第361話 去る人をできれば追わないでほしい
「皆様、おはようございます」
「おはようございます!」
翌朝の四刻、和風では午前八時ピッタリに女王様はアヴェステラさんと共に三層の宿泊部屋に現れた。護衛をしていたのは迷宮装備のミルーマさん率いるヘルベット隊が総勢で二十名。
出迎えるこちらは『緑山』とミームス隊、さらには夜番をやってくれていたヘピーニム隊を合わせて五十人くらいの大所帯だ。
体育館より広め目な迷宮の大広間とはいえ、七十名以上の人間が一堂に会したことになる。先日の宴会を思い出すような光景だ。
「朝食の準備はできていますのでどうぞ。迷宮ですので、形式は違いますが」
「ありがとうございます、ウエスギ様。前回の迷宮では落ち着けませんでしたから、楽しみにしていたのです」
そんな女王様と堂々と対峙してみせるのは我らが聖女、
もちろん事前にクラス一同で軽い挨拶は終えているぞ。
考えていることが読みにくい、知り合いの中でもミステリアス筆頭格な二人のやり取りは、この場においては穏やかに見える。だよな? それでいいんだよな?
そんな女王様たちの目の前に並ぶのは、朝の六時前から手間をかけて作った料理の数々だ。とはいえ迷宮に椅子やテーブルを持ち込むわけにもいかず、各人が持てる食器類も小さな皿とカップが手一杯なので、地上での宴会と同じようなわけにはいかない。
それでも料理長な上杉さんの優しいスープと、副料理長の
材料として四層からは、ダイコン、ジャガイモ、牛肉、馬肉、ハト肉を持ち帰り、三層では適当に放置されていたリンゴとミカンという、アウローニヤの格式としては最高峰レベルのモノが使われているのだ。
魔獣が溢れている昨今、四層の素材など地上ではほとんど出回っていないので、本当に格としては最上級だったりするんだよなあ。
ダイコンの格式が高いとはこれ如何に。
「周辺警戒はお任せください」
「頼みますよ、ヘピーニム」
「はっ!」
すでに朝食を済ませてあるシャルフォさんたちヘピーニム隊が周囲の警戒を申し出れば、女王様は頼もしげな表情でそれを素直に受け入れた。
なんといっても前回の迷宮で一緒に行動し、近衛騎士総長との死闘を共にした仲だ。
シャルフォさん自身は恐縮しきりの姿勢を崩そうとしていないが、女王様のお顔はハッキリと柔らかくなっている。そしてそれを見るミルーマさんの視線は……。
嫉妬しているというより、羨ましそうだ。なんなんだろうなあ。まだミルーマさんの性格が読み切れない。
「アレも処世術なんだろうな」
「委員長はそういう見方をするんだろうって思ってたよ」
ちょっと離れた場所にいる
処世術なんて単語、小説でしか見たことないぞ。なんで委員長はうんうんと頷いているのだろう。
「陛下」
「そうですね。ミルーマはヘルベット隊の割り振りを」
「はっ!」
負けじとミルーマさんは女王様に警備を申し出るわけで、それもまた当然といえば当然か。
なにせ女王様のお食事だ。ご相伴に預かるのも名誉ではあるのだろうけれど、警備を王都軍にだけ任せたとなれば近衛騎士の名折れだろう。
事前に決めてあったのか、ミルーマさん率いるヘルベット隊の半数が、あえて遠巻きに分散したヘピーニム隊の内側に陣取る形で警備態勢を築き上げた。
なるほど、これが委員長の言うところの処世術か。シャルフォさんの上手さが際立っているのが理解できてきたぞ。ヘピーニム隊全員の姿がギリギリ視界に入る範囲で、それでいて女王様に手出しできないような距離を取っている。
もちろん外部から現れる人間や魔獣に対応できるように、外側に対応した格好だ。すなわち内側に位置するミルーマさんたち近衛騎士に背を見せる形になっている。
役に立つ機会がくるかはわからないが、とても勉強になったような気がするぞ、これは。
「でもちょっとアレだよな」
「なにがかしら」
ミルーマさんの必要のない介助を受けながら地べたに座る女王様を横目に、俺はなんとなくシャルフォさんの背中を眺めてしまう。
反応してくれたのは俺の隣で白サメを浮かばせた
「シャルフォさんに宴会を断られて、ついでにこういう気づかいまで見ちゃうとな」
「そうね。大人の面倒に無頓着だったって、昨日の夜に謝っておいたわ」
「そっか」
どうやら昨夜、綿原さんはシャルフォさんと見張りをしながらお話をしていたらしい。
「どんな話してたの?」
「そんなの秘密に決まってるでしょう?」
そういうものか。年は離れているけれど、女性同士だ。そういうこともあるのかもしれない。
そんなシャルフォさんたちなのだけど、昨日の夜に明後日……、日付が変わって明日の夜に開催する予定の宴会にお誘いしたのだが、遠まわしな上に気遣いの感じられる言葉でお断りをされてしまった。
曰く王都軍の一部隊でしかないヘピーニム隊を離宮に招くのは政治的に面倒が起こりかねない、と。
この件についてはアヴェステラさんも知っているし、当然そこを経由して女王様も了承していることなのだが、それでもだ。いや、それだからこそなのかもしれない。
現状において勇者と深い関わりをアピールすることは、メリットとデメリットが大きすぎる。ましてやシャルフォさんたちは『上杉さんが聖女』であることを見てしまった人たちだ。
あの人たちはシャルフォさんと分隊長さん、【聖術】使いだけが騎士爵で、残り全員が平民。そんなヘピーニム隊が聖女降臨の場に立ち会ったなど、関係者ならまだしも、部外者からしてみれば嫉妬の対象以外の何者でもない。それに加えて離宮への招待などされたら、それこそゲイヘン軍団長あたりの政治的な駒にされかねない、ってか。
俺たちはそういう面倒を考えていなかった。
いや、委員長や上杉さんあたりは気付いていて、ダメ元で誘った上で、後腐れも根絶するような手回しはする気なんだろうな。
「命令される前で良かったって言ってたわね」
「ありがた迷惑って、あるんだなあ」
「そうね。だけど残念。色紙だけはあとで渡してもらえるように手配しとかないと」
綿原さんがため息交じりで教えてくれた。
まったくもって大人というのは難しいし、そして俺たちは学生で子供だ。どっちがいいのかなんて、片方の立場にしかなったことのない俺には判断ができないけれど、立派な大人と悪い大人をたくさん見てしまった今となっては、できればマトモな方向に進みたいと思ってしまう。
それと、色紙だ。
さすがに今回の迷宮では色紙の用意はしていないし、あったとしてもこの場で渡すわけにもいかない。お別れの意志が明確になれば、それはシャルフォさんたちの本意を無下にすることになるからな。
綿原さんの言うとおり、お別れのあとで渡してもらうことになるだろう。しかもこっそりと。
やっぱり大人ってめんどくさいなあ。
◇◇◇
「これは、美味ですね。さすがはハキオカ様です。アウローニヤをわかっていてくださる」
朝食を食べている女王様から出てきた賞賛のお言葉だが、それは焼き鳥だ。
アウローニヤ風にちょっとだけ和風が混じったような秘伝でもなんでもないタレで味付けしている、繰り返しになるけれど、焼き鳥だよ。
屈託を感じさせない笑顔の女王様を見てしまうと、シャルフォさんたちが宴会に出席しても、悪い使い方をしないような気がしてくる。むしろ断りを入れた方が、なんで拒否ったって怒られるんじゃないだろうか。
うん、委員長、ホント根回し頼んだぞ?
「陛下、ですがこれは」
「迷宮ならではでしょう? ミルーマもお食べなさいな」
「はっ」
迷宮での食事に慣れていないミルーマさんが、見た目が雑な料理に微妙に表情を歪めているが、女王様は気にもしない。
ミルーマさんだってこんな場面でギャンギャン騒ぐタイプではなく、キッチリと女王様の意を汲むことができる人だ。むしろ女王様と絡みたくて、苦言っぽいポーズを取った可能性まであり得るのが……。
そもそもミルーマさんはクーデター前日に離宮を訪れ、俺たちと一緒に食事をして、しかも絶賛をしていたわけで。
それともアレだろうか、自分が粗野な扱いを受けるのはオッケーだけど、女王様に対しては許さん、とか? それならかろうじて理解出来なくもない。
「鉄串を使うのは、迷宮では常道なのでしょう?」
「そう聞いてはおります」
女王様が焼き鳥を片手に迷宮を語れば、ミルーマさんは表情を微笑みに変えて答える。これもまた気配りなんだろうか。
何度も模擬店を繰り返してきた俺たちが知ったことのひとつだが、迷宮での食事はこういう串モノが好まれる傾向がある。片手で食べられるし、大仰に皿とかを用意しないで携帯性のいい鉄串一本で済むのがデカいからだ。
迷宮基本装備にサバイバルグッズとして鉄串がリストアップされているくらいに便利なのは理解できる。実際、二層転落事故の時にはお世話になったからなあ。
肉を捌いて刺して焼く。ついでに携帯している塩やスパイスをかければ、それだけで十分立派な食事になるのが強みなのだ。
だけど今回の焼き鳥は、佩丘が気合を入れたタレだけではない。
「炭火だからよぉ、です」
「ふふっ、そうなのですね。芳ばしさが食欲をかき立てます」
無理やり危なげな敬語を使う強面な佩丘に、女王様は無邪気な笑顔を見せる。
そう、今回の秘密兵器として、俺たちは炭を持参していた。とはいえ四層までは持ち込まず、十三番階段前で警備していた人に預け、戻ってみればシャルフォさんたちにパスされていたという流れだが、やっぱり焼き鳥とくれば炭火だろうと、こちらは上杉さんが主張を通した形だ。
辛めのタレが炭火にこぼれ落ち、香しい煙を立ち昇らせている光景は、まるで居酒屋の……。
「
「ああ、メガネが光ってて向こう側が見えないけど、どうなんだろ」
「そっとしておきましょう。一刻も早く帰還するのが最高の恩返しよ」
「だな」
などと剣呑なやり取りをする綿原さんと俺なのだけど、話題は我らが
迷宮内だからもちろんアルコールなど持ち込まれていないが、地上でも禁酒中の先生に対し、芳ばしいタレを炭火で仕上げた焼き鳥のもたらす効果はどれほどのものになるのだろう。
酒類に口を付けたことのない俺には知るすべもないが、先生は俯き加減でもしゃもしゃと焼き鳥を食べている。ただし繰り返しになるが、何故かメガネが反射して、瞳を見ることができない。
伊達メガネなのは知っているけれど、なんか不思議ギミックでも搭載されているんじゃないかと疑ってしまうな、アレ。
「八津くん。メガネはね」
「ん?」
「角度が大切なのよ」
「……そうなん、だ」
なんの角度なのやら。
◇◇◇
「では我々はこれで」
居住まいを正したシャルフォさんが、ちょっとタレ目がちなお顔をキリリとさせて宣言する。
食事が終わり少しだけくつろいだ時間を過ごしていれば、そこに昼番の部隊が現われた。つまりそれはヘピーニム隊が地上に戻ることを意味する。
二日後に迫る戴冠式にシャルフォさん自身は出席するようだが、部隊の全員というわけにはいかない。
その翌日にアウローニヤを出立する予定の一年一組がヘピーニム隊の面々と顔を合わせるのは、これが最後になる可能性が高いのだ。
シャルフォさん個人にしたところで、戴冠式とそれに続く勇者の追放なんていう場でお互いに言葉を交わす機会は、たぶん望んでも訪れないだろう。
つい昨日までこんな感傷にはならないでいたのに、いざ最後となれば思うところもある。
「ご苦労様です。シャルフォ・ヘピーニムをはじめとした面々の功績、わたくしが忘れることはないでしょう」
「光栄ですっ!」
意味ありげな女王様のお褒めの言葉に、シャルフォさんは一瞬引きつりかけた顔をしたが、それでもヘピーニム隊の人たちは全員が直立不動のまま、大声で返事をした。
そのままシャルフォさんたちは背を向けて、キビキビとした歩みで迷宮に消えていく。
俺たちはといえば、一部の仲間、具体的にはロリっ娘の
クルもの、あるよな。俺だってだよ。
事情を知っているのだろうミルーマさんはもちろん、ヘルベット隊の人たちも俺たちの態度を見て見ないふりをしてくれているようだ。
うん、それについては感謝だな。
「あの者たちは登ることも、知ることも選びませんでした。わたくしは、その判断を重く受け止めることにします」
昼番の警備兵たちに聞こえない程度の声で、誰にでもなく女王様が宣言じみた言葉を述べた。
「女王陛下、ヘピーニム隊の人たちはその……、僕らの戦友でした」
それを聞いた委員長は、こちらもまた含みを持たせてシャルフォさんたちを擁護する。
「わたくしとてその場にいたのです。大丈夫ですよ、アイシロ様」
「ありがとうございます」
意味するところは、シャルフォさんたちは勇者と一緒に頑張って戦ってくれたのだから、できれば大事に巻き込まないでおいてほしい、って感じか。
組織図的に女王様とシャルフォ隊長のあいだに挟まるのは、軍務卿、ゲイヘン王都軍団長、第三大隊長ってことになる。クーデターで軍務卿は弾かれたし、ゲイヘン軍団長は女王派だ。要は女王様から軍団長に言い含めれば、ヘピーニム隊を簡単に動かすことができてしまう状況なのだ。
「ですがアイシロ様」
「なんでしょう」
「彼女たちは勇者の戦友として立派に勝利した。違いますか?」
「そのとおりですけど、降参です。お手柔らかにしてあげてください」
「配慮はいたします」
終わったと思った会話だったのに、女王様は言葉を続ける。対応する委員長も大変そうだ。
今度のやり取りは、ちょっとわからないんだけど。勝利って単語を使ったあたりか?
「功績に報いるのが王の務めよ。ましてや陛下と勇者のいる戦場で活躍したのだから、格別でなければならないの」
「ミルーマさん」
いつの間にか背後に現れていたミルーマさんが解説をしてくれる。それも並んでいた俺と綿原さんのあいだに頭を入れて近づけるようにだ。
余りに耳元近くから聞こえた声に背筋がゾワっとしたじゃないか。綿原さんにしても、本人こそなんとか不動で頑張っているけれど、サメの挙動がおかしくなっている。
「委員長じゃないけど、こういうのこそ勘弁してください」
「だって妬けちゃうもの。八つ当たりよ」
俺の言葉をあっさり流すミルーマさんの言いたいことは、要はシャルフォさんが女王様と勇者たちの力になってしまったのがズルいっていうコトだ。
そういうやっかみは、むしろヘピーニム隊を派遣したゲイヘン軍団長にぶつけてもらいたい。
ましてや俺たちにイタズラするのは筋違いにも程がある。
「勲章年金に色を付けて、本人たちが望むなら迷宮選任かしら。全員で十三階位を目指してもらうとか」
「全員って斥候や【聖術師】もですか?」
「そうよ。一気に隊全員を騎士爵にしても角が立つでしょうし、あの隊長にしても男爵なんて願い下げでしょう?」
ミルーマさんが言い出した妙に具体的で生々しいご褒美の在り方に、俺は思わずツッコミを入れ、綿原さんは黙ってしまう。
たしかにまあ、シャルフォさんが男爵を望むとは思えないし、だからといって組織的な昇格で大隊長なんていうのはまったく想像できない。そもそもこの国の大隊長なんて世襲上等だから、平民上がりに入り込む隙間などないし。いや、これから世襲は排除されていくのかな。
うーん、やっぱり改革っていうのは大変なんだろう。
「迷宮選任っていうのは、どういう意味なんです? なんとなく想像できますけど」
綿原さんの問いかけは俺も気になっていた単語だ。
「戦場に立たないようにしてあげて、迷宮で魔獣を狩るのを専門に、そういう方向に特化して強くなってもらおうっていうコトね。言うなれば──」
「勇者の戦いを継ぐ者たち、ですね」
ミルーマさんの言葉を奪い取ったのは、こちらに向き直った女王様だった。
こっちは小声で話をしていたというのに、どういう耳をしているのだろう。【聴覚強化】なんて持っていないはずなのに。
事実、女王様の近くにいた委員長なんかは首を傾げている。これはアレか、聴覚が鋭いというよりはザワついた雑談から会話を拾うのが上手いってタイプの人だ。ウチのクラスなら、たぶん上杉さんあたりができるはず。やっぱり女王様と上杉さんってスタイルが似ているなあ。
「もとより構想はあったのです。さらには勇者様方の報告書を読み、確信にも至りました」
さて、女王様はなにを言い出す気なのだろう。
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