第360話 変革の種は確実に:シャルフォ・ヘピーニム王都軍隊長



 第245話と第251話において『八津に【魔力回復】が生えるイベント』が重複していました。

 修正を検討していますが、少々時間をいただくことになりそうです。

 詳しくは活動報告や近況ノートに記載しましたが、修正が終わった段階でご報告させていただきます。

(2024/10/24)


 ◇◇◇



「簡単なものですみません」


「とんでもない。迷宮で食せるようなものではありませんよ。ましてや四層の素材など」


 迷宮の床に並べられた料理を見て、隊の面々から嬉しそうな声が上がる。わたしの声とて調子が上がっていたかもしれない。


 勇者一行の料理は聖女と名高いウエスギさんが主に担当している。ハキオカさんもだったか。強面な彼が腕を組みふんぞり返っているのだが、相手はわたしの半分くらいしか生きていない子供だ。そこがなんとも面白い。


 彼らからしてみればおべっかにも聞こえたかもしれないが、そんなことは欠片もないのだけれど。



「時間も遅いわ。さっそくいただきましょう」


 場が整ったのを確認したワタハラさんが立ち上がって音頭を取る。

【鮫術師】という王国の歴史に存在しない神授職を持つ彼女は、『サメ』という名の魚を操る術師だ。魚を操作するとはいえ、それはあくまで形状であって、材質は様々。わたしの知る範囲では水、砂、そしてなんと血液まで使えるというのだから恐れ入る。わたしの知る魔術の常識とは別なのがなんともはやだ。

 今は白いようなので、材質は砂なのだろう。食事時だという配慮かもしれない。


 つい先日共闘した近衛騎士総長、ベリィラント伯との戦いでもその威力を見届けたが、実戦、とくに対人戦闘におけるアレはとてつもなく恐ろしい魔術であると実感させられた。

 迷宮の床に広がる血だまりから跳び出すサメなど、余程の視野を持たねば避けられるようなものではない。そちらを注視していれば、ほかの者に倒されるという寸法だ。


 そもそも常に集団戦を心掛けている勇者たちの連携こそが、真に──。



『いただきます!』


 思いに耽るわたしを他所に、勇者たちの元気な言葉が広間に響く。


 その単語だけは勇者たちの母国語であるらしいが、どうやら食前の文言だとか。食後はたしか『ごち・そーさまー』だったかな。

 あろうことか『緑山』に含まれる王国人の内、ジェサル卿とエクラー卿までもが勇者たちを真似ていた。そういう人物だとは知っているが、あれはおもねっているのではなく、楽しいからなのだろう。気持ちはわからなくもない。


「見事な料理ですね。ではわたしたちも」


 勇者たちが口を付けるのを見届けてから、わたしも隊の面々に声をかける。


 とはいえ、全員が一度にとはいかない。

 いくら階段近くの安全な広間とはいえ、全く魔獣が近寄らないわけではないのだ。隊を三分割し、申し訳ないが一隊は警備に当たらせている。それほど時間を掛けずに交代することになるので、そこは我慢してほしい。


「美味い」


「俺たちはやっぱり、こういう気取っていない料理だなあ」


「まったくだが、勇者様たちの前だぞ?」


 隊の連中が好き勝手を言っているが、勇者たちにも慣れたものだ。向こうもこちらの態度を見て何かを言うわけではなく、むしろ楽しそうにしてくれている。


 彼らは格式張ったことを厭い、むしろこういったざっくばらんを好むことはとっくに周知だ。

 迷宮で彼らと出会った者は多く、誰もがそういう印象を抱いているだろう。とくに近しくしてもらっている我が隊ならばなおさらに。



 料理自体は人数が多いこともあり、鍋と丸盾を使った大皿に集めて置かれ、各人が好きな分量を取り分ける形だ。

 何度か参加したことのある王城の貴人たちの宴でも似たような形式を経験したことはあるが、アレは落ち着けないものだった。会話ひとつでどんな言質を取られるかもわからず、なるべく無口となって壁際に立っていた記憶ばかりなのがな。


「見ろよ。聖女様直々によそってもらったんだぞ」


「俺のもだよ。そもそも炊き出しで何度も食べてるだろうが」


 聖女様たるウエスギさんが手ずからよそう汁物を手に、兵士たちがはしゃいでいる。


 気持ちはわからないでもないが、失礼の境界線だけは見極めておかないとな。

 なにしろわたしたちは、聖女様の『本物の奇跡』を目にしたのだから。こちらについては現時点でも緘口令がしかれているくらいだ。


「うす。お待たせです」


「おう。ありがとよ」


 伝承でしか聞いたことのない【聖導術】という奇跡を身に受けた張本人、あの時に腕を斬られたマナさんが、鉄網の上で肉を焼いては隊員たちに配っていく。


「美味しいね!」


「そうだねぇ」


 御使いとも呼ばれるホウタニさんがウチの【聖術】使いと並んで楽しそうに串肉を食べている様は、親子ほども離れた年のせいもあり、なんともいえない光景だ。これでは実家の近所ではないか。ここは迷宮の中なのだが。


 本来は畏れ多く、恐縮すべき相手であるにも関わらず、場に緊張した雰囲気などは欠片もない。

 それがとても不思議で、だが自然でいられるのが彼ら勇者との間柄だ。


 当たり前のように温かい空気が場を満たしている。


 勇者とはなんなのだろうな。彼らを見ていると、常にそのような考えに至ってしまう。



 ◇◇◇



『シャルフォ・ヘピーニム。以下の日程で迷宮に入り、第七騎士団『緑山』と接触せよ』


 王都軍団長、カルフォン・テウ・ゲイヘン閣下から直々に命令が下されたのは十日ほど前のことだ。

 本来ならば同席していた大隊長から発せられるべき命ではあるのだが、そちらからは目だけで受領しろと言われてしまえば口答えなどできるわけもない。



 王城での騒乱が大きすぎてもはや遥か過去に思えてしまうが、わたしが勇者と出会ったのはひと月くらい前になる。


 アラウド迷宮における魔獣の大量発生に関する調査会議。

 そう銘打たれた会議の場にいた勇者は四人だった。タキザワさん、ナカミヤさん、ワタハラさん、そしてヤヅさん。

 迷宮に直接携わる機会の多いわたしも分隊長たちと一緒に会議に参加し、そこで『地図師』『知の勇者』の力を見せつけられた。


 本当ならばその時点で考えを改めるべきだったのだろう。

 彼らは伝承やおとぎ話で語られるような、神にも通じる武ではなく、対抗する気概さえ持てない魔術でもなく、ましてや人としての理想ともされる徳を持つような勇者ではなかった。


 ヤヅさんはあの場で、偏屈ではあると噂されるものの、軍部どころかアウローニヤ最高の魔力研究者であり、迷宮研究の権威、ジェサル卿と渡り合う知を見せたのだ。

 勇者ともてはやされてはいたものの、所詮は異邦人、未開の蛮族などと流布されていた若造の姿など、そこにはなかった。平民上がりで学の薄いわたしなどは、アレを知性の化け物ではないかと思ってしまったくらいだ。


 のちに【観察】という技能のお陰だとヤヅ本人から聞かされたが、それでもわたしは彼の知性を疑うことをできないでいる。


 そこまでならば、特異的な頭脳の持ち主が混じっていたでも通ったかもしれない。

 だが会議の閉幕で行われた模擬戦で、ワタハラさんは謎の魔術を使い、そしてタキザワさんとナカミヤさんは武でもって対戦相手となったわたしたちを翻弄してみせた。


 対峙した勇者たちは六階位と五階位で、しかも後衛職が二人。十階位のわたしたちとは比較もできないはずの戦力差があったにも関わらず、引き分けに持ち込まれたのだ。これは完敗に等しい。

 しばらく揶揄されることにはなったが、相手が勇者を名乗る以上、油断や慢心はなかった。にもかかわらず、こちらが後衛二人を降参させると同時に、二人を無力化されていたのだ。それを成したのはタキザワさんとナカミヤさんだが、後衛二人、ワタハラさんとヤヅさんの合力もあったことは疑う余地もない。


 以降、わたしは勇者たちに個人的な興味を持つことになった。

 そしてたぶん同じくして、ゲイヘン軍団長も。ただし軍団長の場合は、そこに政治的色合いもあったのは間違いない。



『任務内容について伺っても』


『無論だ。『緑山』……、いや、勇者を知り、私にそれを伝えてほしい』


『私見を、ですか』


 報告書の提出は義務だ。だが、軍団長の意志は違うところにあると感じたわたしは、問わずにはいられなかった。


『報告書はもちろんだが、ヘピーニム、君の私見も必要だと考えている』


『了解です。拝命いたしました』


 なぜわたしであるかを聞くことはしない。

 およそ軍団長は『平民』であるからこそ、わたしたちヘピーニム隊を選んだのだと想像ができたからだ。



 王都軍に所属し、隊長職として騎士爵であった父を持つわたしは、自然と兵士を目指し育った。

 幸いにして【強剣士】という神授職を授かることで入隊を果たし、周りからの信望が厚い父のコネもあって、結果として隊を預かる立場として騎士爵を得るに至っている。


 そう、わたしは隊を率いる平民上がりとして、王都軍では平凡な立場だ。付け加えるなら勇者との知己もあるため、彼らの懐にも入りやすいだろう。

 だからこその選任なのだと理解できるくらいには、軍内部で揉まれてきたという自負がある。嫌な悟り方ではあるがな。


 ゲイヘン軍団長が求める私見、それはたぶん王都軍における数多の兵士の感想と同じくなるはずなのだ。



 ◇◇◇



「お疲れ様です。寝ずの番なんて、いいんですか?」


「もちろんですよ、ワタハラさん。夜番ですし、明日、陛下をお迎えすれば、そのあとで交代です」


「なんていうか、本当にお疲れ様ですね。わたしたちに関わったばっかりに」


 赤いサメを引き連れたワタハラさんが、わたしの傍にやってきて小声で話しかけてくる。

 関わったという単語に含まれた意味は明らかだが、それは置いておくとしよう。それよりも、今は目の前にいる稀代の術師と語ってみたい。


 食事が終わった時にはすでに日付も変わっていた。

 夜番として参上した以上、ヘピーニム隊は就寝などしない。そもそも迷宮内で眠るなど、訓練以外で経験したこともないのだから。


 勇者たちはといえば、ヘピーニム隊がいるにも関わらず二交代での夜警を欠かさないようだ。いかにも彼ららしい行動からは、わたしたちに対する侮辱や不信を感じることは一切ない。

 どこであっても、どんな状況でも、勇者たちならばこうするのだろうと想像できてしまうからだ。



「ちょっと話し相手になってもらってもいいでしょうか」


「シャルフォさんみたいな年上からの敬語は慣れないですけど、お話は構いません」


「敬語使いは習慣なので、諦めてください」


「いえ、ウチにもいますので。そういう子」


 情報を集めるというよりは、むしろこれは未練だろう。この場での雑談を望んだわたしにワタハラさんは付き合ってくれるようだ。

 敬語を欠かさぬ勇者といえば、聖女たるウエスギさんのことだろうな。わたしも少しは詳しくなったんだよ。



「ワタハラさんの、サメ、でしたか。いつもそうして?」


「はい。分身みたいなものですから」


 わたしがサメに視線を送ってそう言えば、ワタハラさんは嬉しそうに返してきた。

 知り合いの術師には自分の魔術を誇る者が多いが、ここまで素直で、かつ自然な人物は珍しい。


 勇者たちとこうして会うのは都合四度目になるが、共闘となったのは二度目と三度目だ。

 三度目となった近衛騎士総長、ベリィラント伯との戦いなどは、まさに死闘であったことを思い出す。アレがつい三日前の出来事だとは、この穏やかな雰囲気からすると夢でも見たかのようだな。


「【血鮫】でしたか。やはり目潰しに効果的なんでしょうね」


「そうなんですけど狙いを定めるのが大変で。それと魔獣は目を封じてもなかなか」


「だから【砂鮫】と併用している、と」


「そうなんです。敵を足止めするなら、むしろ砂なんですよね」


 いささか普段よりも饒舌に感じるが、隠すことなくワタハラさんは【鮫術師】として語ってくれる。むしろこちらが心配になるくらいに。


 だがワタハラさんは聡明だ。わたしたちヘピーニム隊が個人的意思のみで勇者や女王陛下に加担したわけではないことを重々承知しているし、その上で話せるコトだけを開示しているのが伝わってくる。


 それでもサメについては、意地でも語りたいということも。



 勇者たち『緑山』が他の騎士団と隔絶している部分はいくつもあるが、そのひとつとして術師の運用が挙げられる。


 通常の迷宮行動では一分隊につき、できればひとりの【聖術師】や斥候職が随伴することになっているのだが、これは過去の話だ。

 それこそヤヅさんが提唱したように、魔獣の増加が著しい昨今の迷宮に対応するためには、三分隊編成でそこに最低ひとりの【聖術師】とふたり以上の斥候職が同行することが推奨されるようになった。

 まさに今のヘピーニム隊がその編成だな。


 だが『緑山』は違う。

 アウローニヤ人を除いた総勢二十二名のうち、前衛職は十二名。しかもその中には【疾弓士】や【剛擲士】【裂鞭士】【忍術士】など、本来前衛として数えられない者までが含まれる。

 異常なまでに後衛職、つまり術師の比率が高いのだ。ならば【聖術】使いが多いのかと言われればたしかにそのとおりで、こちらも通常ではあり得ない四名が配されている。とはいえその中の一人は勇者の中の勇者、【聖騎士】のアイシロさんなので、数として考えるのは問題なのだが。



 アウローニヤにおいて術師たちは迷宮ではなく、主に戦場に居場所を得る。


 表現として『攻撃系術師』とは言うが実態はあくまで戦闘補助であり、むしろ運用としては兵站を担う者が多い。【聖術師】は後方での治療に当たり、【水術師】や【熱術師】たちは炊事や衛生を担当するのだ。

 無論彼らを軽視するつもりなどない。清潔な後方という存在が、兵士にとってどれだけ有難い存在か、現場の人間は誰もが重々と承知しているのだ。


 それこそ最初から後方部隊の隊長になってしまう貴族兵でもない限り。


 術師がそういう扱いをされるのが当然の環境を見てきたわたしにとって、勇者たちの戦いは鮮烈の一言に尽きた。隊の誰もがそう思ったことだろう。

 盾を装備し、戦鎚と短剣を持つ術師がどこにいるのか。彼らは前衛職のうしろにこそ配置されはしているものの、積極的に攻撃に参加する。


 ワタハラさんのサメであり、ナツキさんの石で、ササミさんの水球、ミヤマさんの氷。

 彼ら彼女らは、十という術師としては異常な階位に到達し、自在に魔術を行使する。その威力や効果といえば、もはや立派な盾であり槍とも言えるだろう。


 これこそが本物の戦闘補助であり、術師という存在は騎士や兵士と協同して戦える存在であることを、わたしは思い知らされた。


 騎士一人と術師一人が組めば、二人の戦士となる。騎士一人と兵士一人、そこに術師が一人加われば、三人どころか四人の戦力と化す。それが勇者たちだ。

 初対面での四対四、そのままではないか。わたしはとうの昔に知っていたはずなのだ。



 ◇◇◇



「やはりヤヅさんの存在なのでしょうね」


「そうなんですよっ。八津やづくんがいなかったら、今の自分たちなんて想像できません」


 もちろん『緑山』が際立つのは術師たちの存在だけではない。

 ヤヅさん。『地図師』『指揮官』『見通す者』『総長墜とし』。最後のあざなはヘピーニム隊だけの隠語ではあるが、彼の存在はそれくらいに巨大だ。

 次点といえばホウタニさんやフジナガさんの名が挙がるだろうか。


 戦場を操る者。

 わたしも隊長として数年を経ているが、圧倒的な視野の広さと判断速度という点ではヤヅさんに勝てる気がしない。

 以前に共闘した時、大隊長をやってみてほしいと言ってしまったのは、ほとんど本音だ。とはいえ彼に盤上戦闘は似合わないだろうが。


 彼に言わせれば身内だからできることだと言い張るが、ならばわたしはなんなのだろう。まだまだ努力が足りないのかもしれないな。


 ところでワタハラさん──。



「ふふっ」


「どうしたんです?」


 思わず笑みが出てしまったわたしに、ワタハラさんが訝しげな顔になる。


「いえ、ワタハラさんはヤヅさんの話になると、ですね」


「なっ!?」


「それこそサメの話と同じくらいには」


「……顔に、出てましたか?」


 まあ、そういうことなんだろう。


 わたしが彼らに見たものは、勇者にふさわしい奇跡の光景だけではない。

 若者らしい根拠のない自信や未熟な心、切なくなるくらいに純粋に他者との触れあいを求める姿。彼らは子供なのだ。


 目の前で頬を赤らめているワタハラさんも、そう。


「自分語りで恐縮ですが、わたしの夫は幼馴染なんです。城下町にある住まいの二軒お隣で、五歳くらいからの付き合いですね」


「そっ、そうなんですね。わたしもっ、あ、いえ。八津くんは一度転校しちゃって──」


 餌をまくように少しだけ身の上を零してみれば、ワタハラさんはいっそう声を小さくしつつも、簡単に食いついてきた。さて『てんこう』とはどういう意味だろう。


 勇者の情報としては重要であると判断できるのだが、この件についてはわたしの胸の内にしまっておくとしようか。

 そのぶんだけ個人的には詳細をほじってみるのも悪くない。こちらはワタハラさんの倍も年上だ。同世代の身内では話すことができないコトもあるだろう。



 ◇◇◇



「でもやっぱり、残念です」


「わたしもですよ。ですがホッとしてもいます。近衛騎士が大多数ですからね」


「政治的にもアレですよね。配慮に欠けていました」


 子供がそういうことを言うものじゃないとも思うが、やはりワタハラさんは聡明だ。


 そこらの物語に比べれば大した切なくもない恋愛話を聞き遂げたのち、ワタハラさんはヘピーニム隊が離宮への招待を断ったことを残念がってくれた。同時に事情も理解している。


 どれだけ勇者たちと行動を共にしようとも、それは迷宮の中だけの話で、地上では理屈が異なるのは仕方がないことだ。

 王都軍の一部隊でしかない、しかも平民上がりの部隊が勇者の住まう離宮に入るなど、どれだけの憶測を呼ぶか知れたものではない。ゲイヘン軍団長あたりならば推奨すらしてくるかもしれないが、事前の段階で相談してくれて助かったとすらわたしは思ってしまう。

 ヘタをすれば軍団長命令で離宮に赴けと言われていたかもしれないのだ。


「ごめんなさい。かえって気を使わせる結果になっちゃいました」


 ワタハラさんが軽く頭を下げる。


 先ほどまでヤヅさんがもっと口に出してくれればとか、自分からこれ以上は恥ずかしいとか、仲間たちにからかわれて大変だとか、故郷に戻った時には必ずとか、顔を赤くしてまとまりのないことを吐き出していた彼女と同じ人物だというのが面白いな。



「ですので、またの機会です。みなさんとなら迷宮で出会うこともあるでしょう」


「そう、ですね」


 そうして本心から寂しそうにされてしまうのは、やはり胸に刺さる。

 というより、なにかあるのか? ワタハラさんの表情には、どこか……。


「わたしたちは勇者のみなさんから多くを得ました」


「シャルフォさん?」


「政争での勝利は置いておきましょう。魔獣の駆除だけでもありません。求める姿勢こそがこそが大切なのだと思い返せたのです」


 なにかしらの理由はあるのかもしれないが、相手は勇者だ。そうそう気軽に王都軍の一部隊と出会うこともないだろう。

 いや、彼らのする炊き出しの場があるか。ならばこれからも、そこで会話を深めればいい。



 勇者たちから得られたものは大きく多い。そして重たい。

 これまで培ってきた常識とは違う、異なる正解。彼らが見せてくれたのはソレだ。


 王位が変わろうとも迷宮の異常は終わっていない。

 新王陛下の采配ならば、勇者たちからもたらされたものに重きをおくと簡単に想像できる。わたしたちは変わらなくてはいけないのだ。

 これからの行為に対する苦悩や模索は分厚い壁として立ちはだかるだろう。それでもすでに時代は動き始めている。


 変革。それこそが古の勇者が成したことであり、伝承に残るアウローニヤの国興しとなった。

 ならば新たな勇者、この場にいる若者たちが我々に突きつけ、求めたものは、はたしてなにを起こすのだろう。


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