第383話 名を賜りたく
「ヒルロッドさんも愛称が欲しいんですか?」
剣士としてヒルロッドさんを尊敬する姿勢を持つ
彼女からしてみれば、ヒルロッドさんとニックネームは離れた存在なんだろう。
いや、たとえば『鬼教官』とか『剣鬼』とかだったら、さもありなんと納得したかもしれない。だが、そういうのは周りから自然発生するものであって、自身から名乗るものではないはずだ。少なくともヒルロッドさんはそういうお人柄ではない。
ならばなぜ。
「それがね。男爵に叙されることになってしまって……」
「えー!?」
すごく微妙な表情になったヒルロッドさんが説明を始めようとしたが、言葉の冒頭部分でもう、クラスのほぼ全員が驚きの声を上げた。
これは予想できていなかった展開だぞ。
たしかにヒルロッドさんはアヴェステラさんを守って、見事王族たちを捕まえるという功績をあげている。褒美をもらえて当たり前の立場だけど、てっきり勲章とか報奨金の類だとばかり思っていたのだ。
新部隊で話題になったシャルフォさんと同じで、ヒルロッドさんは平民上がりの騎士爵だ。ましてや『灰羽』から移動するなんていう話も出ていないので、なおさら男爵にする理由が見当たらない。
いったいどうして。
まさか『灰羽』の団長にでも!?
「ああ、なぜ男爵なのか、そこから説明しないといけないね」
ヒルロッドさんの声はどこか掠れたような響きで、やはり疲れ果てていた。
とてもこの人らしくてよく似合うと思ってしまった俺は、なんて非道な人間だろう。
「今後の近衛騎士の在り方、それの説明を受けていたんだよ。陛下直々にね」
なるほど、だからさっきからヒルロッドさんは硬い表情になっていたのか。可哀想に。
迷宮でやったロイヤルレベリングでもそうだったけど、ヒルロッドさんは基本的に王族耐性など持っていない。
そんなスキルを所持している人間がどれくらいいるのかは知らないが、少なくとも勇者担当の中では飛び抜けて弱いのがヒルロッドさんだ。続いて弱いのがガラリエさんとなるが、それ以外の人たちは女王様と普通にガチれるくらいのメンタル持ちなのがなあ。
俺たちが宴会で盛り上がっていた頃、ヒルロッドさんはそんな酷い仕打ちを受けていたのか。
「それで、どんな経緯なんです?」
「それはね──」
中宮さんに促されたヒルロッドさんは、自身が男爵にならざるを得ない理由を語り始めた。
今後アウローニヤは七階位でのうのうとしている貴族騎士を、強制的であれ十階位まで引っ張り上げることを決めている。
第一から第三の『紫心』『白水』『紅天』が迷宮に入らないのは不文律でしかなく、法律的には立派な業務のひとつだ。しかも城内警護だけしかしていない七階位なんていう都合のいい集団なのだから、それを十階位にして迷宮に投入するのは、現状に対応する手段としてとても手っ取り早い。
女王様による数あるアウローニヤ強化案の中でも、法改正の必要なしで速攻で始めることができる、とても大事な方針だ。
だが、そのために教導する騎士には、舐められないだけの格が必要だというのがアウローニヤだったりする。
女王様の命令だからやれと言われれば、表面上は平伏して従うだろう。
それでも現場、とくに人の目に触れない迷宮の中ではどうなるか。『ただの貴族子弟』でしかない訓練生と『平民上がりの騎士爵』な教官。普通に考えれば騎士爵かつ教官である方が偉いに決まっているのだが、それでも尊大な態度に出るおバカな貴族子弟が一定数混じり込むのだ。
本来そういうお貴族訓練生用として『灰羽』に三個あった教導隊のうちのひとつ、ハシュテル男爵率いるハシュテル隊は消滅した。ケスリャー団長直轄のギッテル隊は基本的に地上勤務。のこりひとつの貴族様用接待レベリング部隊だけで多数存在する七階位騎士に対応できるわけがない。
その点、ヒルロッドさん率いるミームス隊は平民用の教導騎士隊としてはとても有能だ。なにしろ勇者を教えたという実績まである。
たとえ貴族相手であっても女王様的に使わない手はない。
女王様はこれを機に『灰羽』の改革をする気も満々で、貴族に対するヌルい訓練など放置しておけないのだとか。
レムト王家初代様が制定した『六騎士団体制』は伝統という観点から枠組み自体は壊せないものの、中身についてはいじり放題となった女王様は、とてもとてもヒルロッドさんに期待しているのだ。
よって男爵。
金で買った位ではない。王室区画『黒い
女王様自らが推挙するような明確な軍功による叙爵など、そうそうあるものではない。
同じ男爵としてはケスリャー団長のような血統貴族にこそ劣るものの、そこらの貴族子弟などは問題にもならないステータスなのだ。
それでも無理やり平民上がりを揶揄するのがこの国の貴族なので、ヒルロッドさんはそれをとても嫌がっているわけだな。ご愁傷様。
ただ、捨て置けない情報も追加された。
「ジェブリーさんも、ですか」
ヒルロッドさんがする説明の途中で出てきた名前に、
「全然そんな素振り見せてなかったよね?」
ついさっきまでやっていた宴会で、ジェブリーさんに絡んでいた陸上少女の
「俺より先に打診があったらしいよ。足の怪我を考慮して、らしい」
「そう、ですか」
別の意味で寂しそうな顔になったヒルロッドさんに、春さんもしょんぼりムードになっていまう。
春さんの見解でも、ジェブリーさんが近衛騎士として復活できるかどうかは怪しいらしい。
それでもこちらの世界には魔力があるのだし、時間さえかければなんていう風に、春さんは自分を誤魔化していたようだ。
そこに女王様は別の角度から切り込んだ。
ジェブリーさんを第五近衛騎士団『黄石』から教導騎士団『灰羽』に移動させ、地上専門の訓練教官にしてしまおうと提案したのだとか。将来的に迷宮に入るかどうかは、体の調子を見てからでもいいじゃないかと。
もちろん貴族騎士にもスパルタ指導に当たってもらうために、ジェブリーさんも男爵にしてしまう。
男爵になるための功績ならば、ジェブリーさんはヒルロッドさんに劣らない。
総長のせいで逃がしこそしてしまったが、第二近衛騎士団『白水』に潜伏していた宰相その他をあぶり出し、部隊単位の戦闘ながら『白水』の騎士団長を討ち取るという功績をあげている。
さらには名誉の負傷まで付け加えれれば、今回のクーデターに戦功順位をつけるならばトップクラスとなるらしい。
そしてどうやらジェブリーさんはヒルロッドさんより先に移動と叙爵を打診され、それを受け入れていたようだ。女王様に言いくるめられた姿が簡単に想像できるなあ。
すると今日の宴会で表情を変えていなかったのは、すっとぼけていただけってことか。
ここでしている会話がナチュラルにネタばらしってことになるのだけど、それはいいのかな。
ちなみに元々あったカリハ隊は、ヴェッツさんが隊長となることでミレドハ隊に名前を変えることになるらしい。
とまあ、これがヒルロッド男爵誕生秘話だった。
◇◇◇
「シェウリィは喜んでくれるかな」
すさまじく情けない顔で長い説明を終えたヒルロッドさんは、娘さんの名を挙げ寂しそうに微笑んだ。
「ヒルロッドさん、可哀想に……」
「偉くなるんだからいいんじゃね?」
「給料高くなるんだよね」
対する一年一組側は、うん、言いたい放題だな。
「奥さんはいいんですか?」
「一代限りの肩書だが年金も増額されるし、家は城下町のままで構わないという条件でね。妻が文句を付ける理由が思いつかないんだよ。むしろ断る方が……」
本人の意志を置いてきぼりにした心配の仕方をする中宮さんに対し、ヒルロッドさんは奥様までもが女王サイドに付くだろうと予言し、頭を垂れた。なんだかなあ。
「そういう悲しくなる話は置いておこう。そこでだ、俺はどうにも古語が苦手でね。シシルノとのやり取りをしていた君たちを見て思いついたんだよ」
ガラリエさんとはまた別の意味で長く悲しい状況説明が終わったところで、ヒルロッドさんが最初の話題を持ち出した。そういえば愛称がどうのこうのだったっけ。
「『中の名』を考えてもらえないかな」
なるほど、そうきたか。
ちなみに『中の名』という特別な単語があるわけではない。日本語なら……、ミドルネームとしか言いようがないな。ホーリーネームのような意味深なモノでもない、ただの慣習。
貴族家当主か後継者のみが名乗る、言っては何だが適当な単語。それが中の名となる。
フィルド語ではなく古代アウローニヤ語とされるアウラ語が使われるのが通常で、だからといってその意味を完全に把握できている人は、使っている本人も含めてそれほど多くない。
祖父母や親戚で出世した人にあやかるなんてパターンが多いらしく、男女での違いもすでにあやふやなんだとか。
紋章官として資格を持っているガラリエさんは理解出来るらしい。たぶんアヴェステラさんやシシルノさんもかな。やっぱり勇者担当だけあって優秀な人材が集まっているのを、妙なところで実感してしまう。
さておき、ヒルロッドさんは俺たちに助けを求めるように名付けを依頼してきた。
シシルノさんに『プロフェッサー』なんて単語を贈るから……、って、方向性がぜんぜん違うよな。シシルノさんのアレは、ほぼネタで、こっちはガチ。重要度が全然違ってくるんだけど。
「わたしたちで考えていいんですか? アヴェステラさんやガラリエさんに頼んでも」
すっかりヒルロッドさんの会話相手になった中宮さんが、真っ当な意見を述べる。頼る相手にシシルノさんを加えないあたり、彼女の真面目さが輝くな。
ちなみにヒルロッドさんは三十半ば過ぎのまさにおじさんで、この場では最年長。中宮さんはピチピチの高校一年生十五歳なので、そこに妙な空気は存在していない。そんなモノがあったら、いろいろな意味で先生が黙っていないだろう。
「それも考えたのだけどね、さっきのシシルノを見ていて羨ましくなってしまったんだよ」
「ヒルロッドさん……」
苦笑を浮かべて頭を掻くヒルロッドさんを、中宮さんが何言ってんだコイツという色をした目で見る。さっきまでの空気が一変したじゃないか。
アレが羨ましい、だと?
「さすがはヒルロッドさんデス。見どころがありまくりデスね」
「ミア……」
「
そして高みから見下ろすかのごとく会話に参戦したミアだけど、中宮さんの視線を受けて後ずさる。最初から普通に登場すればいいのに。
「まあいいデス。ヒルロッドさんには特別に、『ミア』を名乗ることを許しまショウ。ヒルロッド・ミア・ミームス。良い名デス」
「あ、いや、それは、どうかな」
唐突に自分の名を押し付けるミアにヒルロッドさんが一歩後退した。
後ずさる人ばかりだな。
「それともやっぱり凛の名前がいいデスか? ヒルロッド・リン・ミームスも悪くありまセンね」
「ミア……、そういうことじゃないと思うのだけど」
「そうなんデスか?」
自分の名前まで持ち出された中宮さんが本気でため息を吐きながら、ミアの肩に手を置いた。
そこは首を傾げるところじゃないだろう、ミア。
「とても光栄だとは思うよ。だが女性の名を頂くというのは、少し、ね」
とても申し訳なさそうにヒルロッドさんが事情説明をするが、そりゃそうだ。
アウローニヤでは意味不明の響きだからといって、女性名はおじさん的にもキツいだろう。出所を聞かれたら返事に困るよな。これがお爺ちゃんとお孫さんとかなら、話は変わってくるかもしれなけれど。
それはさておき、なんかヒルロッドさん以外のアウローニヤメンバーの雰囲気がおかしい。俺の【観察】が変なモノを捉えているのだ。
あれはまさか、羨ましそうな顔、なのか?
とはいえ今はヒルロッドさんだ。
このままでは【重騎士】
その響きはどうなんだとも思うし、平民上がりの新米男爵が勇者の名を使うとか、マズいんじゃないだろうか。
「落ち着きなさい、ミア。凛もよ」
「
「凪ちゃん」
そんな混沌とした場に降り立ったのは我らが鮫女、
この三人が混じると化学反応がどっちに向かうかわからない怖さがあるが、俺的には結構アリなんだよな。面白いし。
「まさか凪……、ナギって押し付ける気デスね!?」
「しないわよ」
ほら、ミアが先行して場をかき回し始めた。それでも綿原さんは冷静のまま。やるなあ。
とはいえ綿原さんはサメにこだわるし、中宮さんは拳を押すような人でもある。ミアのことを言えたものではないのだ。
どうやら腹案がありそうに見える綿原さんだが、さあ、なにが飛び出す。
「『キョウ』ってどうですか?」
「キョウ? どういう意味なのかな」
「ヒルロッドさんは【強騎士】ですよね。日本語で『強い』を意味するんです。キョウって」
綿原さんの案はとても真っ当で、しかもカッコよかった。
てっきり『シャーク』とか言い出すんじゃないかって俺は疑っていたのだけど、今回は真面目モードだったらしい。
それに歯噛みする中宮さんだけど、対決要素あったか? ミアなんて腕を組んでドヤ顔なくらいなのに。
「いいじゃねぇか。ヒルロッド・キョウ・ミームス。強くてカッコいい、ってなぁ」
いつの間にか立ち上がりミアの背後で同じく腕を組んでいた強面の佩丘が納得の表情で頷く。
とりあえず頭の中の辞書で、『キョウ』という音がフィルド語でどういう意味か検索してみたが──。
「フィルド語でも悪い響きじゃねぇようだな」
俺の試みは、お坊ちゃんな
くそう、出し抜かれたか。こんなことなら【思考強化】を使っておくのだった。
「アウラ語では『近しい』という意味合いを含む響きでしょうか」
さらには古語たるアウラ語にも詳しいガラリエさんが補足を入れてくる。
むしろアウラ語での意味が大切なのがミドルネームだ。合格点をもらえてなにより。
「言葉ですから、良いようにも悪いようにも解釈は可能です。中の名などその程度のものですね」
キリリとした感じで言語を解説するガラリエさんはそれっぽく言ってのけた。デキるお姉さんっぽい。
「ですが──」
ん?
「みなさん、お忘れではないでしょうね。わたしも男爵となるのですが」
もしかしてこの話題になってからアウローニヤの人たちが微妙そうな顔をしていたのって、そういうことか?
◇◇◇
「じゃあガラリエさんは『ショウ』ってことで」
「ありがとうございます。勇者……、いえ、みなさんとの絆として、生涯に渡り、大切に名乗りましょう」
ガラリエさんの筆頭弟子たる【風騎士】の
彼女は【翔騎士】なわけで、ヒルロッドさんに合わせるならば、これはもう簡単な結論だ。
これにてガラリエさんは、ガラリエ・ショウ・フェンタを名乗ることとなる。良かった良かった。
「ねぇ、ユキノ。わたしのは、どうなってるのかな?」
「ベスティさんは、男爵じゃないし……」
「やっぱりガラリエの副官だし、男爵になろうかなぁ、ってね」
こうなると黙っていられなくなったのがベスティさんだ。
これまた弟子たる【氷術師】の
だけどベスティさん、一度断ったはずの男爵位をここで持ち出すのはどうなんだろう。
「【冷術師】だから『レイ』、です」
だよなあ。深山さんはポヤっとしたままごく冷静に正解を答えてみせた。見事と言わざるを得ない。
「ベスティ・レイ・エクラー。うん! ありがとね、ユキノ!」
「いえ……」
「良かったっすね、深山っち」
ベスティさんに抱き着かれてちょっとだけ嬉しそうな深山さんの図は、なんとも微笑ましい。
チャラい
「わたしも、プロフェッサーだけでなく、男爵らしい中の名は必要かもしれないね」
「あの、わたくしも、旅立つ思い出として」
こうなるともう止まらない。シシルノさんどころかアーケラさんまでもが名を求めてきた。
アーケラさんが男爵になる予定なんて、欠片も無いのだけど、まあいいか。
「シシルノさんは【瞳術師】だから、『ドウ』か『ヒトミ』です」
「【湯術師】のアーケラさんは、『ユ』だと短いし『トウ』……、いや『タウ』でどうかな?」
そんな二人にはそれぞれ弟子格となる【騒術師】の白石さんと【熱導師】の
ここに二人の名は、プロフェッサー・シシルノ・ヒトミ・ジェサルと、アーケラ・タウ・ディレフと決定された。
シシルノさんは音の響きで『ヒトミ』を選びそうだなと思ったら案の定。そっちだと思ってたよ。
で、問題となったのは──。
「あの、わたくしはどうすれば……」
「アヴェステラさん……」
いつになくオタついたアヴェステラさんが委員長に縋るような目を向けている。
アヴェステラさんの正式名称はアヴェステラ・フォウ・ラルドール子爵。すでに名前を持ってるんだよなあ。しかもソレっておばあちゃんから引き継いだ名だって話だし。
さて、これは困った。アヴェステラさんは【思術師】で、これまでのパターンだと『シ』とか『オモウ』とかになるのだけど、だからといって『フォウ』と両立させるのは難しいんじゃないだろうか。
「せ、先生」
追い詰められた委員長が先生に助けを求めるのだが、返ってきたのは沈黙だ。
生徒の自主性を重んじる先生は、このような些事には口を挟まない。
こっちに話を振るな、なんてセリフが聞こえてくるようなムードを発散しながら、先生は離れた壁に背を預け、腕組みしながら目をつむっていた。
カッコいいとは思うけど、大人としてそれはどうなんだろう。
「考え方の問題ではないでしょうか」
「
そんな差し迫った状況で、ついに我らが聖女が降臨した。
「この国の法で中の名を制定したものはありませんし、語数にこだわることもないのでは。そもそもシシルノさんが、そう名乗ろうとしているわけですし」
「あ」
諭すような語り口の上杉さんの言葉に、アヴェステラさんが意表を突かれたような声を出す。
「女王陛下のお名前は、リーサリット・アウローニヤ・フェル・レムトですが、同じ四音節だからといって不敬には当たらないのですよね?」
念のためといった感じで上杉さんが確認をする。
なるほど音節が多い方が偉い人っぽいというのは理解出来なくもない話だ。ましてや女王様の場合、国名が入っているからなあ。
「それはそうですが。彼女のは冗談ですよ?」
「わたしは正式に名乗るつもりだよ?」
「シシィ……」
チラ見されたにも関わらず、何食わぬ顔でそうぬかすシシルノさんにアヴェステラさんはため息を吐く。
シシルノさんのプロフェッサーネタってまだ続いていたのか。というかどこまで本気なんだろう。
「そこでです。アヴェステラ・シ・フォウ・ラルドールというのはどうでしょう。聞きようによっては『シフォウ』で一節にも聞こえますし、対外的には問題ないかと」
「しょ、書類では──」
「なるべく隙間を縮めて書いてください」
上杉さんお得意の詭弁が存分に炸裂しているなあ。
先生がタキザワ男爵になった時もそうだったけど、こういう場面で繰り出される謎の押しの強さってなんなんだろう。
「いいじゃないか、アヴィ。シ・フォウ。いい語感だとわたしは思うよ」
「そ、そうかしら。シシィがそう言うなら」
心を乱されたアヴェステラさんがシシルノさんに篭絡されようとしているのが、なんか見ていて痛い。口調も変わってるし。
上杉さんは万事解決とばかりに微笑んでいるが、何故か妙なオーラを出している気が……。
「明日もありますし、時間もそろそろ」
「そうですね。遅くまで申し訳ありません」
どうやら上杉さんのツッコミどころはそのあたりだったようだ。そうか、もう閉店時間だったか。
気付けば日付を跨いで、今日はもう戴冠式当日だ。
「みなさんから頂いたお名前、大切にさせていただきます。そして大変申し訳ないのですが、最後にもうひとつだけお願いが──」
まだあるんですか、アヴェステラさん。
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