第127話 安定感のあるレベリングは大歓迎




「よっしゃあっす! 夏樹なつきっち!」


「うんっ!」


 藤永ふじながの持つバックラーにガツンを音を立ててウサギが体当たりをかますが、アイツは動じない。むしろ床に落ちたウサギの脇に【雷術】を落として、水を通したスタンをかました。

 そのまま夏樹に声をかけて、攻撃を促す。


 藤永ってこんなデキるタイプだったのか。すごくソレっぽくてカッコいい戦い方をしているのだけど。


 夏樹も夏樹でシビれたウサギに【石術】を【多術化】させて二個使えるようになった石をガンガンとぶつけてから、喉元に短剣を突き刺してトドメを刺した。


「夏樹クン、ナイス」


「やったっすね」


「ありがとう」


 今回は水をまいた役をこなした深山みやまさんも合せて、三人でハイタッチをしている光景は美しい。

 結構な時間をあの三人で組んでもらっているから、アイツらなりの間合いとか呼吸みたいなモノが出来上がってきているようだ。



 ミアを除く全員が五階位になったことで──、これだとミアが仲間外れみたいな言い方だけど、アイツは六階位だ。それはまあ置いておいて、俺たちの戦い方がどう変わったか。

 全員が強くなれたのは当然として、なにより後衛組の強化が大きい。この場合は防御力だ。ステータス向上と【痛覚軽減】のお陰で、ずっと練習してきた魔獣の一撃を盾で受け止める戦法が安定している。

 それこそ二層で戦っているぶんには、守らなくてはならない対象という意識があまり必要にならない程度にだ。俺も守られる側なので、カッコつけていられるわけでもないけれど。


 これで一旦は後衛のレベルアップが絶対という状況ではなくなった。これでもまだ魔力的にも技能的にも、上杉うえすぎさんと綿原わたはらさんのレベリングは大事だけれど。


 それでもアタッカー連中を先に六階位にしてしまえば魔獣の無力化も捗るというもので、それがそのまま後衛のレベリング効率にもつながるという寸法だ。


 そう、全体の戦闘ペースが上がる。五階位から六階位への経験値はそこそこに必要だからレベルアップが速くなるわけではないけれど、戦闘自体は数をこなせるようになっているのだ。



 ◇◇◇



「左の盾がワタハラとササミで右はフジナガか。二層でも術師に積極的に盾を持たせるなどと思っていたが、こうも戦えるとはね」


 最早、戦闘参加を完全に手放したヒルロットさんは俺の横で呆れ半分、感心半分な顔をしている。


「左の二人が盾を使えるから白石しらいしさんを少し前に出せます。悪くないですね」


「……技能を揃えているから一階位分上の戦いができている。限界階位がひとつ上がったようなものか」


「全員が役割りを持っているからできてるだけですよ」


「それが君たちの怖いところだよ。ここまで見せつけられれば、この集団を分けて運用など、そんな言葉が出てくるはずがない」


「そう言ってもらえれば」


 ヒルロッドさんの言うように俺たちは集団での強さを、これでもかと見せつけている。

 だけど騎士団設立までは油断はできない。現場レベルで実力を理解してもらっても、政治の都合は別物だというのが委員長の意見だしな。



 ここの広間でエンカウントした魔獣はツチノコウサギと火星トマトの集団だった。

 ウサギとトマト、【二脚四眼赤茄子】……、頭の中にあるフィルド語翻訳の対語はどうなっているのだろう。種別名の時だけ思い浮かぶんだよな、漢字で。

 まあいい。二足歩行といってもつるみたいな足が縦に二本という意味不明の移動方法をとるトマトは、胴体の周りにこれまた蔓が三本伸びていて、これを振り回すことで攻撃としている。天然の鞭といったところで、これはもう【裂鞭士】たる疋さんのライバルだな。


 もちろん事前に草間くさまが【気配察知】をしてくれて、俺が【観察】で数を完全に把握してから戦闘を開始したので、危なげはない。とはいえ数は合計で三十三。多いどころか多すぎると思う。


 それでも開幕でミアと海藤かいとうの遠距離攻撃で数を減らし、アタッカーが突撃をかけてさらに削れば数的優位はこちらのものだ。

 一年一組は全員が盾使いという側面も持っている。一番柔らかいだろう奉谷ほうたにさんや白石しらいしさんでも一撃目くらいは受けられるのがウリだ。もちろん丸太や竹を除く。



「イヤァ!」


「あぁぁい!」


「しっ!」


 ミアや先生、中宮なかみやさんあたりは別格の動きで、ガンガン敵をぶっ倒している。二層の限界階位は七だ。六階位のミアにも遠慮をしなくていいと伝えてある。


「よおっし、残り七体。前衛は無力化優先で!」


「おう!」


 しっかりと現場監督している俺がそう叫べば、元気な声がたくさん返ってくる。

 うん、やるべきことをわかってくれているから、こちらの指示も通りやすい。いい感じだ。


「倒すのは上杉さん、田村たむら綿原わたはらさんだ。数に拘らなくていいから、丁寧にトドメ、やってくれ」


 俺が挙げたのは【痛覚軽減】を持っていないメンバーだ。熟練度もあるし、早く取らせてあげたいところだな。


 とくに上杉さんと綿原さんは五階位になってから新技能を取っていないにもかかわらず、それでも魔力に余裕がない。二層転落の時にかなり無茶な技能の取り方をしたからだ。俺もそのひとりだし、ミアにしても六階位になってやっと安心できる魔力量になった。

 技能の取得はなるべく計画的にしておかないと魔力の管理が大変になって、熟練上げで苦しむことになる。



 それから五分としないうちに戦闘は終わった。

 誰も階位は上がらなかったけれど、戦い自体に危なげはなかったかな。騎士組はなんどか被弾していたが、そのあたりは織り込み済みの役目なので、【頑強】の見せ所だと思って我慢してほしい。


「綿原さん」


「どうしたの?」


 迷宮委員の片割れ、綿原さんに声をかける。プライベートではなく、もちろん委員としてのお話だ。


「あ、上杉さんもいいかな。今晩の料理だけど」


「そうね。ウサギ肉とトマト。万全よね」


 綿原さんは賛成、と。


「昨日はカエルでしたから、気分を変えてというのはありますね。トマトもたくさんありますし」


 よし、食事委員長にして料理長たる上杉さんの了解も取れた。なら決まりかな。



「んじゃ、解体すっかあ。田村ぁ、やるぞ」


「ん、ああ、わかったよ」


 そんな俺たちの会話を横で聞いていた佩丘はきおかが率先して田村を誘って動きだした。

 さすがは副料理長だけのことはある。



 近衛騎士は獲物の解体をしない。ついでに詳しいやり方を知らないまである。

 血まみれの解体作業などは運び屋がやることだと、そういう理屈がまかり通っているのだ。そんなだから迷宮泊なんていう考えが出てこなくもなる。

 だけど俺たちはそうありたくない。


「わたしたちも、やりましょう」


「ああ、なかなか慣れないけど」


「わたしもよ」


 綿原さんも渋々といったところだ。


 それでも一年一組は、解体を学んでおいた。

 なんて立派なんだ、とか言われたいわけではない。いつかどこかで役に立つ可能性があるから。それこそこのあいだの二層滑落事件などは典型だ。


 いつか、アウローニヤを出る日がくるかもしれないしな。



「トマトとか丸太なら平気なんだけどね」


「わたしはカエルもイケるわよ。やっぱり見た目なのかしら」


「見た目だけならどれもグロいけどなあ」


 二人で愚痴を垂れながらも、それでも手を動かす。

 なんでトマトを解体しているのに血が出てくるのか本当に意味不明だけど、それでも謎の内臓が無いだけマシだ。コイツはどうやって動いていたのか、疑問しか出てこない。


 ウチのクラスで解体を苦にしないメンバーは、上杉さん、ミア、田村、佩丘、そしてなぜか深山さんあたりが筆頭だ。普段はオドオド系なのに、なぜか死んだ魔獣は平気らしい。


「なあ、綿原さんって深山さんとけっこう話すよな」


「そうね。それなりに気が合うと思ってるけど」


「どんな話題が多い?」


「さあ、いろいろよ」


「いろいろ、か」


「そう。いろいろ」


 ホラーとかスプラッタ路線でないことを祈りたいけれど、そうだったとしても納得できてしまいそうで、これ以上ツッコんだ話にもっていくか迷うところだ。



「どーれ、わたしも手伝うかな。ガラリエできる?」


「わ、わたしは」


 騎士団入りを表明しているベスティさんは、こういうところでも積極的だ。

 近衛所属のガラリエさんはやったことがないのだろう、かなり腰が引けている。それでもなんとか手を伸ばそうとする姿勢だけでも十分だ。心だけでももらっておこう。


「では、わたくしも」


「アーケラは平気そうだね。貴族の出でしょ?」


「ベスティさん、この場でそれはナシでしょう?」


「ごめんごめん」


 アーケラさんの出自はどうやら秘密事項らしい。

 ベスティさんが平民から騎士爵で、ガラリエさんは貴族の出身だ。王国の思惑が絡んでいるのはわかるけれど、話してみれば悪い人たちとは思えないし、できれば仲良くやっていきたい。



「ムリをして全部じゃなくてもいいからね。美味しいトコだけで」


「はーい!」


 よっこらと立ちあがった綿原さんが、いまさら指示を飛ばす。ご当人が解体に飽きたといったところかな。


 それでも言っていることはそのとおりで、ウサギが二十体以上、トマトが十体というのは明らかに多すぎる。全部を食べられるわけがないし、持って帰るつもりもない。

 二日目の素材は食べる分を確保したら全部放置で確定だ。



 ◇◇◇



「んじゃいくよぉ」


「う、うん」


「えいっ」


「はうっ」


 一年一組は今日の夕食部屋を目指して迷宮を歩いているが、そこには明るい声が交差していた。

 奉谷さんと白石さんという、明るさ爆発ちびっ子とおさげ大人しメガネっ子の取り合わせだ。

 よく見かけるコンビだけど、二人がなにをしているかといえば【痛覚軽減】の熟練度上げ。手法は『しっぺ』だ。

 袖をまくった白石さんが腕を差し出し、そこに奉谷さんが二本指を振り下ろす。痛い。それだけだな。


 シッペというのがほのぼのというか、甘いというか。表現はいろいろだろうけれど、彼女たちはアレで真面目だ。

 さすがに野郎ばかりだった騎士組の時とは違って女子も多いのだから、こういうやり方にもなるのだろう。俺の場合は二層転落事故で勝手に鍛えられた。


「ワタシもやりマス! 覚悟してくだサイ」


「ひっ、ミア、ミア!?」


 仲間に入りたそうに現れたミアは……、ちょっとダメだろ。

 そのまま指を打ち下ろしたら術師系の子たちの骨が砕けるぞ。白石さんが本気でビビっている。


「ちょん!」


 まったく邪気のない顔で指を振り下ろしたミアは、白石さんの腕に軽く触れて、大きく口を開けて笑った。


 一瞬でも止めに入ろうかとしていた俺がバカみたいじゃないか。

 いや、ミアが本当にヤバかったら、俺なんかじゃなくほかの誰かが割って入っていたか。そのあたりの機微がまだまだだな、俺は。


 ペシペシとミアの腕を叩く白石さんを見ながら、なんとなく俺はため息を吐いてしまう。



「君たちは面白いな。迷宮の中でこれだけ力を抜けるのも珍しい」


「あ、やかましくてすみません、ヒルロッドさん」


 クラスメイトたちのやり取りを見ていたヒルロッドさんが、苦笑いをしながら話しかけてきた。


「いや、悪いことじゃないよ。警戒は怠っていないのだろう?」


「まあそうですね」


「ならいいよ。むしろアレくらいのほうが頼もしい」


 その言葉がどこまで本音かはわからないが、護衛の近衛騎士たちは普段通りだ。特段警戒を強めているわけでもない。

 今のところは俺たちに任せておいて大丈夫だと判断しているのだろう。



「ところで今晩も風呂を用意するのかな。ご一緒させてもらっておいてなんだが」


「ええまあ。こっちに持ち込めた数少ない文化ですから」


「……そうか。なら喜んで入らせてもらうとするよ」


 数少ないなどと言ってはいるけれど、実のところはあえて見せていない部分も多い。


 王国の人たちがいるところでの俺たちは、素直で真面目を演じているつもりだ。

 食事に文句をつけたこともないし、手に入らないモノをねだってダダをこねたこともない。


 ワガママっぽくなってしまったのは、米騒動と今回の迷宮泊くらいか。それ以外は『勇者との約定』レベルの話で、むしろ契約だから遠慮はいらない。


 あまり派手にならず、だけど我慢しすぎないラインで当面は上手くやっていくという方針をいつまで続けられるだろう。

 帝国の話を聞かされてしまうと、どうしても焦りが出てしまう。



「でも夕食のあとで、もう少し戦ってからになりますけど」


「わかっているさ。風呂はその後だろう」


「あ、はい」


 俺の中にあるじれったさみたいなものが、ヒルロッドさんに伝わってしまったかもしれない。

 ううむ、こういうところでポーカーフェイスができていればいいのだけれど。委員長、助けてくれ。



「まっすぐ二部屋むこう。……ブタが二頭だと思う」


 微妙な居心地の悪さを感じていたところで、草間が鋭い声で魔獣の存在を伝えてくれた。


 なにかこう、ニンジャが板についてきた感じがあるな。だけどどうしたのか、草間の表情がちょっと硬いような。今日も一日ずっと偵察をやっていたし、疲れるもの仕方ないか。

 草間だけじゃなく全員分、そのあたりも気遣っておかないとダメだなんだろうな。


 それでもまあ、ヒルロッドさんとの話をいったん打ち切れて助かった。ありがとう草間。


「ブタ肉追加かな。先生がそろそろ六階位ですよね。やっちゃってください」


 残り距離を考えれば夕食前の最後の仕上げだ。先生には暴れてもらうとしよう。

 まだレベルアップしていない方が不思議なくらいだし、ココで決まれば盛り上がること間違いなしだ。ついでに俺の心もアゲていかないとだな。


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