第353話 者たちよ
「
「……それはどういうことかしら、
【鮫者】とかいう読み方が不明な神授職に就こうと目論む綿原さんだったが、そこに待ったをかける命知らずがいた。
まあ、草間なんだけど。【魔力察知】の話題もあったからずっとここにいたんだよな。
喧嘩を売られたと判断したのか、綿原さんが青いフレームのメガネをキランとさせて詰問すれば、濃緑色な縁取りメガネを輝かせる草間が真っ向から立ち向かう。
草間の方が三センチほど身長は高いが、視線は直接……、メガネの光加減でよくわからないな。がんばれよ、俺の【観察】。今さっきシシルノさんに持ち上げてもらったばかりだろうに。
一瞬にして白いサメを三匹浮かび上がらせた綿原さんは、まるで威嚇でもするように草間の近くを周回させる。バリバリの示威行動って感じだ。ミリオタの
そんなサメに脅かされながらも草間からはどこか余裕が感じられる。
「くっ」
そして綿原さんが圧されている? あの綿原さんが?
いったい草間が何をしたというのだろう。【観察】ではなにも見えなかったのだけど、不可視の攻撃手段なんて草間にあったか?
「ふっ、さすがは綿原さん。気付いたようだね」
草間お前、そんなキザなセリフ吐くタイプじゃないだろう。ふっ、てなんだよふって。
「なにを……っ、言っているのかサッパリわからないわね」
「やれやれ。そんなだから『さめもの』か『さめじゃ』だかわからないようなコトを言い出すんだよ。ぐあっ!?」
余裕綽々だった草間の顔にサメが直撃した。なにやってるんだアイツは。
綿原さんを煽るとか、どんな根性してたらできるんだよ。
いちおうメガネとヘルメットのお陰でダメージは入っていないようだからセーフといえばセーフだけど、クラス内ルール、物理的な喧嘩はご法度に抵触するぞ、これ。
焦る俺だが、なぜか
「ちょっと今の。メガネなかったら危なかったよっ!?」
「本体が無事ならいいじゃない」
さっきまでの余裕が吹き飛んだ草間が綿原さんに抗議をするが、受け入れられることはない。
さてこの場合の本体とは、顔そのものかメガネなのか、どっちなんだろう。
こんな光景を見せられたミームス隊などは慌てふためいているが、むしろクラスメイトたちはバカな展開を囃し立てる側に回ったようだ。
「草間よぉ。後衛の魔術まともに食らってどうするんだよ」
「
謎の声援が飛び交っているのだが、無責任な感じが満載だ。適当なコトを言う仲間たちが声色は気やすい。要はマジ事だとは捉えていないということだ。
しかも俺まで草間の言わんとしていることが理解できてしまっているのが気まずい。
今さっき答えが閃いたのだ。この勝負、草間の勝確だな。それでもがんばれ、綿原さん……。
「綿原さんが強硬手段を取るなんてね。それだけ追い詰められたってことかな」
「そ、それはっ」
勝利を確信しているからこそだろう、草間がなんとか余裕を取り戻す。逆に綿原さんからは追い詰められている空気が出まくりで、うん、オークに追い詰められた姫騎士モードって感じかな。
草間とて前衛職だ。素早くサメの攻撃範囲から距離を置く。こうなると綿原さんとしては攻め手に欠ける。
勝ち負けの根本部分はそういうところではないにしても、草間としては格好をつけたいのかもしれない。
「綿原さんは言ったよね、【鮫者】になるって」
「ええ、言ったし、わたしはなるわ!」
「それはかまわないよ。だけどさ、僕の存在を無視してくれたら、困るんだよ」
「くっ」
本日二度目となる綿原さんのくっころだ。
このアホらしい戦いの核心が見えてしまった俺としては、そういう間抜けな感想が出てきてしまう。
「じゃあ綿原さんは心して聞くといいよ。僕は【忍術士】。さあ、もうわかっているんだよね?」
「……それは認めるわ。けれど、それでもっ!」
「僕は【忍者】になる!」
これがオチだ。引っ張りすぎだろ。
ウチのクラスには様々な神授職を持つメンバーが揃っているが、【者】というフレーズを日本人的に、かつ日本語的に一番受け入れやすいのが誰かと言われれば……、【忍術士】の草間が【忍者】となるというのが圧倒的だ。
これはそれだけの話でしかない。そう、シンプルで説得力があるだけに、綿原さんは圧されていたのだ。
どこに圧がかかる部分があったのかは不明だけど。それでも俺たちにとって【忍者】というフレーズが持つネームバリューは抜群だ。草間が強気に出るのもわかる。
この事態を焚きつけたシシルノさんは、一歩を引いてニヤニヤと推移を見守っているけれど、ズルくないか、それは。
そもそもフィルド語では通用していないはずの戦いなので、アウローニヤ組は展開が読めていないだろうに。
「わたしが【剣者】になるというのはダメかしら」
「それはダメだっ!」
そんな光景を黙って見つめていた木刀少女の中宮さんが不穏なワードを口にすれば、クラスの男子が総動員でツッコミを入れる。なんかフレーズがアレな方向だし。
「【豪拳者】というのはどうでしょう」
さすがに見かねたのか、先生までもが参戦を表明してきた。日アサみたいな肩書で突入してくるあたり、先生のセンスは悪くない。さすがはこちら側を知る者だ。中宮さんや綿原さんとは格が違うな。
「あ、それはアリです。さすが先生」
ちなみに絶賛しているのは、これまた知っている側の人間、オタ女子な
「というのはさておき、そろそろではないですか?」
「おう。飯できるぞ」
先生が視線を向けたのは料理担当の
収拾を付けるために立ち上がり、昼食という落としどころに持っていくあたりはいかにも先生らしいやり口だな。
「馬肉とジャガイモのピリ辛炒めっぽいなにかだ。味は保証するぞ!」
「うーっす!」
食事ができあがるまでの余興のように開催された謎のバトルは、佩丘の声で終了した。
◇◇◇
「
「笑い飛ばすくらいでいいと思うのよ。八津くんの【観察者】はすごいってことでいいじゃない。いずれ【鮫者】になるわたしが保障するわ」
「【忍者】も大活躍の予定だから、ちゃんと見ててね」
さっきまでバチバチ火花を飛ばしていがみ合っていた草間と綿原さんは、普通に食事をしながら会話をしている。しかも話題は俺のネタだ。
たしかにさっきまでの二人のやり取りはじゃれ合いだったのだとよくわかる光景だな。暴力系ヒロインなどはいなかったのだ。良かった。
それともうひとつ、メガネ四天王の時もそうだったけど、ウチのクラスのメガネグループが悪ノリした時は要注意だ。
「みんな、なんか気を使わせてたみたいで、ごめん」
「なぁに言ってやがんだよ。隊長だろが、お前は」
ちょっと気まずくなって頭を下げた俺だが、嫌味な口調で
するっと隊長なんていう単語を入れて、俺を認めてくれてるあたりが実に田村が田村していて安心感がすごい。
「そうよ、八津くんは隊長なんだから、いなくなったら困るわ」
「【観察者】特権とかでひとりで山士幌に帰るとかナシだからね?」
田村に続き、綿原さんと草間が俺を詰めてくる。
だが草間よ、【観察者】特権とはいったいなんなんだ。姿をくらますなら【忍者】の方が得意そうに感じるのだけど。
「【
「【
俺たちのすぐ近くでは【奮術師】の
もしかしたらしばらくのあいだ、一年一組で【者】ブームが流行るかもしれない。俺だけ乗っかれないじゃないか、それ。
それと繰り返しになるけれど、ナチュラルにフィルド語の中に日本語を混ぜ込む会話になっているから、アウローニヤの人たちが置いてきぼりだぞ。
シシルノさんなどは目を光らせているが、さすがに漢字の読み方レベルの日本語解読はムリだろう。
「【
「【
「【
さらに
「えっと、【
「ダメだよ。委員長は【勇者】で確定なんだから。それに上杉さんと被るじゃないか」
無理やり言わされた感のある【聖騎士】な
残りひとりの【重騎士】佩丘は完全無視の構えだ。
「八津お前、責任取れよ?」
「なんでだよっ!」
「俺はどうするんだよ。【聖者】は持ってかれたし、【盾者】か? それとも【聖盾者】か? ゴロが悪いだろうが」
「知るかよ」
そんな光景を呆れたように見ていた【聖盾師】の田村が俺に無茶振りをしてくるが、こんなのは回避不能だ。
そもそも元ネタはシシルノさんだろうが。それでもまあ、シシルノさんも俺に気を使ってああいう会話に持っていったのはわかるし、感謝もしているのだけど。
「代わって言ってくださって、ありがとうございます」
「いやいや、外部の者だからこそ好き勝手に言えることだってある。タキザワ先生が立派に若者たちを導いているのは、誰もが知るところだよ」
そんなシシルノさんは先生からさっきの件でお礼を言われているようだ。
先生だってあえて神授職で区別しないことで対応してくれていたんだから、俺としてはそれで十分助かっていたんだけどな。
それこそ初日の夜に追放だって言われるんじゃないかとビクビクしていたくらいだし。
「わたしなど彼らと同じ、若造ですから」
「仲間ということかな?」
「ええ。立場からすれば許されないのかもしれませんが、そうありたいと願っています」
「あなたが羨ましいよ、わたしは。心底ね」
「そう言っていただけると、嬉しいですね」
先生は謙遜しきりでシシルノさんが鷹揚に答えている感じだけど、二人とも大人だよなあ。
そんなやり取りをヒルロッドさんたち大人グループが温かい目で見守っている。
こっちの世界でロクでもない大人にたくさん出会ってしまった俺たちだけど、それ以上に多く、真っ当に尊敬できる人たちとも知り合うことができた。
そもそも常識や倫理観が違う世界で、しかも王城の中だけという特殊な空間だから比べることにムリがあるのだとしても、どんな世界にだって見習うべき人っていうのはいるんだろう。
これ以上世界を跨ぐ気はないけどな。
◇◇◇
「ヤヅくん、君は【魔力観察】を取るつもりなのかな。それとも無難に【身体操作】かい?」
食事も終わり、遅くなってしまった昼休みも終盤になって、実に意地の悪いシシルノさんの質問が飛んできた。
普通に歩いて近づいてきたのに、どこかにじり寄るって感じだったものだから、綿原さんのサメが警戒態勢に入ってしまったくらいだ。そんなに胡散臭い接近の仕方をしないでもいいだろうに。
それはさておき、本気でどうしたものだろう。言われた通り、無難にいくなら【身体操作】で動きを良くする方向で間違ってはいない。それが既定路線だったのだからな。
「あ、えっと……」
「
綿原さんとは反対側の隣にいた弟系男子の夏樹が遠慮しそうになりかけたので、ハッキリと言っておく。せっかく説得完了しかけていたところだし。
「……うん。取ったよ。【身体操作】」
「そっか。すぐに追いつくからな」
可愛い顔を精一杯真面目にした夏樹は、やっと【身体操作】を取ってくれた。
十階位になったら取るってずっと言ってきていたのだし、ここで変に躊躇されてもこちらが困るんだ。
むしろシシルノさんがこうして登場してくれたからこそ、思い切り夏樹の背中を押せたのかもしれないな。悪い笑顔をするのがシシルノさんの得意技ではあるけれど、だからといって俺たちの害になるようなコトは絶対にしない人だ。どうせこのタイミングで現れたのにも意図があるんだろう。
「だね。僕たちはずっと一緒のグループだよ」
「夏樹はリーダーなんだから、責任は取ってもらうぞ」
「任せてよ」
シシルノさんはいったん置いておいて、夏樹には言い含めておくことがあったのだけど、向こうから決意表明をしてくれたのには助かった。
柔らかグループのリーダーは永遠に夏樹だからな。言質は取ったぞ。
それとおめでとうだ。ついに【身体操作】だな。
「若者たちの友情は見ていて気持ちがいいね」
俺と夏樹が青春を噛み締めているところで、シシルノさんが会話に再突入してきた。さて、どんな話のもって行き方をするのやら。揺蕩うサメが監視をしている中で、シシルノさんが言葉を続ける。
「とはいえ休息時間も残り少ないだろうから、わたしからは短くしておこうかな」
「ギリギリまでなら大丈夫ですよ」
らしくもなく遠慮がちな物言いをするシシルノさんだが、俺は知っている。この人は必要なコトを選択するし、時間制限があるならば優先順位をつけてくることができる人だ。迷宮向きだよな。
しかもさっきのように道化をしてまで俺のコトを救ってくれるような人物でもある。
話があるというのなら、シッカリと最後まで聞いておかねば。
「とても無念ではあるのだが、わたしは君たちの出奔に同行しないんだよ」
「……できない、じゃなくて、しない?」
とても意外で、それでいて至極当然なシシルノさんのセリフだが、そこにあった言葉選びに敏感に反応したのは綿原さんだ。
「そうだよ、ワタハラくん。わたしは自らの意志で王城に残るんだ」
「一緒に来るっていうのは冗談だって思ってましたけど、それでも、いいんですか?」
「ああ。わたしはね、リーサリット陛下の治世を見てみたいんだよ」
少しの驚きを持って綿原さんはシシルノさんの顔を覗き込んでいる。当然俺も【観察】をしているのだが……、大人の女の人が考えていることなんて、表面からわかるわけもないか。
それでも本気っぽいんだよな、シシルノさん。【観察】で判別したというよりは、これまでの付き合いで学んだ会話パターンとして。
俺たちは数日後にアウローニヤを離れることになっている。行く先は東のペルメッダ侯国。『冒険者の楽園』とか『冒険者で成り立つ国』とか呼ばれている国だ。
そんな一年一組一行だが、同行者を募っているわけではない。なにせ無国籍で自由な冒険者を目指すのだ。無責任に他者を巻き込むなんてできるはずがないから。
だけど同時に知り合いの誰かがついてきてくれたら嬉しいという気持ちもある。
具体的には六人いる勇者担当者のうちの誰か。
そんな同行者候補の筆頭格は自他共に認めるシシルノ・ジェサルさんだ。三十歳くらいで金髪碧眼の知的美人なお姉さん。マッドなサイエンティストムーブが一年一組のオタ系なメンバーに大人気な、魔力研究の第一人者でもある。
今さらな人物紹介ではあるが、シシルノさんには申し訳ないのだけど、消去法でもあるんだよな。
たとえばヒルロッドさんには家庭がある。この段階で、絶対にムリだ。
ましてや近衛騎士で副長なんていうこの国の平民上がりとしては頂点レベルの層にいるんだ。投げ出して冒険者などあり得ないにもほどがある。
アヴェステラさんは女王様の右腕として、事務方でバリバリやらなければいけない。今後の人事については教えてもらっていないが、ヘタをしたら宰相の跡継ぎまであり得るお人だ。俺たちに同行できるわけがない。
アーケラさんについてはなんとも微妙なのだけど、ウチの女子たちによる予想では、元第一王子の侍女に戻ってウニエラ公国についていくんじゃないかと言われている。それがロマンスなんだとか。
予想という点では難しいのがベスティさんとガラリエさんで、二人とも最初からの第三王女派、つまり女王様の子飼いだ。
ベスティさんは侍女兼隠密として、ガラリエさんは表向きの護衛として、それぞれ女王様の護りにつくのが筋なのだけど、今回の一件で昇進もあり得る。とくにガラリエさん。
ガラリエさんの実家はアウローニヤの東方にあるフェンタ子爵家だ。お父さんは正式なフェンタ子爵だし、次代は弟さんが継ぐ予定だったところで今回のクーデター成功ときた。勝ち組に属したからには当然なにかしらの恩恵があるはずで、もしかしたらフェンタ伯爵の誕生、なんてコトもあるかもしれない。
ガラリエさんは自身より御家の安泰を願っているみたいだし、それが最高な落としどころなのかもしれないな。
ならば本人がフリーになるかといえば、これまた近衛騎士という安定職に就いているわけだし、引き抜くのは気が引ける。
そういえば紋章官の資格を持っているなんていう話もあったっけ。メタい表現をすれば死に設定だな。使いどころなかったし。
そしてベスティさんは、どうやら女王様を信奉している。ガラリエさんのような御家の事情ではなく、個人的に恩義があるのだとか。
リーサリット陛下が誕生したことでベスティさんが出世するかどうかはわからないが、彼女は最後まで裏方から女王様を助ける道を選びそうな、そんな気がする。
で、シシルノさんだ。
「『魔力研』の所長という話は本当だよ。まあ、それはどうでもいいのだけどね」
「どうでもいいって……」
正式名称はたしか『王国軍総合魔力研究所』。通称『魔力研』はアウローニヤにおける魔力研究の最高峰だ。
そこのトップの座をどうでもいいと言い切ってしまうシシルノさんに綿原さんが呆れてしまうのも仕方がないだろう。俺だって同じ気持ちだから。
「言っただろう? わたしは陛下の治世を見届けたいんだよ。そうだね、そのために必要な立場でも所望してみようかな」
「それこそ顧問じゃないですか」
「『王室顧問』か。それもいいね。さすがはヤヅくん、話が大きい」
「そこまで言ってませんって」
好き勝手を言うシシルノさんに思わずツッコミを入れてしまったら、返ってきたのはしたり顔だった。
だけどこの話、この場でする必要が?
「だからね、ヤヅくん、ワタハラくん、ナツキくん。君たちには今後、わたしが迷宮に同行できないことを想定しておいてもらいたいんだよ」
「……【魔力視】」
それを呟いたのは、はたして俺だけだったのだろうか。
そうか。シシルノさんはそれを伝えにきてくれたんだ。
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