第147話 キャッチボールをしながら:【剛擲士】海藤貴




「あのっ、そこに俺たちも──」


「調査隊ですよね。わたしたちも──」


 ほとんど同時に八津やづ綿原わたはらが声を上げた。言っていることも似たような感じだ。

 シシルノさんのいう調査隊。なるほどそれに俺たちもってことか。


 はっと顔を見合わせた二人はお互い気まずそうにしてから、思い出したように俺たちを見渡した。仲いいな、おい。


「えっと、みんな……」


「八津はどうしてそう思ったんだい?」


 なんと言い訳をしようかという顔をした八津に問いを投げた藍城あいしろ委員長だが、答えはとっくに知っているんだろう、口元には薄ら笑いがうかんでいる。


「……調査が終わるのを待っていても意味がない。時間のムダになるだけだ」


「そうだね。僕もそう思う」


 腹をくくったのか、八津の言葉に飾りはなかった。誰が聞いても勘違いが起きないくらい、あえて強い単語を使っているのかもしれない。

 委員長も頷いてそれを認める。


 時間のムダか、たしかにそうだな。



「君たちは五階位と六階位で適正は二層ということになる。今回の異変は二層が主になっていることだし、調査が終わるまで地上で待機という選択肢もあるね」


「ないですよ、そんなの」


 完全に開き直った八津はシシルノさんの言葉に噛みつくように返事をした。

 ここまでくればクラスの連中だってわかったはずだ。いつになったら終わるかもわからない調査を待つ? ありえないだろ。


「地上で訓練しながら熟練上げは、もちろんやります。だけどやっぱり階位も上げないと」


 綿原もメガネの向こう側の目を鋭くさせながら言いつのる。


 俺たちは階位を上げる必要があるから。



 一年一組は階位やら技能とやらがある、こんなふざけた世界に飛ばされた。

 ここはいままで必死に練習してきたコトを馬鹿にするような場所だ。がんばって筋トレをして作ってきた体が、階位が上がったとかいうワケがわからない理屈で追い越されてしまうような、異常なルールがある世界。


 自称野球少年の俺だってゲームくらいやったことはある。

 レベルを上げれば強くなる。当たり前のコトだ。それを現実でやられると、ここまで理不尽に感じるとはな。



「君たちはそれでいいのかな? ヤヅくんやワタハラくん、アイシロくんは望んでいるようだが」


「やりたいす。早く強くなって、とっとと帰る方法、探したいす」


 俺が言わなくても誰かが代わりになっていただろう。たまたま一番最初に返事をしてしまったのが俺だっただけのことだ。


「カイトウくんもだね。ほかもまあ、聞くまでもなさそうだ。タキザワ先生はどうかな」


 一年一組を担当してくれている六人は、なぜか滝沢たきざわ先生に『先生』を付ける。

 俺たちがそう呼んでいるからなのかはわからないが、悪い気はしないのも本当だ。誰かが言っていたな、そういう細かい部分で気遣っている素振りが大切なんだとか。こういうことを言いだすのは委員長だったはず。


「……わたしも海藤かいとう君たちと同じ気持ちです。ここで止まっていて事態は好転するのでしょうか。帝国の件もあります」


 キリっとした表情で少し眉を寄せた先生が、みんなに時間が無いのだと再確認させる。

 そうだ、早く山士幌に帰りたいのはもちろん、帝国、ジアルト=ソーンだったか、それもあったな。



「わたしはまあ、君たちならそう言ってくれると思っていたよ」


 そんなことはシシルノさんの顔を見ればわかる。八津や綿原が名乗り出ても驚くどころか嬉しそうだったし、そもそも今回の遭難事件を良い機会だとか言ってのけるくらいだ。

 三回目の迷宮で俺たちに同行して、味を占めたんじゃないだろうな。


 どういう形で俺たちが調査に参加することになるかはわからないが、なんとなくシシルノさんが一緒になるのが当然のような気がしてきた。


「この地図に合わせて、君たちの報告書があれば文句は言わせないさ。わたしがシッカリと上を説得してみせよう」


 上、ね。この場合はアヴェステラさんなのか、王子様か、それとも黒幕とかいわれている王女様なのか。どうでもいいか。こういうことは俺にはよくわからない。


「君たちよりも強い戦士はいくらでもいる。だが集団として、そしてなにより研究者としてなら、君たち勇者は王国でも最高の人材だと、わたしは確信しているんだよ」


 もはやシシルノさんの演説だな。またずいぶんと高く買ってくれたものだ。

 これが八津や古韮ふるにらが言っていた『知識チート』とやらのせいかもしれない。



「あの、迷宮がこんなことになっていて、経済や物流とかは大丈夫なんですか?」


 悪い笑い顔をしているシシルノさんにそう訊ねたのは綿原だ。経済やら物流やら、面倒くさい単語が出てきた。


「とても大丈夫とは言えないね。木材や鉄が採れなければ職人が困る。加工品を売る者、買う者もだ」


「もちろん食べ物も、ですよね」


「言うまでもないよ」


 綿原の表情が重くなった。シシルノさんが飄々としたままなものだから、なおさら対比が酷い。どちらが深刻に捉えているのかワケがわからなくなりそうだ。


 迷宮に魔獣が増えたのならどんどん狩ればいいじゃないかと思うのだけど、今はそういう状況ではないらしい。事故が起きた昨日今日だからな。事態がハッキリしていないのが問題だ。

 いくら必要な素材のためとはいえ命を賭けて迷宮に入るのだから、安全は確保しておきたいといのは当たり前の感覚だろう。



「君たちの世界には迷宮が無いのだったね。わたしにはちょっと想像できないが、迷宮が止まるというのは大事おおごとだと思ってほしいかな」


「……いえ、原因は全然違いますが、わたしたちも似たような経験、ありますから。地震とかで」


 なるほど、綿原が物流とかを気にしていたのはそういうことだったか。


 あれは数年前、俺がまだ小学生の頃だった。大きな地震があって、そのせいで大規模な停電が起きた。いつもなら数時間もあれば復旧するはずの事態はそれから三日も続き、みるみる街からモノが減っていったのを憶えている。

 あの時は街から一切の光が消えて、星が綺麗だなどと変なコトで喜んでいたが、商売をしている人や病院などは大変だったと後で知ることになった。そういえば綿原の家は車のバッテリーを繋いでまで店を開いていたらしい。サイコーマートはこういう時こそ客を待つ、ってな。


 状況がよくわかっていない俺はといえば、家の庭でやったポータブルガスコンロのジンギスカンが美味しかったとかいう記憶が残ったくらいのものだ。

 バカだな。楽しい思い出が先にくるなんて。


 高一になった今ならわかる。アレは異常事態だった。



 王都にとっての迷宮は日本でいうスーパーで、ガソリンスタンドのような側面を持っている。俺なりの理解の仕方だが、綿原が言いたいのはそういうことだろう。


 なにも置かれていない食品棚、灯油の切れたストーブ、充電できないスマホ。どれもこれも普段が当たり前だったからこそ、無くなって重要さや便利さを思い出させてくれる。


「わたしたちアウローニヤは困っている。一刻も早くこの状況を改善したい。手段を問わず、と言いたいくらいだ」


 シシルノさんはいつの間にか表情を変えていた。


「適任者がいて、彼らも自身のために望んで迷宮に入りたいと考えてくれている。文句のつけようもなく、両得だね」


 いつもの得意満面で邪悪な笑みではなく、そこにいるシシルノさんは優しく微笑んでいた。

 言っていることと表情のギャップがありすぎて、俺にはこの人がなにを考えているのかよくわからん。だけどどこか、信用させるなにかも感じる。


 大人というのはズルい連中だ。



 ◇◇◇



「っしゃ、いくぞー」


「おう」


 夕日を背に受けながら、ボールを投げる。

 相手をしてくれているのは大盾を持った【岩騎士】の馬那まなだ。グローブを使えよ。


 午前中どころか昼飯を挟んで、夕方まで時間を使って俺たちは報告書を仕上げてみせた。とはいっても活躍したのは白石しらいし野来のき、八津、綿原、古韮あたりの、要はいつものメンバーだ。俺も一応【剛擲士】としての意見は言ったけど、それくらいしか出番はなかった。

 机に向かうようなのは苦手だし、役割分担ということにしておこう。ならば俺は体を動かす方で活躍するしかないだろう。


「イヤッ!」


 あっちで弓を練習しているミアも似たようなものだな。



 馬那に受け手をやってもらっているのは、なにも八津が疲れたとかそういう理由ではない。アイツは奉谷ほうたにに掛けてもらった【身体補強】で嬉々として跳ねまわっているから、どうにも声を掛けにくかっただけだ。

 べつに馬那は渋々相手をしてくれているわけではない。アイツはアイツで【反応向上】の練習になっている。だがそれでも盾に向かってボールを投げるのは、どうにもしっくりこないな。


「百六十とか、もうそういう次元じゃないな、コレは」


「どうした、海藤?」


 呟く俺に馬那のヤツが訝しげな顔をしているが、そっちはそっちでアホみたいなスピードのボールを軽く盾で捌けているのを異常だと思ってくれ。

 少なくとも俺は百七十以上の球速なんてモノを見たことがないから、今の自分が出している速さなんて想像するくらいしかできない。二百以上あるんじゃないだろうか。



「なあ馬那よ」


「ん?」


「お前さ、今の力を持って帰りたいと思うか?」


「……俺は正義のヒーローになりたいんじゃない」


 なるほど、自衛官を目指している馬那らしい答え方だと思う。

 俺だってそうだ。山士幌高校一年の海藤は最速二百キロのストレートを投げます。アホか。

 同じくらいの球速でスプリットだって投げられるぞ。どこのキャッチャーが捕れるというのだろう。八津か。怪物バッテリーの登場だな。



『部活の野球は中学で終わりにする。高校は陸上やって、適当に草野球でもするさ』


『いいの?』


『俺は化け物でもないし、天才でもないから』


『そっ』


 中学三年になって進路が話題になったとき、姉ちゃんとこんな話をしたことがあった。


 俺の言ったことは全部事実だ。現代野球は根性だけでどうにかなるようなモノじゃない。これから身体がデカくなるかもしれないが、だからといって十勝界隈だけでも俺を越えるピッチャーなんていくらでもいる。そいつらが俺と同じように大きくなって努力して。

 中学生なのに変則左腕がウリなんていう俺が、高校で大成するわけがない。それに山士幌の連中とつるむのが気に入っているからな。


 マンガとかならここから悩んで、やっぱり野球をしたいです。みたいな展開もアリなんだろうけれど、あいにく俺の高校生活は三日で一時停止したままだ。野球と関係ないところで苦悩するネタには困っていない。マンガのジャンルをいきなり変えるなよ。



「結局ヒルロッドさんもアヴェステラさんも来なかったな」


 ボソリと馬那が呟く。コイツの話し方はいつもこんな感じだ。


「だなあ。忙しいんだろ」


「迷宮、早く入りたいな。帰る手段、探さないと」


「どうしたよ、馬那。帰りたくないとか言ってたクセに」


「あれはまあ、勢いだ」


 そうなんだろうな。ウチが牧場で馬那のトコは農家だ。後を継ぐという話は、いろいろ思うところはあるだろうさ。



「それに古韮に言われた」


「なんて?」


 古韮め、馬那になにを吹き込んだ? 面白いことならいいけれど。


「異世界に逃げても幸せになれるのは主人公だけ、だとか」


「なんだそれ」


「よくわからん」


 キャッチボールを続けながら、よくわからない会話が続く。俺はグローブで馬那は盾だけど、これってキャッチボールなのか?



「それに……、俺は主人公じゃないだろうから」


「そりゃそうだ。ジャガイモみたいな顔じゃないか」


「うるさいぞ。海藤だって野球小僧だろう」


「ああそうさ。だからこうやってボールを投げてる」


 思い切ってスライダーを投げても、見事に馬那は反応してみせた。階位と【身体強化】に【反応向上】か。アホらしいとは思うが、この世界で舐められないためにはどうしても力が必要だ。


 ピッチャーをしていた俺が【剛擲士】か。

 八津や古韮が言ってたな。神授職というのは心根やこれまでの経験が影響しているんじゃないか、とかいう話だった。どうやらこっちの世界の生まれでもそういう傾向はあるらしい。貴族の家から騎士が出やすいのだとかなんとか。


 俺はそれになんとなく納得している。

 アイツら的にアタッカーとかいわれている俺、ミア、草間くさまはるさん、ひき中宮なかみやに先生。草間は微妙だけど、全員攻めっ気が強くて器用なタイプだと思う。

 佩丘はきおかはいろいろできるが器用なんかじゃない。アレは地味に努力して身につけたものだ。むしろアイツは守るタイプだと思う。なるほどだから【重騎士】というわけだ。


 ほかの連中もだいたい印象通りだな。

 強いていえば笹見ささみと綿原がよくわからん。もしかしたら弱気な部分でもあるのかもしれない。綿原が弱気というのは、ちょっと信じがたいがな。


 それに八津だ。なんだよ【観察者】って。

 見ているだけは許さない。アイツはもう仲間で、友達だ。むこうが認めなくても、俺がそう思っているから諦めてもらうしかない。



「なあ馬那よ」


「なんだ」


 キャッチボールは続いている。


「お前ってホントそのまんまだな」


「……悪いかよ」


「いや、悪くない」


 俺が海藤牧場を継いで、姉ちゃんは町の獣医になる。将来の目標だけはハッキリしているんだけどな。

 八津の家も牧場だけど、アイツはどうする気なんだろう。たしか従兄弟が家を継ぐのだったか。八津は手伝い、と。


 もしかしたらアイツ、いつかサイコーマートの若旦那をやっていたりするかもな。


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