第352話 推測される性能とは
「【魔力観察】……。少なくともわたしの記憶にはない技能だね。まったくもって、ヤヅくんは飽きさせくれない」
俺と
すでに『緑山』とミームス隊は遅くなった昼食のために四の十六部屋に移動を終えていて、料理長の
ジャガイモと馬肉を炒めてさらにアウローニヤ風の調味料を投入しているのだろう、スパイシーでなかなかいい匂いが広間に広がっているのだけど、俺と並んでシシルノさんと対峙している綿原さんの表情は、ちょっと剣呑だ。
「ダメですよ?」
「なにがだい?」
「八津くんはこれからもずっとわたしたちと一緒で、シシルノさんに預けるわけにはいきません」
シシルノさんが俺に向けたネットリした視線を見て取った綿原さんは、本体とサメを駆使して立ちはだかっている。
あなたを守ってあげる系女子、それが綿原さんのカッコいいところだ。
だけどはたして、どういう権利で使ってシシルノさんが俺を手中に納めることができるのだろうか。
そもそもネタだと思うし、シシルノさんのそういう態度はこれまで文学少女な
「ワタハラくんが心配をする必要はないよ。勇者は勇者のあるがままに、さ」
「
「節度は弁えてるからね。冗談と本気の境界線が楽しいんじゃないか」
なぜか両腕を広げて大袈裟な物言いをするシシルノさんを見ながら、同行していた白石さんとその相方な
俺もそこまで重たい心配はしていないし、むしろ大仰なシシルノさんのマッドサイエンティストモードは好物なくらいだ。
ちょっと不機嫌そうな綿原さんにしても、わかっていてやっていることなんだろうし、ここらで本気に【魔力観察】について話しておきたい。食事ができるまであまり時間もないからな。
シシルノさんと対決するこの場に白石さんと野来が一緒してくれているのは、二人が技能アドバイザーでもあるからだ。ついでに【魔力察知】と関連するかもしれないからニンジャな
綿原さんは最初っから当たり前に俺に付き添ってくれている。
チラチラとこっちの様子を伺っているクラスメイトもいるが、あまり大人数になっても仕方ないからな。料理の手伝いと周辺警戒をよろしくだ。
「わたしは、知らない、かな」
「僕もだね。そんな文献は無かったと思う」
そんな白石さんと野来は、俺に出現した【魔力観察】は未知の技能であると断言してみせた。綿原さんはサメと一緒に黙って頷いている。可愛らしい大物っぷりが彼女のセールスポイントなのだ。
同じく黙って聞いている草間は思わせぶりにメガネを光らせるだけだけど、遊んだりしてないだろうな。
「君たちがそう言うなら間違いないのだろうね」
どうやらシシルノさんから、白石さんと野来に向ける信頼度はカンスト状態のようだ。
「それに『観察』という言葉が付いた技能をヤヅくんが見落とすはずがない。そうだね?」
そして俺は、ちょっと偏った信じられ方をされているみたいだな。微妙に扱いが違っていないだろうかと悪い笑顔をしているシシルノさんを見れば、バッチリと目が合った。
「ならばヤヅくん、見解を聞かせてもらえるかな?」
そこでシシルノさんは笑みを大きくするわけだ。
ただし邪悪方面なスマイルではなく、その表情にはむしろ探求の色が強い。なんで俺はシシルノさんの顔色を判断するのが上手くなっているのやら。
「普通に考えれば『魔力を観察』できる技能ですよね」
「だろうね」
まんまなコトを俺が言っても、シシルノさんからは呆れた空気は流れてこない。
だからこの人とする議論は面白いんだ。
物事を考察する場合、ましてやイチから推測をするなんていう時にスタート地点をハッキリさせるのは悪いことなんかじゃない。こちらに呼ばれてからずっと積み重ねてきた会話で、そういう考え方をシシルノさんから言外に教えられた気がする。もちろんシシルノさんだけじゃなく、ほかのクラスメイトたちからも影響を受けて、もしかしたら俺からもお返しのように。
人それぞれにいろいろな考え方の手段があるんだなって、高校一年になって思い知らされた。早いのか遅いのか、浅いのか深いのかはわからない。
こうしてシシルノさんを持ち上げまくると
「だったら【魔力視】や【魔力察知】となにが違うのか、ですよね。まずは【観察】と同じように──」
シシルノさんに顎で先を促された俺は、ここまで脳内で考えてみたことを、そのまま垂れ流すことにした。
どこかで指摘が入れば、それならそれで軌道修正なり撤回なりをすればいい。
さてまずは【魔力観察】という技能の名前が大前提だ。そもそも【観察】というフレーズがくっ付いている段階で、視界内での限定された技能であることが推測できる。では同じように視覚の制限を受ける【魔力視】と比べればどうだろう。
【魔力視】は視界内に納まる対象物の持つ魔力量を見ることのできる技能だ。そこにある魔力の全てをだぞ。もしもシシルノさんの【魔力視】と俺の【観察】を合体できればすごいことになりそうだ、なんて考えたこともある。
ならばもしかして【魔力観察】こそがソレではないかと期待をしてみるが、たぶんそれはないんじゃないかと思うのだ。なぜなら、そんな超技能であるならば【魔力視】の方が先に出現していてしかるべきだし、これまで魔力を見るなんていうことをしてこなかった俺が、いきなりそんな上等なマネができるようになるとは思えないからだ。
「つまり、視界内限定の【魔力察知】。下限で見積もった想定ですけど」
「いいね。同意できる部分も多いよ」
楽しそうな顔で最後まで聞いてくれたシシルノさんは、どうやら合格点をくれるような雰囲気だ。ただし満点ではない、と。
「では、ワタハラくんだ。ヤヅくんの推測を聞いてどう思ったかな?」
「わたしですか?」
「そうさ。ヤヅくんが皆を【観察】しているように、ワタハラくん、君だってヤヅくんを見ていたはずだろう?」
シシルノさん、そんな表現だと綿原さんが深淵なナニカみたいになってしまいます。
ネタが理解できてしまう白石・野来ペアは俯いて笑いをこらえているし、草間はむしろメガネを輝かせている。今のフレーズが気に入ったのか?
そして我らが綿原さんは頬を赤くしながらぐぬぬと口元をモチャつかせ、代わりとばかりにサメを乱舞させている。カオスだなあ。
「……気になったのは草間くんが【魔力察知】を出した時との違いです」
「ほう?」
それでもなんとか踏ん張った綿原さんが言い出したのは、草間と俺との差についてだった。
草間の時か。アレはたしか最初の迷宮泊だったかな。そういえば同じタイミングで【魔力遮断】も出していたっけ。【気配遮断】が有能だからすっかり候補から外れているけど、『遮断』をふたつ重ねたらどうなるんだろうって話をしたことがあったな。メタい意味で死に設定にならないといいのだけれど。
おっとそうじゃない。綿原さんの話の続きを聞かねば。
「草間くん、候補に出た時どうだったの? それと、取った時も」
「んー。ほかの技能と一緒でポワンって出たよ。取得した時は……、結構魔力を持ってかれちゃったって感じかな」
綿原さんに話を振られた草間は、メガネを煌めかせつつもハキハキと答えていく。どうして陰キャイメージからそういう口調が飛び出してくるのやら。
「あ、そうか」
そこで口を挟んだのは野来だった。
「どうしたのかな、ノキくん。言ってみたまえ」
ニヤリと笑うシシルノさんが議論を回す。
「たしか【魔力察知】って【反応向上】と同じくらいだったよね?」
「それは取得『こすと』のことだね、ノキくん」
「あ、はい。ごめんなさい」
微妙に言葉が足りなかった野来に、シシルノさんがすかさず補足する。普通にコストって言ってくるからなあ、シシルノさんは。
そして俺もここで気付いた。
俺たちは技能を取る時に減った内魔力を感覚的に把握できる。アクティベートしていない段階ですら、脳内にある光の粒の大きさで、おおよその取得コストすら感じることができてしまうくらいだ。
そして一年一組はそれをある程度数値化した。正確には試みたのだけど、成果としては七割くらいの成功といったところだろうか。
自分自身における技能ごとの取得コストは相対的に判別できる。ただそれがほかのメンバーと共有できるかといえば、答えはなんとなくイケる、だ。
たとえば草間と綿原さんは二人とも【反応向上】を持っている。草間の場合、自身の【反応向上】と比べて【魔力察知】は同程度だと判定し、綿原さんは【鮫術】の方が【反応向上】よりも重たかったと判断した。
ならば【魔力察知】の方が【鮫術】よりもコストの軽い技能なのかといえば、それは言い切れない。そもそも後衛職である綿原さんの【反応向上】取得コストが前衛職の草間と比べて同一であるかの保証はないし、それは【魔力察知】でも【鮫術】でも同じことがいえる。とくに神授職固有の技能については総じて重たい傾向もあり、あまりアテにならないと俺たちは考えているし。
結局はみんなが取った技能をリストにして、ワイワイと話し合った結果を、概ねという形でまとめるしかなかったというのがオチだ。
それでも傾向は見えてくる。前衛職と後衛職で差があるかもしれないが、同一名称の技能は、どの職であっても同じようなコストで取れそうだというのが俺たちの出した結論だった。
「八津くん、【反応向上】と比べてどう?【魔力観察】」
野来に持っていかれたのがちょっと悔しかったのか、綿原さんが会話をインターセプトして俺に振ってきた。楽しそうにサメが泳ぐ。
これたぶん、綿原さんは気付いているな。
そう。綿原さんや草間と同じように、俺も【反応向上】を持っているのだ。つまりこれを基準にできる。
「【魔力観察】の方が重い。たぶん【観察】と同じくらいだと思う」
俺の答えを聞いた綿原さんがしたりとばかりにモチャっと笑う。
普段なら取得コストが重たいとなれば、それは良い意味にはならないはずだけど、今回のケースでは違う。
「ではヤヅくん、ここまでの指摘を受けた上で、君なりの結論を言ってもらえるかな」
完全にスイッチの入ったシシルノさんが良い笑顔で俺を促す。楽しそうだなあ。
綿原さんまで嬉しそうだし。
「【反応向上】を基準に考えれば、【魔力観察】の方が【魔力察知】よりもコストが重たい」
「そうだね。そういう推測が成り立つ。ひどく感覚的なのが残念ではあるけれど、それでもだよ。するとどうなるだろう。ヤヅくんはどう考えるのかな?」
「【魔力観察】は、視界内限定の【魔力察知】なんていう下位互換にはならない、です」
シシルノさんに続きを促された俺は、導かれた結論を述べた。
系統が違う技能ならば取得コストの違いがそのまま性能差になるとは言い切れない。だけど今回の場合、相手は【魔力察知】と【魔力観察】という、おおよそ同系統と目される技能だ。コストが性能に跳ね返ってくる可能性は高いと思う。
「それに八津くん、【魔力観察】が候補に出るちょっと前からおかしかったじゃない」
「綿原さん、それじゃ俺が変な人みたいだよ」
「変でもいいじゃない」
たしかに綿原さんの言うとおりで、つい数時間前、聖女な
だからといって俺は変な人ではないし、綿原さんもそういう謎な全肯定はしなくってもいいから。
「技能が候補になる前に兆候が見られるなんていうのは珍しい現象だね。そちらも調べてみたいところだが、今はそうじゃないんだろうね」
「……
「なるほど。さすがはシライシくんだよ。よく見ているし、憶えているね」
俺を実験動物を見るような雰囲気になったシシルノさんだったが、この場にいないアルビノ不思議少女な
白石さん、それでいいのか? それとも俺を助けるためじゃなく、単に気付いたコトを言っただけなんだろうか。
たしかに深山さんに【冷徹】が出現した時は、かなり精神的にキテいたのは知っていたけど、アレはメンタルの問題であって、今回の俺のとは違う気もするんだけど。
いや、今にして思えば今回の迷宮、妙に【観察】の調子が良かった気もする。
「……階位と【観察】の熟練度? 解放条件でもあったっていうのか」
「ほう。ほうほう! なるほど【目測】でもそうだったが、【観察】を前提にした派生技能ということだね!」
声が大きくなったシシルノさんのせいで、広間にいたほぼ全員の目がこちらに集中した。例外は料理中の上杉さんや佩丘くらいだ。ブレないなあ。それでも耳がこっちに向いているのは【観察】しているぞ。
だけどあり得る話だ。【観察】の熟練度が一定以上で、かつ十階位の達成。ゲームなら攻略サイトに記載されていそうな文面だな。
【目測】の時は【視野拡大】と【視覚強化】が揃うのが条件だったか。本当にゲームみたいじゃないか。
なんで俺の【観察】ばかりが、そうなんだろう。
いやいや、そうじゃない。【睡眠】だって派生したし、綿原さんの【蝉術】もある。上杉さんの【聖導術】もそうだ。もっといえば草間の察知や遮断系だって似たようなものじゃないか。
だけど【観察】だけ派生が多いのが引っかかるんだ。しかも段階的にというのが気になる。これで二回目だぞ?
「さて、まとめるとだ。ヤヅくんが候補に出した【魔力観察】は【魔力察知】に劣るものではない。だが【魔力視】が出ていない以上、精密な魔力量を測定するような技能ではなさそうだ。こんなところかな?」
俺がネガティブっぽい思考に陥っているのを他所に、シシルノさんは見事に結論をまとめてくれた。
落としどころとしてはそんなものかと納得はできる。ここから先は取ってみないと、といったところだろう。
【観察】がどういうモノで、【観察者】とは何者なのか、今は置いておこう。
ここは迷宮の中なんだし、俺には頼もしい仲間たちがいるのだから……、それでいいじゃないか。
「……くっ、くくく」
「シシルノさん?」
突如雰囲気を変えて笑い始めたシシルノさんを見て、綿原さんが怪訝そうに声を掛ける。
「ははっ、ははははっ。勇者の仲間にはあらゆる魔術を行使した【賢者】がいたという。【師】でも【士】でもない【者】だ。聖女は【聖者】で勇者は最初から【勇者】。これはそこらの伝承などではないよ。もっと漠然とした、ただのおとぎ話だ」
両手で腹を押さえ、迷宮の天井を見上げて大笑いをしながら言葉を並べるシシルノさんは結構怖い。
いきなりどうしたのかと場が騒然となるが、俺にはシシルノさんがそうする理由が見えていた。一瞬だけどシシルノさんは俺の表情を、伺っていたんだ。
「いつか言ったとおりだよ、ヤヅくん。君は最初から【観察者】だった。全てを見届ける【者】。いつかは【魔力視】ですら使いこなすだろうとね。【魔力観察】、そんなものは途中経過だよ」
「シシルノさん……」
ぐるりと俺を向き直ってからも狂的な笑いを隠さないシシルノさんだが、さすがに俺も申し訳なくなってきた。というか、俺が止めるべきなんだろうな。いくらなんでも大袈裟すぎるし。
「いつまでそのノリなんですか?」
「……興が乗っていたのに、酷い言いぐさじゃないか。もっと言わせてくれても」
「十分ですよ、もう。オチだけ聞かせてください」
熱が引いたように普段通りに戻ったシシルノさんが俺に抗議を入れてくれるが、そうじゃないだろう。オチもだいたい見えたことだし、フィニッシュを決めてくれていいから。
「ヤヅくんは現時点で最初で唯一の【観察者】だね。だがこれからもそうなんだろうか?」
「ありがとうございます。そう言ってもらえると、嬉しいです。本当に」
「なに、礼には及ばないよ。魔力研究者としての本心からなのだから、気にしないでほしいかな」
外から勇者たちを見ていたからこそ、俺の気がかりにシシルノさんは気付いていたのかもしれない。それを今こそ払拭させようと演じてみせた。
いや、クラスメイトのみんなもそうなんだろう。俺の神授職が特殊だというのを重々承知した上で、あえてそれを悪い議題として口にしていなかっただけだ。【師】でも【士】でもなく、唯一の【者】を一年一組は黙って受け入れてくれている。
外側からと内側という、立ち位置による対応の違いなのかな。
「君たちがいつまでもこのままであるはずがない。常々わたしは思っていたんだ。ほら、話をしたことがあるだろう?【熱剣士】のコトを」
シシルノさんが持ち出したのは神授職が変化したという逸話だ。たしか【熱術師】が【熱剣士】になったとかそういう話。実話らしいが主人公の名前は忘れた。
「ヤヅくんだけのはずがない。彼がひとりなのは、勇者の旅が始まったばかりだからじゃないかな?」
今は俺一人かもしれないが、これから一年一組に【者】が現ると、つまりシシルノさんはそう言っているのだ。
もちろんそんなのはこの人の希望的観測に過ぎないし、俺に対する慰めも混じっているはず。本人がおとぎ話と言ってのけたくらいなのだし。
どうしてこのタイミングでこういう展開に持ち込むのかと一言ツッコミたくもなるが、俺がグジった顔をしてしまったのが原因なのはハッキリしている。
【魔力観察】の予想をしていただけだったはずなのに、どうしてこうなったんだろう。
「シシルノさん」
「どうしたんだい? ワタハラくん」
それなのに、なんともいえない微妙な空気をまったく読まない素振りな綿原さんが、マジ顔でシシルノさんに語り掛けた。
これにはシシルノさんも笑顔を引っ込めて、怪訝そうに聞き返すしかない。キマっている時の綿原さんは怖いからなあ。
「わたしは【鮫者】になれると思いますか?」
「……なれるさ。なれるかどうかじゃないね。君は君の意志で、なるんだ」
「そうですよね」
謎の確認をした綿原さんがメガネを光らせモチャリと笑い、シシルノさんはとても良い笑顔でそれに対峙してみせた。
なんなんだろう、このオチは。いや、その気概はとても嬉しいんだけどな。
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