第351話 逞しくなっていたヤツら
「
「やったね、二人とも」
「うんっ!」
「あ、ありがと」
俺と弟系男子な
ダイコンやらビートを始末した結果、十階位を達成した後衛組は二人。【奮術師】の奉谷さんと【騒術師】の白石さんだった。馬の始末をしていた前衛にレベルアップした人はいなかったけれど、あちらは遅かれ早かれだろう。
これにてアウローニヤ組を除いた残る九階位は二人だけ。【観察者】の俺と【石術師】の夏樹。
「なんか、胸に来るものがあるよね」
「言うなよ夏樹。覚悟の上だろう?」
「うん。シシルノさんたちも一緒だし」
「おう。二人だけじゃない。合せて五人だ。明日には二人追加なんだから、それまでに俺たちも、な」
「だよね!」
などと慰め合う夏樹と俺だが、ぶっちゃけかなり悔しいのも事実だ。それでも俺たちはクラスメイトとして、柔らかグループの仲間として、レベルアップした二人を称える。
今は魔力タンク系メンバーの階位が上がることこそがクラス全体における最重要事項だから、ここは奉谷さんと白石さんの階位上昇を喜ぶシーンなのだ。だよな、夏樹よ。
「わたしは【鋭刃】、かな。ごめん
「気にしないでよ、
メガネおさげでオタな白石さんはレベリングという単語をナチュラルに使ってくる。そんな彼女は効率重視で【鋭刃】を取得した。【鋭刃】を出現できていないロリっ娘な奉谷さんに一言入れるあたりが白石さんらしいな。
そして奉谷さんだが、こちらもレベリング効率を上げる方向にいく。
バッファー、ヒーラー、魔力タンクとロールがたくさんな彼女は、必然的に取得すべき技能も多い。候補としては【魔力凝縮】【魔力受領】【覚醒】【身体操作】が本命となるが、ここでは無難な選択をしたようだ。なんだかんだで身体系技能は全ての基本になるからな。
【魔力伝導】で魔獣の魔力を阻害する戦法もないわけではないが、魔獣と正面から戦うわけでもないメンバーがトドメのためだけに取るというのはさすがに却下。それなら白石さんのように【鋭刃】を待った方が堅実だし。
今後このままクラスの事情が変わらなければ、つぎの十一階位で【魔力凝縮】か【魔力受領】の二択だろう。
本人の考え方次第ではあるが、魔力タンクとしての性能を取るか、ヒーラーとして強化するか、そのあたりは同じく回復役な上杉さんや
「ぶいーん!」
そんな奉谷さんは、さっそく【身体操作】の効果を試したいのか、両手を広げて走り始める。
百五十に満たないというクラス最低身長の奉谷さんがそんな恰好で走る姿は、もはや高機動型ロリ元気娘だ。実に和む。
後衛とはいえ十階位ともなれば、地球ならばオリンピックの一部競技で出入り禁止を食らうくらいの力を出すことができる。そんな奉谷さんの移動速度はのどかな掛け声とはかけ離れた超高速なのだが、そのあたりにはもう慣れた。繰り返しになるが、むしろ和む。
「ちょっと鳴子。フォームはシッカリだよ!」
「えー!?」
そんな光景だけど陸上女子な
走ることに対する情熱は人一倍なのが春さんなのだ。
同じく中学までは長距離を走っていた綿原さんは、あまり運動の方には口を挟まない。体を動かすことに関しては天才肌なタイプだと思うんだけどな。学校の成績も上の方らしいし、演説も上手い。基本的にやろうと思えばなんでもできてしまうんだろうなあ。ただし料理は……。
そんな天才性は必要があることと、興味が向いたことに重心が乗っかるという感じか。とくにサメ。
いかんいかん、奉谷さんの走る姿から綿原さんプロファイリングに思考が移っていた。
この世界に読心系の技能がないことに心から感謝を捧げよう。
話は戻って取得した技能だが、上杉さんはもちろん無し。【魔力超回復】とかが存在するならまだしも、彼女はとっくに【魔力回復】を取得している。検討された【魔力受領】についてはギャンブルだからと却下されているし、そっちはむしろ相対的に魔力に余裕がある【聖盾師】の田村が試す方が無難になるからな。
そしてガラリエさんだが、とっくに【睡眠】を取った……、わけではない。
神スキルたる【睡眠】だが、即効性が高いので寝る直前まで引っ張っても問題ないというのが理由だ。もちろん熟練度によって消費魔力を減らすこともできるのだが、それよりも道中のイレギュラーに備えた方がマシだろう。
これがシシルノさんやベスティさんなら即取りしてみんなを呆れさせることくらいはやりそうだけど、ガラリエさんは慎重というか常識側な人なので、そこまではっちゃけはしない。
とはいえ当人は絶対に【睡眠】を取ると決めているようなんだけどな。【翔騎士】のガラリエさんは魔術系を強化するのが本筋であるのにも関わらずっていうあたりが、彼女の頑固さを表しているというかなんというか。
「馬肉か」
「ワリとイケます」
「何度か食べたことはあるが、たしかにアレは美味かったね。それにしてもいい手さばきだ」
「魔獣って、構造が単純なんで」
ザクザクと馬肉を切り出している寡黙系男子な
馬那が馬肉を捌いている図、か。上手いこと言ったぞ、俺。
実はヒルロッドさんたちは魔獣を捌くのが、言ってはなんだがヘタクソだ。とくに肉系が。
とはいえミームス隊が不器用だとか、近衛騎士だからツケ上がっているとかそういう意味ではなく、単純に経験不足としか言いようがない。
「少し見ないあいだにも、君たちは努力していたんだね」
「そうでもないです。生きるためですから」
「君たちは普通にしてくれていても、生活の保障をされているはずなんだけどね」
「イザって時はあります」
お褒めの言葉を投げかけるヒルロッドさんに対しても、馬那はバッサリだ。自衛官を目指しているせいもあってか、サバイバル精神があふれまくっている。
本当の最初の頃にネズミの死骸を刺して嘔吐していた俺たちは、もうどこにもいない。
そう、これこそが俺たちとミームス隊の違いだ。
近衛騎士のレベリングを専門にしている第六近衛騎士団『灰羽』は、基本的に素材を持ち帰らない。彼らの迷宮行には平民の『運び屋』が同行して、素材の回収と運搬をするシステムになっているからだ。もちろん訓練騎士たちも、素材運びなどはしない。
鮭氾濫の時は俺たちと一緒になって素材運びを手伝ってくれたが、あれは勇者のワガママを聞き遂げただけだ。ついでに新種の魔獣だから、少しでも多くのサンプルを持ち帰るという意味もあったのだとか。こちらはシシルノ教授の強権が発動された形だな。
そんなヒルロッドさんたちは、迷宮泊研修と同じ理屈でサバイバル訓練として最低限の解体方法は知っているし、最初の頃に俺たちも習う側になっていたくらいだ。
なんならミームス隊は全員が平民上がりで、軍人をやっていた当時はある程度素材の回収はやっていたそうなのだが、階位の関係で二層の魔獣までしかまともな経験がなく、しかも騎士になってからはブランクができてしまったのだとか。それが数年ともなると、鈍りもするだろう。
それとは逆に俺たちは、積極的に自分たちの手で魔獣の素材を持ち帰るのを心掛けている。最近では行動に制限がかかるので、運び屋に同行してもらっていないくらいだ。
なぜかそうするのかという理由なら山ほど出てくる。もったいない精神、魔獣への慣れ、イザというときのサバイバル手段、刃物の扱い方、タダ飯で王国に借りを作りたくない、迷宮騎士団として仕事の一環、炊き出し用の材料、そして勇者ムーブ。むしろやらない理由が見当たらないくらいだな。
「俺たちも手伝った方がいいのかな」
「いえ、これも練習す」
あちらでは所在無げなラウックスさんが
アイツ、野球少年だけあって反復練習に熱心なタイプだからなあ。
もちろん一年一組の中でも解体作業の得意不得意はある。
技術的な理屈と精神的な理由で不得意側に入るのは、柔らかグループ全般が該当するが、その中では料理人の上杉さんが上手な方になるか。メンタルでも。
特筆するべきメンバーとして馬那と海藤、上杉さんまでは挙げたが、ほかにはこの手の話題になると毎度のごとく登場する
精神的に一歩を乗り越えて、最近では技術を身につけたという意味では
言ってはなんだけど意外とヘタ……、あまりお得意ではないのは
精神面では全く問題ないのだけど、なぜか上手くできない人たちなんだよな。武力が高いメンバーばかりなのは、果たして偶然なのだろうか。
もちろん俺もヘタクソ側。これだけはハッキリさせておかないと、ほかの人を落とした意味がないからな。ちなみに夏樹あたりは解体作業になると目が死ぬ。
なので動物系魔獣の解体はもっぱら上手な連中に任せ、俺や夏樹なんかは野菜の足をもぐ作業がメインになる。
「おう、
「ありがとう。じゃあ、移動準備かな。春さんたちもそろそろ戻って来るだろうし」
家庭とサバイバルを両立させてしまう系男子な佩丘が素材の回収を終えたと伝えてくれば、俺に反対する余地などない。
素材回収関係は佩丘、上杉さん、綿原さんあたりがキッチリ管理してくれている。
最近では道中での重量や、動き易さ、イザという時のために食料として使う最低限の分量や、もっと言えば今日の昼食や夕食はもちろん、明日に落ち合うことになっている女王様やアヴェステラさん、ミルーマさんたちにお出しする料理までを考慮してくれているのだ。
どこに口出しをする要素があると。
なので俺としては先行偵察に出てくれている陸上女子の春さんと、メガネ忍者な草間たちの戻りを待つわけだ。移動準備だけはしておかないとな。
「たいへんたいへん!」
「どうしたのっ!?」
そうして待つこと一分もしないうちに、慌てた様子の春さんが広間に飛び込んできた。草間は……、いない?
春さんの慌てっぷりに、
「四の十五だけど、ジャガイモがいっぱいだったの。たぶん二十体くらい!」
「草間はそれに巻き込まれた!?」
部屋番号四の十五は、ここから三部屋くらい先にあるけれど、予定経路からは一部屋ズレる。
移動ルートのひとつ隣を確認する行為は、たしかに偵察としては正しいけれど、戻れなくなるような迂闊なコトをするなんて。
強く返した俺の声には、棘が含まれていたかもしれない。
こういう時こそ冷静にならなきゃならないのに。というか、あれ? こういう事態で一番に動き出しそうな先生が何も言ってこないし、腕を組んで春さんを見つめているだけってことは……。
「草間は【気配遮断】使って待機してる。ジャガイモを逃すのは惜しいし、八津なら絶対来るから、だってさ」
「……そっか、ありがとう。それとさ、そっちを先に言ってほしかった、かな」
「ん?」
春さん、そういう『わたしなんかやっちゃいました顔』はミアだけにしておいてほしいんだ。
たしかに俺は【観察】持ちで、一呼吸入れて落ち着いてから春さんの様子を見れば一目瞭然。彼女の表情にはたしかに焦りもあるが、動揺はない。つまり早くジャガイモの群れに突撃しないと、なんていう感じの焦燥だったということか。
先生はそこまで見切っていた、と。
俺もまだまだか。高一男子に同じクラスの女子の心の内が見えるワケがないんだけどな。
「脅かすなよ」
「言い方、ダメダメだね」
「
まあ俺だけでなく、クラスメイトのほとんどが苦情を告げているわけだけど。
「で、行くんでしょう? 八津くん」
ヒルロッドさん並みに疲れた顔をした綿原さんが俺に確認をしてくる。綿原さんも見抜けなかった側だったか。サメもしょんぼりモードになっているし。
「春さん、道中は?」
「ん? 今なら大丈夫」
そのあたりに抜かりはないと思うけど、いちおうの確認はしておかないとな。
「急ごうか。昼飯はジャガイモで頼めるか? 佩丘」
「くだらねぇコト言ってんじゃねえ。草間がひとりなんだ。急ぐぞ」
俺の小粋なジョークに対し、佩丘は実にらしい返事をくれた。
こっちだって急ごうって言ってるじゃないか。
なにしろ相手は大量のジャガイモだ。もっと詳細に説明すれば、柔らかグループが倒せるという実績があるジャガイモの群れ。挑まなくてどうするか!
◇◇◇
「やり切ったねぇ」
「ははははっ、わたしが十階位だよ。このわたしが」
「自分でも信じられません」
順にベスティさん、シシルノさん、アーケラさんのセリフである。
戦闘は実に二時間以上に及んだ。ひとつの部屋でこんな長時間の戦いなんて、ハウーズ救出の最終盤以来じゃないだろうか。
前衛が普通に倒すぶんには、この人数も勘定に入れればたぶん五分もあればイケただろう。
ただし、
ましてやそこから二つしか持ち込めていない寸胴を使っての『芋煮会』ともなれば、そりゃあなあ。女王様から
「なんで『芋煮会』をやってたら、昼飯の時間を過ぎてたってことになるんだろうなあ。
「言うなよ
「まあな。おめでとうだよ、八津」
イケオタな古韮が苦笑を浮かべてグチってから、その上で褒めてくれるのだけど、そういうのはズルいと思う。
昼食の予定時間を大幅に過ぎているのは事実なんだけどな。
「どうしよう。【身体操作】だよっ。僕が【身体操作】」
「やったね。夏樹くん」
「ありがとう。草間くんがジャガイモ見つけてくれたからだよ」
視界の隅に十階位を達成して……、というより【身体操作】を取るタイミングになったことでテンションを爆アゲしている夏樹が映る。
発見者として祭り上げられ、それに応対している草間も付き合いのいいヤツだ。
「いよいよだね、夏樹くん」
「うんっ!」
そこに小柄な騎士の
一年一組の中だと夏樹と草間に、オタク農家な野来を合せたこの三人が、細身で比較的低身長って感じで背格好が似ている。見た目も穏やかだしな。
だけど性格はもちろん違っている。基本は元気で、それでいて緩急の激しい夏樹。前髪をメガネまで伸ばして大人しめに見えるのはポーズで、普通にしゃべる草間。そして大人し系のオタクだけど、密かに熱血な野来ってところか。
「どうするの、八津くん。お昼は大丈夫そう?」
クラスメイトの人物評、しかも男子相手に謎な解析をしていたところでサメを引き連れた綿原さんが登場した。
「ん、ああ。隣の部屋ならイケると思う。佩丘! 上杉さん!」
食材は辺りに散らばっているわけだし、できれば近場で昼飯にするのが手っ取り早いかな。
「なんだぁ?」
「どうしました?」
洗ったバックラーの上にジャガイモを並べている二人が揃って返事をしてくる。
「隣の部屋、四の十六に移動して昼飯にしたいんだ。いけるか?」
「とっくに冷めちまってるしなぁ。茹で直すよりか、炒めるか」
佩丘からの答えは場所や設備の問題ではなく、すでに調理方法に及んでいた。まったくもって頼もしすぎる料理番だな。
「じゃあ一部屋移動してから休憩と昼食ね。みんなもいいかしら?」
「うーっす!」
辺りを見渡した綿原さんが遅くなった昼休みを宣言すれば、元気な声が広間に響いた。
「八津くんは技能、どうするの?」
「うーん。【魔力回復】も悪くないんだけど、やっぱり【身体操作】かな」
「そうよね。うん、いいんじゃないかしら」
心持ち顔を寄せて聞いてくる綿原さんに俺は明るく返す。迷ったのはフリみたいなもので、心はとっくに決まっていたんだけどな。
そう、ついに俺も【身体操作】を取る段階にやってきたのだ。夏樹のはしゃぎっぷりを笑えたものじゃない。俺だって内心では大喝采中なのだ。
ところで綿原さん、なんで俺より嬉しそうにモチャっと笑っているのかな。こちらも愉快な気分だから大歓迎だけど。
いい感じにハイになった俺は、いつものように【観察】を使いながらみんなを見渡す。俺が十階位か。やっぱり仲間の最後尾になってしまったけれど、みんな強くなったものだ。
さっきは上杉さんの覚醒も見れたし、今度は誰が目覚める番だろう。
「ん?」
「どうしたの八津くん。さっきもそんな感じに……」
何かがチラついたような気がして思わず目を細めた俺の変化に気付いたのだろう、綿原さんが笑いを引っ込めてマジ顔になる。
「なにかモヤっと、した、よう、な……。あれ?」
「八津くん? 大丈夫?」
ああ、コレって。だけどいつもより重たいイメージがあるな。
「技能が生えた」
「え?」
頭の中に光の粒が増えていた。しかもいつもより大きめな感じのが。
「【魔力観察】だってさ」
いかにも【観察者】向けの技能だけど、ここで問題なのは、俺はこんな技能を知らないということだ。
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