第126話 アーチャー最強論



「よしっ。上がった」


 迷宮二日目の午後、そこそこの数の『ウサギ』の群れを蹴散らし終わったところで、馬那まなが五階位になった。


 これで一年一組二十二人全員がいちおうの目標、五階位になることを達成したことになる。大きなトラブルもなくここまでたどり着けたわけで、この段階でもう今回の迷宮泊は大成功と言えるだろう。



 午前中の内に大過なく【石術師】の夏樹なつきと【熱導師】の笹見ささみさんが五階位になってからは早かった。残った後衛系は俺と綿原わたはらさん。言ってはなんだが、俺たち二人は二層のプロだ。プロフェッショナルの定義がなんなのかは置いておくとして、たった四人で、しかも前衛盾無しで二層の魔獣を倒した経験は伊達ではない。

 今のように盾役のサポートがある状態で仕留めそこなうなど、もはやあり得ないのだ。フラグではないぞ。すでにに五階位になれているのだし。


 ただし俺と綿原さんはまだまだ内魔力量がヤバいということで、上杉うえすぎさんと同じく五階位での技能取得は見送りだ。早く【反応向上】がほしい。

 技能候補が少ないせいで方向性が決まり切っている俺とは違って、綿原さんは取りたい技能がたくさんだ。彼女としても、ガンガン階位を上げたいところだろう。



 この時点で五階位を達成している笹見さんは【身体強化】を取った。じつに羨ましい。

 物理でも強い術師は大歓迎なので、そこは素直に喜ぶことにしよう。だが、うむむ。


 俺と同じく身体系の技能が生えていない夏樹が取ったのはクラスで初となる【多術化】。

 魔術系技能を複数個所に発生させる【多術化】は、熟練度を上げると三か所四か所といった感じで術の数を増やすことができる。昔のすごい術師が十か所くらいに水を浮かべたなんていう物語もあるが、真実かどうかは置いておこう。


 現に今、夏樹の近くでは二個の石が浮かんでいるわけで、かなり苦戦はしているようだがそれぞれ独立した動きを見せている。ロボットアニメで見たことがあるヤツだな。

 ロボットモノが好きな夏樹はとても嬉しそうで、同じくな草間がすごく羨ましそうにしている。草間は【忍術士】だから、もしかしたら別路線で狙えるかもしれない。合体変形は無理でも分身とか。



 そして残ったのは騎士組の五人。藍城あいしろ委員長、古韮ふるにら野来のき佩丘はきおか、そして馬那だ。

 彼らはもともと身体強化セット、すなわち【身体強化】【身体操作】【体力向上】と、ついでに【痛覚軽減】を持っているバリバリのタンクだ。いや委員長だけは【聖術】の関係で【身体操作】を持っていなかったか。それでも大した変わりはない。


 ここまで二層の魔獣にトドメを刺すのをしてこなかった騎士組だけど、やっと出番とばかりにアタッカーや術師のサポートを受けながらもほぼ一対一で倒してみせた。丸太は例外。アレはまだまだひとりではムリだ。



 そんな流れで今しがたのウサギの群れを総仕上げのように倒した騎士たちは、全員がほとんど一緒にレベルアップした。

 安定しすぎていて、むしろほかのメンバーが五階位に体を慣らすまでの方が気を使ったくらいだ。それと俺がみんなの動きを把握する時間も。


 それ自体はとてもいいことなのだけど。



「やっぱり魔獣は多いですか?」


「そうだね。……通常ではないのだろう、と俺は思うよ」


 ヒルロッドさんの歯切れが悪いのも当然だ。


 魔獣が多ければレベリングは楽になる。数だけでなく、探しに行く時間が省略されるのが大きいからだ。事実騎士組の最終レベリングには一時間くらいしか使っていない。

 それはいいのだけれど、濃すぎるのもなあ。


「予定の経路、いざとなったら変えますから」


「わかってるよ。そのあたりの判断は、俺だけじゃなく君たちと話し合っていこう」


「ありがとうございます」


 俺の提案をヒルロッドさんはしっかりと受け止めてくれた。

 こうして限度を超えない程度に判断をこちらに委ねてくれていること自体が、今回の迷宮行が約束通りに俺たち主導であるということを示している。こういうところがヒルロッドさんらしい実直さだ。


 迷宮に魔獣が増えているのはとっくに承知で、俺たちはそれを見込んで複数の経路を計画しておいた。

 今歩いているのは基本設定で、一番強気なルートだ。一層への階段からは遠くなるが、ほかの探索者とかち合いにくい経路になっている。



「なに、素材を捨てるのは惜しいが、階位上げと訓練には好都合だと思おう」


「ですね」


 気を取り直して明るい方向に持っていこうとするヒルロッドさんの意を汲み、俺も軽く笑う。


 この状況は実際に好都合なのだから。

 まるで迷宮が俺たちに早く育てと言っているかのように。



 ここまでが比較的シリアスムードなお話だ。


 もう一度繰り返そう。これで一年一組二十二人全員が五階位を達成した。

 ここからは今回の迷宮行のあいだに少しでも多くの六階位を生み出したい。しかもできるだけ狙ったメンバーをそうしたいところだ。


 さあ、みんなで六階位を目指してがんばろう。


 と、言いたかったのだけど──。


「えっと……、【痛覚軽減】を取り、マシ、タ?」


 普段以上に語尾がワザとらしくなっているミアは、この戦闘で『六階位』になっていた。


 たしかにミアと滝沢たきざわ先生の二人は、もともと五階位から上乗せした経験値を持っていた。二層滑落事故で大暴れをしていたからな。その点については感謝すれこそ、文句などつけるところはない。


 べつにミアが六階位になることに問題など、どこにもないのだ。

 少しだけ間が悪かったかな、くらいの話でしかない。



 ◇◇◇



 今回の迷宮泊を機にミアは弓を完全開放した。


 俺たちはリスク管理をしながら迷宮で戦っている。

 一番簡単な表現を使えば、一度に当たる敵の数を絞っているのだ。ならば敵をどうやって減らしていたか。

 ヒルロッドさんやメイドさんたちに任せるには惜しい。今回の迷宮は俺たち主導がお題目であるし、全員が七階位以上の彼らは、二層でレベルアップの余地がない。ムダ経験値などクソ食らえだ。


 だからといって近衛騎士たちに過度に弱らせてもらったり、最初の頃のように動きを封じてもらうような接待プレイをお願いするのもどうかと思ったのだ。

 どうせなら最初から最後までを俺たちでやり抜きたい。



 そこで登場となるのがアタッカー組だった。

 足を止めてくれるだけでいいし、その上で弱らせてくれれば最高だ。マズいと思ったら倒してくれても構わない。


 とくに遠距離アタッカーの海藤かいとうとミアは、混戦になる前の『削り』が今後も重要になってくるからと、積極的にお願いしたわけだが。

 ちなみにこの時点で【裂鞭士】のひきさんは遠距離アタッカー換算していない。



 ぶっちゃければ今回の迷宮行で、ここまで一番多くの魔獣にトドメを刺したのはミアだ。


 遠距離からの削りを頼んだ【剛擲士】海藤の投げるボールは、魔獣の骨らしきモノを砕くところまではいったが、倒すには至らなかった。

 先生を筆頭にする近接アタッカー組は、もちろん足を狙うので最初から誤射のしようがない。


 アタッカーや盾のみんなは律儀にトドメを刺さず、予定の順番通りにレベリング対象者が階位を上げて今がある。



『また倒してしまいまシタ。ごめんなサイ』


 はたして何度、ミアのそのセリフを聞いたことだろう。奉谷ほうたにさんが記録していたはずだけど、あまり見る気にならない。見たら笑ってしまいそうだから。


 テヘペロなんていう古語に想いをはせるようなミアの仕草は、その容貌も相まってどこのアニメかと言いたくなるような光景だったが、やっていることは一撃必殺だ。

 彼女がこれまで積み重ねてきた技能、直接弓に関わるのは【身体強化】【身体操作】【一点集中】そして【上半身強化】。そのすべてを強弓に乗せて構えるその姿は、カッコよくて、美しすぎて、まるっきりアニメやゲームの世界だ。

 ミアの使っている弓を持たせてもらったことがあるが、俺には弾く事すらできなかった。


 ビィンと弓が音を立てた次の瞬間には魔獣に矢が突き立っているという世界。あれはもうお約束映像だ。本人曰くまだまだ狙いが甘いので、微妙にズらすのは難しいとかなんとか。

 それにしてもクリティカル率、高すぎだろ。


 さすがに丸太とか竹には通用しなかったが、トマトとかキャベツはもう、ワザとかというくらいに一発だった。

 とくにカエルだ。カエルの攻撃パターンは単調だが、だからといってジャンプの幅は一定ではない。空中を飛ぶ物体を弓で狙えば、おのずとブレが出てくるのはわかるし、絶対にハズしたくなければ基本的に正中線を狙うのは当たり前の行為だ。だからといってクリティカル連発はないだろう。天性のカエルキラーとはミアのことだったのか。


 そういうワケでミアは一年一組最高のキルカウントを持っている。次点はもちろん先生なのは言うまでもないな。



 ◇◇◇



「ねえねえミア」


孝則たかのり、なんデスカ?」


 微妙に居心地が悪そうなミアの下に野来が歩み寄り、耳元でコソコソとなにかを伝えた。なにを言ったのやら。


「ほらミア」


「えっとデスね……。ワタシまたなにかやっちゃいマシた?」


 けっこうな大きさがあるはずの部屋なのに、音が消えた。野来、お前なんてことを……。



「最高かよ」


「うん。カッコいい」


 一拍の間をおいてから、古韮と白石しらいしさんが感嘆の言葉を吐き出した。それも満面の笑顔で。


「はははっ。いいねっ!」


 続けて疋さんも笑う。


 なるほどコイツらは『わかっている』連中だったな。

 つられて俺まで笑ってしまうじゃないか。



「ぷふっ」


 背後から聞こえてきたのは誰かが思わず吹きだしてしまったような、そんな音だ。

 今のって先生の声じゃないか?


 皆が振り返れば、そこにはやっぱり先生が立っていて、真面目くさった顔をしている。だけど頬が赤い。


「あははっ!」


 それを見たせいか、場の空気なのかはわからない。だけど奉谷さんまで笑い始めてしまえば、あとは流されるだけだ。

 クラスの全員が笑っていた。普段はムッツリしている佩丘や、ひねくれムーブの田村たむらまでが口を引きつらせるようにして笑いをこらえているのがよくわかる。



 もとより空気が悪かったわけではなかった。


 レベルアップが最後になった馬那が五階位になれたところで、よしこれで全員一緒だね、という感じになるはずだったのに、その手前でミアがやらかしただけだ。いやまあ、どちらかというと俺的には面白かったくらいだし。


「ふぅ、もうっ! ヘンな空気になってたからビビったじゃないデスか!」


「ミアが勝手にそう思ってただけだよ」


 ビシベシと野来の肩を頬を膨らませたミアが叩いている。やりすぎると白石さんに怒られるぞ、ミア。

 そんな光景を俺たちは笑ったり、生暖かい表情で見守るわけだ。



 そもそもミアは一年一組のエースだ。正確にはミアと先生、それと中宮なかみやさんの三人は別格といっていい。

 そう表現すると同じアタッカーのはるさんや海藤には悪い気もするのだが、本人たちもそれで納得している。それくらい彼女たち三人はウチのクラスにおける、絶対的なストロングポイントとして認められているのだ。全員女子というのが、なんともはや。


「ミアに先を越されちゃったわね」


「んふふっ、りんと先生ならすぐデス」


「ええ、がんばるわ」


 目に炎を燃やした中宮さんが真っすぐにミアを見やるけど、受け止めた側はとても嬉しそうだ。なんでこう、あの人たちはナチュラルに強者の風格を醸し出せるのだろう。


「先生も、ですよね」


「……ええ」


 中宮さんに話を振られた先生は、さっきの吹き出しが心に残っていたのか少しだけ恥ずかしそうに、短く答えた。萌えポイントだな。

 料理を憶えようとしたり、お酒が恋しかったり、今回の件もあったりで、先生の萌えキャラ化が一部男子のあいだでうなぎ登りな今日この頃だ。



 さて、ミアは六階位で【痛覚軽減】を取ったわけだが、騎士組がどうするかといえば。


「これでやっと一人前の前衛かな」


 委員長には【魔術強化】や【魔力浸透】を取って【聖術】を強化するというパターンもあった。だがウチには上杉さんと田村という信頼できるヒーラーがいて、もともと委員長はサブヒーラー扱いだ。しかもクラスの方針には後衛でもできるだけ自衛をしよう、という近衛騎士の常識とはかけ離れた目標がある。

 ならば前衛の委員長にはもっとガッツリしてもらわねば。というわけで委員長は【身体操作】を取って、これにて前衛身体強化セットの完成だ。あくまで基本セットではあるけれど。



「んじゃ、俺たちは騎士らしくなりますか」


「おうよ」


 そんな委員長を温かく見守ってから、おもむろに古韮がカッコいいコトを言いだして、これまたニヒルに佩丘が答えた。


「【頑強】だ」


「うん。硬くなろう」


 同じく騎士の馬那と野来がそれに続く。


 騎士系神授職における定番中の定番技能、近衛騎士団が絶賛推薦しているのが【頑強】だ。

 謎に【睡眠】やら【平静】を大事にする俺たちを微妙な目で見ていたヒルロッドさんも、これにはご満悦だろう。



【頑強】という技能は体が硬くなるという効果があるとされているが、じつのところそれは比喩だ。

 本当に硬くなったら、逆に怖い。関節とか目玉とかはどうなるのかという話になる。


 ならば実態はといえば、どうやら外魔力の密度が上がるというのがシシルノさんの説だった。べつにシシルノさんが提唱したわけではなく、過去の研究の中から推奨しているだけだけど。


 俺たちの体を纏う『外魔力』は、身体にまつわるすべてを強化してくれている。反射神経すら上がっているので、それこそ神経までもといったところだろう。これについてはもはや不思議効果ということで、委員長をはじめ田村あたりも生物学的整合性を諦めている。


 そんな外魔力の本当の意味で外側を強化するのが【頑強】の正体だ、というのがシシルノさんの意見だった。

 密度が上がれば魔力ルールのひとつ、打ち消し合いで優位に立てる。つまり【頑強】を鍛え上げることで、相手の攻撃に含まれる魔力的要素をレジストできるという理屈だ。


 では物理的な衝撃はどうなるのかと疑問を持った委員長に言わせると、外魔力にはもっと、たとえば斥力的なモノも働いているんじゃないかという話も出てきたが、それもまだまだ研究が足りていない。



「じゃあ、技能を慣らしながら進もうか。階位が上がったばっかりの人は、動きを確かめながらだな」


「おう!」


 いちおう現場指揮官の俺がそう言えば、みんなはいっせいに声を張り上げて応えてくれた。


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