第137話 助ける側になってみて
「なんか、すごく恥ずかしいんだけど」
「らしくなかったかもだけど、カッコよかったよ? みんなも気合入ったみたいだし」
「でも、ううん。やっぱり変だったかしら」
「そうかなあ」
移動を開始して数分、俺の横を行く
演説っぽいことをしたあとよりさらに赤くなっている綿原さんは、いかに自分らしくなかったかをこうして俺に聞かせ続けているのだ。時々背中をベチバシ叩かれている。
得意のサメでなく自身の手を使っているのは、魔力の相殺で【砂鮫】がほどけるのを避けているからだろうか。そういう判断力は残されているらしい。
「あの、綿原さん。ちょっとだけ痛いかもしれない」
「なによ。どういう意味かしら」
「六階位でしょ。【身体強化】もあるし」
「戦闘中じゃないのに【身体強化】するわけないでしょう。わたしバカ力だって言いたいの?」
「そんなコト言ってないって。だけど、ほんの少し痛いのは本当で」
最後とばかりにベシリと俺の背中に衝撃が走って、そこで綿原さんの攻撃は終わった。ダメだよ。暴力系ヒロインなどトレンドではない時代だから。
◇◇◇
「よしっ!」
珍しく大きめの声で喜びを表しているのは【岩騎士】の
今さっき終わった戦闘でアイツも六階位を達成した。騎士組では【霧騎士】の
騎士系神授職もいろいろで、そろそろみんなもジョブごとの色を付ける時期が近付いてきているのかもしれない。一例を上げれば野来の【風騎士】は魔術系の【風術】が候補に生えているそうだ。
【聖術】を使える【聖騎士】の
「俺だけ残っちまったか」
「……
「あぁ? 知らねぇよ」
などと佩丘と馬那がやり合っているのは真実で、不自然にならない程度に獲物を譲っていたのは俺もシッカリ見てしまっていた。佩丘は不良が雨に濡れた子犬にエサを与えるようなマネをナチュラルにやってくるから恐ろしい。どこまで優良物件路線を突き進む気でいるのか。
そんな【重騎士】の佩丘だが、【重術】みたいな『重力魔術』は候補に出ていない。というか、そんな魔術は王国の文献には存在していなかった。
その代わりというわけではないが【重騎士】自体はちゃんと資料にある。しかもいい意味でメジャーだ。
上位職や複合職、未知の職みたいなのばかりが揃っている一年一組のご多分に漏れず、佩丘の【重騎士】もシッカリと上位ジョブだ。しかも【騎士】の正統完全上位互換。ヒルロッドさんの【強騎士】のさらに上ということになる。
強くて速くて硬い騎士。それが佩丘の行く先だ。正統派ってカッコよくてズルいと思う。見た目はアレな佩丘だけど、実にヤツらしい神授職だな。
ちなみに馬那の【岩騎士】も【岩術】が使えるわけではない。そうだとしたら【石術師】の
佩丘が騎士の正統進化形だとしたら【岩騎士】は【堅騎士】の上位で、とにかく硬くなる方向で伸びるらしい。
ウチのクラスは委員長の【聖騎士】や
もちろん綿原さんの【鮫術師】や俺の【観察者】だってすごい。今なら自信を持ってそう言える。
ただしみんなと一緒に戦って初めて意味を持つジョブなのは、もう存分に理解した。そんなことは全員が知った上で仲間なのだから、俺はうん……、大丈夫だ。
「二部屋先まで魔獣はいないみたい。それと人も、いないと思う」
「そっか。助かる」
戦闘が終わってすぐに次の部屋を偵察しに行ってくれていた
この先はしばらく進めばドン詰まりだ。もっとこちらに魔獣が向かってくるかと思っていたけれど、最奥はまだまだ探知外で、もう少し進んでみないことには判断のしようがない。
ただ、ここにきて意外と魔獣が少ないというのがひっかかるな。襲ってこないイコール近くにいないというのが魔獣の習性なだけに。
魔獣には人を、正確には地上の生き物を見つけると必ず襲い掛かるという性質がある。
草食も肉食も、へったくれもない。地上から迷宮に入った生物は、すべて魔獣の獲物になるのだ。それなのに食べたりするのが目当てではない、というのが厭らしい。
こういう言い方は自分でも気持ち悪いが、『生命活動』を終えた物体を魔獣は攻撃してこないのだ。体内菌はどうなんだとか、生命とはとか委員長と
さらに言えば魔獣はお互いを攻撃しない。
丸太に襲い掛かるトマトとかはいないのだ。地上でもいるわけがないけれど。
こう考えると本当にゲームのモンスター的というかなんというか。人間にとって食料にも素材にもなる物体が共食いもせずにダンジョンを徘徊しているわけで、そこに作為を感じるのは俺たちが地球人だからなのかもしれない。
こちらの世界では数百年、神話レベルだと千年以上前には『迷宮』がそこにあったのだから、それが常識にもなるだろう。
『迷宮も魔力も無しで君たちはどうやって文明を築けたのか、それだけの教養を身につけられたのか、実に興味深いよ』
などと言ったのはシシルノさんだ。
科学の力だよ。シシルノさん的には『カガク』だそうだけど。
「
「ああ、そうだな」
隣で【砂鮫】を遊ばせていた綿原さんの声で俺も立ち上がる。
「残りは六部屋、かしら」
「そう。もうちょっとだ」
「……焦ってはダメよね」
ここまで来てしまって、逆に怖くなったのだろう。俺もそうだ。
帰り道とかみんなが怪我をしたらとか、そういう意味ではない。
終点に到達して、そこに誰もいなかったら──。それがなにより恐ろしい。
こういうのに対峙するのにも勇気が要るのだと思い知る。ふと父さんのことを思い出すが、今はそうじゃないだろう。
進むだけ進んでから、結果を確かめてから考えよう。
「行こうか」
「ええ。みんな! もうちょっとだって! 行きましょう!」
「おう!」
カラ元気の混じる綿原さんに応えたのは一年一組だけでなく、この場にいる全員だった。みんなも気持ちは似たようなモノなんだろう。
◇◇◇
「おかしいな」
「魔獣が少ないってことかしら」
「ああ。いくらなんでもだ」
緊張のこもった綿原さんの声には、懸念が混じっている。俺もそうだ。この違和感はなんだろう。
次の部屋に入っても、草間の【気配察知】にかかった魔獣は多くはなかった。
俺たちが進めば進むほど、自動的に魔獣の探知範囲に入ってしまうはずだ。予想は予想とはいえ、この先に魔獣が少ないというのはちょっと考えにくい。
「まさかっ!」
「八津くん?」
魔獣の探知にかかるかもしれないのに、思わず俺は大声を出してしまった。いや、むしろ引っかかってくれ。
すぐ横で綿原さんが驚いているけれど、これはマズい状況だ。疑問を持つことのできる時間がほんの数分しかなかったとはいえ、どうしてこんな簡単なコトに気付けなかった。魔獣が少なくて良かった、などと考えている場合じゃなかっただろう。
「草間っ、先行偵察、急いでくれ!」
「八津くんっ!?」
焦りまくった俺の声に、いつもならすぐに動いてくれる草間も一歩を踏み出せないでいる。
「違う。ごめん、草間。それじゃ間に合わない。ヒルロッドさん! 全員で全速前進です!」
「……まさか!?」
ヒルロッドさんは気付いてくれたようだ。
もう草間ひとりを先行させても意味が薄い。無茶でもなんでも、全員で突撃する場面だ。
「ハウーズたちが生きてて戦ってるから、だから魔獣がいないんです!」
「先行する!」
「わたしも行きます!」
階位が上のヒルロッドさんたちとガラリエさんが八人揃って駆け出した。もはや俺たちの護衛とか言っている場合ではない。
ここのすぐ先にはハウーズたちがいるはずなんだ。そしてアイツらが生きているからこそ、魔獣がこちらにやってこない。
「行くぞおらぁ!」
「おぉう!」
佩丘が吠えて、俺たちもそれぞれ叫びながら全力で走りだした。
◇◇◇
「いるっ! 一番奥に人が六人……、全員生きてる。たぶん」
走り続けて三部屋を越えたところで、草間が叫んだ。【気配察知】に反応があったのだろう。
残りは一部屋。すでに前方から戦闘音が聞こえている。ヒルロッドさんたちが魔獣にぶつかったのだ。間に合ってくれ。
「くそっ、多いっ!」
ヒルロッドさんは悪態をつきながらも、それでも魔獣を蹴散らしている。だけど多い。ココはこのあたり一帯の魔獣が全て集まるような構造をした場所だ。仕方がないとはいえ、これは。
「さすがは終点。救出イベントのクライマックスってなぁ!」
追い付いたみんなも吶喊するが、魔獣の壁が厚すぎだ。バカなことを口走る古韮だけど、顔は焦りに歪んでいる。
ドスンドスンと音を立てながら全員が、それこそ術師たちまでが体当たりをするように魔獣に突っ込んでいく。もちろん俺もその中のひとりだ。
ハウーズたちのうち、二人か三人はまだ動いているのが見える。生きている。だけど距離があるのと魔獣の向こう側にいるせいで詳細が見えにくい。この距離だと【観察】の解像度が上がらないのがつらいな。
「指示出して! 八津くん!」
「
慌てる俺に飛びかかってきたウサギを木刀で殴り飛ばしてから、中宮さんが俺の斜め前に陣取った。
見ていたのに反応が遅れた。焦っているぞ、俺。【平静】を回せ。
「わたしが守るわ。八津くんは自分のやるべきことを!」
さらに木刀を一閃させた中宮さんが叫ぶ。
そうだ。俺のやること。俺がやらなければいけないことは──。
「わたしもいるわよ。絶対に守るから、八津くんは集中」
「綿原さん……」
俺がやるべきことは目の前の魔獣を倒すことじゃない。
「ハウーズたちを助ける」
「そうよ」
「それよ!」
綿原さんと中宮さんの声がハモった。なぜだかそれのお陰で必要以上に【集中力向上】が動いたのかもしれない。すっと視界が開けていく気がする。
「草間、行けるか?」
「ムリだよっ、もう認識されちゃってる!」
草間の【気配遮断】は間に合わなかったか。
俺たちを助けてくれた時のようにはいかない。仕方がないさ、正攻法でやるだけだ。
「ミームス隊はもうちょい右を集中して削ってください。そう、そこのカエルの群れです!」
そうすれば正面に流れてくる敵が限定できる。カエルの渋滞がうしろから来る魔獣の邪魔をしてくれるはず。
「正面丸太三本。左から
「おう!」
「委員長は盾に専念。ヒールは後回し。先生、
「やるよぉ!」
「術師は盾の前に術を置け。なんでもいい。相手の勢いを殺せ!」
「わかったっすよぉ!」
「上杉さん、田村、
「うんっ!」
矢継ぎ早に並べた言葉をみんなが正確に受け止めてくれている。
ずっと一緒にやってきたみんなだ。俺もわかっているし、みんなもわかってくれている。だから最小の指示で十分。ヤツらは俺の想いを汲んでくれて、自分たちの判断で動ける連中だ。
「キツいのね。こんなに」
「綿原さん?」
俺のすぐ前で盾を構える綿原さんが、思わずといった風に呟いた。
「あの時のみんなもツラかったのね。あんなイケ好かない相手なのにこれだもの。仲間だったらどんなだったか」
そうだな。綿原さんの言うとおりだ。
「さっきはわかったようなコトを言ったけど、わたしはまだまだ、わかってなかった」
見えているのに助けられないというのが本当にキツい。ついさっき綿原さんがみんなの前で話をして、俺もわかった気になっていたけれど、リアルはこうもツラいのか。
「そうよ。届きそうなのに、もうちょっとなのにって、どれだけ焦ったか」
中宮さんにも綿原さんの声が聞こえていたのだろう。木刀を振るいながら苦笑を零した。
あの時、俺たち四人が二層に落ちた時、助けに来てくれたみんなはこんな気持ちだったのか。それどころか、今の俺以上に苦しかったんだろうと思う。仲間だったのだから。
この状況に直面してやっと実感できるなんて、俺はなんて情けない。
「いまさらだけど、ありがとう、
「どういたしましてよ」
二人は目を合せていないけれど、言葉はしっかり通じているはずだ。
俺は俺で戦闘指示で会話には加われない。だけど想いは一緒だから。
「そしてわたしたちは見事に助けたの。最高だったわよ。もうヒーローみたいで」
「そこはヒロインでしょう、凛」
「なによ。
そうやって言い合う二人の息はバッチリだ。
サメがかく乱して、盾で受けて、木刀が閃くたびに魔獣が落ちていく。
そういえば高校に入学したての頃、それこそアウローニヤに呼ばれる前に、二人をクラスの二大美人だなんて思っていたこともあったな。もちろん今でも綺麗だけど、この場でそれを言うのはバカすぎるだろう。
まさかそんな二人にこうして守ってもらう日が来ようとは。
「あっ!」
それは俺の叫びだっただろうか。ほかのみんなもだったかもしれない。
ほんの三十メートルくらい向こうで戦っていた二人のうち、ひとりが崩れ落ちた。やったのはカエルか。
ここでマヒるのはマズい。あっちの【聖術師】はどうしている。
これで立っているのはたったひとり。あれはハウーズだ。
必死の形相で剣を振り回しているのが見えた。だけどヤツに魔獣が迫っているし、こちらはまだ壁を崩せていない。
丸太が一体、アイツに迫る。それを捌けたところで後が続かないだろう。怪我か疲れか、絶望かはわからないけれど、あきらかに動きが悪い。
七階位とはいえアイツは、ハウーズは、あとどれだけ持たせられる? 一分か? 二分か?
これは間に合わ……、ない。
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