第128話 ニンジャとみんな
「じゃあみんなの五階位と先生の六階位をお祝いして──」
「だめですよ、
いざ夕食となり、音頭を取る綿原さんのネタを先生が一蹴した。
「ひどいデス!
すぐに『六階位』のミアが抗議をするけれど、先生がツッコムまで気付いていなかっただろうに。
「ごめんね。ミアが六階位になった時に思いついたものだから、ついやってみたくて」
「むうぅ、ならしかたないデス。今度仕返しデス」
「お相子程度でお願いね」
そうしてお互いにニヤリと笑い合う綿原さんとミアに、遺恨は無さそうだ。そもそもこのクラスでそういう尾を引きそうな関係というものを見たことがないわけだが。
サパっとした気風は山士幌という町のせいなのか、たまたまコイツらがそうなのかはわからない。でもまあ悪いことではないのだから、今は居心地の良さを堪能しておけばいい。
そうか、居心地がいいと、俺は思っているのか。
「綿原さん、そういうのは冗談ですむくらいまで、ですよ?」
「はい、ごめんなさい」
素直に頭を下げる綿原さんだけど、先生がこうやって口を挟む境界線はどのあたりにあるのだろう。
なにせ先生も俺と一緒で一年一組との付き合いはまだまだ短いのだから、距離感とか空気を掴みきれていないだろうし。いや、先生のことだ、俺とはまた別の感覚でみんなのことを見切っているか。俺みたいな高一がわかった風をしようとしても勝てるわけもない。
「じゃ改めて。みんなの五階位と、先生とミアが六階位になったのを祝って……、乾杯!」
「かんぱーい!」
二度目のコールで天丼をカマしてくるほど綿原さんもやり手ではなかったようだ。
ごく普通の挨拶に合せて、みんなが水の入ったカップを持ち上げる。もちろんアルコールは無し。
この世界でも乾杯がある。
『初代勇者が伝えたのかもね』
などと冗談めかして言ったのは委員長だったろうか。
その割には日本文化らしきものはほぼ見当たらないし、文明レベルもせいぜい紙の質くらいが目に付く程度で、どうやら初代勇者様は知識チートを使わなかったと思われる。
そもそも初代の勇者というのが人間かつ黒目黒髪の集団だったからといって、日本人であるとは限らないし、ヘタをすると地球人だったという保証もない。
地球とココとで人間はここまで『同じ』なのだ。ならば、まったく別の世界でも同じような『人間』が生きる星がいくつあってもおかしくない。こういうのは考えるとドツぼるパターンだな。
初代勇者が実は……、なんていうのは物語の最終盤でわかればいいだけのコトだ。
「先生も【痛覚軽減】育てないとデスから、あとで二人で──」
「しっぺですか。いいですよ」
「燃えてきマシた!」
「あっ、わたしも混ぜなさいよ!」
「もちろんデス。
「望むところよ」
ミアが先生に挑戦状を叩きつけ、そこに
同じくアタッカーとして【痛覚軽減】育成特訓に巻き込まれたくなさそうな
こういうのに参加しそうな
「【痛覚軽減】組は楽しそうね」
ウサギ肉とトマトの串焼きを手にした綿原さんが、少しだけ羨ましそうに俺の横に座った。
カエル肉やウサギ肉と聞けば最初の頃こそ顔をしかめていただろうけれど、そうとは知らないうちに離宮で食べてしまっていたあとだ。いまさら偏見もなにもない。普通に美味いのがまた意地が悪いというかなんというか。
「本格的に上げるのは戻ってからだし、綿原さんだって六階位になれば、だろ?」
今回の迷宮で【痛覚軽減】を取得したのは、なんと十三人にもなる。
一年一組で残ったのは
「まだまだ取りたい技能がたくさんあるわね」
「楽しみにしておけばいいんじゃないかな。まだまだ強くなれる余地があるってことで」
「あら、ゲームみたいな考え方はご法度じゃないの?」
いたずらっぽく笑う綿原さんに危うく見惚れかけるけれど、最近はこの距離感にも慣れてきた気がする。
いや、慣れたというのとは違うか。どちらかといえば当たり前な日常に胸が躍る感覚。
彼女への応対を思い返せば、最初の頃は緊張だ。すぐに気さくに話せる相手だと知って、今は別の感情が、たぶんある。
迷宮委員で一緒になる時間が伸びたからか、近い距離も楽しい会話も普通になっていて、そんな当たり前が──。
「あ、あのさ、みんな」
俺の思考がトリップしかけたところで、ちょっと気弱そうな声で発言したのは草間だった。
みんなの方を向いてはいるけれど顔は俯きがちで、メガネ越しの目が長めの前髪に隠れてしまっている。
「階位が上がった時に嬉しくてすぐに【痛覚軽減】取ったから、さっきまで気付いてなかったんだけどさ」
最近の草間は役目を果たしているという自信からか、それなりに堂々とした態度を取っていた。
迷宮に入る時の草間の斥候は、もはやクラスにとって欠かせない要素だ。いまさら弱気な空気を出されても。
「どうしたよ、草間」
「うん、あのね」
海藤が先を促すと、口調まで弱くなった草間はそれでも顔を上げた。
「新しい技能。【魔力察知】と【魔力遮断】」
「……出たのか」
「うん、たぶん階位が上がった時だと思う。先に【痛覚軽減】取っちゃったから、言い出しにくくて、さ」
「やったな!」
思い切ったように口にした草間に対して海藤は、もちろん笑っていた。
【魔力察知】と【魔力遮断】。前者はシシルノさんも持っている魔力版【気配察知】だ。【魔力視】のように詳細な情報は得られないが、近くにある魔力の有無や数などを把握できる。
これがあれば魔獣の探知がもっと正確で効率的になるだろう。さすがは【忍術士】。どんどんニンジャ路線だな。
「いや、でも、もっと早く気付いてたら【痛覚軽減】より先に取れて、探索で役に立ったかなって」
「なあに言ってんの。草間はとっくに役立ってる。なんでウジウジしてるのさ」
笑う海藤の傍にいた
「そ、そっかな。ほら、技能を取る順番とかさ、みんなで決めてからって」
「次で取ればいい。ただでさえ草間は【気配察知】と【気配遮断】で【痛覚軽減】が遅れてたんだから」
「
見てられなくて、気が付けば俺は口を挟んでしまっていた。
「草間が三階位の時にムリして【気配遮断】を取ってなかったら、俺や綿原さんたちが無事だったかもわからない。感謝してるんだぞ、これでも」
俺と綿原さん、ミア、上杉さんが二層に落ちて窮地に立たされた時、颯爽と登場したのは草間だった。あの時のアイツの顔を忘れたことはない。本当は弱気なクセをして、それでいてカッコよく決まったのが嬉しそうな、そして対峙してしまったカエルに後悔するような、クルクル変わってた表情だ。
誰でもするような、ミスにもならないミス程度で落ち込むな。草間は俺たちのヒーローだぞ。
ちょっとの間、黙ったままの俺と草間の視線が交錯する。伝わるとは思えないし、気恥ずかしくて口にはできないけれど、それでも構わない。俺は草間を認めているぞ。
「……ごめんみんな。ビビったこと言っちゃった、かな」
「あーあ、いいよ。ハルより先に草間でいい」
「しゃーないかな。アタシもまあ、体を慣らさないとだし」
本来レベリング順位が草間と横並びの予定だった春さんと疋さんが悪い顔をしながら言った。本気で譲る気はあるのだろうけれど、じつにワザとらしい言い方だ。草間も草間で苦笑いだし。
ホント、面白い距離感してるクラスメイトたちだ。
「ほれ迷宮委員、どうするんだ?」
収拾がつかなくなりかけたところで、海藤が俺と綿原さんに話を振ってきた。
さて、どうしようか。
「変えなくていいんじゃないかしら。今のままでも問題は起きていないし、優先順位はアタッカーと上杉さん、田村くん、それから奉谷さんとわたし。いいわよね? 八津くん」
「……だな。新しい技能があってもなくても草間のレベリングは上位だし、だからといってほかのみんなを遅らせていい理由もない」
綿原さんはバシっと決めてからこちらにハンドオーバーしてくれたけど、俺の言い方なんてこの程度だ。
こういうのは委員長に任せたいけれど、アイツはこっちを面白そうに見ているだけだった。
迷宮に入ってからの委員長はそういう態度を崩そうとしない。任せるにしても限度があるだろうに。
「【魔力察知】は魅力だけど、絶対に優先ってワケでもない。俺も予定通りでいいと思う」
草間のコトを思いつつ、それでもアゲたりサゲたりしない程度に言葉を選んでみたつもりだが、どうだろう。
「それでいいわね?」
「わかったよ」
少しだけ目が座った綿原さんがそう言えば、草間は頷くしかなかったようだ。
「それとね、草間くんに感謝してるのはわたしも同じよ。ねえ、上杉さん、ミア」
「そうですね。命の恩人ですから」
「もちろんデス!」
「そっか。こっちこそありがとう」
改めて綿原さんたちに感謝を伝えられた草間はちょっと頬を赤くして、それから意味不明なお礼を言った。
◇◇◇
「なるほどこうして食事と風呂を共にすれば、打ち解けるのも早いということか。それとも一段深くなったかな」
「俺たちと仲良くしすぎたらシシルノさんに嫉妬されますよ?」
「今回だけだよ。次からはジェサル卿も同行するだろう」
草間騒動から三時間ほどが経った。
俺たちは予定の宿泊部屋に到着して、今は男子の風呂時間帯だ。ヒルロッドさんが委員長と話を聞いていれば、たしかに親睦を深めるというのにはいい場所かもしれないな。
食事のあとからここに来るまで戦ってみたが、誰も階位を上げることはできなかった。
ついでに昨日と同じくカエルで【毒耐性】チャレンジをしてみたが、こちらも残念。
それでもまあ、中宮さんあたりはそろそろ六階位になれそうだし、上杉さんと田村の【解毒】熟練度も上がっているのは間違いない。
「君たちと一緒にいると興味深いことばかりだよ。近衛になって五年くらいになるが、新しいことはいくらでもあるものだね」
「こっちこそ、ヒルロッドさんたちが教えてくれたから、いろいろやれているだけですよ」
ヒルロッドさんの誉め言葉に当たり障りのない言い方で委員長が返す。風呂場で一緒になっているミームス隊の騎士たちそれぞれに、ちゃんと視線を合わせながらだ。こういうところは見習わねばと思う。
「それだけじゃなくて、アウローニヤの人たちがキチンと資料を見せてくれたから僕たちも考えることができました。感謝しています」
「アイシロはなんというか、気遣いが大変そうだね」
あまりの如才なさに、ヒルロッドさんは呆れ顔だ。委員長もやりすぎじゃないだろうか。
「僕はこういう性格ですから。もっと素直にさらけ出すのは、ほかのみんながしてくれます」
「その若さでそうもなるか。勇者の故郷はどういう世界なのだろうね」
「たまたまですよ。僕の親が町の顔役をやっているだけで」
こちらだと代官とかになるのだろうか、委員長が町長の息子であることを俺たちは伝えていない。
どちらにしてもそれは貴族だ。つまり委員長は貴族子息ということになってしまい、それはそれで面倒を呼び込みかねない。
なので俺たちは全員平民。ただし『学生』であることを前面に出して、平民は平民でも裕福層の出だという設定だ。こちらの世界水準なら、ほぼ嘘はついていない。
知識チート封印の中でもとくに気を使っているもののひとつが『民主主義』だ。国民主権や民主革命の概念といってもいいかもしれない。
このあたりはお約束なので、最初から警戒はしていた。
資料を調べていく内にアウローニヤは王国を名乗っているだけあって、いちおう絶対王政を採っていることはかなり初期に判明していた。だけどもっと調べたら内実はグダグダで、どこが『絶対』なのかと委員長は首を傾げていたのが印象的だったな。
そんな実態が招いたのがヤンチャ貴族ことハウーズやら近衛騎士総長の乱入だ。建前でも俺たちは王家の客人のはずなのに、それをないがしろにできるくらい、この国はいろいろと腐っている。
だからといって俺たちは革命や政権転覆を狙っているわけではない。する理由もないし、なにが起きるかわかったものではないので、そういう考え方があることすら教えていないのが現状だ。
不思議とアヴェステラさんたちも、俺たちの文化や個人の性格などは知りたがるクセに、政治については聞いてこない。それが敢えてなのか、たまたまなのかは不明だ。
シシルノさんが変な方向に興味津々なのは、例外ということにしておこう。
「明日には六階位も増えるだろう。騎士団設立まで三か月はかかると見ていたが、君たちならもっと早く達成してしまいそうだ」
「ははっ、がんばります」
「無理はしない程度でね」
軽いノリの委員長に、ふっと笑うヒルロッドさんが向けた目は、少しだけ寂しそうにも見えた気がした。
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