第280話 回りくどくて有難い申し出
「なんと、ラルドール事務官までいらしたのですか」
「はい。『緑山』に所属したならば迷宮を知らずしてどうする、と。ジェサル卿も同行しているのはご存じでしょう?」
「それは、まあ。ですがあなたとは立場が──」
俺たちと出会えたことを嬉しそうにしてくれたシャルフォさんだったが、アヴェステラさんが一緒というのには、さすがに驚いたようだ。
これまでシシルノさんが俺たちと一緒に迷宮に入っていたのは有名だけれど、彼女には迷宮研究者という肩書もあるし、今回の魔力異常の調査に貢献している。
王城の筆頭事務官なんていうアヴェステラさんを連れてくるのは、さすがにやりすぎだろうと思われたようだ。
しばらくぶりになるシャルフォさんのイメージは、ガタイが大きくて頼りになりそうなおばさん……、アネゴだ。
王国に多い金髪碧眼で、伸ばした髪をポニーテールにして、ややタレ気味の目からは口調と一緒で、優しさと真面目さが伝わってくる。
実際、四対四をやった時の物腰も丁寧で、粗雑な感じはみじんも感じられなかった。
階位が下であった勇者を名乗る若造どもと引き分けたあとでもそれは変わらずで。
「ねえ
「どうって?」
シャルフォさんたちのやり取りを見ていた
「ここで逢ったのって偶然かしら」
「わからないけど、アレはちゃんとした部隊だと思う」
綿原さんの言いたいことが理解できた俺は、見たままに思ったことを告げた。
調査会議での模擬戦、あの場で四対四をやった時の人たちはこの場に全員揃っていると思う。シャルフォさんが隊長で、分隊長が三人。
三分隊にシャルフォさんを合せて十九人で、残りの三人は装備からして一人が【聖術師】、それとたぶん斥候系の人が二人だ。合計で二十二人。
これぞ現状の迷宮におけるお手本のような部隊編成と言えるだろう。
だからこそ群れの範囲内にあるこの広間で、実際に魔獣と戦って討伐してのけた。残骸を見るにシカとキュウリ、カボチャの混成で、数は全部で二十くらいか。怪我人もしっかり治療されているようだし、斥候は扉の向こう側を探っている。
とてもしっかりした部隊だというのが伺える状況だ。
綿原さんの危惧しているような敵味方についての確証はないが、少なくとも迷宮の三層に対応できる存在だとは思う。たしかシャルフォさんと分隊長たちは全員十階位だったかな。
「近くにほかの部隊が潜んでいない限り、今の俺たちなら……、襲われても勝てる相手だと、思う」
「……そ」
俺の考えを小さく告げると、綿原さんは小さく息を吐いて複雑な表情になった。
たしかに相手は強い。だけど今の一年一組が本気を出して長期戦に持ち込めば、たぶん勝てるだろう。
そもそも、こんな風に魔獣がどこから現れるかもわからない状況で俺たちに敵対するなら、もっと強力な十三階位クラスの部隊を複数持ち出してくるはずだ。そんな部隊を動員できるかは置いておいてたにしても。
だけどそういう理屈が通用しないかもしれないのが問題なんだよな。王都軍の兵士を使い潰しても勇者を減らしておく、とか。ハシュテル襲撃というアホなコトを経験したお陰で、この国の偉いさんのやり方を常識というくくりで信用できなくなっているのが面倒くさい。
「わたし、このあいだ会ったのよね、シャルフォさん。息子さんにってイラスト渡したし」
「え?」
「あの時は……、八津くん、ほかの人と話してたかもしれないわね。嬉しそうに受け取ってくれたからかしら、悪く思いたくない気持ちがあるの」
一年一組の炊き出しは何度も行われているし、その中で一度や二度はヘピーニム隊と出会っていてもおかしくない。
どうやらその時にヘピーニムさんは、綿原さんのサメイラストを受け取ってくれたことがあったようだ。息子さんに、か。
「そう警戒しないでくださっても大丈夫ですよ」
つい今しがたまでアヴェステラさんと会話をしていたシャルフォさんは、すっと俺と綿原さんの方に向き直り、苦笑を浮かべた。まるで威嚇する野良猫を宥めるように、優しい声で。
「勇者が『灰羽』に害され、王子殿下も『紫心』に、ともなれば全てに疑義の目を向けるのはむしろ大切な姿勢ですから」
「すみません。当事者だったものですから」
俺に代わって
「頭を上げてください。我々に害意はありません、といっても簡単に信じるわけにはいかないのが、今の王都なのかもしれませんね」
「そこまでは……」
苦笑を浮かべたシャルフォさんに、委員長はバツが悪そうに返す。すまない、俺の代わりをやらせてしまって。
「こちらも戦々恐々なのです。身内ですら
そこですっと目を細めたシャルフォさんはそう言ってため息を吐いた。そして再び笑顔に戻る。
「そこでどうでしょう、親睦を深めるためにも、この場で合同訓練をするというのは」
どこがどう繋がってそうなるのか理解できないことをシャルフォさんは提案してきた。
群れの外縁からちょっと内側に当たるこの区画で、魔獣の討伐で協力し合おうというならまだわかる。だけど合同訓練?
それでもシャルフォさんの目は優しいままだと、どうしても俺にはそう見えてしまっているのだ。
ここで重要になってくるのは、第三近衛騎士団の『紅天』、第四の『蒼雷』、王都軍のそれぞれトップを味方に引き入れていると王女様は断言したが、所属する全員を掌握できているはずがないという事実だ。
いくらトップが王女様に付くと宣言したとしても、部下の全員が素直にそれに従うわけがない。
つまり王女様に付くゲイヘン王都軍団長の配下の配下になるシャルフォさんが王女側、あるいは勇者側である保証はどこにもないのだ。配下の配下というのは、途中に第三大隊長を挟むから。
だからこそ、なおさら怪しいと思えてしまう。
綿原さんが好ましく思いつつもシャルフォさんを信用しきれていないのは、そういう理屈を知っているからだ。
さて、どうしたものだか。
迷宮内のことでなら俺と綿原さんが迷宮委員として返事をしてもいいのだけど、内容が内容だ。ここは委員長か先生、あるいはアヴェステラさんが判断するシチュエーションかな。
俺の感覚からしてみれば、闇討ちするつもりならとっくに襲い掛かってくる方が普通に思える。わざわざよーいドンをする必要を感じないのだけど。
だけどその前に。
「『合同訓練』というのは、どういう意味ですか」
俺はシャルフォさんが持ち出した単語の意味を聞いてみた。どうしても引っかかる言葉だから。
「なぜ『合同討伐』ではない、ということですね?」
「はい」
聞きたいコトの意味をすかさず汲み取ったシャルフォさんは、笑顔のままで答えてくれた。
俺は頷くことで続きを促す。
「こんなご時世ですからね。迷宮内で勇者が襲われるなどという事態も考えられらます。そこで『緑山』の……、タキザワ隊でしたか、そちらと我々ヘピーニム隊で模擬戦をしてみてはどうかと考えました。もちろん合間に討伐を挟みながら」
そんなシャルフォさんの提案自体、俺たちとしては願ってもないと言っていい。
俺たちはある程度の対人戦闘経験を積んできたが、その相手は全て騎士たちばかりだ。唯一の例外が調査会議での四対四だったのだが、それこそが目の前にいるシャルフォさんたちだったわけで、アレは変則もいいところだろう。
クーデターが決行された場合、俺たちは王女様を護衛しながら迷宮に逃げる予定になっている。その時に狙われるとすれば、相手は近衛騎士に限らず、むしろ多数を占める王都軍の兵士の可能性だってあるのだ。
ただ、こう……、都合が良すぎないか?
「いいじゃねえか。やろうぜ八津」
口を出した手前、俺が返事をするかどうか迷っていたところに気易く割り込んできたのは、野球少年の
俺よりちょっと背の高い海藤は俺の肩に手を回し、やたらと距離が近い。お前、さっきまでうしろの方で傍観していただろうに。そうか、うしろの方……、か。
馴れ馴れしい海藤は、うん、ワザとらしいくらいに笑っているな。これは、誰かの指示を受けているんだろう。
「……そうだな。俺は賛成だけど、委員長はどうかな」
「うん。僕もいいと思うよ。あんな目に遭ったばかりだし、こういう訓練も大切なんじゃないかな」
俺の振りに委員長も乗ってくれれば、クラスから反対の声が上がることはなかった。
◇◇◇
「彼女たちはたぶん『味方』です」
模擬戦前の打ち合わせという体裁で、壁際に集まった俺たちにアヴェステラさんはそう言った。
「王都軍団長ゲイヘン伯が王女殿下に付き、部隊の掌握を進めているのはご存じですね」
小声で続けるアヴェステラさんに全員が小さく頷く。
ちなみにヘピーニム隊側から疑われないように、アヴェステラさんは輪の外側からの会話という妙な光景になってしまっている。
「あちらからの提案は決起の際に勇者が迷宮で味方を募るという作戦を知らなければ、出てくるものとは思えません」
アヴェステラさん自身もヘピーニム隊がこちら側かの確証は持っていないが、状況を見るに味方としか思えないというわけだ。だから海藤を経由して参加する方向に持ちこんだと。
「軍団長が僕たちの予定に合せてシャルフォさんたちを派遣してくれた、ですか」
「そうです。殿下の行動については秘匿されていますが、勇者の役割りについてはキャルシヤも知っていることですから」
俺たちを代表して委員長が理解を示し、続けてアヴェステラさんが軽いネタバレをカマしてくれた。
なんでも『蒼雷』団長のキャルシヤさんたちのような作戦の要になる人たちには、ある程度の情報を流しているらしい。シャルフォさんの提案は、それに沿っているので信用に値すると。
状況証拠みたいな話が積み重なっていくな。
「むしろあちらは、わたくしとアーケラを警戒しているのでしょう。もしかしたらシシィも」
「ああ、そういう」
ちょっとだけ苦笑いになったアヴェステラさんに委員長が返す。
俺たちに同行しているアウローニヤの人たちの内、あからさまな第三王女派はガラリエさんとベスティさんだけだ。とくにアヴェステラさんは宰相派で、アーケラさんは第一王子派と捉えられても不思議ではない。シシルノさんについては、どうなんだろうな。フリーダムだと思われていそうだ。
だからこそシャルフォさんはアヴェステラさんの同行に驚き、探りを入れてきたということか。
それでも任務だからと当たり障りない建前で、妙なお誘いをしてきた、と。
「めんどくせぇ」
面白くなさそうにお坊ちゃんな
この場にいる人たち全員が王女様側だというのに、こうして薄皮を被せながら会話しなければならないのだからな。いっそぶちまけてしまいたい気分にもなるが、クーデター計画の概要を部隊の末端まで全員が把握しているのなんて、俺たち『緑山』くらいなものらしい。
アヴェステラさんはもちろん、アーケラさんの立ち位置もこの場ではハッキリさせるわけにはいかない。まかり間違えばヘピーニム隊の中にスパイがいるとも限らないからだ。
心から、本当に面倒くさいな。
せっかく開けっぴろげに勇者担当者たちと話ができるようになったのにコレだ。
キャルシヤさんとの会話にしても、具体的な作戦にまでは踏み込んだらマズいようだし、高校生にこういうのは荷が重たい。
「調整はしますし、情報の共有も追々できるようになるでしょうから、それまでは」
申し訳なさそうにするアヴェステラさんにはむしろ同情が湧いてくる。難しい立場だよな。
◇◇◇
「ここで一戦してから移動し魔獣を倒し、そこでまた一戦としましょう。各員は魔力量の確認を怠らないように。もちろん疲労もです」
場を仕切るのはシャルフォさんだ。
魔獣を倒す合間に模擬戦とか、本来なら群れの中でやることではないが、この場にいるメンバーならば、できると思う。
なにせ向こうは二十二人で、こちらは二十七人。合わせて五十人近い戦力を固めているのだ。『緑山』の魔力量や回復速度を考慮すれば、最悪全員での撤退はそう難しくないだろう。
ついでにヘピーニム隊の戦力が面白い。
近衛騎士ではなく、王都軍所属のヘピーニム隊は剣士系が多い部隊編成になっている。
分隊ごとに盾役も二人か三人はいるようだが、大盾を装備しているのは全体の三分の一以下だ。ある意味、俺たちと似たような役割分担がキッチリしているタイプの構成だと思う。さすがに攻撃的術師とか、ましてや魔力タンク的存在はいないだろうが、近衛騎士たちのように力押し一辺倒というわけではなさそうだ。
『緑山』とヘピーニム隊を合わせれば、ヒーラーが五人、魔力タンクが四人、索敵が六人。
これならば魔獣討伐も万全だろうし、周辺警戒をしながらの対人戦という得難い経験が得られる。
やっぱりコレってアヴェステラさんの言うとおりで、ゲイヘン軍団長の差し金なんだろうな。
「移動経路についてはヤヅさんに一任します。即席で部隊間の連携はムリでしょうから、間取りの関係でお互いがわかれるような戦闘もありえるでしょうが、その場合の判断もヤヅさんに」
「……わかりました」
移動ルートをこちらに任せるということは、待ち伏せみたいなマネはしないという意思表示と受け止められるし、経験値まで譲ってくれるという意味もあるのだろう。
どこまで過保護なんだろうか。これで罠だったら泣くぞ、俺は。
「では、一戦目、始めましょう」
軽く流すように模擬戦開始を告げるシャルフォさんだけど、そういえばこっちの世界で気合の入った試合開始の合図を聞いたことがないな。
もしかしたらそういう文化なのかも。資料には現れない類の話だろうし。
さて、対戦相手はシャルフォ隊長を含む十九名。ヒーラーと斥候を外した形だ。
半分以上が十階位で残りが九階位という、俺たちからするとほぼ一階位分だけ格上の集団になる。
こちらについては外れたメンバーを数える方が早いな。
具体的には【奮術師】の
白石さんは『エアメイス』を使えば十分戦力にカウントできるけど、アレは秘密兵器ということで。
【雷術師】の
そう、俺も参加側なんだよ。ついでに柔らかグループからだと【石術師】の
これでこちら側の数は二十一名。とはいえ、俺と【聖盾師】の田村、夏樹、藤永あたりはガードに専念することになるだろうから、ほぼ同数からやや劣勢か。
「うおぉぉぉ!」
「らあぁぁぁ!」
どちらからともなく大声を上げた何人かに引きずられるように、両陣営が相手に向かって駆け出した。
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