第104話 自由とは
「あの、さっきチラッと出ていた『待遇』の話を聞かせてもらってもいいですか?」
さすがは
アヴェステラさん襲来に伴う騎士団設立についての話も、たぶんそろそろ終盤だ。そうだよな?
「騎士団設立後も、普段の生活については今までどおりと考えてください」
「ここに住むってことですか?」
「はい。ここ『水鳥の離宮』をそのまま騎士団本部として利用することになるでしょう」
衣食住は大切だ。
俺たちは現在、完全なお荷物状態で『王家の客人』待遇を受けている。
三食風呂付き、訓練と迷宮を添えて、だな。家賃も食費も全部王家の持ち出しになっているらしい。先日、文字通り大漁の鮭を持って帰ってきたわけだが、そんなものではとても追いつかないだろう。
これについては以前からずっと気にかけていた問題だった。
タダ飯食らいというのは落ち着かなかったし、なによりこの国に借りを作りたくないというのがとても大きい。
俺たちを呼び出したのはこの国だから面倒を見るのは当然、という考え方もできなくはないが、俺たちは一般的な日本人だ。どうしても気が引けてしまっていた。
それに対するアウローニヤ側の言い分は明快だった。
ひとつ、俺たちは『勇者との約定』でもって保護されているということ。
もうひとつは王家が『勇者』を囲っているという事実そのものが持つ意味だ。
今でこそ第三王女の暗躍で、誰一人欠けることなく俺たちはひとつの場所に固まっている。けれどあの【聖術師】が起こした騒動のように、勇者という権威を欲しがっている部署はいくらでもあるのだそうだ。
普段は異国人だのなんだの嘲笑している連中は、自分たちの持つ貴族の血筋を大切にしているぶんだけ、俺たちの持つ血を恐れている、と。アホらしすぎる。
どうやら俺たちは、やたら大きい看板だったらしい。
この国は勇者が打ち立てたという歴史をとてもとても誇っているわけで、現在の王家、レムト家も『当然』由緒正しく勇者の血を引いている、ことになっている。
歴史書では現在の王国を『レムト朝』と記載しているが、実はこの国、五百年で二回王朝が入れ替わっているのだ。もちろん自称王家は全員勇者の末裔。もはや勇者万能論まである。
つまり勇者の同胞たる俺たちは、存在自体がもはや王冠や王錫みたいなものなのだ。
そこにいるだけで経費がペイできてしまうのだそうで。先生曰く、若いうちに不労所得を得るのはあまりよろしくないらしい。先生自身は憧れているらしいけど。
俺たちが十五で先生は二十五。十年もあれば人は変わってしまうらしい。儚いな。
「みなさんもお気づきだとは思いますが、『勇者による騎士団』という存在は、それだけで巨大な意味を持ちます」
この場合、もともと価値を持った巨大なダイヤの原石が、騎士団という形に研磨されて輝きを増したことになるらしい。
アヴェステラさんの真意は、たぶん俺たちの自覚だ。新たな騎士団はそのものの価値もそうだけど、『誰に付くか』がコトの本質になるのだろう。
そろそろ断言してもいいくらいに材料は揃ってきた。明らかにあの第三王女は俺たちを狙っている。それはまず間違いない。
問題なのは、それが俺たち一年一組にとって良いことなのか悪いことなのか、いまだ不透明なことだ。
そしてアヴェステラさんたちここにいる四人には、王女の息がかかっている。
心情的には付いてあげたいと思う。やり方こそ黒っぽいけれど、ここまでの経緯をみれば、王女様は俺たちの希望に沿うよう配慮はしてくれているイメージがある。
それこそ衣食住や強くなるための環境、担当者の人柄まで、至れり尽くせりだ。もちろん今回の騎士団だってそう。
とんでもない裏が無ければ、だけど。
「衣食住には感謝しています。僕としては、その、行動の自由、というか……」
「そうですね、七日に一度程度で迷宮に入ってもらいたいと考えています」
遠慮がちな委員長の問いにアヴェステラさんはサクっと答えてくれるが、噛み合っていない。噛み合っていないよ。
厚遇が怖いとかタダ飯はちょっととかそういう言い訳はあるのだけど、俺たちが欲しているモノのひとつ、それが自由だ。
俺たちは普通の日本人なわけで、そこに行動の自由と職業選択の自由を求めるのは、ある意味当然だろう。
いやここが異世界なのはわかっている。しかも中世ヨーロッパ風の王国。嫌な予感が迸るな。
◇◇◇
「すみませんでした。みなさんのお気持ちに気付かずに」
「いえ、こちらこそすみません。僕たちは思った以上に配慮してもらっていたんですね」
「そう言っていただけると」
数分後、アヴェステラさんと委員長は頭を下げ合っていた。
メイドさんたちは不思議そうに首を傾げ、俺たちは乾いた感じの半笑いになっている。
結論だけを言えば、俺たち地球組とアウローニヤ側の意識の違いというかなんというか。あらゆる意味で思い違いが交錯していた。
そもそも自由の概念からして違うとは。いや、考えてみれば当たり前か。
まず俺たち山士幌高校一年一組は、最初から最恵待遇を受けていた。これがひとつめの事実だ。
そもそもここ『水鳥の離宮』は、外国の使節団が長期滞在することを前提にした空間だ。つまりアウローニヤが対外的に見栄を張れるだけの施設ということになる。
王城でもココより豪華な場所となると、謁見の間や一部の応接、王室関連のプライベート空間くらいになるらしい。俺たちは滅茶苦茶いい部屋に住んでいたわけだ。
しかもここは離宮だけあって、長期の籠城が可能になっているらしい。
周りは湖で入り口はひとつ。イザというときの脱出用にアヴェステラさんが出入りしていた秘密の抜け道つきだ。
堅牢な総石造りで、水源は確保されている上に地下には巨大な食料貯蔵庫も設置されている。今は冷凍鮭と米が満載されている部屋だな。もちろん風呂、トイレ完備。
これはもう、王城の脇にあるもうひとつの城といえるかもしれない。
俺たちはたしかに『水鳥の離宮』に閉じ込められているが、それは内側からの考え方であって、外敵から守られているともいえる。
たとえば俺たちを狙う貴族たちだ。さすがに暗殺はほぼあり得ないが、拉致監禁までは想定内で、別の場所に連れ去ってから好待遇で骨抜きにするなんていうのが現実的ラインらしい。もちろんそこに自由はない。
『みなさんの言う自由が、わたくしには少し理解しがたいというか──』
そして理由その二として、アウローニヤにおける自由とはなんぞや、という話だった。そこからか。
王城における行動の自由となれば、セキュリティの関係もあって好き勝手をさせるわけにはいかない。これは俺たちに限った話ではなく、全ての人間が対象だ。それこそ王様でも入ってはいけない場所など、いくらでも存在している。それぞれの職分に沿った領域とかがあるそうだ。
そこらにあるタンスを開けたり、ツボを割るなどという勇者ムーブなどあり得ない。当たり前か。
ならば平民はどうなのかといえば、王都に住む人たちは基本的に移動をしない。
せいぜいが交易をする商隊であったり、西方にある聖法国に巡礼する人が長距離移動をしているといえるくらいだ。それにも申請が必要で、通行証がないととっ捕まる。この国は流民という形でも国外脱出を許さない。
しかも後で知ることになるのだが、どうやら俺たちは法的に『アウローニヤ国籍』だったりする。
対外的な牽制という意味もあるのだろうけれどこの国でチヤホヤされて、王族レベルの待遇を受けて、しかも出身不明の異邦人を国民にまでしてやった。これ以上なんの文句があるのか、と。
「下がるなあ」
「そうは言ってもさ、
「まあなあ。貴族と平民でえらい扱いが違うみたいだし、王都でさえ食堂で出るのってネズミ肉だろ?」
「王城を一歩でも出たら即サバイバルか。ハードモードだな」
「下がるよなあ」
同じ言葉を繰り返してグチる古韮だけど、俺だって夢が無いと嘆いているところだ。
異世界で大冒険?
籠の鳥は面白くない?
家の中で飼っていたネコが外に出たいと暴れて、実際にそうしてやったら三分で帰ってきたというアレだ。
そもそも帰還が目的の俺たちが、最大のヒントたるアラウド迷宮から離れてどうすると。
以上が俺たちは意外なくらい『自由』だったという共通認識が得られるまでの経緯だ。
この世界に呼ばれてひと月以上経ってから確認された衝撃の事実だな。自由というモノを見つめ直す機会になったと思うしかない。
俺たちが定義する自由なんてそんなもの、この世界には最初から無かった。山士幌に戻ってから満喫すればいい。
「ま、まあ、みんな。この国は僕たちに良くしてくれているわけだし、ね?」
委員長の王国擁護というか、良かった探しみたいな言葉が虚しく響く。
「あ、そうだ。騎士団を結成したらアヴェステラさんたちはどうするんですか? ヒルロッドさんやシシルノさんも」
態勢を立て直そうと委員長はさも思いついたかのように聞いた。
うん、騎士団に話を戻して前向きになろうとするのは、俺も大賛成だ。この話題なら盛り上がれるからな。
「わたくしは現状のまま、王国側の窓口ですね」
アヴェステラさんは勇者担当の責任者だ。俺たちが騎士団を作ったからといって、それが変わるはずもないか。
「その上で、みなさんにお許しをいただけるならば、騎士団の顧問に就きたいと考えてはいます」
「顧問?」
「ええ。これでも各所へ通じている自負はあります。わたくしを騎士団の一員に据える意味はあるかと」
「ああ、そういう」
なにやら委員長はアヴェステラさんのやたら遠まわしな表現に納得したようだ。
「やっかみや横槍は、お任せしていいってことですよね?」
「もちろんです。全力を尽くしましょう」
そのやり取りで、やっと俺も理解できた。
騎士団を作ったからといって、周りの全部が変わるわけではない。不干渉になってくれるわけでも、ヘタをすると俺たちを都合よく使おうとする連中が増えるかもしれないのだ。
アヴェステラさんを仲間にすることで、そういう輩に対する防波堤になってもらおうという考え方か。王女様からしたらその方が都合もいいのだろうし、なんとも嫌なウィンウィンだな。
「はい! ヒルロッドさんとシシルノさんはどうなるんですか?」
手を挙げながら
「同じく相談役として置いていただければと思います。ミームス卿は訓練や実戦について、ジェサル卿は、放っておいてもみなさんに付きまとうでしょうし」
「あははっ。そうかもですね」
納得したのか奉谷さんは楽しそうに笑う。つられてみんなも。意外とクラスメイトたちに好かれているシシルノさんなのだ。
たしかにシシルノさんは俺たちから意地でも離れなさそうな気がするな。許される立場ならたぶん絶対に。しまいには正式な騎士団入りとか言いだしそうな気がする。
逆にヒルロッドさんはどうなんだろう。普段から俺たちと絡んで訓練やら報告書やらでお疲れのようだし、解放してあげないのは可哀相なのかもしれない。
「じゃあ、メイドさんたちもですけど、みなさんの給料はどうなるんですか?」
次の質問は
「手当が付くでしょうね。同時に、こちらの方がよほど重要ですが、名誉も」
ニッコリと笑うアヴェステラさんと、頷くメイドさんたち。
俺たちと同じ所属になると賞状までくっ付いてくるのか。名誉で腹は膨れるのか、なんて思うのは中二的高校生なら当然の発想だ。
「経費についてですが、決算書類の作成は騎士団の義務になります。そういう意味でもディレフは役立ちますよ?」
「お任せください」
ずっと微笑みの表情を貼り付けていたアーケラさんが、少しだけ胸を張る。
決算資料ね。藍城委員長と副委員長の
「わたしも、わたしもできますよ!? ラルドール事務官、さっきからわたしを仲間外れにしようとしてません?」
「ベスティさんはわたしの先生です。いてほしいです」
「俺も俺も。【水術】教えてほしいっす」
冗談だろうけれど邪険にされていたベスティさんを、
「ミヤマさん、フジナガさん。ううっ、ありがとうございます」
少しでも場を明るくしようとしているベスティさんにワザとらしさはあるけれど、自由の話はまた今度ということでいいだろう。
とにかく騎士団が創られることは間違いないようだ。一年一組二十二人と、王国側からの六人。合わせて二十八人体制になる。
自由がどうとかうしろ向きになっても仕方ない。こういう状況なら、むしろやることが多いくらいの方がいいと思おう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます