第385話 迷宮と共にあれ
「七階位の前衛ってところかな」
「そうなの?」
「……いや、カッコいいセリフっぽく言ってみた。技術はてんでなってないけど」
「そ」
女王様の剣を見て、ちょっといい感じの言い方をしてみたけれど、どうやら
剣の技術がなってないというのは本当で、なにせ俺は剣豪
とはいえ、後衛職の女王様の振るった剣の勢いが七階位の前衛相当ならばこの場でのパフォーマンスとしては上等すぎる部類だろう。
証拠に場の空気がヤバいことになっているのだから。
「でも、掴みはオッケーじゃないかな」
「そうね。呆けている人たちの顔にサメをぶつけてあげたいくらい」
意味不明な綿原ジョークはさておき、会場の空気は悪くない。
観客席で未だ跪いている面々の顔といったら。
唖然、愕然、呆然……。最高だな。できれば俺がやってみたかったくらいだ。
『後衛職なのに十一階位? しかもあの剣だとっ!?』
ってな。
けれど残念なことにこの場は女王様の晴れ舞台だし、なにより俺の剣は女王様より遅い。【身体強化】の有無は大きいからな。
それに加えて俺は剣を抜く練習なんてしたことがない。メイスをブンブン振り回す訓練は毎日のようにしているけれど、それにしたってほとんどが下段だ。こういう場では格好がつかないだろう。
ウチのクラスの剣術指南、中宮さんは徹底的に下段主義者なのだ。
ついでに俺を含む後衛職の柔らかグループはとにかく防御重視。メイスを振る暇があるならバックラーを構えろ、くらいのノリだったりする。
というわけで、俺に女王様のマネはできないのだ。
「繰り返しましょう。アウローニヤは迷宮と共に生まれ、営まれていくのです」
ゆっくりとざわめきが退いていく会場を眺めながら、女王様は普段以上に凛とした声で言い放った。
今のパフォーマンスは武威としてはほぼ無意味だし、この国の王となるのに一定の階位や特定の神授職が必要とされているわけでもない。もっと言えば十一階位だからといって、王として優れている証明にもならない。
けれどハッタリとしては十分だ。
今まさに女王様が言ったとおり、この国は迷宮ありきの存在だ。それどころか、この世界全てがそうだろう。彼女はそれを再確認したにすぎない。
だが、それを踏まえて現状はどうなのかと、女王様はこの場にいる人たちに問いかけているのだ。
渋々迷宮に潜り、介護を受けながら上げた体裁だけの階位を誇る貴族達。
ここにいる連中の半分以上はそんな存在だ。文官に対して厳しいという捉え方もできるが、それすら女王様は許していない。
なにせ文官中の文官、アウローニヤの巫女にして直近まで王の代理までも務めていた女王様本人が十一階位を達成してのけたのだから。
女王様の目指す改革の第一弾にして根本。それこそが迷宮だ。
王城そのものであるため平民に対して一定の制限がかけられているアラウド迷宮を手っ取り早く活用しようとするならば、入ることが可能な人間を投入すればいい。
それこそが目の前にいる貴族たちだ。
かなり無理やりなレベリングだったが、なんとか達成した十一という階位を、当然のように女王様は盾にする。【魔力定着】を使うことで魔獣狩りに貢献したとはいえ、女王様だって現状では介護レベリングを受ける側の人間であり、胸を張って狩人であるとはまだまだ言えたものではない。
それでも振りかざす。嘘でもハッタリでも気にせず使う。目の前で姿勢よく立つ彼女はそういう人だ。
「わたくしはこれからも迷宮に入り、魔獣を打倒し、階位を上げてみせましょう。十三で止まるつもりもありません」
女王様の言葉は普通のアウローニヤ人が聞けば冗談としか思えないはずだ。
後衛職である【導術師】が十一階位であることがもはや異常だし、その先にある十三階位なんていうのはこの国における戦士の頂点だ。そこから先に挑むというのであれば戦場は五層、もはや超戦士の領域となる。
女王という立場の人間が、そこを目指すと満場で言い放つ行為は意味不明に近い。
「ならばわたしもご一緒いたしましょう!」
「是非、わたくしも」
女王様の爆弾発言にすかさず答えてみせたのは、第三近衛騎士団『紅天』団長、ミルーマさんと、王室付筆頭事務官、アヴェステラさんだ。
二人の位置はひな壇から見下ろした真正面で、そこは観衆たち全員の視線に晒される場所でもある。それでも両者ともが女王様に付いていくと宣言した。
これがシナリオなのかアドリブなのかはわからないけど、ミルーマさんはいいとして、アヴェステラさんは大丈夫なんだろうか。ガッツリ後衛職だから、十三階位は大変だと思うのだけど。
なんて考えるのも、もはや無意味か。
女王様はリアリストだ。できもしないことを全部ができるとは言わないし、周りが納得する程度にやってのけるだろう。そのための手順も含めて、たぶん俺たちのやり方をアレンジしながら、アウローニヤなりの手法を編み出しながら。
「嬉しい言葉です。お立ちなさい」
「はっ!」
「はい」
作ったものかどうか判別はつけられないが、本当に嬉しそうにした女王様は、ミルーマさんとアヴェステラさんに対し、立ち上がるように促した。
すかさず二人は綺麗な所作で立ち上がり、背後のヘルベット隊もそれに続く。
ああ、これって絶対シナリオだ。
「わたしも力を尽くしましょう!」
ついには観客席からも声が上がる。気合の入った大声はキャルシヤさんか。
たしかにこのタイミングで女王様に賛同しなければ嘘だよな。【観察】で見てみれば、微妙に表情が強張っているような感じも……。
こちらもサクラなんだろうなあ。キャルシヤさんも大変だ。
それでも叫び終えたキャルシヤさんは、その場で堂々と立ち上がってみせた。
こういう展開となってしまえば、跪き続けることが女王様への反旗となってしまいかねない。嘘でも本当でも構わないから、立つしかないのだ。
そういうことなんだろうなあ。
「そのための『灰羽』。やってみせます!」
裏返った声を出したのは『灰羽』のケスリャー団長か。
王女派閥に乗っかるために必死だな。こういう行動は早ければ早いほどいい。いっそ清々しいくらいに捩じれた真っすぐさだ。
そういう空気に乗っかって、観客席のあちこちから声が響く。
まずは軍部の人間が多い区画から、大声と共にどんどんと人が立つ。その中にはヒルロッドさんやジェブリーさんなんかも混じっていた。
「私とて【水術】使い。迷宮など恐れはしません!」
そしてついに文官たちの集まるあたりからも、女王様に従う発言が出始めた。
今のセリフを言ったお兄さんは顔も名前も知らないけれど、着ている服装からして行政府の人だろう。二十歳前後くらいに見えるし、若手の女王派ってところだろうか。
そんな彼に引きずられるようにして、文官側からも声を上げる者が続出する。というか、空気を読んだんだろう。
「僕も少しは痩せなければいけませんな。ラハイダラもアラウドと同じく賑わせなければ」
騒がしくなった謁見の間に、少しだけお気楽な声が響く。
太ったおじさん、ラハイド侯爵が奥さんのベルサリア様と一緒になって立っていた。
アラウドどころか、ラハイダラ迷宮に属する地方領主の重鎮がそうしたのだ。こうなればもう傍観者でいられる王国人は誰もいない。
「まさか五十になって迷宮を目指すことになるとは」
「いえいえ、閣下はまだお若い」
「わたくしも、鍛え直しですわね。息子たちにも言いつけなければ」
地方貴族たちが次々と立ち上がっていく。
俺には判別できないが、近くに迷宮を持たない東方の領主たちも含まれるのだろう。
もはや敵味方は関係ない。日和見であろうとも、元宰相派であろうとも、今はこの場をやり過ごすしかない状況だ。
すでに教会関係者すら立ち上がっている。【聖術】使いは大事だからな。ぜひ頑張ってもらいたいところだ。
微妙な表情で突っ立っているのは他国の外交官たちくらいか。
アウローニヤに新しい女王が誕生し、それを快く思うかどうかはその国次第だ。とくに帝国からしてみればこの国が表面上だけでも盛り上がるのは面白くないかもしれない。第二皇子との密約など知らないだろう外交官ならなおさらだ。
ちなみにいくら没交渉とはいえ、いちおう帝国、ジアルト=ソーンや聖法国アゥサの人もいるには居る。俺からしてみたら絶対やりたくない外交官という立場だけど、国と国の関係とはこういうものらしい。
「帝国の外交官、面白い顔になってるなあ」
「……狙ってやっているのかわからないけど、わたしたちにとっては助かるのかもしれないわね」
「どういうこと?」
俺のいやらしい笑いに微妙な表情になった綿原さんが、そこから一転、サメの代わりにメガネをキランと光らせた。
助かるってどういうことだろう。
「こうしてアウローニヤが独自に盛り上がったら、そのぶん勇者が薄まるかなって」
「薄まる……」
「ふふっ、まるでキャルシヤさんが
モチャりと笑う綿原さんのセリフで、そういえばと思い出すことがあった。
あれはキャルシヤさんたちと一緒に迷宮に入った後半だったろうか。
俺ばかりが目立たないようにと、先生が出張ってくれた一件だ。
「逆かもしれねぇぞ。アウローニヤをこんな風にした女王様のバックに何が居た。勇者さえ手に入れれば、ってな」
「……そっちもありそうね。やっぱりこういうのって難しい」
「知るか。なんにしろ、いつだって注意は必要だってことだろ」
俺を挟んで綿原さんの反対側にいる小太りな
田村の言葉に綿原さんも納得しているようだし、どんな状況でも油断なんてできる立場に俺たちはいない。
「でもまぁ、アウローニヤが盛り上がるのは、見てて面白いかもな」
悪い表情で田村は言うが、いつも通りのナイスツンデレだ。変なキャラ立てしてるよなあ。
もはや跪いたままの者など誰もいない喧噪にまみれた広間を上から見下ろしながら、もしも田村が女子だったらどんなだろうと、俺は意味不明な妄想をしてしまうのだ。
◇◇◇
「此度の騒乱において、正義の側に立ち戦った者たち全てに『緑羽勲章』を贈りましょう」
女王様の言う正義とかいう最高に胡散臭いフレーズを使われた勲章は、これまでアウローニヤには存在しなかったし、これからも登場することがない今回限りの特別なモノだ。
リーサリット女王陛下の戴冠を目的とし、共に戦った者に贈るためにというだけの理由で作られた勲章。だから以前にも以後にも存在しえないという理屈だな。
王冠を被り、手に王錫を持った女王様は玉座に座り、自然体で観衆を見渡している。
座るのに邪魔になる宝剣は横に侍るアヴェステラさんに手渡され、ミルーマさんたちは玉座を守護する形で整列していた。
俺たちはさらにそのうしろに並んで立っているのだが、ミルーマさんたちはこちらを警戒していない。
そういう式次第とわかってはいても、あのミルーマさんから背中を向けられると、なんともいえない信頼感が伝わってくるから始末に悪いな。
言葉通りの戴冠、つまり王冠を女王様が被る儀式は実に簡単に終わった。
なんと担当したのはアヴェステラさん。俺たちが想像するような教会の偉い人がもったいぶって、みたいな展開にはならなくて、そのあたり異世界感が足りないと思う。
繰り返しになるけれど、アウローニヤの教会勢力なんてこの程度だということだ。
いっそ無造作というくらいに王冠をアヴェステラさんから手渡された女王様は、手ずから自らの頭にそれを載せた。酷い戴冠もあったものだな。
ついでのように王錫を受け取り、宝剣を差し出して、玉座に納まる。それだけだった。
クーデターという暴挙でもって王位を得た人らしい、まさに自力での戴冠といった演出なのかもな。
一年一組の異世界オタクたちの心はひとつだったかもしれない。なんか違う、と。
もしかしたら異世界恋愛モノに強いチャラ子の
「しっかし、ちょろちょろ勇者色を絡めてくるよなあ、あの女王様はよ」
口の悪い田村は『緑羽勲章』というネーミングに食いついたようだ。
アーマードドレスの色使いといい、今回の勲章といい、女王様は自分のシンボルマークである『羽』と、新たに勇者の色となった『緑』を混ぜ込んできている。
本来勇者の色は黒だというのがアウローニヤの基本だが、そのまま使うと露骨すぎると考えたのか、それとも俺たちを別建ての勇者と判断しているのか、女王様はワンポイントで緑色を使ってくるのだ。
もしかしたらそこに俺たちへの信愛が混じっていたら嬉しいと思うが、女王様は政治利用と自分の感情を両立させてしまうような人だからなあ。
「──同じく、ヤルバ隊、第一分隊長ミハット・ガスティル」
「あ、ミハットさんだ」
アヴェステラさんがコールした名前に、綿原さんがちょっと嬉しそうな声になる。サメ仲間の登場だからな。
現在行われているのは、勲章を渡されることになる人たちのリスト読み上げだ。
仰々しい羊皮紙を手にしたアヴェステラさんが玉座の横に立ち、滑らかに人名を並べていく。
今回の式典で、たぶんこのシーンが一番長くて平坦かもしれない。なにせ三百人以上が名前を呼ばれることになるのだから。
半分以上はクーデターが起きてからの途中参加組だし、最初から味方だった人たちを加えても、かなり多くがこの場には出席できていない平民たちだ。
ミハットさんなんかは騎士爵だけど、それでもここにはいない。
王都軍の分隊長クラスではとてもとてもということらしいけど、後日、王都の平民向けや軍隊向けのイベントも催されるのだとか。
それを見届けずに済むのは、俺たちとしては願ったりだ。
この手の話で平民向けに勇者お披露目パレードは定番だけど、なんとなく死亡フラグっぽくて怖かったんだよな。
王国側はそういうあやふやなコトに気を配ってくれたわけじゃなく、どうせいなくなる俺たちだから、むしろ知らない人が多い方がいいだろうという理屈だったりする。
ちなみに、さっきの戴冠といい、なぜアヴェステラさんが女王様の横でこんなことをしているのかだけど──。
『とても残念なことに、王国宰相バルトロアは病に臥せっているのです。一日も早い快癒を祈ってはいるのですが……』
という理屈であった。
それなりの人数が行方不明扱いだし、ほかにも結構な人数が病に罹ってしまっているのが現在のアウローニヤだ。流行り病は怖いな。
もちろんそんな情報に異議を唱えるアホはこの場にいない。大人っていうのは大変で、いろいろと呑み込まなければならないことが多すぎるよ。
そんなわけで現在でも、宰相は宰相のままだったりする。ここからどういう人事を展開していくのかは、ネタバレを避けたアヴェステラさんに阻まれて、俺たちは多くを知らない。
アヴェステラさんが大出世してラルドール宰相になる可能性もあるってことだ。
「以上、三百二十八名。この中には散っていった二十一名も含まれます」
小一時間をかけて全ての名を呼びきったアヴェステラさんは、最後に少し顔を伏せて死者の数を述べた。
俺たちは昨夜それを聞かされていたし、ある程度は乗り越えられていると意識している。
その証拠に勇者の列に乱れはない。それでもやはり表情を歪めているクラスメイトがいるのも事実だ。
見下ろせば何人かの部隊長さんやキャルシヤさん、ジェブリーさんなど、沈痛な面持ちになっている人もいる。
こうして今は派手な行事を催してはいるが、今回の一件はそういう出来事だったということだ。
「その者たちには『緑羽騎士爵』を追贈し、報いましょう。さらには、わたくしの正義に異を唱え反抗した者も含め、命を燃やし尽くした者が合せて三十八名」
昨日聞いた段階では三十二だったはずだが、増えた理由は考えないようにしよう。
それよりも女王様が『わたくしの正義』という表現を使ったのが重大だ。
建前として女王様は、勇者の意に沿うからこそ今回の事態を起こしたことになっている。なのに『勇者の正義』とは口にしなかった。
騒動の経緯や主義主張はあとでいくらでもいじってみせるとアヴェステラさんは豪語していたが、女王様はキッチリそういうところをわきまえてくれているらしい。俺たちを背後に立たせ、かつ『緑』を使うことで勇者の関与を匂わせるものの、あくまでそれは見届け人としての扱い方。
さっきの即位宣言についても、勇者の役目は女王様の行動を判定するだけだった。
俺たちの行動が他国の外交官たちにどこまでバレているのかはわからないが、女王様はそういう方向性でこれからのアウローニヤを統治していくと表明したのだろう。
事実、勇者は去るわけで、あくまで俺たちは女王様の行いを是としただけの存在となるのだから。
「死した者たちに正邪の区別を押し付けたくはありません。沈黙を持って彼らの魂を見送りましょう」
そう言って女王様は片手を胸に当て、そっと目を閉じた。
観衆たちもそれに習い、あまつさえ女王様を護衛するミルーマさんたちまでもが同じポーズを取る。たぶん薄目くらいは開けているんだろう、なんていうのは邪推のしすぎだな。
俺だって痛ましいという気持ちは持ち合わせているし、総長の影に打ちのめされた身の上だ。
「大丈夫だよ」
ちょっと心配したようにこちらを見ている綿原さんに、俺は小さく一声をかける。
そうして一年一組の面々は様々な想いを胸に、そっと目を閉じた。
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