第242話 指し示す距離
「
訓練を終えた俺たちは、行きと同じ厳戒態勢で離宮に戻る廊下を歩いていた。
そんな場面で妙なコトを言い出したのはお坊ちゃんな雰囲気を身に纏う【聖盾師】の
「シシルノさんが言ってた迷宮の測り直し、どうすればいいかって考えてたら、べつなこと思いついてよ」
「あ、ああ」
「お前の【目測】って、目玉が起点だろ?」
目玉という表現が生々しいが、まさに田村の言うとおりで、俺の【目測】は自分の目から対象物までの距離が間隔としてわかるというのが特徴だ。そしてそれこそが弱点だということもわかってきている。
まずは視線が起点になるので、視界における横幅の距離を測れない。あくまで俺自身からどれくらい離れているか、それだけなのだ。測量的なテクニックを使えば計算次第でイケるのかもしれないが、そもそもおれにそんな頭脳は搭載されていない。
もうひとつは感覚的という部分だ。数字化することが難しいということは、つまり他者に情報を伝えにくいことを意味する。さっきまでの剣を避けるような運用ならまだ俺個人の感覚だけで動けるのでそれはいい。だけどなんの目安もなしで一メートルとはどれくらいの長さなのか指示してみろと言われたら、おおよそはイケても個人差でバラつくのは目に見えている。
つまり俺が俺の感覚で『三メートル』を指定した場合、まずは俺が誤差を発生させ、その指示を受け止めた側の誰かが自身の感覚で『三メートル』を判断する。そこにまた誤差が生まれるのだ。
そういう条件を踏まえて、シシルノさんが提案してきた迷宮の再マッピングをどうしたら効率化できるのかから思考をスタートさせた田村は、そこでなにかを思いついた。
「だったら、こうしたらどうかなって思ってな」
そう言いながら田村は自分の右腕を真っすぐ前に突き出した。
「おい、八津もやれよ」
「おう」
急かす田村に釣られて、俺も自身の右手を前に出す。そこで理解した。
「あ、なるほど」
「気付くの遅せえよ」
俺の目線から自分で伸ばした指先までの距離が基準だ。
同じ視界に入っていれば【観察】と【目測】を併用して素早く切り替えることで、遠くまでの距離を指先までとで比較できる。
「絶対値じゃなく相対で測るってことか」
どこか納得した風にそう言ったのは、勉強ができてしまう系ヤンキーの
「ここからあの扉まで十五……、腕? でいいのかな」
もちろん俺自身の腕の長さがどれくらいなんてのは数字で表せない。だけど、倍率でなら表現できる。
うん、感覚でやれるんだ。これはシシルノさんや
「あとは目玉から指先までの長さを計って、みんなで共有だ。そういうコトだろ、田村ぁ」
「へっ、そうだよ。自分の腕が定規なら、どこでも持ち出せるだろうが」
仲がいいんだか悪いのだか不明な佩丘と田村のやり取りだが、俺としては驚きでそれどころではなかった。なにかと比較するという考えはあっても、それを実用レベルにまで落とし込む手法がこれとは。
「ホントならちょうど一メートルになる指示棒とかが一番かもだけどな。そんなのは俺たちが慣れればいいだけだ。一メートルも九十センチも変わらねえ」
吐き捨てるような言い方をする田村だがその光景を想像すると、たぶん俺は三十センチくらいのタクトを握ることになるだろう。それはちょっと……。
「ふふっ、名付けるなら『ヤヅ・キュビット』ですね」
話を聞いていたのか、こちらに近づいてきた聖女にして【聖導師】の
「ウエスギくん、ヤヅはわかるが『きゅびっと』というのはなんだい?」
「わたしたちの世界にあった単位ですね。偉い人の肘から指先までの長さを共通の単位にしたんです」
「ああ、それならこちらも似たようなモノだ。だがこういう使い方もあるとは」
シシルノさんが上杉さんと熱い討論を交わしている。
迷宮の再測量を提案した時に似たような発想はあったのだろうが、実用的な運用をどこまで考えていたからはわからない。だけどシシルノさんの表情からはこの上ない結果を得られらたという満足が伝わってきた。
あとになって計ってみれば、俺の腕の長さがだいたい七十五センチで、目からの距離だと八十五センチ。 裁縫ができる系チャラ女子の
「『ヤヅ・キュビット』じゃ長いね。可愛く『キュビ』?」
正確な数値を持つようになる前に、元気ロリな
ついでに綿原さんが『サメ』とか『シャーク』とか抜かしていたが、関係性が皆無ではないだろうか。
帰り道の廊下に一年一組の笑い声がこだましている。
昨日のこの時間、この近くで殺伐な事件があったというのに、俺たちはまあこんなものだ。それがいい。
◇◇◇
「八津お前、成長止めろ」
「なんでだよ!」
離宮に戻って夕飯を食べていた時にピッチャー
ついさっき一キュビが八十五センチと確定した時に田村が言ったのだ。
『言い出しっぺの俺がいうのもなんだけどよ。八津の背が伸びたらどうすんだ、コレ』
なにをいまさらの極限だと思った。
海藤も悪意があるわけでなく、ほとんど冗談という口調だったので大した気にはしていない。冗談だよな?
こちらに来てから五ミリくらい伸びた俺の身長は百七十とちょっとだ。ちなみに綿原さんは百六十二。俺としてはもう少し伸びてもいいんじゃないかと思っている。べつに高身長に憧れるとかではなく、ただなんとなくだ。それにほら、こういうバトルな世界に来てしまった以上、体格は武器でもあるし。
なので俺はここで成長期を止めるつもりはない。
「まあまあ、ひと月に一回更新ってことで」
「距離感とかは練習も含めて、みんなで合せられるようになった方がいいんだろうね」
委員長が言っているのは、概ねで構わないので『緑山』内だけでも距離感覚を共有しようという話だ。
これをみんなで練習することで、今まで曖昧だった戦闘での距離に関する指示を、もっと正確かつ詳細にできるようになるかもしれない。『間合い』を数字で指示できるようになるかも、という試みだ。
さらにはそれを発展させてシシルノさんに依頼された迷宮の測量はもちろん、離宮の中も詳細な図面にした方がいいなんていう話まで飛び出してしまった。
当然そこには【目測】の熟練上げという側面もある。使える場面で使っていてこそ、本番で役にも立つというものだ。とくに俺の場合は視覚系に技能が集中しているので、被せ掛けをした時に負担が大きいというのもある。こればっかりはとにかく慣れるしかないので、会話をしながらも【観察】と【目測】を平行して使っているところだ。
「ラウックスからもよろしく言われたよ」
いつもどおりにお疲れ顔なヒルロッドさんも夕食に参加してくれている。
『緑山』の顧問として『灰羽』のお仕事が終わってからも、こうして離宮に足を運んでくれているのだ。
『灰羽』には事件の関係者が多いわけで、拘束されたハシュテル隊や憤るミームス隊、素知らぬ顔のケスリャー団長と、なかなかカオスなムードになっているらしい。
「こちらに進展はありませんね」
同じくアヴェステラも俺たちが戻るちょっと前に離宮に来ていたようだ。
ハシュテルとレギサー隊長の背後関係についてはそう簡単に調べはつかないとのことだが、そのあたりは王女の子飼いとアヴェステラさんの人脈、さらにはアーケラさんまでが協力してくれているらしい。
アーケラさんの実家、ディレフ男爵家は王城貴族として長年文官をやっている家系だ。そちら方面からも攻めているのだとか。
今晩になってそんなコトを教えてくれたアーケラさんはいつもの微笑みのままだが、ちょっとだけ目が細くなっていた気がする。隠密っぽくて怖いのと、上杉さんとキャラ被りしているというツッコミは心の中で留めておいた。
なんにせよ事態が動くのも待たずに、一年一組は明日から迷宮だ。
上杉さんと佩丘が発注してくれた食材関係は離宮に届いているし、その他の炊き出し、キャンプグッズもミアが中心になってチェック済み。サバイバル特性を持つワイルドエルフである。
今回は新装備こそ導入されないが、強いていえば測量用のロープが追加されたくらいだろうか。このあとで『一キュビ』ごとに印をつけていくらしい。
俺と綿原さんが修正した『迷宮のしおり』も万全で、一時間後に出発といわれても問題にならない状況になっている。明日の朝イチでもう一回確認するのもこれまたルールだけど、万事順調というわけだ。
フラグじゃないだろうな。
◇◇◇
「わたしとしては
談話室に
アウローニヤの人たちで残っているのはメイド三人衆とシシルノさん。ヒルロッドさんは城下町に家があり、アヴェステラさんはこの時間になっても王城内で仕事らしい。なんか申し訳なくなるな。
この場にいる四人だけど、正式な従士になったメイド三人衆は離宮生活でもいいんじゃないかという話も出ている。とくにガラリエさんなどは『紅天』から正式に抜けた形なので、自室の扱いが微妙になっていたりするのだ。
そうなればシシルノさんも黙ってはいないわけだが、俺たちは受け入れてもいいと考えている。
あちらはあちらで日本人だけの時間を大切にしてくれているようで、そういう気遣いは本当にありがたいが、時間を区切って離宮の中で別行動にすればいいだけだ。
シシルノさんに至っては、俺たちと日本語で会話をしたがっている節すらある。
最初の頃に秘密の会話のためにここぞという場面で使っていた日本語だが、担当者たちの人柄に触れてしまうと、機密だって甘くなるというものだ。絆されたというか、なんというか。
そんなまったりムードの談話室だけど、満を持したかのように綿原さんが提案しようとしているのは、俺の、正確には【目測】を使った新しい戦法らしい。訓練場で匂わせまくっていたからな。
「当然、今まで以上に細かい指示出しを期待しているわ」
「もちろんやるさ」
俺の正面に立ち、腕組みモードの綿原さんはサメを泳がせながら要求してきた。もちろん俺もやぶさかではない。
目下のところ【目測】最大の利点はそこだ。
田村の提案で俺が使いやすい距離単位が新設され、それに皆が合せるという考え方。これによりメートル単位ではお互いに齟齬が出ていた部分がなくなるとまではいかなくても、俺側の感覚的な誤差は解消されることになる。みんなは大変だが、そこは慣れてもらうしかない。
現に今、疋さんが奉谷さんと一緒になってロープに『一キュビ』単位で印をつけているし、片や佩丘は草間や
もちろんアヴェステラさんからは許可を得ているぞ。
そんなクラスメイトたちは作業をしながらも、耳をこちらを向けている。
同時に危機感もあるようだ。綿原さんは時々危ないことを言い出すからな。
「全体を今以上にするのは大賛成よ。その上でさらに一人を上乗せならどうかしら」
「一人?」
「そ。だれか一人だけを専属にして、八津くんが細かい指示を出すの」
それって意味あるのか?
いや、あるか。敵に対する位置取りや攻撃対象の選別、そこからの行動。回復の指示やそれに対するフォロー、今なら魔力管理も。そういうのに対する指示が俺の役割だ。
俺自身が単体で攻撃したり、各人に直接的な攻撃内容を指定したりはしていない。結果として俺の経験値はおこぼれで賄っているのが現状だ。俺だけじゃなく、ヒーラーやバッファー系はそんなものだが。
綿原さんはそれを改善しようと──。
「昼間に
「ああ、まあ、そうかな」
妙に気合の入っている綿原さんに、どことなく気圧される俺は、曖昧に返事をしてしまう。
「そんな八津くんから一人だけ、細かい戦闘指示を出すのよ。八津くん風に言うならバフ?」
「……俺がその人の近くで視線を近くにしたら、距離感は教えられる、かな」
「ホントなら全員にそうできればいいのだけど、八津くん、分身はムリでしょ?」
「草間じゃないんだから」
最後の草間分身ネタは置いておくとして、なるほど綿原さんの言いたいことが見えてきた。
たとえば誰かのすぐうしろに俺が立ち、手を伸ばしながら襲ってくる魔獣の位置と距離を教えれば、格段にその人物の対応力は上がるだろう。先読みバフといえるかもしれない。
面白い戦法かもしれないな。最初は一人だけを対象にして試せばいい。上手くいかなければそこまでだし、回るようなら二人に増やすこともできる。
「どうかしら?」
「面白いと思う。とすると誰を選ぶかな……」
「それは八津くん次第でしょうね」
意味ありげな視線を送ってくる綿原さんだが、ここは理屈立てて答えるところだろう。
「まず前衛系はムリだ。俺が動きについていけないし、こっちに合せてもらったら持ち味が薄れる」
「そうね」
せっかく足のある連中を、俺に貼りつかせて遅くするのはナンセンスだ。それに前衛系の連中は自分なりの戦法を確立している最中というのもある。
俺が指示を出すとすれば……、中距離攻撃が理想か。
これでもし【忍術士】の草間が忍者らしくクナイとか投げナイフを使えれば話が変わっていたかも。いや、ダメだ。アイツだって前衛で、しかも【気配遮断】持ち。むしろ動き回ってからのクリティカルが理想だろう。
なんかミアがチラチラこちらを見ているが、問題外だぞ。
遠距離狙撃とアクティブで無秩序な近距離戦闘なんて、俺との組み合わせとしては最悪の部類だ。
「上杉さんと田村、奉谷さんも違うな。申し訳ないけど攻撃力がちょっと」
「ざんねん」
ちっとも残念そうじゃなく奉谷さんが笑う。
今挙げた三人はヒーラーとバッファーだ。攻撃力だけでなく、射程距離にも難がある。最初から攻撃側に立たせるわけにはいかないメンツだし。
「そもそも条件に合うのって攻撃系の術師だけだろ」
なにかを先読みした
「それだと
「うん」
俺のダメ出しに名前が出てきた三人を代表して【騒術師】の白石さんが納得の表情を見せてくれた。
ここは理由がハッキリしている。【雷術師】の藤永と【氷術師】の深山さんは今のところ範囲攻撃系の魔術がメインスキルだ。細かい位置指定は意味が薄いだろう。
そして音使いの白石さんだが、こちらは実のところ噛み合わなくもない。ただし彼女の得意とするところは長距離支援だ。今度は俺の方が細かい指示を出しにくいだろう。よって却下。
とすると残るのは。
「夏樹か
「僕……」
「あたしかい」
俺の結論に夏樹はげんなりと、笹見さんに至っては明らかに引いている。そこまで嫌なのか。そうかあ。
それに対してどうだ、綿原さんは腕を組んだまま爛々と目を光らせている。だけど、脇に浮かぶサメの動きがどこかギクシャクしているようにも見えるのだけど。
【石術師】の夏樹が使う石、【熱導師】の笹見さんが得意にする熱球、そして【鮫術師】な綿原さんのサメ。どれもが中距離でピンポイントを狙えるタイプの術を使う、今回の条件にマッチしたメンバーだ。
強いていえば【身体強化】を持たない夏樹を俺の前に陣取らせるのに不安があるくらいか。
「ぼ、僕はほら、
「あ、あたしは、えっと、そうだ。夏樹を守ってやらなきゃねぇ!」
なんともぎこちないが、二人の言っていることは正論だ。
夏樹と春さんのコンビネーションは崩したくない。ついでにそんな夏樹の守り手は、現状まさに笹見さんが担ってくれている。
とか思いつつ、俺だって自覚はしているんだよな。
誰がコレを提案してきて、俺がどうしたいのかなんて。
「あ、わたしなら合せられるかも──」
「ベスティさん?」
「いやいや、冗談だから、冗談」
台無しだよベスティさん。
それはもう綿原さんだって怖い顔でツッコミくらい入れるだろうさ。
それでもまあ、【冷術師】のベスティさんもそうだが、【湯術師】のアーケラさんなら合せられそうなのも事実ではある。それでもアーケラさんは黙って微笑むままだ。
「ここはワタシの出番デスね!」
「さっき前衛はダメだって言ったでしょう?」
「だって楽しそうデス! こういうのをホラ、バディって言いマス!」
割り込むように会話に入ってきたミアの発した『バディ』という単語に、綿原さんの肩がピクリと反応した。
「
「なっ、ズルいとかそういうのじゃっ」
ズバりと名指しされた綿原さんが顔を赤くして絶句した。サメまでもが空中で固まっている。器用だよな。
それとなぜか、ズルいと言い切ってみせた当のミアが首を傾げている。どういう感性だ?
素直なクセに不思議ちゃんな部分があるミアは、時々感情が先を走ってワチャることがあるからな。俺には解析不能な部分だ。
「なんて冗談デス。バディってカッコいい単語を言ってみたかっただけデス」
「ミア……」
少しのあいだ顔を伏せたミアは、すぐに頭を上げて綿原さんにそう言ってから、ニカっと笑った。だけど、なんかいつもと違う気が……。
「ワタシだって二層転落仲間デス」
「あらあら、それだとわたしもですね」
妙なコトを言い出すミアに上杉さんまで乗っかってくる。ここでそれを持ち出す意味がわからん。
「だから応援してマス。凪と
「そうですね。わたしもそう思います」
やはり普段とちょっと違う笑い方をしたミアの肩に上杉さんが手を乗せ同意した。
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