第105話 遊びとは自由で本気にやるものだ




「じゃあ騎士団長は滝沢昇子たきざわしょうこ先生ということで」


「賛成!」


「異議なし!」


「当たり前でしょ」


 アヴェステラさんたちが立ち去り、日本人だけになった談話室に元気な声が響いていた。


 対して満場一致で騎士団長に推挙された先生は微妙な表情だ。なんとかして藍城あいしろ委員長にやらせようとしていたが、しょせんは一対二十一。

 滝沢昇子先生の騎士団長就任は圧倒的多数で可決された。数の暴力? これは人望だ。けっして押しつけなどではない。


「僕がやったら世襲になりますから」


「町長の息子が騎士団長になるコトを世襲と言い張りますか。そもそもわたしは能力と世襲は別モノだと──」


 先生の苦し紛れは委員長には全く刺さっていないようだ。

 あんないい笑顔の委員長もなかなか見ない気がする。自身の責任逃れというより、先生をトップに担げるのが嬉しいんだろう。


 俺と一緒で先生と一年一組の山士幌での付き合いは三日だけだった。

 なのにこうも絶対的信頼を得てしまうとは。年長者というだけではない。女性に言うのもアレだけど、先生はずっと背中で語り続けていたから。



「迷宮キャンプの話は明日でいいわね。ヒルロッドさんの確認が先だし」


「だな。俺がやっとくことってなに?」


「経路とキャンプ場の候補地選定からかしら」


「了解。いちおう二泊ぶん考えてみる」


「ん。お願いね。わたしは持っていくモノを確認しておくわ」


 いつの間にか先生を中心にしていたクラスメイトの輪の端で、綿原わたはらと俺はヒソヒソと打ち合わせをしていた。


 こうやって事前に根回しというか、ある程度の決め事をしておくのは大切なコトなんだろう。

 だけどぶっちゃけると今この場面では、俺も綿原さんも気はそぞろだ。


「では騎士団長として、副団長はわたしから指名させてもらいますからね」


「はーい!」


 騎士団役職決定ゴッコが楽しそうだから。



『ねえ、仮にでいいから騎士団でみんながする役割をさ、ちゃんと名前も付けて決めておくのって、面白そうじゃない?』


 などと言い出したのは夏樹なつきだった。


 たしかに俺たちは役割分担をしながらやってきた。

 最初の頃は政治班、システム班、技能班、迷宮班。戦うようになってからは前衛後衛、師匠やコーチ。最近では料理班なんかも。

 ただそこに役職じみた名前を付けることは、そういえばなかったな。


 なるほど夏樹の発案は面白い。



 そういえば俺はいつから夏樹のことを夏樹と呼ぶようになったのか。最初の頃は酒季さかき弟なんて感じだったのに。まあいいか。


『いいね!』


 弟が発案すれば姉、すなわちはるさんも付き合う。


 カッコいい系女子の彼女がイタズラっぽく笑う姿は、実にいい。ついでに弟と並ぶと、当然見分けはつくのだけど、良く似ているかわいい系男子とカッコいい女子のペアになって、破壊力が上がるのだ。なにを破壊するのかはよくわからないけれど。


 そこからはもうみんながノリノリモードに入ってしまい、今に至る。



 ◇◇◇



「副団長を発表します」


「みんな、騎士団長の初指令だ。しっかり聞けよ?」


 完全な出来レースに半笑いの古韮ふるにらが、場をにぎやかす。

 周りもそれに乗っかり、誰だ誰だと盛り上がるが、もちろんみんなは答えを知っている。


「では……、副団長に藍城真あいしろまこと君と中宮凛なかみやりんさんを指名します」


 仮称山士幌高校一年一組騎士団、団長による最初の仕事は副団長の選定だった。


「謹んで拝命いたします」


りんちゃん、楽しそうだね」


「もちろんよ。滝沢先生のご指名なんだから」


 先生のお言葉に片膝を突いた中宮さんは凛とした声で、堂々とそれを受け止めた。実に誇らしげだな。

 一手遅れて同じような姿勢になった委員長は素が出たようで、中宮さんを名前呼びにしている。普段は『中宮さん』なのに、ふとした時に『凛ちゃん』になるのが面白い。


 なぎちゃん。ああ、いやいや、なんでもない。



「中宮なら風紀委員の方が似合うんじゃね?」


「そこ、うるさいわよ」


 海藤かいとうがアホなことを言って、中宮さんに睨まれている。たしかにウチのクラスで風紀といったら中宮さんのイメージが強いな。ほかにマジメ系な感じがあるのは……、白石しらいしさんか深山みやまさんがそういう系だけど、押しが弱すぎる。

 男子なら馬那まながそういう感じか。けれどアイツは真面目というより寡黙なだけだな。


 まあ一年一組女子の元締めが中宮さんなのは間違いないだろう。周りもそれを認めているというか、自然と受け止めているのが、俺にもわかるようになってきた。


 みんなの当たり前と俺の当然が近づいている。



「どうしたの八津やづくん、変な顔して」


 横にいた綿原さんが俺を覗き込んでいた。


「ん、いや、こういうのも楽しいかなって」


「そ」


 変な笑い方だって? 綿原さんこそモチャっとしてて妙な笑いになっているじゃないか。

 なにがそんなに面白いのか。いや、面白いんだろうな。俺も楽しんでいるし。



「後は副団長に任せます。ただし、わかっていますね?」


「はい。あくまで仮、ですよね」


「そのとおりです」


 これは半分以上本気のゴッコだ。先生が釘を刺して、委員長は当たり前に受け入れる。


 騎士団創設の話で盛り上がって、ベスティさんに驚かされて、俺たちの知っている自由がよくわからなくなって。そんな一日の締めくくりにバカをやって、明るくなってから就寝しようと、そういう遊び。

 だけど、遊びだからこそ本気になるのが面白い。



「ええっと、やりたいコトがあったら立候補でも構わないからね」


「それならわたしが。給食委員、は中学まででしたか。食事委員に立候補します」


 そんな遊びの輪に最初に飛び込んだのは、上杉うえすぎさんだった。こういう積極さは結構意外だな。


「うん、適任だね。じゃあ上杉さんは食事委員。料理長も兼任で。今と同じようなものか」


「承りました。つきましてはコックをひとりもらい受けたいですね」


 料理長となった上杉さんは、さっそく人員の募集をかける。涼しい顔をしているけれど、口調が時代がかっていて、彼女も普段とは違っているのかな。ワザとなんだろうけど、こういうノリもできるのが上杉さんの面白いところだ。


「できれば佩丘はきおかくんを。いいですよね?」


 みんなの想像どおりに上杉さんは佩丘を指名した。

 柔らかい笑顔で佩丘を見つめる上杉さんからは、得も言われぬ覇気を感じる。聞いたことがあるぞ。滅多に望むことはないけれど、だからこそ上杉さんの願いを断るヤツはいない、と。


「ああ、いいぜ。ただしヤるのは料理だけだ。材料は全員で集めてこいよ」


 いかにも面倒くさいという顔をしたヤンキー佩丘は捨て台詞を吐くけれど、結局は受け入れた。料理好きヤンキーというのも、アリだな。

 これで食事委員というか料理番がふたり。



「じゃあ食事委員は上杉美野里うえすぎみのりちゃんと佩丘駿平はきおかしゅんぺいくんで決まりね。みんなもなるべく手伝うこと」


「はーい!」


 なぜか敢然と腕を組んで胸を張る中宮さんが、ふたりの就任を宣言した。

 名前通りに気合の入った立ち姿が美人度を上げている。さすがは一年一組、武の頂点だ。ただし先生を除く。


 綿原さんをチラリと見れば、うん負けていない。

 委員長たちの方を眺めている綿原さんの横顔は、メガネの向こうにある涼しい目がとても綺麗だ。俺がそう思っても意味はないけど。


「ねえ八津くん、やりたいコトあるの?」


「はえ?」


 前を向いたままの綿原さんが突然口を開いたものだから、俺は変な声を出してしまう。

 やましいまではいかなくても、こっちはらしくないことを考えていたところだ。いきなりは勘弁してほしい。



「分隊? だったかしら。班を三つ作るのよね」


「あ、ああ。そうだったと思う」


「八津くんは班長かしら。違うわよね。どちらかといえば全部を見るような」


 綿原さんはこちらを見ないまま、なぜか俺の役割を模索しているようだ。そういえば俺自身、この場の傍観者気取りになっていて、自分がどうしたいのかを考えていなかった。


 だけど綿原さん、思考が戦闘方面になっていないか?



「んじゃ俺は保健委員な。上杉を補助でいいからよこせ」


「いいですけど、わたしはモノじゃないですよ」


「わかってるって」


 俺が悩んでいる間にも話は進んでいた。


【聖盾師】の田村たむらが保健委員に名乗り出て、今さっき料理長に就任したばかりの【聖導師】上杉さんを兼務させようと注文をつける。

 騎士団に保健委員というのはどうなんだろう。治療班と考えればアリなのか?

 冗談交じりでメディックとか言いだしそうなヤツが何人かいるぞ、ウチのクラス。


「僕も【聖術】使えるよ?」


「委員長は全体を見てればいいさ。好き勝手にやってろ」


「そう……」


 委員長も【聖術】使いなのに田村は勧誘しない。委員長は副団長なのだから当たり前だ。

 仲間外れにされたというワケでもないのに、委員長は少し複雑そうだった。


「まあいいか。田村仍一たむらじょういちは保健委員で決まりだね」


 それでも委員長は委員長だ。責任感のある態度で、しっかりと田村の保健委員を承認した。


「おうよ。上杉、ちゃんと手助けしてくれよ」


「はいはい」


 お坊ちゃん風の田村がイメージどおりに尊大な態度で上杉さんに助けを求めるという、微妙に情けない光景だ。


 ところでいつの間にかフルネームがキメ台詞みたいになっている。

 格式張ってて面白いから、それもまた良しか。



「ワタシも役目がほしいデス!」


「えっと、ミアのソレは立候補なのかな?」


「ズバっとしてバシってしてるのがいいデス」


 話題に殴り込みをかけたミアだけど、なにを言いたいのかが全くわからない。

 付き合いの短い俺だから理解できないかと思えば、委員長も困惑しているし、みんなもだ。つまり本当に謎だということか。


「はいはい、じゃあミアに似合っている役職を、誰か」


「それじゃありん。ワタシが考え無しみたいデス」


「違うの?」


 落としどころを探そうとした中宮さんにミアが食い下がる。煽りがちなミアに対して、中宮さんの目つきが鋭くなった。

 なにげに一年一組トップレベルの強者同士のやり取りだ。けっこう怖い。


「特攻隊長デス!」


「は?」


 あまりにあんまりな単語に、中宮さんがアホな声を出した。こういうのが一部で萌えるんだろうな。


「遠くなら弓で、近くならブン殴りマス。それがワタシのやり方デス」


「……そうね」


 そして中宮さんが折れた。ミアの勝利、ということでいいのか?

 熱いバトルだったな。やり方によっては言葉と態度で相手を屈服させることもできる、と。いやいやミアならではのムリ押しだっただけか。


「わかったよ。加朱奈ミアカッシュナーミアは特攻隊長だ。期待してるよ」


「ブッコミマス!」


 委員長はこれ以上の追及を諦めた模様だ。時には妥協をするのも上の役割なんだろう。実に勉強になる。



「ホントに風の妖精だな。自由過ぎる。あ、それなら雲かも」


「へぇ、じゃあわたしは?」


「綿原さん? えっと、それは、どうだろう」


「ほらほら」


「じゃあ、砂の女王」


「サメ成分が足りてないわね」


 アホな会話に対応するにはこちらもアホになればいい。

 いつの間にか俺を見ていた綿原さんと意味のない言葉を交わすのも、これはこれで楽しいものだ。



 いろいろあった一日の最後がこういうゴッコというのは悪くない。今の俺たちに自由はないけれど、こうやって妄想するのはどこまでも自由だからな。

 どうだアウローニヤ。俺たちは好き勝手を考えることができる籠の鳥だ。


 だけどこれ、全員分やるのか?


「わたしはどうしようかしら」


 あ、綿原さんものめり込んでいる感じなのか。


 一年一組のゴッコ遊びは気合が入っている。付き合うのは大変そうだけど、それはまったく苦になら無さそうだ。


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