第118話 二人の関係はどこまでも



「──二層の魔獣はこれで全部のはずです。出てきた魔獣の種類と数で陣形を変更する場合もあります。その時は八津やづくんか奉谷ほうたにさんが指示を出すので、なるだけ従ってください。できればヒルロッドさんたちも」


 綿原わたはらさんのプレゼンテーションは終盤を迎えていた。

 今しているのは具体的な戦闘について。


 二層に出てくる全ての魔獣の特徴や、倒す時のコツ、それぞれに対応した陣形の確認などなど。

 これについてまとめる時はミアがものすごく頼りになった。ヒルロッドさんのアドバイスはどうしても高階位な騎士系神授職ありきの戦い方に寄ってしまう。その点、低いレベルで二層にチャレンジした実体験は貴重だ。

 いちおうここにいる全員が二層を経験しているが、一年一組のほとんどは勢いで突き進んだものだから。

 そういえば草間くさまは俺とミアで仕込んだから、カエル殺しのエキスパートだったか。


「ヤヅ……、本気なのかい?」


「はい。余程のことがない限り、トドメはもちろん、戦闘の最初から最後まで全部をください」


 少しだけ目つきを鋭くしたヒルロッドさんに見つめられたが、負けじと俺は睨み返してやった。


 ミームス隊の人たちが懸命にやってくれているのは、重々承知している。それが仕事であるということも。

 だけど体を張りすぎだし、まだ接待色が残っている。戦闘の前半部分、具体的には俺たちに直接当たる魔獣の数をコントロールしようとするのだ。

 前回の鮭氾濫でもそうだったように、俺たちの怪我を心配して過保護になりすぎていると思う。心配をしてのことか、叱責を免れるためか、そんなのはどちらでもいい。


 二回目まではお客さん気分があったが、三回目になる前回からはもう覚悟は決まっていた。

 本当に強くなるためには階位だけでは足りない。先を走る人たちに追いつくには、技能の熟練度とリアルな実戦経験、そして本気でイヤではあるが精神を鍛える必要がある。


 とりあえず近衛騎士総長、アレはぶっとばす。全員でだけど。



「いいじゃないですか、ミームス卿。『灰羽』の分隊ひとつとわたしたち三人まで混ざるんです。二層で集団行動なら過剰戦力ですよ。それと」


「それと?」


 楽しそうに深山みやまさんのしおりを書き写していたベスティさんが、顔を上げて俺たちの援護に回ってくれた。


「わたしたちは『こっち側』になるので、これからはヒルロッドさんでいいです?」


「……好きにしてくれ」


 ヒルロッドさんの肩がガックリと下がった。ここにきてベスティさん、遠慮がなくなったなあ。

 表情を固定しようとしているアヴェステラさんとガラリエさん、変わらないアーケラさん、笑いを隠さないシシルノさん。いろんな人がいて、見ているだけなら面白い。



「ヤヅの指揮に従うのも一興か。いいよ、ここまできたら開き直ろう。けれど口は出すからね」


「ありがとうございます。遠慮せず、今すぐからでも意見をください」


「わかったよヤヅ。実のところ、俺も少し楽しみではあるんだ」


 最終的には仕方なくといった感じで認めてくれたヒルロッドさんに、俺は頭を下げておく。

 上の人たちが納得しているとはいえ、一部でも彼らの仕事を奪う形だ。お礼だけでもしっかりしておかないと。


 今回引率してもらう大人たちは、予備戦力くらいに考えたい。それでも脇を固めてもらうし、メイド三人衆には師匠役もお願いする予定だ。

 いくら俺と奉谷さんの指揮経験を稼ぐためとはいえ、大人にまで指示出しか。今からちょっと震えがくるな。


「ボクもがんばるから、八津くんもよろしくね!」


「おう。ありがとう」


 タイミング良くこういう声をかけてくれるけど、奉谷さんのそういうところは超能力じみている気がする。

 元気ボクっ娘ロリは強いな。



 ほとんど午前中いっぱいを使った迷宮泊ミーティングもそろそろ終わる。

 最近はもっぱら発表会みたいになっているけれど、いつもの座学よりだいぶ長い時間を使ってしまった。それでも伝えなくてはならないこと、確認しておかなくてはならないことがたくさんあったので仕方がない。


 持ち物チェックリスト、三層に転落した場合の対応、レベリングの順番。

 夜営中の見張り当番、ここにはメイドさんたちやミームス隊も入ってもらう。

 略称、呼称の統一、各種魔獣の持ち帰り素材の選定、それも考慮した料理メニューの予定などなど。

 各人が迷宮でやっておきたいことリストなんていうのもあった。


 綿原さんと二人ということで張り切ってしまったせいか、我ながらよくぞここまで手を伸ばしたものだと思う。

 もちろんそれぞれの項目ごとにクラスメイトたちを頼った。みんなもそれに応えてくれた。それがなにより楽しかったな。



 ◇◇◇



「最後にみなさん、付け加えたいコトや直すところがあったら何でも言ってください。質問でもいいです」


 安堵っぽい息を吐き出して、綿原さんがラストに用意していただろう言葉を発した。

 最後まで先生モードを貫き通した彼女は大したものだと思う。俺にはムリっぽいから。


「うーん、俺たちを脇に置きすぎかな。せめて同列くらいでも」


 納得はするけれど意見は出すと宣言したヒルロッドさんが、言葉のとおり最後に細かい部分で注文をつけてきた。


「同じ列でもダメですよ。タンク……、盾の練習なんですから、むしろ俺たちが前に出るくらいじゃないと」


 それに対して、身を乗り出すように言ったのは古韮ふるにらだ。いちおう騎士班のリーダー扱いになっている。


 盾組の列を維持するのは大切だ。指示役を決めるのにも話し合いはあった。

 委員長は速攻で除外。そんなのはいいからヒーラーに専念していろで終わり。

 佩丘はきおかはガラじゃないと辞退。馬那まなも同じだ。能力も必要だけど、こういうのは性格も大事だしな。

 最近みるみるやる気を見せている野来のきだけど、ひとりだけ体格が小さいので騎士に専念したいという。

 結局は古韮になるわけで、これはまあ消去法だな。本人は気負う風でもなく軽く受け止めていたが、そういうところは大物だと思う。俺もそうありたいくらいだ。



「ヒルロッドさん、わたしも前衛に入りますから、ここは若者たちに譲りましょう」


「フェンタ卿、君までその呼び方か」


「ええ、わたしも迷宮騎士団予定ですから」


「降参だ。ただし、本当に危ない時はわかっているね?」


 最後の抵抗を見せていたヒルロッドさんだったけれど、ガラリエさんがトドメを刺してくれた。


 メイドをしているときのニコニコ状態から、無表情の騎士モードになった時の方が感情豊かというのが不明な人だな。それでも言葉の端々からお姉さん的なオーラを出すことも多くて、クラスの一部、とくに料理班からの支持を集めているやり手だったりする。

 あの佩丘がマジ敬語になるくらいにはすごい。料理と騎士の両方でカブるふたりだ、仲良くやってもらうとしよう。



「あ、言い忘れてました」


 思い出したように綿原さんが口を開いた。言い残しなんてあったか? なんだったかな。


「わたしたちは一年一組全員でこれを作りました」


 いや違う。こんなのは打ち合わせに無かった。

 ここからは綿原さんの言葉だ。


「けれど、アウローニヤの人たちが残してくれた資料やシシルノさんが教えてくれたこと、ヒルロッドさんたちが迷宮で身をもって見せてくれたもの。それが無かったら絶対にムリだったと思います」


 殊勝なことを言う綿原さんは、ある意味らしくないけれど、いつものモチャっとした微笑みだ。


「たくさん教えてくれて、ありがとうございました。迷宮宿泊、絶対に成功させます」


「ありがとうございました!」


 少しだけ熱を帯びた綿原さんのセリフにつられて、クラス全員が、先生までもがいっせいに頭を下げた。勢いでお礼をしてしまった気もするが、うん、これは大切なことだった。

 綿原さんの言葉は全部本当なのだから。



 こちらにはこちらで歴史を積み重ねてきたやり方がある。

 たくさんの先人たちの命を使って実証された、文句をつけることもできない貴重な教訓だ。

 俺たちはそれを学んできたし、使わせてもらう。気軽に否定なんてできるわけがない。


 それでもそこに、別のところから持ち込んだ常識を付け加えることはできる。それこそが勇者の力かどうかは知らないが。

 俺などは結構気軽に知識チートを楽しんでいたけれど、綿原さんは先人の知識を大切なことだと思っていたんだろう。そういうのは素敵な考え方だと、素直に思えた。



 ◇◇◇



「いやあ、実に興味深かった。ワタハラくんが主導になったのだろう? すごいじゃないか」


「は、はあ」


「当然、迷宮から戻ってきたら君たちのことだ、検証と修正をするんじゃないかな?」


「そうですね。フィードバックはしっかりしないと」


「ほう、『ふぃーどばっく』というのか」


 離宮を出て訓練場への道すがら、綿原さんはシシルノさんに絡まれていた。それを見ているだけの俺はうしろで存在感を薄くするように努力している。こういう時は草間がうらやましい。【気配遮断】はとても素敵なスキルだな。


 細かい指摘こそあったものの、綿原さんと俺がメインとなって作った『迷宮のしおり』は、王国側に認めてもらえた。明日からの迷宮泊は、しおりに沿って実行されることになる。


 俺と綿原さん、二人の迷宮委員はまだまだ続くということだ。



「いやあ、やったっすね。八津っち、やるじゃないすか」


「いやいや、藤永ふじなが深山みやまさんも、水路調べをありがとな」


 ちょうど横を歩いていた藤永が、相変わらずのノリで話しかけてきた。


「俺と深山っちは水回りが生命線っすから」


「う、うん。それに八津くん、ベスティさんを回してくれたでしょ。ありがとう」


 ヘラヘラしている藤永と妙にオドオドな深山さんは、地図にあるだけの水回りを調べてもらっていた。


 二人は【水術】使いで、とくに【冷術】をメイン武器にする【氷術師】の深山さんは【冷術師】のベスティさんと組んでもらうことになっている。師弟関係なんだから当然の気配りだ。お礼を言われるまでもない。



 いつもペアになっている藤永と深山さんは、自称付き合ってはいないことになっているけれど、クラスで二組ある公認の片割れだ。

 もうひとつは野来と白石しらいしさん。あちらは家族ぐるみの非公式婚約者で、これまた自称お付き合いはまだらしいから、一年一組に公式な組み合わせはない。


 藍城あいしろ委員長と中宮なかみやさんも半公式だけど、アレはなんか違うともっぱらだ。事務的なんだよな、表面上は。

 盛り上がるのはたまに名前呼びが出た時くらいだ。ここぞで呼び方が変わるのって、こういうのの定番なのだろうか。そっち系は全然読まないからよくわからん。



「八津くん、綿原さんと一緒だったし、がんばってたもんね」


「あ、ああ。うん?」


 珍しくはっきりと笑った深山さんが、思わぬところで仕掛けてきた。

 あれ? どうして俺はそう感じた?

『一緒だったし』? 妙な言い回しをする。そこは『一緒に』だろう。


「これからもがんばってね」


「ああ、迷宮でもやることはたくさんだ」


「ふふっ、そうだね」


 なんとなく歩みが遅くなってしまった俺をおいて、二人はそのまま先に行ってしまった。なんなんだ。



 たしかにこの二日、綿原さんと一緒にがんばって……、まあそんな時間は充実していたと思う。

 うん、とても楽しかった。


 イベントで距離が縮まるという話でもないけれど、文化祭の前のような妙にアガった気分。

 どこぞの映画じゃないけれど、こんな日がずっと繰り返されたら……、なんてことを全く考えなかったといえばウソになるかもしれない。


 もっとぶっちゃければ、クラス召喚されたその日からこっち、毎日がずっとイベントだ。

 最初はハズレジョブ同士という共感で、向こうから話しかけてきてくれて、それからもちょくちょく話すようになって、一緒に二層に落ちて、そこでも必死でがんばって──。


 まあ、そうなんだろう。


 向こうがどう思っているかはわからないし、知ってしまうのはかなり怖い。

 当面は今のままでいい。男らしくないのをわかった上で、俺と彼女は守ったり守られたりが似合っている気がする。


 それにほら、今この状況で変なコトを言ったら、全部がフラグになりそうじゃないか。



「どしたのさ、八津」


「うおっ」


 気が付けば列の最後尾を歩いていた俺に振り返り、鞭を手で遊ばせていたひきさんが首を傾げていた。


「気が抜けた顔してさあ。なぎとなんかあったん?」


「なんで、そこで綿原さんが」


「いや、べつにいーんだけどね」


 深山さんといい疋さんといい、どいつもこいつも。


「凪が言ってたよ。めちゃくちゃ楽しいってさ」


「え?」


「凪らしくないって思うよねぇ? うん、アタシも」


 男女に別れた宿泊部屋だ。当然男に聞かせられない女子トークだってあるだろう。

 だけど綿原さんがそんなことを言うのか?


「そんだけ。ほらほら、みんな先に行っちゃったよ。行こう八津」


「お、おう」


 クルっと俺の手に鞭を巻き付けた疋さんが、そのまま足を速めた。

 引きずられるようについていくわけだが、鞭の扱いが上手くなったな、疋さん。やっぱり神授職って適性が大きいのかもしれない。



「遅いわよ八津くん。シシルノさんをわたしに押し付けたでしょ。まったくもう」


「ごめんごめん」


 俺が訓練場に到着した時にはもう、綿原さんは革鎧を着こんで専用のヒーターシールドを装備していた。もしかしたらシシルノさんと話す時間を短縮したくて、速足になっていたんじゃないか?


「ほらほら、わたしたちは迷宮委員なんだから率先して行動しないと」


「それってどこまで範疇になるんだ?」


「さあ? こっちにいる間はずっとかもしれないわね」


 それは最高に悪くないな。


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