさんが元気に答える。


 俺たちはアウローニヤ国内の移動に四日を費やし、旅の目的地であるペルメッダ侯国に入る直前にガラリエさんの故郷となるフェンタ子爵領を通過することになる。

 予定ではそこで一泊し、翌日正式な書類にサインをして一年一組は正式にアウローニヤ国人ではなくなるという寸法だ。そしてそのままペルマ山地を越えてペルメッダに入る。

 まさに女王様の言ったとおり、一年一組は五日後にアウローニヤを出国するわけだな。


「幾つなんですか?」


「上が十一で、下が八歳です。五年もすれば家督も見えてくるのですが……」


 春さんがガラリエさんの実家事情を聞くのだけど、話題がちょっとマズかったかもしれない。

 五年後という言葉に、春さんの表情がしまったといった感じになった。


「いいんですよ。少なくともフェンタ家が蔑ろにされることはなくなりました」


「ガラリエさん……」


 外交次第ではあるが、この国は二年から三年後、帝国に攻め込まる可能性を抱え込んでいる。


 だというのに、ガラリエさんはどこかスッキリしたように笑うのだ。それを見てどうしたものかと春さんが戸惑っている。



「学ばせていただいたんです。どういう状況であれ、足掻けばいいのだと。みなさんたちからもですし、アヴェステラさんや、王国の方々、もちろん陛下からも」


「立派な心掛けですね、ガラリエ」


「陛下。本当の戦いはここからであると、わたしは理解しているつもりです」


「そのとおりです。わたくしたちはまだ初戦の勝利を収めたにすぎません。これからの行動こそが決戦となるでしょう」


 笑顔で足掻くと言ってのけたガラリエさんを見ていた女王様が、嬉しそうに言葉を掛けた。


 女王様からだけでなく、アヴェステラさんたちからもいろいろ聞いて、何度も話題になった王国のこれから。

 とにかくアウローニヤは急いで国を立て直さなければいけない。


「最後の機会かもしれません。語っても?」


「はい。僕たちからも聞きたいことがあるかもしれませんし」


「アイシロ様に感謝を。では」


 どうやら女王様は自分のやりたいことをぶちまけたいらしい。

 接待というわけでもないが、委員長は快く促した。


 語られるであろう全体像は俺たちも知っている。詳細についても何度かに分けて部分部分で聞かされたこともあるし、なんなら迷宮の中ですら話題にしたこともあるくらいだ。

 そして、それを語る時の女王様はとてもいい顔になる。


 それも当然かもしれない。十歳になる前からこの国の在り方に疑問を持ち、自分ならどうする、どうしたいという思考ゲームを重ねてきたのだ。

 たとえ全部が全部でなくとも、それを実現する機会に恵まれた女王様は、ガラリエさんに言ったように自らすら戒める言葉を使うくらいにアガっている。


 たとえ二年しか猶予が残されていなくても、むしろそういう制限があるからこそ、女王様は頭脳を回転させるのだろう。



「まずは全ての基本となる財源と人からですね」


 そんな女王様は、随分と根本的なところから話を始めるようだ。これは気合が入っているとみた。

 できれば短めで、わかりやすいと助かるのだけど。


「とりあえず一部の税を停止します」


 まずは税金についてから話は始まった。


 初手は誰にでもわかりやすい出産税、婚姻税といった類の人口増加を抑制し、税金をいったん停止することで即効性が見込めるものを優先するらしい。

 この場合、金額を減らすのではなく、税の名目そのものを止める。そこから段階を追って少しずつ停止する税の種類を増やしていくのがミソらしい。一気に全部ではなく、そうすることで常に善政が行われていることを民に周知し続けるのだとか。


「今が結婚するのにいい機会だという理由付けになりますね」


「はい。税額を減らすだけならば、猶予を持てばもっと安くなるのでは、などという懸念が出かねません。ですから名目単位でひとつずつ。いくらでも種類はありますので」


 俺にはちょっと理解できない効果を上杉うえすぎさんがポンと指摘すれば、女王様は我が意を得たりと口数が増えていく。実に楽しそうだ。

 最後の部分は現在の法律に対する嫌味なのかな。


「収穫税に関しては王室で損を被ります。王領が減税を率先する様を各地領主に見せつけ、反応を待つことになるでしょう」


 一番の大物となる農作物の収穫からの税、いわゆる年貢については地方領主にも徴税権があるため、急には手を出しにくい。とりあえずは王領と、親女王派領で減税を実行し、それを全国的に告知する。実際に減税を行った領主に対しては、王室から補填をするのだとか。


 どういう効果があるのかまで俺にはよくわからないが、税金が減るイコール素敵というイメージがある以上、女王様の野望とはまた別角度でも歓迎すべきなんだろう。

 繰り返すが、よくわからないんだ。そっち方面は。



「二年後に安定を得られるかが鍵となります。それまでのあいだに行わる麦の収穫は二度。助成程度、現状の王室財産でいかようにでも。それに……」


 そこで一瞬溜めた女王様の笑顔は、可憐でありながらシシルノさんの悪影響を受けているとしか思えないようなもので──。


「進んで寄付を願ってくる貴族も多くいます。報国勲章の緊急増産が必要なくらいで、とても喜ばしいことですね」


「先ほどの祝宴だけでどれほどの申し込みがあったことか。陛下の信望には頭が上がりませんな」


 楽しそうに『寄付』を語る女王様に、悪い顔の親玉なシシルノさんが合いの手を入れる。

 今のはどんな茶番劇なんだろう。


 帝国が迫りくるこのご時世、多くの文官貴族が金を掴ませる形で少数の王都軍や近衛騎士を私兵化していたのだが、もはやちっぽけな戦力で王都脱出などできるはずもない。

 勇者拉致から第一王子襲撃を経た混乱の中で起きたクーデターにより、王城での色分けは一気にカタがついた。

 これから宰相派を糾合した一斉蜂起が可能ならばまだしも、それもできないとなれば、あとはもう保身を図るしかない。


 二年か三年後かの帝国の侵攻に怯えるか、目の前の恐怖に屈するかの違いでしかないのだ。

 だったらとりあえず直近の安全を取るよな。それが敵国への逃亡資金から国家への寄付に変わったということか。



「二年に限れば予算は潤沢。法については新法や廃法ではなく、解釈の拡大と一時停止で対応可能です。これならば時間を掛けずに実行に移せますので」


「それは、アリなんですか?」


 どこか恍惚とした雰囲気になっている女王様を見た委員長が震える声でツッコミを入れる。度胸あるな。


「そのための王権強化ですから。ねえ、アヴェステラ」


「はい。王都周辺の軍はキャルシヤとゲイヘン卿で掌握できるでしょう。内務はわたくしが、外務については骨抜きですが、当面はウニエラとペルメッダに絞ればいいことです。帝国との連絡は陛下こそが確実ですし」


 そんな女王様から水を向けられたアヴェステラさんは、流れるように状況を説明していく。

 どうやら話題は人事というか、派閥争いの結末に移ったようだ。


「そして法務ですが、ナターレン伯には当面、宰相派の首魁として頑張っていただきましょう」


 アヴェステラさんまでシシルノさんスマイルになっているのが気になるなあ。

 昼間の式典で中々いい具合でキレていた法務卿は、そんな名前だったか。


 法務卿は宰相派の四番手。家格としては宰相、軍務卿、財務卿に続く序列らしいのだけど、それほど『器用』な人ではないらしい。

 一連の騒動で宰相と軍務卿は捕まって、財務卿は『行方不明』。女王様は宰相派を一掃するのではなく、いわば敗戦処理の取りまとめとして法務卿に期待をしているのだとか。

 やな役目なんだろうなあ。



「あ、気になってたんですけど、なんで宰相さんだけ『無罪』なんですか?」


 こんな状況でもそうやって聞けてしまうのが俺の親友たる夏樹なつきのストレートさだ。

 男子なら夏樹、女子ならロリっ娘の奉谷ほうたにさんというのが一年一組の素直代表だな。ただし夏樹の場合は毒が混じることも多いのだけど。


 ちなみにミアは素直というより天然なので除外とする。可愛さといい、戦闘センスといい、いろいろと例外の多いヤツだ。


「現宰相、バルトロアについては当面現職のままでいてもらいます」


 女王様のその言葉にクラスメイトの多くが首を傾げ、何人かが納得したように頷いた。

 俺はコッソリ綿原さんの予想を聞いていた側なので、表面上だけ理解している側である。


「悪い言葉を使えば南に対する人質ですね」


 人質という物騒な単語を女王様はハッキリと口にした。


 女王様たちは、南部に籠っている宰相の息子さん、バルトロア男爵にどこまで度胸があるかを探っているといった感じらしい。


 情報くらいは掴んでいるはずなのに戴冠式に来ることもできていないことからもわかるように、そこまで肝の据わった人物ではないのだとか。

 本気を出すなら執務ができない宰相を自分が引き継ぐ、くらいのことを言えばいいのがこの国の在り方ではあるのだが、そこまではできない人だということだ。王城に出向いて命の危険と向き合えるかと言われれば、俺だったら逃げる方を選びそうだな。そういう意味では同類かも。


「宰相は帝国に送るって約束じゃなかったでしたっけ?」


「数か月の時間を使ってわたくしと宰相の武勇伝が増えるのであれば、第二皇子はむしろ喜ぶでしょう。そういう方ですから」


 無邪気に宰相の暗い未来を聞いてしまう夏樹は、やはり恐ろしい。姉の春さんがちょっと引いているくらいだ。

 同時に帝国の第二皇子も怖い人だなあ。絶対に近づきたくないタイプだ。



 女王様から見た宰相最大の弱点は、自分可愛さに権力と財力を集めまくってしまったことらしい。もしも自分が身動きを取れなくなった時の想定が甘いのだとか。だからそこを女王様は突いた。

 首狩り、つまり敵対派閥の人間のトップを一気に消し去るやり方もあるが、今回女王様がやっているのは枝払いだ。幹を縄で縛って残したまま枝葉をもいでいき、動きを取れなくするようなやり方。

 最後には枯れ木になって帝国に輸出されるというわけか。


 ちなみに今回の騒乱で宰相の親戚である官僚貴族の四名が行方不明になっているらしい。絶対に宰相を裏切らない面々は消され、条件次第で転ぶ者は残された。

 そう、イザとなったら転向する可能性のある大物筆頭が法務卿だ。一見宰相派は生き残っているようにも思えるが、少しの時間を掛ければすぐにでも潰せる存在になってしまっている。


 ホント、いかにもリーサリット陛下の使いそうな手段だ。気付けば選択肢が無くなっているというパターンは、俺たち一年一組もしっかり味わった経験がある。



「さらにですが、イザとなれば南部を切ることも考えています」


「はい?」


 話の流れとはいえ、とんでもない女王様のセリフに委員長の返事が上ずった。


 ウチのクラスは事前にいろいろと聞かされてもいたし、身内で予想合戦もやっていた。委員長、上杉さん、田村たむら白石しらいしさん、古韮、綿原さんあたりが積極的だったかな。

 古韮や白石さんの名前が混じっているとおり、異世界あるあるまでを含めた妄想の中にすら、南部のバスラ迷宮とバルトロア侯爵領を捨てるというパターンは出てきていない。南部反乱っていうのはあったけど。


「現状南部の強みは農業生産に優れていること、バスラ迷宮、そして人口です」


 指折り数えるようにして女王様は南部の良い点を挙げていく。


「ですが農作物については中央と北部も負けてはいませんし、人口が多い理由は兵が多いことに起因しています。なにより帝国と接しているのは明確な弱みと言えるでしょう」


 兵士がいるお陰で人口が多いというのはとても不健全に思えるし、帝国がお隣というのはやはり怖い。

 でもだからといって。


「南部三軍の兵については、東部出身者も多いのですよ。段階的にこれを引き抜きます」


 アウローニヤにあるとされる七つの軍団のうち、三つまでもが南部に配置されている。

 理由は当然、対帝国だ。ただし徴兵された人たちが多いので、決して質の良い軍隊とは呼べないのだとか。そのあたりは以前、ミリオタの馬那まなが女王様と話していた記憶がある。



「東部振興を銘打ち、宰相派の者を仲介とすることで、穏便を装いながら少しずつコトを進めます。わたくしの派閥に東部諸侯が多いのは事実。新王が地盤を固めるためのちょっとした我儘に、階位を持つ兵役上がりの人材が必要である、と」


 王様が変われば恩恵を受ける者も変わってくる。

 今まさに、王城だけでなくアウローニヤ全土の貴族達が今後、誰に付くかを検討していることだろう。


 たとえばいち早く降った西のウェラル侯爵は監視付きとはいえ金を掴み、ケスリャー団長は建前上でも地位を安泰にした。そして法務卿も、いちおうは旧宰相派の取りまとめとして立場を得ている。

 ましてや元から女王派の面々は得をして当たり前。


 クーデターで一気に状況がひっくり返ればこういうことになるのか。


「わたくしの判断により南部の兵力を漸減し、地方に戻す。これは基本方針ですし、バルトロア侯家と折衝のための下準備は整いつつありますから」


「うわぁ」


 楽しそうな女王様にクラスの誰かがビビり声を上げた。


 ここで言う折衝って宰相を人質にしているのと、バルトロア男爵、つまり宰相の息子さんが弱腰だからって意味なんだよな?


「細い道になるでしょうが、歩き切る覚悟はできています。それに勇者の皆様方のお陰でもあるのですよ?」


「なんで、わたしなんですか?」


 勇者のお陰と表現した女王様の視線は、明確に綿原さんに向けられていた。正確には傍に浮かぶサメに。


 女王様の表情を見るに、この場合は精神的な意味合いではないと思う。俺たちのお陰で、そしてサメ……、もしかしてシャケか?


「シライシ様」


「は、はいっ」


「バスラ迷宮の特徴、ご存じでしょうか」


 つぎに女王様に目を付けられたのは、クラス一の文学少女な白石さんだ。

 突然の指名に返事をする声が完全に裏返っていたぞ。白石さんはアニソンを歌う時以外は気弱なんだから、気を使ってほしい。シシルノさんとは普通に会話できるけど。


 さておき、ペルメッダにあるペルマ迷宮の特産が銅である様に、迷宮にはそれぞれ色がある。だからこそ交易が生まれて、迷宮ごとの強みが時には勢力にすらなりえるのだけど。

 ともあれ南のバスラ迷宮についてか。たしかに質問する相手としては適切だ。各地の迷宮の特徴などは、たぶん白石さんか同じく文学少年の野来のきが詳しい。伊達にシシルノ教授の助手をやっているわけではない。


 女王様は勇者をよくご存じだな。



「えっとたしか……、食材、とくに肉類になる魔獣が豊富で、あとは……、あ」


「どうぞ?」


 バスラ迷宮の特徴を思い出しながらブツブツと呟いていた白石さんが何かに気付き、それが正解だと言わんばかりの女王様に続きを促された。


「『珪砂』。です」


 白石さんのその言葉を聞いて、クラスメイトたちのあいだに理解の色が広がっていく。


 だから綿原さんの【白砂鮫】なのか。

 たしかに俺たちは三層の魔力部屋が『珪砂の部屋』になったのを発見した。たしかにこれは、勇者の功績と言えるかもしれない。すごく即物的な意味で。


 シャケにベットした俺の予想は大外れだった、と。


「硝子職人を招聘する必要がありますが、そこは条件を積むしかないでしょうね」


 女王様は堂々と引き抜きを宣言する。ホント、思い切りがいいよな。


「食料についてはアラウド迷宮とて負けてはいません。迷宮の異常がどれくらい続くのかという不安定要素はありますが、北と西を合せれば安定した食料調達は可能と見込んでいます」


 宰相はどうなるのかという夏樹のちょっとした質問から派生した女王様の遠大な計画に、俺たちは気圧されるばかりだ。


「どこかの時点で南を、バスラ迷宮を手放しても、アウローニヤの経営が持続できるだけの下地を──」


 そんな風に語りまくる女王様の表情は──。



「ねえ、すごく楽しそう」


 横に座る綿原さんが自慢げにサメを泳がせながら小さく声を掛けてきた。


「女王様? 俺?」


 こんな返事をしてしまうのは、綿原さんの表情が見えているからだ。


「どっちも」


「綿原さんだって笑ってるじゃないか」


 モチャっと笑う彼女を見て、どうやら一年一組は女王様の発する熱にヤラれているらしいことに気付くのだ。

 苦笑だったり呆れだったり、もしくは楽しげでも、クラスメイトたちは同年代の少女が口にする、やたらと大きな目論見に釘付けにされていた。


 まったく、悪い女王様もいたものだよ。


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