第384話 女王の声と剣
「これはどういうことだ?」
「後ろ盾が勇者だということであろう」
「これは、あまりに露骨では」
「いいではないか。我らはアウローニヤだ。勇者様が創りし国だぞ」
『壇上』に並ぶ俺たち一年一組を下から見上げる格好になっている人たちが、好き勝手を言っているのが聞こえてくる。
【観察】を使えば数えることもできるのだけど、面倒なだけだから、それはまあいい。
文武百官なんて単語を聞いたことがあるが、この場に集まったのは比率で、良くても六十か七十かな。会場のうしろの方なんて結構スペース残ってるくらいだし。
中央の文官や武官が数を減らして、地方からの来客で水増しして、それでも『緑山』の式典と同じくらいの規模かもしれない。
姿恰好の違う他国の外交官も混じっているが、おおよそ微妙な表情を浮かべながら俺たちの方を窺っている。
なにせクーデター当日から数えてもまだ七日だ。女王様の気配りで第三王女派に近しい人たちには決行の二日くらい前に通達をしておいたらしいが、地方で中立や敵対派閥をやっていた連中は突如知らされた新王の即位など、とても信じられるものではなかっただろう。
現に女王様と縁の薄い地方貴族などは、王城に詰めていた親類縁者を名代として立てている者も多い。とくに宰相の基盤である南の諸侯にその傾向は顕著だ。
もちろん次代のバルトロア侯爵、すなわち宰相の息子などがこの場にいるはずもない。来たらどうなるかくらいはわかっているのだろう。女王様が招待状を送ったのかどうかすら怪しいところだ。
そもそもとっくに前王の退位と新王の即位は書類上で終わっている。ここで行われることは儀礼的側面が強く、表現を変えれば見せつけだ。
勇者の意志を受け止め、勇敢にも実行し、成し遂げ、戴冠するリーサリット陛下という存在。それを見届ける王国貴族と勇者たち。
俺たちエセ勇者、最期の晴れ舞台といったところだな。
場所は俺たちが騎士になったのと同じ巨大な謁見の間。
あの時は俺たちが中央を行進したのだが、今回は待ち受ける立場だ。
背後の天井からは王国旗や王室、果てはリーサリット陛下個人のバナーがぶら下がり、直下の壁際に並ぶ俺たちは
両端は『緑山』の旗、すなわち『帰還章』を槍の先からぶら下げた儀仗騎士として【霧騎士】の
そう、この場の主役たる女王様はまだ入場していないし、あらかじめこの場に並んだ俺たちは、下にいる連中からいろいろ好き勝手なことを言われているが、こちらはいまだ一言も発声していない。雰囲気作りという名の下で、発言機会を減らすための手段でもあるんだけどな。
「色とりどりね」
「ベルサリア様もそうだったけど、地方の人たちって派手だよな」
ただし小声の雑談はあるわけで、この場ではさすがにサメを控えた
見下ろす先の中央は濃灰色の絨毯、俗に言うレッドカーペット……、グレーカーペット? が遠くの扉まで伸びていて、その両脇には様々な格好をした人たちが雑然と集っている。
前回の式典でも思ったのだけど、アウローニヤはあまり整列に厳しい文化を持たない。
とはいえ、眼下の人たちはお手伝いさんを除けばほぼ全員が貴族だ。
王城に詰める法衣貴族は制服が基本で、軍部や近衛たちも同じく騎士服っぽい恰好をしている。もちろん武器の持ち込みは禁止で、この場で帯剣しているのは壇上の『緑山』くらいのものだ。使ったことがないから威嚇以上の意味は無い。
対して地方貴族や外交官たちは、ワリとバラバラな恰好をしている。
前列ほど偉い人たちが多いようで、その中でも濃紺をイメージカラーにしているラハイド侯爵夫妻が目立つ。判別はつかないが、昨日話題になったウェラル侯爵もこの場にいるはずだろう。
アーケラさんの実家であるディレフ男爵とか、あのハシュテルのお兄さんに当たるハシュテル男爵とかも。
『ウチは距離的に間に合いませんので、わたしが名代となります』
なんて言っていたガラリエさんはフェンタ子爵家名代として、観客席にいたりする。
ほかにもシシルノさんやベスティさん、アーケラさんやヒルロッドさんも現在はそちら側だ。
アヴェステラさんはまだ入場していない女王様の近くに侍っているはずで、つまり壇上にいるのは一年一組のみで、まさにこれは勇者だけの特権……、ではないな。仕方なくこうして見世物になっているだけだ。
その代わりと言ってはなんだけど、本来居るはずの、それどころか居なければ話が始まらないはずの重鎮たちの多くが欠けている。
王様、王妃様など王族関係者はさておき、宰相、軍務卿、近衛騎士総長などなど、この国のトップ中のトップが参席していないのだ。
近衛騎士団長にしても、この場にいるのは第四近衛騎士団『蒼雷』のキャルシヤさんと第六『灰羽』のケスリャーだけ。
軍関係ではゲイヘン王都軍団長がいて、北と西から慌ててやってきたらしい軍団長や数名の偉い人が集まっているけれど、南方の関係者はほとんどいない。
「結構露骨に色分けされてるよな」
「南をとことんかき回す気なんでしょうね」
観衆を見た俺の呟きを綿原さんが拾ってくれるけれど、サメがいないせいか普段よりも声がフラットな気がする。
昨晩の名付け騒動から一夜明け、俺たちはその時を待っているところだ。
時刻は五の刻、日本的表現なら午前十時。
以前も聞いたことのある、鈴のような音が鳴った。
◇◇◇
ザワついていた広間が一気に静まり、同時に全員が片膝を突く。ドレスを着込んだ女性陣までもだ。
俺たちも例外ではなく、相手を向かい入れるような一段高い位置に居ながらその場で膝を突くが、顔は上げたままとなる。
観客たちも例外ではなく、むしろこれから登場するお方の歩みを見届けるために、視線を正面に向けたままだ。
以前あった『緑山』の式典では王様の許しがあるまでは地べたを見つめていたものだが、今回はお披露目的要素が強い。
むしろ新たなる王の行進を見届けろという儀式的な意味合いを持つわけだな。
そんな観衆の動きを見届けたかのようなタイミングで、入口となるやたらと派手な装飾を施された大扉が開き、そのお方が登場した。
途端、静まっていたはずの会場にざわめきが走る。
白いフルプレートを着込み、大盾を装備したミルーマさんたちヘルベット隊七名と、王冠と王錫を載せた大きなトレイを両手で捧げるように持つアヴェステラさんの合計八名が二列縦隊で進む。隊列の一番前はミルーマさんとアヴェステラさん。
だが観客は彼女たち見ていない。全ての視線はさらに前、独り先頭に立ち、堂々と歩く女性に向けられていた。
リーサリット・アウローニヤ・フェル・レムト。アウローニヤ王国第四十三代となる女王は、未だ若い。世代的には俺たちと同じくらいの十六歳。
幼さの混じる顔立ちに優しげな碧眼を持ちながらも、今日の彼女は髪を結い上げていて、そのぶん普段よりは大人っぽく見える。
そこまではいいんだ。そこまでは。
たしかに女王様は圧倒的美少女だ。髪型と化粧で、普段よりも美人度があがっているし。
ウチのミアとタメを張れるくらいの妖精顔に見惚れてしまえば、あとで綿原さんから楽しいお話を聞かせてもらえそうだから、視線はあくまで満遍なく全体に散らす。俺は【観察者】だからそれくらいは朝飯前だ。
それはさておき、問題なのは──。
「マジか」
「完成してたの、かよ」
「アレってネタだったよな、たしか」
声こそ大きくはないものの、勇者サイドからは呆れとも感嘆ともつかぬ声が上がった。
事前に仕込んでいた俺たちですらこうなのだ、何も聞かされていないはずの観客がどよめくのも当たり前だろう。
女王様は王家の色たる濃灰色のドレスをその身に纏っていた。
ドレスの様式など俺にはわからないが、露出部分が極端に少ないタイプだ。両腕は長袖で、細い腰を経由してほとんど足首まで届くスカートが大きく膨らんでいるのが特徴的なのだろうか。俺的にはいかにもドレスといった印象しか思い浮かばない。
細かいところに銀糸や金糸で緻密で複雑な刺繍も入っていて、すごく手間がかかっているのはわかるんだけどな。
だが皆の注目は別の部分に集まっているのだろう。
まずは胸元。なんて表現をするとヤバい人たちの集まりになってしまうが、そこにあるのは薄緑に輝く『胸甲』だ。見事な模様が浮かし彫りされているが、間違いなく胸甲で、つまりは装甲。
さらにスカートの一部は腰元から垂らされた金属製のプレートで覆われている。これまた薄緑だな。
そして両腕には肘から先を覆う薄緑の『手甲』が装着されている。それも指先までもが金属製のグローブときた。その巨大さが可憐な女王様との比較で、やたらと無骨な印象を強調しているようだ。同じくほとんどはスカートに隠されているが、足元は『脚甲』が装着された革のブーツ。
女王様とドレスとくればハイヒールとかを想像してしまうが、どう見ても無骨なブーツだ。
さらには首元からは濃緑色のマントがたなびいている。
あれは『緑山』謹製の迷宮用装備と同じモノだ。ただし女王様のパーソナルマークである羽を基調にした紋章が丁寧に刺繍されいるので、とても迷宮用とは思えない。
極めつけは腰に佩いた王家の剣、ならびに短剣の二刀流。
完璧だった。
「すげぇな。完全再現じゃねぇか」
列の端に位置するオタクな
基本デッサンは俺で、ブラッシュアップはロボイラストが得意なメガネ忍者の
アレを描いたのは、たしかひと月くらい前に迷宮で配るイラストを模索していた頃だったかな。完全なネタだったのだけど、その中から何枚かをアヴェステラさんに渡した記憶はある。
で、本日ソレをお披露目する予定もあるというのも聞かされてはいたのだけど、ここまで綺麗に仕上げてくるとは。
やはりアウローニヤの鍛冶師たちを舐めてはいけないらしい。鉄を扱うレベルが実に高いぞ。
「あの色ってわたしたちに合わせたのよね、たぶん」
「そうなんだろうな」
さしもの綿原さんも、あの姿をした女王様には感嘆のご様子だ。
俺たち『緑山』のシンボルカラー、薄緑に合わせてくるあたりが、女王様のあざとさか。
「しかもマントに帯剣だなんて」
「迷宮仕様って意味なんだろうな」
「やりすぎな気もするけれど、これはこれで効果的なのかしら」
ここに綿原さんと俺の意見が一致した。
戴冠式という場の、しかもメインシーンであの恰好だ。
その姿かたちすべてが、これからのアウローニヤにおける女王様の考えをアピールしまくっている。
『迷宮と共にあれ。なんならわたくしも迷宮に入るぞ。それがアウローニヤだろう?』
こちらに向かって真っすぐに歩を進める女王様は、口を開くことをせずに、だけどそう叫んでいるかのようだ。
なんかすごい。
周囲にいる観衆の中にも女王様の発する意思を感じ取った人もそれなりにいるようで、膝を突いたままなんとも複雑な表情になっている人もいる。
筆頭はキャルシヤさんとかゲイヘン軍団長あたりだろうか。あの人たち、迷宮関連で関わることになりそうだものな。
それ以上に顔が強張っているのがヒルロッドさんとガラリエさんだ。今後も女王様による迷宮をエスコートするハメになるのがほぼ確定しているお二人である。
そうやって周囲が百面相をしているあいだにも女王様は前進を続け、ついには俺たちの見上げる位置に到達し──。
そして優雅に片膝を突いた。
◇◇◇
てっきり女王様がそのままひな壇を登り、玉座を背に演説を始めるものだとばかり思っていたらしい観衆が、再びざわめく。ざわめいてばっかりだな、この式典。
事前にプログラムは周知されていて、この場面での式次第は、たしかに女王様による就任のスピーチってことにはなっているんだけど、内容までが細やかに伝えられているわけではない。
「勇者よ。勇者様方よ。五百年の時をまたぎ、再びこの地に現れし勇者たちよ」
俺たちのはるか下段に跪いた女王様は唄うように言葉を紡いだ。
背後に控えるミルーマさんやアヴェステラさんたちも同じように膝を突いた姿勢になっているし、もちろん観客たちも立ち上がることなどできない。
だからこそ、女王様のコールに応じて一斉に立ち上がった一年一組一同の動きは、観衆に巨大なインパクトを与えたことだろう。
果たしてこの場面における上位者は誰なのか。
「聞きましょう」
女王様の言葉に素っ気なく返答したのは先生だ。もちろんシナリオに書いてあった通りに決まっている。『伺いましょう』じゃなくて『聞きましょう』なんていうのも、あえてそうなっているんだけど、言っている先生に地味なダメージが入っているような。
「わたくし、リーサリット・アウローニヤ・フェル・レムトは、勇者様が興ししこの国の王にふさわしいのかを、お伺いいたしたく」
「……わたしたちがこの国に現れ、七十と四日。これまで、全ての事象を見届けました」
女王様の問いに対し、先生は一拍間をおいてから、返事をする。
俺たちが全てを見届けたわけなどあるはずもなく、要は茶番なのだが、これはいわば『追認』だ。
女王様は書類上ですでにこの国の王様として法的に認められている。いまさらそれを覆そうなんてマネができるはずもない。
この場で勇者のすべきことといえば、答えは簡単。
箔付けだよな。
ここで面白いなと思ってしまうのは、戴冠式に教会がほとんど絡んでこないという点だ。
こういうお話の定番ならば、王室や正義の貴族が認めていても、悪徳貴族と組んだお金が欲しいだけの教会がダメ出しをして認められない、なんていう展開を見かけがちだが、この国ではそういうことが起きていない。
アウローニヤの場合、まずは勇者ありきで、初代の王に統治を託したという前提がある。しかも王家どころか大抵の血統貴族が勇者の血筋を自称しているものだから、後付けになってしまった教会権力が極端に弱いというのがその理由だと、歴史研究家の
勇者信仰を組織的に行う教会という存在の源流が聖法国経由で、アウローニヤにはそぐわないというのもあるらしい。
ついでに『信仰税』とかいうのがあって、それがダメ押しをしているとも。そっちは委員長発の情報だ。
なので、儀式はあくまで王室と貴族がメイン。教会関係者はその一部でしかないという式次第になっている。今回はそこに勇者がトッピングされた形だ。
「わたしたちはあなたをアウローニヤにふさわしき王として、認めましょう。リーサリット・アウローニヤ・フェル・レムト陛下、あなたこそがアウローニヤの王たる者と、声にしてみせましょう」
先生のセリフは女王様がさっきやったように、同じことを二度繰り返すような言い方だった。
ミソなのは『声』って部分だな。勇者サイドはあなたを王様だと認めます。だけど書類にサインはしませんよ、ということだ。
お世話になった人たちに渡す色紙にはいくらでもサインはするけれど、こういう重要なのには、そうそう名前を書く気になれない俺たちである。騎士になった時ですら渋々だったのだから。
「お行きなさい」
「はい」
「はいっ!」
などとくだらないことを考えているあいだに、先生の声に促されて勇者の列から二人が階段を降りていく。
片方は聖女と名高い【聖導師】の上杉さん。そしてもう一方は御使いたる【奮術師】の
果たして観客にはどこまで伝わっただろうか。迷宮関係者ならわかってくれそうなものだけど。
そうして数秒、上杉さんと奉谷さんは女王様の目の前に到着する。
それでも二人は黙ったままで、跪く陛下の両肩にそれぞれ手を乗せた。こちらからは見えないけれど、奉谷さんの口元が笑顔をこらえるようにモニュっとしているのが想像できるぞ。
なにかこう、奉谷さんのロリっ娘属性が強すぎて、お遊戯会でがんばれと応援する父兄の気分だな。
俺は
山士幌に戻ったら中学の文化祭に顔を出してみようか。絶対嫌がるだろうな、心尋。今から楽しみすぎる。
「『王国の名と太祖たる勇者様たち』に誓い、わたくし、リーサリット・アウローニヤ・フェル・レムトはアウローニヤに尽くしましょう。自らの身命よりも重く、深く」
肩に重みを受けた女王様はすくっと立ち上がり、俺たちに向けて堂々と言い放つ。
懐かしいフレーズだよな。俺たちがこの国に召喚された直後、当時の第三王女が【神授認識】を使おうとして、俺たちを納得させるため使ったセリフだ。
アウローニヤ式の『嘘は吐かない』という意志。勇者とハリセンボンは似たようなモノってか。
勇者へ向けた宣誓を終えた女王様は、上杉さんと奉谷さんを引き連れ、真っすぐに階段を登り玉座を目指す。
◇◇◇
「わたくしは王でありましょう」
玉座を直前にしてから観衆に振り返った女王様は、短く立場を言ってのけた。
「リーサリット・アウローニヤ・フェル・レムトはアウローニヤが四十三代国王です」
もはや確定事項であり、そこには承認を求めるような響きは存在していない。彼女はすでに王であり、異議などは必要としていないし、ましてや賛同すら要求しないのだ。
この場にいる者たちは、ただ見届けるために存在している。
「そして、十一階位の【導術師】」
つぎの瞬間、女王様は腰の剣を一呼吸で抜き、横薙ぎに振り抜いてみせた。
後衛職であっても階位は十一。さらに彼女は【身体強化】を持っている。付け加えるとこれはズルだが、さっき奉谷さんが肩に触った段階で【身体補強】まで掛った状態だ。
女王様の振るった剣は、とてもじゃないが細腕の女の子が繰り出せるようなモノではなかった。
あまりの剣速に観客たちが膝を突いたままで目を見張る。
こういうのに疎い文官などは、ただ速さに。理解ができる武官たちは、あり得ない速さに。
「アウローニヤは迷宮と共に」
言い切った女王様はどんな顔をしているのか、背を向けられているのでこちらからはわからない。
けれどなんとなくドヤっているのがわかってしまい、俺たちまでもが楽しくなるのだ。
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