第136話 ヤツらはアイツも見捨てない




「うん、押し返せてる」


「そうなんですか?」


 上杉うえすぎさんは小首をかしげて俺を見た。こんな修羅場の真っただ中なのにいつもの微笑みに陰りはない。相変わらずの胆力だ。


 今は野来のきの背中に手を当てて治療をしながらなので、俺がすぐ横でボディガードという形になっている。

 指揮官が役目の俺が前線のすぐうしろまで出張っているわけだが、人手が足りないのだから仕方がない。


 すでに左翼では綿原わたはらさんが、右翼では海藤かいとうが盾役に回ってくれている状況だ。本職ではないが騎士組に次いで盾が上手い二人のことだし、上手くやってくれることを祈るしかない。

 綿原さんなどはレベリングのいい機会だとまで言ってくれている。頭が上がらないな。



「やっぱり盾が増えると違うな。回復する時間も作れるし。だろ? 野来」


「【痛覚軽減】があって助かってるけど、頼りっぱなしだと怪我の具合がわかりにくいのがね」


「そういう感覚に慣れるしかないか。それとも野来も【治癒識別】、憶えるか?」


「【聖術】使いじゃないとムリでしょ、それ」


 俺と話しながらも前方を見据えたままの野来は、ついさっき六階位を達成した。

 古韮ふるにらがレベルアップしてから三十分くらいで続けての六階位だ。同じ騎士組の馬那まな佩丘はきおかもたぶんそろそろだろう。


「痛みはちゃんと意識しないとダメですよ」


「あ、ごめん。気を付けるよ」


 軽口を叩いていたら上杉さんに小言を言われてしまった。野来もバツが悪そうにしている。



 怪我の把握は大切だと滝沢たきざわ先生たちにはキツく言われている。とくに木刀術の中宮なかみやさん、陸上のはるさん、バスケ・バレーの笹見ささみさん、野球の海藤あたりがうるさい。それと医者志望の田村たむらもか。

 クラスの三分の一近くが意識高い連中だ。当然残りの連中も従うしかない。


「いざ戦う時になって体が動きませんでしたは、通用しません。魔獣は治療を待ってくれませんから」


 そしてもちろん上杉さんも注意をする側だ。

 口調は柔らかくても有無を言わせないなにかを持っている彼女なので、返事はイエスだけになってしまう。言うことを聞かせる能力という意味ではクラスでもトップレベルの存在だな。


「野来くんたちが守ってくれているからわたしも無事でいられるんです。ご自愛ですよ?」


「はーい」


 それでいてこういう飴もくれるから、ますます逆らいにくい。


「はい、おしまいです。期待していますから」


「うん。行ってくるね」


 ポンと肩を叩かれた野来は小さく笑ってから、すぐさま前線に戻っていった。

 すっかり盾職が板について、本当に頼もしくなったものだ。



「上杉さんって【聖術】速くなったよね。【治癒識別】もだけど」


「そうですね。【聖術】も【魔術強化】も実際に使い込むのが一番なんでしょう。間違いなく上達はしていますよ。心は痛みますけど」


 技能はソレを必要とされるシチュエーションで使うのが一番熟練が伸びる。

 ならば【聖術】や【痛覚軽減】はという話だ。上杉さんは表情を変えないものの、雰囲気はやはり悲しそうだった。


「階位を上げて強くなれば怪我も減るよ」


「さっき自分で手を切ってしまったわたしが言うと笑われそうですけど、痛い思いをしないのですむなら、それが一番ですね」


「だな、っと」


 前の方から流れてきたツチノコウサギは明らかに弱っていた。盾組の誰か、たぶんガラリエさんがやってくれたのだろう。

 俺はソイツにバックラーを押し付けて動きを封じる。ここまでくれば俺ひとりでも押さえつけることくらいは問題ない。



「上杉さん」


「はい」


「気を付けてね」


「もうっ」


 実はさっきも似たようなシーンがあって、返り血で手を滑らせた上杉さんが自分の短剣で怪我をしてしまったのだ。正直焦った。あれはそう、とても貴重な上杉さんの慌てるシーンだったな。


 本人曰く痛いとかより、自分の刃物で怪我をするなど料理人として恥ずかしいとかなんとやら。

 よってその件は俺と上杉さんの秘密にすることになった。まあ、ほかにも誰か気付いているとは思うけれど。



「えいっ」


 慣れた感じでサクっとウサギにトドメを刺した上杉さんは、そのまま後方に死骸を投げ捨てた。

 可愛い声と見た目のギャップが酷すぎる光景だな。もはや慣れと【平静】のお陰で大した苦悩でもないのがなんともはやだ。

 上杉さんもそろそろ六階位になってもおかしくないはずだけど、もはやレベリング調整は完全に崩壊している。


「上杉っち、夏樹なつきが怪我っす!」


 右の方から聞こえてきたのは藤永ふじながの焦った声だった。

 声をかけてくるまでとなると治療を急ぐ必要がありそうだ。ただでさえ不安定な右翼が崩れかねない。


「田村は……、左翼か。夏樹! 俺とスイッチだ」


「うんっ」


 左肘を右手で抑えた夏樹がこちらに走り寄ってくる。

 貴重なメインヒーラーを中央から動かしたくない以上、怪我人がこっちに来るしかないのが現状だ。


「じゃあ上杉さん、あとはよろしくね」


「承りました」


 独特の返事を背中に、俺は右翼に走りだす。



 ◇◇◇



「途切れたか。一休みしておいた方がいいと思うけれど、どうかな」


「そういうところまで俺に聞かないでくださいよ」


「いやいや、ヤヅの許可がないとね」


 スイッチを入れ換えたように明るめの声で、ヒルロッドさんが軽口を叩く。

 やると決めてからは、こうして場が暗くならないように気を使ってくれているのがよくわかる。


 救助に向かっているのに休むとは何事かなどと、ヒルロッドさんは言わない。

 もちろん俺たち勇者を気遣っているのもあるだろうけれど、ハウーズたちの居場所も生死も不明なのだ。ムリをして二次被害を出すような状況ではない。

 そのあたりはこちらも承知だし、そもそも一年一組は必要以上に無茶はしないと決めてある。

 これは救助に賛成した先生たちも合意の上だ。


 救助と俺たちの安全、ギリギリの両天秤をかけながらここまで来たが、予想以上に魔獣は多い。だけど。



「状況はどうかな、ヤヅ」


「峠は越えたと思います」


「ほう?」


 この場にいる三十二人は周辺を警戒しながらも、おのおの自由に休んでいる。

 わざわざ俺に質問じみたことを聞いてきたヒルロッドさんだが、俺の答えに面白そうに片眉を上げた。


 いちおう作戦会議のような輪を作って座っているのは、俺とヒルロッドさんのほかに、藍城あいしろ委員長、中宮さん、先生、ガラリエさん、そして綿原さんだ。

 一年一組側からはクラスの代表と迷宮委員ということになる。



「峠というのは? 道のりがですか?」


「それもですけど、戦闘もですね」


 ガラリエさんが不思議そうな顔で質問してきたので、せっかくだから状況説明といこう。


「ハウーズたちがいる可能性が高い部屋まではあと十二部屋で、最後の四部屋は一本道です。もう半分以上は踏破していますから」


 つまりそこはドン詰まりの最奥だということになる。

 言葉にはしなかったが、そこに居なければほぼアウトだ。ほかにも候補が無いわけではないが、複数個所から魔獣が襲ってくるような部屋ばかりで、そっちはさらに絶望的だろう。



「戦闘が安定してきたというのは、単純に階位が上がってきたのと慣れですね」


「ええ、実感としてもわかるわ」


 木刀から手を放さずにニギニギしている中宮さんが、キリリとした顔で返事をくれた。


 俺たちが二層に来たのはこれが二度目になる。

 一度目はイレギュラーもいいとこだった、俺を含めた二層転落事件。あの時は一年一組全員が二層で戦ったが、ジェブリーさんたち『黄石』を含めたたくさんの近衛騎士の先導があった。


 そして迷宮宿泊を謳った二度目の今回は、つい三時間くらい前までは順調だったのだけどなあ。



「本当だったら後衛の階位を先に上げて、全員がもう少し前で戦えていたはずだったんです」


「術師を前に出そうというのが、ちょっと」


 地上でも迷宮でも説明はしてきたけれど、やはりガラリエさんは信じ切れていないのかもしれない。

 こちらの術師は熟練と技能の関係でまだまだ魔術の射程が短い。だから前に出れるようになろうというだけの理由だ。今後長距離攻撃ができるようになったとしても、盾で自分を守れるという経験は必ず役に立つ。

 現状でも二層で六階位なら、自己防衛くらいなんとかなりそうだし。


「わたしはもう前線のひとりよ」


 綿原さんも妙な自慢をしなくていいから。


 六階位になった彼女は普段から練習している盾と【身体強化】をフル活用して、もはやバリバリの前衛状態だ。

 本音を言えば心配で仕方ないが、俺の心を理由に役割りから外すというのは侮辱になると思う。綿原さんは彼女なりの覚悟を持って前に出ているのだから。


「うん。サメと合わせて盾役として期待してる」


「ええそうよ。わたしはやるわ」


 だからこそ俺もそう返したわけだが、ちょっと前のめりすぎないだろうか。やっぱり不安は尽きないな。


「ちょっと、なぎちゃん」


「ごめんなさい。調子に乗ったわね」


 こういうところで諫めてくれるのが中宮さんだ。本当に頼りになる副委員長で助かる。

 言った側の中宮さんもどちらかといえば突撃傾向が強いのだけど、それは言わぬが花だな。



「で、戦闘が安定してきたっていうのは?」


 そして委員長が話を戻してくれた。


「古韮と野来が階位を上げたのと、綿原さんと海藤が盾役をしてくれているのが大きいかな。もちろんガラリエさんもです」


「指揮官殿にお褒めいただき光栄です」


 最後にガラリエさんの方を向いてそう言えば、返ってきたのはなんとも言い難いお言葉だった。


 途中から盾役を名乗り出てくれたガラリエさんだけど、真顔でこういう冗談をブッコんでくるから反応に苦しむ。それでも十階位の騎士は伊達じゃない。こんな状況でも適度に弱らせた魔獣をうしろに流すなんていう器用なマネまでしてくれた。上杉さんが刺していたウサギがソレだな。



「似た感じでがんばってくれてる佩丘はきおか馬那まなもそろそろ六階位だろうし、獲物を回してもらっている上杉さんと田村ももうちょっとのハズです」


 ここで【聖騎士】の委員長の名前が出てこないのは、彼が盾役と同時に前線のヒーラーをやってくれているせいだ。当然トドメを刺す機会が減るからな。本人も重々わかっているだろうし、それは仕方がない。


「そうなれば盾は八枚で安定しますし、全員に【痛覚軽減】が揃います」


「全員が【痛覚軽減】持ちの騎士団とはね。考えられないよ」


 いまさらながら呆れたようにヒルロッドさんが笑う。


「あら、【平静】と【体力向上】、それに【睡眠】もですよ?」


「今回で思い知ったよ。君たちなら迷宮に住みかねない」


「お米があれば考えてもいいですけど」


 中宮さんの冗談が冴えわたるけれど、それではヒルロッドさんの精神疲労が増すだけだ。一年一組の引率は、アウローニヤ基準で大変な苦労らしい。



「そういうわけで予定とは違う形になりましたけど、一年一組は十分戦えるようになっています」


「……そうだね。そのとおりだ」


 複雑そうではあるが、それでもヒルロッドさんは俺たちの力を認めてくれた。

 捜索はこのまま続行という意味に捉えていいのだろう。


「ヤマになるだろう部屋は、あとふたつです。もちろんいつでも撤退できるように意識はしていますから」


「わかっているよ。そこまで考えるのが迷宮だからね」


「はい」


 この期に及んで撤退などしたくないという気持ちはあるが、それでも選択肢を無くすのはいただけない。

 ミームス隊が最前衛でがんばってくれている以上、退路の確保は完全に俺の役割だ。

 俺自身、今回のトラブルが始まってからまともに魔獣を倒していないのが情けないところだが、まっとうなレベリングは今回の役目を果たしてからだな。


 こんな騒ぎが起きたのだ。次回の迷宮はいつになることやら。



 ◇◇◇



「じゃあ、そろそろかな」


 十分くらい話し込んだあたりで、ヒルロッドさんが立ちあがろうとする。捜索の再開だ。


「あのっ!」


 そこで声を上げたのは、先に立ちあがっていた綿原さんだった。



「わたし……、今回の捜索に反対しておいて、いまさらですけど……」


 言いよどむ綿原さんの表情からは、なにかしらの決意が伝わってくる。なにを言いだす気だろう。


「あらためて思ったの。あの時、みんながこうしてくれたんだって」


 ああそうだ。俺たちが二層に落ちた時、みんなは助けに来てくれた。


「助ける側になって焦りとかも、少しだけわかった気がするの。わたしが落ちた時は、みんなはもっと心配してくれたんだろうなって」


 こっそりとハウーズたちをディスっている気もするけれど、綿原さんの気持ちは理解できる。

 助ける側と助けられる側のどちらも大変なんだと、そういうコトだ。



「あの時、みんなが来てくれて本当に嬉しかった。一年一組で良かったって思った」


 主人公たちのピンチに颯爽と現れる仲間たちだ。まるっきり物語の登場人物じゃないか。


「ワタシも感謝してマス!」


「ええ、本当に」


 いつの間にかみんなが立ちあがり、こちらの話を聞いていた。

 ミアと上杉さんが綿原さんの両脇に立ち、感謝の言葉を告げる。



「な、追放なんてあるわけないだろ?」


「そう、だな」


 そして俺の肩に腕を乗せてきた古韮が笑う。

 追放? ありえないな。見捨てるなんてこともあるわけがない。


白石しらいしさん……、あおいの歌が最初に聞こえて、すごくビックリした」


 熱が入った綿原さんの言葉に、みんなが聞き入っている。


草間くさまくんが現われたとき、とても頼もしく見えた」


 ズルいぞ草間。お前はいつも美味しいところを。


「……はるりんが、とってもカッコよかった」


 そうだな。それについては俺もまったくの同感だ。


「今度はわたしもカッコよく、気に食わないアイツらに見せつけてやりたい。ウチのクラスはこんなにすごいんだって、ね」


 そう言い切った綿原さんは熱くなっていたことに気付いたのか、少し頬を赤らめて、なぜか俺を睨んできた。なんでだよ。


 だけどそんな彼女はとてもカッコよくて、すごく綺麗だなと、思ってしまうわけだ。



「助けに行くのに、一番マシな理由じゃねえか。気に入った」


 ヤンキー顔の佩丘は珍しく素直に笑っていた。


「いいねえ。カッコいいのは、いい」


「やること、変わんねえじゃないか」


「気合の問題だよ。田村のそういうとこ、よくないよ?」


「笹見はうるせぇよ」


「う、うん。凪ちゃんもカッコいいかも」


「わたしも……、そう思ったかも」


深山みやまっち? そっちの方向はヤバいすよっ!?」


 クラスのみんながてんでバラバラに、好き勝手なコトを言い始めた。

 それが実に心地いい。こんなどうでもいいコトバの風が、いつの間にか好きになってしまった俺がいる。



 そうさ。ウチのクラスは見捨てない。


 山士幌高校一年一組は、気に食わないヤツらも見捨てない。


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