第382話 再興のために
「僕たちの案、ですか」
いきなり出てきた『案』とやらに、
「表現に迷いますが、高階位の者を農耕馬と近い感じでその、扱うという考え方ですね」
「ああ、それのことですか」
ちょっとだけバツの悪そうなアヴェステラさんの説明で、委員長をはじめ、クラスメイトの数名がそういうことかと納得の表情を見せた。
「ほかとは違いベリィラント隊には十四階位や十五階位がいます。今まで通りの隊としての運用は危険でしょう」
「それは、そうでしょうね」
アヴェステラさんの懸念、実質的には女王様の代弁が理解できてしまった委員長が相槌を入れることで、話が前に進み始めた。
「そこでみなさんが考えた、地上での運用です」
「だけど階位が高すぎませんか?」
「高階位であるほど効果は見込まれますし、あの者たちを分散するには都合が良いのです」
「それは……、たしかに」
アヴェスエラさんの言うことに委員長が確認を入れるが、たしかにベリィラント隊は分ける必要がある。
もともと高い階位を持つ人に、地上で農業や建築に携わってもらってはどうだろうかというのは、一年一組側から出された提案のひとつだ。
この世界には当たり前だが、トラックやコンバインなどは存在していない。馬車や荷車はあるし、風車や水車もあって、ある程度のレベルの製鉄もされているが、そこまでだ。
迷宮や魔力があるが故に文明が進展していないのかはわからない。だけど社会構造的に生かし切れていない力があると思うのだ。
それこそが人力。地球感覚では酷いフレーズだけど、この世界では違う。
圧倒的な力を誇る人たちが剣や盾ではなく、鍬や斧を持ち、石を積みあげればいい。時間さえかければ普通にピラミッドだって作れると思うんだ。それくらい階位による外魔力強化はデカい。
兵士としてではなく、軍事マニアの
階位がステータスであり、とくにアウローニヤでは初代勇者のせいで王城そのものであるアラウド迷宮に対する信仰も深い。
食料事情を筆頭とする迷宮素材の獲得と、戦争という要素が最優先されるものだから、どうしてもそれ以外の視点で高階位者を野良仕事に回すという考え方が薄いのだ。
その効果をより派手にするために、七階位程度の反抗的な敗残兵などというケチな連中は使わない。アヴェステラさんはそう言っている。
この際投入すべきは十三階位クラスの騎士職。つまりベリィラント隊を解体して、一人か二人ずつで運用するというやり方だ。そちらの方がインパクトという面で現地の人たちもわかりやすいというのは、うん、理解出来るぞ。
ではそんなヤバいユニットに対し、誰が指示を出すのか。
「分散して東部諸侯に、注意書きを添えて貸し出すことを考えています」
ベリィラント隊は女王様に仇を為そうとした明確な反逆者の一味であり、いちおう恩赦で生かすが、その生殺与奪権を所有するのは王家のまま。それを地上での牛や馬の代わりとして貸し出そうという腹積もりか。
「貸し出すとはいえ、衣食住の保証は諸侯に求め、それ以外についてはなにも。強いて言えば日々の詳細な報告書を要求するくらいでしょうか。基本的には農業でどれくらい役立つかを確認したいところですが」
アヴェステラさんが怪しい微笑みを浮かべながら言ってきたことを、俺たちは否定しにくい。
原案を言い出したのはこちらだし、女王様も以前から考えていたものだから、ノリノリで話し合ってしまったことがあるからなあ。
どこから人材を引っ張るかについてだけど、俺たちは口出ししていないぞ、念のため。
ところでこの案、俺たちが言いたかったのはあくまで一時的な農業特有のタイミング、力仕事が必要な時に集中して投入するというやり方だ。土起こしとか収穫の時期だな。
それ以外の季節は、やはり迷宮に入って素材を集めつつ階位を上げて、戦争に備えるべきだろうとも思わなくもない。
とても残念なことにどうやらこの世界、偶然か必然かはわからないが、一年のサイクルと俺たちの登場が同期しているくさいのだ。資料に残されていた年間の気温変化や雨量の経緯が、それを指し示している。温度計がなくたって、気温なんかは俺たちの体感と相対化してしまえば、概ね想像できるしな。
つまり俺たちが四月の頭に飛ばされたとして、こちらに来てから二か月超。ならば今は六月の半ばから下旬だと考えると、アウローニヤ農業のメインとなる小麦の収穫には二か月ほど早いし、農業を知らない十四階位や十五階位の騎士を細かな作業に投入するのはアホらしいということになってしまう。
この国の農業や季節については小麦農家の娘な
なんとも間が悪い話ではあったけどな。
「なら開墾、ですか」
「はい。シライシさんのおっしゃることも行う予定です」
コトが農業となると黙っていられなかったのか、白石さんが話に加わった。
「今のうちに来年用の畑を広げる。冬用の作物も種類によっては……」
「そうですね、まずは伐採と開墾。現地を知る者の指示と階位ある者との協同で、どこまで可能なのかを試しておきたいと考えています。ですが本命は街道整備でしょう」
「あ、そうですね。それが一番だと思います」
アヴェステラさんの言う女王様の案、ほとんど高階位奴隷みたいな扱いに、オタ系の白石さんはサクっと同意してみせた。
総長に従った敵対者ではあるし、命を取られるわけでもない。衣食住の条件次第だが、それについてはアヴェステラさんに一言入れておけば問題なさそうだし、むしろその必要すらなさそうな気もする。
人材を大切にする女王様がいて、ましてや人手不足な状況だ。使える奴隷を潰すなんてマネを許すはずも無いか。
連中にとっての不満は自分たちが貴族であることと、近衛騎士からの転落という現実になるのだろうけど、それこそまさにざまぁファクターだから、この場合は知ったことではない。
とはいえ街道整備ときたか。
「みなさんもご存じの通り、王国東部は農作地としては不適とされています」
アヴェステラさんの言うご存じの通りというフレーズに、俺たちへの信頼が込められていてくすぐったいが、たしかに勉強をしてきた自信はある。
アウローニヤにおける農業の基本は南北を縦断するパース大河に沿って成り立っている。
とくに中心となるアラウド湖、つまり王都近郊は十分な水が確保できるため、農業が盛んだ。同じく北と南も。
南下したパース大河は帝国との自然国境として海に向かって西進するため、王国西部も川沿いに畑を作ることができている。もっともその辺りは帝国と鉢合わせになるので、盛んとまでは言い難いようだ。
で、アヴェステラさんの言った東部だ。
王国東部が特段荒れ果てた荒野というわけではない。ただ、ペルマ山地があるために東に行くほど標高が高くなるため気候と植生がちょっと異なり、中央部に比べると水源が少ないというのが特徴といえる。
なので、アウローニヤとしては相対的に農業に向かない土地とされてしまうのだ。
三十年前まではそれでも良かった。というのも東部のさらに東、ペルマ山地を越えた盆地がペルメール辺境伯領として、そこに『アウローニヤ東部のペルマ迷宮』があったからだ。迷宮からの資源と王都との物流で、そこそこの農地があれば領地経営は回っていた。
だけどもそこは現在、ペルメッダ侯国という別の国になってしまっている。
迷宮も無く、農耕にも向かない。東側諸侯の没落は当然だった。
しかも、辺境伯が離反して成立したペルメッダ侯国とアウローニヤの交流が再開した時点で、関税に類する利権は王室と行政府、つまり中央貴族の懐に入るように手を回され、この段階で東側の貴族に登り目はなくなったというのが、ここ三十年における歴史である。
見事なまでの負けっぷりだな。その筆頭格がガラリエさんの実家であり、ペルメッダと国境を接するフェンタ子爵家だ。
ペルメールの乱で日和見をしたおかげで、関税権は全て王室が没収。主要流通路の領地貴族が中央に根回しして細々とやっているのに対し、狭い耕作地と宿場町からの税だけがフェンタ家の収入らしい。
という事情で負け組な東部貴族たちは、同じく弱小な第三王女派に流れた。フェンタ子爵家をはじめ、第三王女派に与する東部諸侯は数多かったりする。
宰相派に付いたら何をされるかわかったものではないと。
「見事貢献を成し遂げた東部の再興は、西の開拓と並び陛下の願いでもありますから。そうですね、ガラリエ」
「はい……」
アヴェステラさんの言葉に感極まった様子のガラリエさんは、同僚というより上司と部下みたいになっている。
離宮に来た当初はそんな感じだったなあ。アレはまあ立場もあったし、メイド三人衆を低く見せることで俺たちの油断を誘うなんていうのもあったようだけど。
というわけで新たな女王様が誕生してしまった現状、フェンタ子爵家は大逆転勝利を得たわけだ。
女王様は第三王女派を優遇するし、それは当然のことだろう。そのための派閥なのだから。
ともあれベリィラント隊の人たちには悪いけれど、いや、全然悪くないな……、とにかく気合を入れて力仕事をこなしてほしい。
七階位ですらオリンピック選手を超えるような能力が発揮されるのだ。ならば十三階位クラスの、ましてや身体系技能が豊富な騎士職が本気を出せばどうなるか。
これからのフェンタ子爵家のことを考えれば、なるほど街道整備というのはいい案ということになるだろう。
ちなみに女王様の計画によると、北部はラハイド侯爵にお任せで、南部はそもそも宰相のお膝元。今後は兵士の撤収も兼ねて、できるだけ南部から人口を引き抜く政策を取り、いざとなれば切り捨てて帝国との緩衝地帯にする覚悟までしているのだとか。
ここまですっかり忘れていたけれど、捕縛された宰相や軍務卿などは性格がかなりヤバいとされる第二皇子との密約で、帝国に送られることになるはずだ。
ここにラスボスムーブは消え去った。二年後に改造されて戻って来なければ、だけど。
俺たちが気に掛けている範囲の敵対勢力の結末は、こんなところかな。
◇◇◇
「気の重い話ばかりではなんですので、ここからは褒美について、どうでしょう」
そんなアヴェステラさんの提案に、クラスメイトたちの表情が一気に楽になった。
力が抜けたというか、中には【平静】を解除したヤツまでいる。【観察】を使っていると本当に微妙な表情の変化が見て取れるので、なんとなくわかってしまうのだ。
シシルノさんが【魔力視】を使う時にちょっとだけ目が細くなるのとか、各人がとある技能を行使する時に見せるちょっとした機微ってやつだな。
今にしてみれば、当初シシルノさんが技能を使ったなんて判断できたのは、単に細かい表情の変化だったことを思い出す。
アレは技能の発動を直接【観察】が察知したわけではない。それをできるようにしたのが直近で取得して俺を悩ませた【魔力観察】だというのがなんともはや。
ましてや心が読めるわけではないので、【観察】というのは安全安心な技能でもある。
「みなさんの言う『ネタばらし』になってしまうかもしれませんが」
「聞きたいです!」
一転イタズラな笑顔になったアヴェステラさんのセリフに、ロリっ娘な
クラスメイトたちからも反論はなさそうだし、俺も興味は深々だ。
「ガラリエの叙勲、ベスティの所属、アーケラの動向。このあたりはみなさんご想像のとおりです」
アヴェステラさんは最初に旧メイド三人衆の扱いについてひとまとめに語った。
ガラリエさんは男爵になって『緑山』の跡継ぎとなる部隊の隊長になる。
ベスティさんはそこの副隊長か、隊長補佐ってところだろう。ベスティさんにとってそれが褒美になるかどうかはわからないけれど、本人が納得するならそれはそれでアリかな。
そしてやはり、アーケラさんはハウーズたちと同じく、元第一王子に付き従ってウニエラ公国を目指すようだ。
「フェンタ子爵家には便宜が図られますし、ベスティとアーケラも報奨金を賜るでしょう」
アヴェステラさん曰く、それこそ一生困らない程度の金額にはなるらしい。
アーケラさんは澄ましたままで、ベスティさんはニコニコだ。天涯孤独のベスティさんの人生が今後豊かになるのなら、俺たちとしては願ったりである。
「アーケラの出国も認められますし、ディレフ家は女王陛下への恭順を誓っています。無下にされることはありません」
続けられた説明にあちこちから安堵とも悲しみともつかないため息がこぼれた。
それがアーケラさんの意志ならば、叶えてあげたい。クラスの総意ではあるものの、アウローニヤを出るという事実そのものが、山士幌育ちの仲間たちには重く感じるのだろう。
生まれ育った地元を離れるというのはなあ。戻って来れる機会もなさそうな境遇だし。
「感謝の言葉もございません」
「それは直々にお伝えください。ベスティとアーケラについては式典での公表はありませんが、個別に拝謁する機会はあるでしょう。それこそ明日にでも」
俺たちの複雑な心境を他所に、アーケラさんがうやうやしく頭を下げるが、アヴェステラさんはむしろ困った様子だ。
いまさらここにいる勇者担当者たちが女王様に会うのにどんな障害があるのやらってな。腰が引けるのなんてヒルロッドさんくらいじゃないだろうか。
あれ、そういえばヒルロッドさんだけど、さっき離宮に現れてから黙ったままのような。
「ならばわたしは自分から語ろうかな」
「シシィ……」
「いやなに、さっきまでの宴席でヤヅくんには話してしまっていたからね。急いで全員に伝えなければ依怙贔屓になってしまう」
「……どうぞご自由に」
話の途切れを狙ったかのように立ち上がったシシルノさんが堂々と宣言すれば、アヴェステラさんは諦めムードになってしまった。
もはやこの二人の関係性はそういうものだと誰もが理解しているので、一部のひねくれ者とクールタイプは除くとして、ほとんどのみんなはニヤニヤとした温かい笑顔を送るだけだ。
俺だけに話してあるっていう部分が小さな誤解を招きそうで怖かったけれど、この場でバラしてくれればセーフだろう。俺としても大歓迎。
「わたしが賜るのは肩書になるね。国軍総合魔力研究所所長兼王室付相談役。ついでに男爵だよ」
「長っ」
「そうだねヒキくん。なにか短い名称はないかと考えてはいるのだが」
やたらと長ったらしい肩書を名乗ったシシルノさんに、チャラ子な
事前に女王様の相談係をするなんて聞いてはいたが、それにしたって長いし、しかも『魔力研』所長の方を先に置くっていうのはどうなんだろう。
どうにもシシルノさんからは女王様のやろうとしているコトを、好き勝手な立ち位置から見届けたいなんていう意志を感じるのだ。
それと誰もツッコミを入れていないが、さらっと男爵っていうフレーズをくっ付けたな。
ジェサル子爵家のお嬢様だから、ガラリエさんと一緒で男爵になるのに問題はないのだろうし、『魔力研』の所長職は代々男爵か子爵だったはず。そこは当たり前ってところなんだろう。
「う~ん。こういうのって
「お、ご指名か」
「え? 俺も?」
ニックネーム的なものをシシルノさんから求められた疋さんは、ニヤニヤと笑って古韮と俺を指名してきた。どういう選考基準だったのか、是非聞かせてもらいたいものだな。
ほら、オタ仲間の
ほかにも奉谷さんや白石さんなども思考の海に沈んでいるように見受けられる。
やれやれ、負けてはいられないな。
「先生、はダブるか……」
「相談、相談って英語でなんだっけ」
「コンサルタントとかアドバイザー、デス」
「所長っていうのも捨てがたいよな」
「ヘッドとかチーフ、デス」
皆が思い思いの単語を口にすれば、ここぞとばかりに英語通のミアが口を挟む。
英語教師たる
とはいえ、俺からしてみるとシシルノさんは相談役でも所長でもなく、やっぱりマッドサイエンティストが真っ先に出てくるイメージなんだよな。
けど、さすがにマッドっていうのはなあ。教授っていうのはアリなんだけど……。
「ミア、教授って英語でなんだっけ?」
「
俺の問いかけに余計な一言を挟んでくれるミアだけど、頼られるのが嬉しいのか、いつも以上にニコニコだ。随分と明るい妖精もいたものだな。
「んふふぅ。プロフェッサー、デス」
「それだっ!」
若干ウザく溜めたミアが口にした単語に、俺も含めて思い悩んでいたメンバーが一斉に声を上げた。
「プロフェッサー・シシルノ、もしくはシシルノ・プロフェッサー・ジェサル。どうですか?」
我ながら悪のマッドサイエンティスト感があって納得のネーミングだぞ。これはいい。
「ほほう! 聞いたかね、アウローニヤの諸君!」
俺の提案を聞いたシシルノさんは、両手を大きく広げ、出会ってから一番いい笑顔で身内を煽る。
だがなんだこの空気は。ヒルロッドさんは苦笑で済ませているが、ほかのメンバーはどこか不機嫌なような。
「ぷろふぇっさー、プロふぇっさー、プロフェッサー。うん、ジェサルの名はどうでもいい。わたしは以後、プロフェッサー・シシルノと名乗るとしよう。アヴィ、公式文章を用意してくれると嬉しいかな」
今回ばかりはと発音を修正したシシルノさんは、正しく日本語的な旋律でプロフェッサーという単語を語るに至った。
そしてアヴェステラさんに意味不明の要求を突きつける。アヴェステラさんは目頭を押さえるばかりだ。
「シシィ、そんなことが通用するとでも──」
「ならば此度の報奨として受け取るのは、この名だけでいい。アヴィ、わたしは所長も相談役も辞退するとしよう」
「……わたくしは仲介しません。あなた自身が陛下に掛け合ってください」
「ならばそうしよう。ふふっ、陛下もさぞや羨むだろうね」
どう考えても不敬極まりないシシルノさんのノリだけど、いまさらこんな態度に罰を与える女王様でもないだろう。
むしろ羨むという点で、もしかしたらがありそうな予感すらあるくらいだ。
「では俺の番でいいかな。そこで相談なんだが、俺の名も考えてもらえると嬉しいんだよ」
「はい?」
つぎに声を上げたのは、すごく複雑そうな表情をしたヒルロッドさんだった。
みんなの声が裏返る。どういうことだ。
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