第106話 ノリノリでグダグダ
「あ、じゃあさ、ボクは応援団長やる!」
「はい、決まりだね」
もはや委員でもなんでもない気がするが、
このクラスにおいて奉谷さんが応援団長をやりたいと言いだして、反対できる者がいるだろうか。当初からそうだったように、彼女と応援という組み合わせがあまりにもハマっているから、これはもう必然だろう。
「じゃあ
「はい!」
少しだけ格式を付けた委員長のお言葉に、奉谷さんは元気に返事をしてみせた。
元気系ロリ応援団長か。しまってある学ランを着せたら面白いことになりそうだけど、あいにく俺はそっち方面じゃない。誰かが言いださない限り黙っておくことにしよう。
山士幌高校一年一組騎士団の楽しい役職任命式はまだ続いていた。
「じゃあさ、
「え? わたし。うん、いいけど」
応援団長に決まった奉谷さんが
「えっとソレなんだけど、碧ちゃんにはやってほしいことがあるの」
「むむっ」
流されかけた白石さんに待ったをかけたのは副委員長で副団長の
奉谷さんがぷくっと頬を膨らませるのを予想はしていたのだろう、中宮さんにうろたえた感じはない。まあ俺でもわかる。中宮さんが白石さんに頼むこと、というよりクラス全員が望む役割りだ。
「碧ちゃん、書記をお願いできないかしら」
だよな。どう考えてもクラスで最高の適任者だし、それこそ先生の騎士団長と同じくらい全員が必要としているだろう。
「ええっと、じゃあ」
「兼任もアリでいいんじゃないか? 白石の好きにさせればいいだろ」
「だよねー」
また別の方に流されかけた白石さんを再度押しとどめたのは、こんどは
「碧さ、やりたいことあるんじゃないの?」
「え、
「やれることならアタシも手伝ってあげるから、全部やればいいじゃん。けど一番はしっかり言っといた方がいいって」
疋さんは隠れだけどお互い文学少女同士、思うところがあるのかもしれない。アワアワしている白石さんに、道を指し示してみせた。
「えっと、わたしだけど」
意を決したかのように口を開いた白石さんをクラス全員が見守っている。それを感じた彼女はそこでまた委縮しかけるわけで、これはなんというか、絶妙に負のループができあがっているな。見ているこちらまでハラハラしてしまう。
「歌……、えっと、楽団、やりたいかなっ」
「それいいじゃん!」
歌を歌いたいという言葉を無理やり置き換えたのだろう、絞り出したのは楽団という単語だ。それを疋さんが即賛同してみせた。
そこからすっと疋さんが中宮さんに視線を送る。けっして怒っているわけでも非難しているわけでもないが、目つきは真剣だ。
「そうね、ごめんなさい。どうしても碧ちゃんじゃないとって、そうね、焦っていたわ」
「あ、うん、いいの。わたし書記もやる」
ふっとため息を吐いてから、中宮さんは素直に謝罪した。
それを受けた白石さんがわたわた状態で困ってしまっているのに、疋さんはもはや話は終わりとばかりに知らんぷりをしている。
「碧ちゃんは楽団と書記の兼任だね。じゃあ僕は書記をお手伝いかな」
「
やるな
元から資料纏めを一緒にやっていた二人だ、最強のタッグになるだろう。これなら安心できる。
「あ、じゃあ僕さ、楽団入りたいかな」
次いでぴょんと手を挙げたのは
そういえば夏樹はゲームとロボットモノが好きで、わりとこっち側だったな。そうか、歌いたかったのか。その隣ではやれやれといった風情で姉の
「よし、このあたりでいったんまとめるよ」
パンパンと手を叩くのが異常に似合う委員長が会話に割って入った。このままだと収拾がつかなくなると見たのだろう。
「まず、
「は、はい」
「ありがと!」
まずはひとつ。
「で、
「うん。わかった」
「はい」
白石さんは二回も名前を呼ばれて大変だ。それでも彼女はマジメ顔で返事をしてみせる。
「それで楽団なんだけど、応援団の一部ってことでいいかな?」
「そうだね、はい」
「委員長、ありがとね!」
委員長の提案に白石さんは素直に頷いて、奉谷さんは満面の笑みで喜んでいる。
落としどころとしては面白い。白石さんの引き抜きあいみたいな感じになったけれど、応援団に誘いたかった奉谷さんと、書記をやってもらいたかった中宮さんの両方を立てたわけか。
しかも応援団の方は奉谷さんがトップで、書記は非公式婚約者の野来がサポートだ。白石さんの負担も少ないだろうし、これはもう万全だな。
ほとんどごっこ遊びでやっている任命式だけど、当人たちは大真面目だ。
そこがとても楽しくて面白い。
◇◇◇
「それじゃあ、
「インストラクターって言ったじゃない」
「おう。了解だ。どっちでもいいだろ、春さんよ」
「そうなんだけどさあ、なんていうか語感?」
話は続き、バリバリ運動系の春さんと海藤は体育委員という名のインストラクターが決定した。
体の動かし方についてはこだわりがある二人だ。武術系の先生と中宮さんも協力してくれるだろうし、こっちの世界で『近代トレーニングチート』を発揮してもらいたい。
「ねえ、そろそろわたしたちも立候補しておかない?」
「え? やりたいことあるの?」
「なにか嫌な予感がするのよ。ほら、あっちで
「そうだけど」
壁の花になってみんなのやり取りを眺めていたら、
たしかに笹見さんと疋さんがなにやら話し込んでいるけれど、どうしてそれが気になるのか。ん?
なるほど、なにか企んでいる気がする。
「
「まあ、いちおうは」
「ならわたしはそれの手伝いね」
なぜ俺は綿原さんとペアを組むのが決定しているムードなんだろう。
しかもなぜか俺のしたいことはお見通しです、みたいな感じを出しているし。それでもまあ当人がついてきてくれると言っているんだ、それならそれでいいか。
「ああっと、委員長。いや、この場合は副団長なのか?」
「ん、八津と綿原さんの番かい?」
数歩前に出て、とりあえず手を挙げてから名乗り出ることにした。
「うん。俺と綿原さんなんだけど、ほら、キャンプの準備って話になっただろ?」
出した結論は、わりと適当だ。これなら綿原さんも文句はないだろうと思うし。
ここでなにかカッコいい役職を思いつければよかったのかもしれないけれど、とりあえずは手を付けたコトから始めればいい。せっかく綿原さんと一緒になにかをできる機会でもあるし。
微妙にダサいかな、これ。
「だからさ、とりあえず次の迷宮まではそっちに集中したいかなって。もしほかに必要ができたら、そこで兼任とか変更とかで」
「そうだね。うん、いいと思う」
「そうね」
かなりアバウトな説明をしてみたが、それでも委員長と中宮さんは納得してくれたようだ。
隣では綿原さんが黙って頷いている。間違ってはいなかったみたいでホッとしたよ。
「じゃあ二人には、えっと、なんて名前にしよう」
委員長が腕を組んで悩み始めた。たしかに俺も名前とかは考えていなかったな。どうしよう。
「迷宮委員でいいんじゃないかしら」
「またずいぶんと大雑把だね。迷宮絡みをなんでもやるつもりかい?」
「まさか。ちゃんとみんなに相談と報告はするわよ」
綿原さんが言いだした迷宮委員という名前。また面白い名称だけど、委員長の懸念はわかる。なんでも屋みたいな感じだからな。
「ああ、俺たちからもいいか?」
「二人も迷宮委員に立候補かい?」
俺たちが意味もなく悩んでいるところに乱入してきたのは、
「ほれ、馬那」
「俺さ、儀仗隊ってので、いいか?」
古韮に背中を押された馬那が、デカイ図体をちょっと小さめにして面白いことを言いだした。けっこう弱気な部分があるのが馬那だったりする。
「儀仗隊って……、え? 本気?」
今回のゴッコ遊びで副団長以来のマジ役職に、中宮さんが少し驚いている。
いや、野来と白石さんは書記というか書記官ではあるけれど。
そっちの二人は副団長だし、壁際には騎士団長がいるわけだから、アヴェステラさんからも聞かされた儀仗担当の騎士がいてもいい。それは問題ないだろう。
だけどなぜ割り込んできてまで、そんなことを言いだしたのか。
「俺もだ。デカい剣とかを持ってビシっとポーズを取るんだろ? なんかカッコいいじゃないか」
古韮がアホな理由を言いだした。カッコいいで決めていいのか?
役割りとして必要なのはギリギリわかる。絶対に必要かどうかはわからない。
委員長と中宮さんは微妙そうな顔をしているし、逆に綿原さんは面白そうにその光景を眺めている。
俺にもそういう傾向があるのは自覚しているけれど、綿原さんって傍観者気取りな時があるからなあ。ううむ、これは自分にも刺さる。
「ネタだよ。いい感じの肩書がほしかっただけ。それと迷宮委員の手伝いもするから、ここで手を挙げた」
「あなたたちねえ」
台無しなことを言いだした古韮に中宮さんはあきれ顔だ。
だけどそうか、迷宮委員を手伝ってくれるのか。そう言ってもらえるのは少し嬉しい。
「いやいや、儀仗騎士っていうくらいだし、騎士職が適任だろ。ならもう、俺と馬那しか残ってないじゃないか」
一年一組で騎士職なのは五人。委員長は副団長、野来は書記、そして佩丘は食事委員か。たしかに残りは二人だし、儀仗となると映えるのはやっぱり騎士だ。
「迷宮委員の方もガチだぞ。八津は指揮官も兼任だし、忙しいだろ」
古韮よ、なぜそこで俺の名前を出す。
それが割り込んできた理由だったということか。なにか違うような予感もあるけれど。
「そうだったわね。八津くんは指揮官も兼任だったわ」
「そうなの? いや、そうか」
「当たり前じゃない」
俺が指揮官だと決めつける中宮さんには返す言葉もない。たしかに俺は指揮官を拝命していた。
遊びとリアルがごっちゃになってきて、ちょっとオーバーフロー気味だぞ、これ。
「ああそれと、馬那がさ──」
◇◇◇
「はい。じゃあ
「おう」
結局古韮と馬那の立候補は認められた。しかも馬那に至っては謎の役職、軍事顧問までくっ付いている。軍オタのアイツだ、趣味と実益を兼ねて名乗りたいのだろう。
それに対応して、取ってつけたような委員長の理由付けは見事だと思う。
「次、
「マジかよ。まあいいか、なんでも屋でいくよ。上杉、食事の手伝いもするからな。いやあ忙しくなりそうだ」
上杉さんが名前を出されて軽く手を振っているけれど、古韮はそっちを見ている場合なのか?
「それから迷宮委員ね。
「了解」
「賜ったわ」
もうひとりの副団長、中宮さんからのご下命で、俺と綿原さんは迷宮委員になった。
要は迷宮に入る準備をする係ってところだな。どこからどこまでが仕事の範囲なのか、いまさらだけど相談しておかないといけないだろう。みんなと話す機会が多くなるのは悪くないかな。
かなりグダグダな展開だけど、とりあえずこれで俺の役職は決まった。
「なあ古韮、なんで話の途中で入ってきたんだ?」
「いいじゃないか。こうしておけば、掃除当番から逃げられるかもしれない」
「ん?」
んん?
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