第178話 過去になってしまった事件の顛末




「そうですね。戦士として技術の秘匿は当然のことかもしれません。理解はできます。ですが、試すようなマネは止めていただけると」


 翌朝になって事情を聞かされたアヴェステラさんは、こめかみに手を添えてそう言ってくれた。


「ミームス卿も、軽挙はほどほどにお願いしますよ」


「すまないとは思っているよ」


 爽やかに返事をするヒルロッドさんはどこか吹っ切れたかのようだ。

 俺たちとの距離が縮まったのはたしかだが、ほかにもなにかあるような。もしかしたら綿原わたはらさんがプレゼントしたサメイラストが娘さんに好評だったとかだろうか。


「どうせならわたしがいるときにやらかしてくれた方が面白かっただろうに、そこが残念だよ」


 シシルノさんは本気で残念そうだが、バトル方面に大した興味はないことを俺たちは知っている。

 要は一年一組と王国側のドタバタ劇が見たかっただけだろう。


 さらにいえば、そもそもシシルノさんがマトモに報告を上げているかどうか怪しいところだ。『魔力研』の所長とは折り合いが悪いらしいし、その上となると軍務卿のおじいちゃんだからな。

 それでも迷宮や魔力関連の資料だけならこの中のだれよりも詳細な記録を残しているだろうという確信はある。シシルノさんはそういう人だ。


「ああ、上に教えないという話だったかな? わたしなど、見てもわからないからね。そんなものを報告できるわけがないじゃないか」


 さすがは俺たちのシシルノさんだった。



 ヒルロッドさんとメイド三人衆が秘密にすると言ってくれたからといって、ではアヴェステラさんとシシルノさんに隠したままなにをできるのかとなれば、不自由極まりないという答えになる。

 結局俺たちは昨日の夜にやらかした模擬戦のコトを二人にバラすことにしたのだ。


 これまでお互いに見て見ないふりをしてきたことがバカみたいだと思うが、これも流れということでお互いに納得するしかないだろう。


「みなさんの強さについてはある程度知れ渡っているのが現状です。これ以上、つまりミームス卿がいうような対人として『少々特殊』な訓練をするならば……、午前にこの部屋で、というのはどうでしょう。もちろんわたくしはなにも見ていません」


「いいんですか?」


 武術関連になると前のめりになってしまう中宮なかみやさんが、アヴェステラさんに念を押す。

 いちおうこれで王国側の六人からは言質が取れたということになるのかな。



「残念なのは『でぃすかっしょん』の時間が減ることかな」


「それならわたしと……、えっと野来のきくんは練習だよね」


 座学の時間を削るという案を受けて、ことあるごとに日本の単語を使いたがるシシルノさんがそう言えば、モロに視線を受けた白石さんが口ごもる。白石さんからしてみれば、【風騎士】の野来にこそ騎士としての訓練をさせてあげたいのだろう。健気な。


「ボクも手伝うよ」


「あ、僕もかな」


 ディスカッションという名のシシルノさんの知識欲へのお付き合いに名乗り出てくれたのは、奉谷ほうたにさんと夏樹なつき。それと深山みやまさんも無言で手を挙げている。


「しかたねえな。俺も話くらいなら付き合うぜ」


「わたしもこちらの知識はまだまだ必要ですから」


 微妙にツンデレモードな田村たむらと、歴史好きの上杉うえすぎさんもシシルノグループに入るようだ。

 これで六人。話し相手としては十分だろう。


 前衛系は全員、後衛でも【身体強化】持ちは体を動かす側だ。ついでに俺も【観察】の熟練上げで自動的に参加になる。



 普段の俺たちは午前中に座学で午後からは訓練場、さらに夜は離宮で日本人だけという生活パターンを送っている。対人訓練の時間をどこに入れるかということになるが、できれば夜間は避けたかった。

 クラスメイトだけの時間は日本語で会話をするための大切な機会であるし、思い付きや悪だくみをするのにも重宝しているのだ。ついでに城下町に奥さんと娘さんがいるヒルロッドさんに残業をさせてしまうのはちょっと申し訳ないというのもある。


 こちらの世界に呼ばれてから今日で四十六日。調べごとが無くなるようなことはないが、俺たちのウェイトは戦う方向に傾きつつある。これを危険な兆候という意識はみんなで声を掛け合うことで忘れないようにはしているけれど。

 どのみち削るのは午前中で、会場はここ、離宮の談話室ということになるだろう。


「最後にわたくしからひとつだけ条件……、いえ、お願いを」


 アヴェステラさんの単語選びは非常にズルいと思う。

 これは命令ではない、というお約束パターンで使われる言い方というアレだ。どんなお願いが飛び出してくるのやら。


「明らかにみなさんの利する状況とわたくしが判断した場合に限って、上への報告をお許しください。もしくは伝えておかなければ害が及ぶ場合でも」


「……信じますよ?」


 全員の視線を浴びて藍城あいしろ委員長がため息を吐きながら、一年一組として返事をした。


 アヴェステラさんの言う『上』というのが誰を指すのか、俺たちからしてみれば第三王女でほぼ確定なのだが、この場にいる王国サイドの人たちは背景がバラバラだ。アウローニヤの六人を個人としては信じているが、こういう時は誰がどういう繋がりを持っているのか不透明だからやりにくい。


 俺たちに利がある、か。

 それがどんな状況なのかは想像もつかないがアヴェステラさんの微笑みを見てしまうと、信じてみようという気にはなる。


 昨日のヒルロッドさんとの会話にあったように、どこかでバレるのだ。それなら口約束だけでもしてみせて、あとは目の前の大人たちを信用するしかないか。


 こんな感じで迷宮から戻ってきた晩から持ち越した微妙な懸案にオチがつき、なんとなくクラスと担当者との距離が近づいた気がする。秘密を共有するとってヤツかもしれない。



 ◇◇◇



「ハウーズ・ミン・バスマンは正式に第一近衛騎士団『紫心』への入団が決定しました」


 アヴェステラさんの口からセンシティブな話題が飛び出したのは、恒例になっている朝のミーティング中だった。さっきまでしていた約束話の直後ともいう。

 

「──ほか四名も第二近衛騎士団『白水』に入団することになります」


 チンピラ遭難貴族のハウーズと四名は、それぞれ第一と第二騎士団に入ることが決まったらしい。

 迷宮で逃げ回っているうちに全員が七階位を達成するというなんとも情けない経緯だが、階位は階位だ。あの五人が予定通りに騎士団入りするのは問題ない。


 ところで、罰はどうなった? そもそもアイツらは単に遭難しただけで、悪いということにはならなかったのか?


「なんも無しすか」


 俺と同じことを考えたのだろう海藤かいとうがアヴェステラさんの説明に割り込んだ。ほかの連中の中にも聞きたそうにしているのがいる。



「結論から言いますと、バスマン卿とハシュテル卿の言い分が食い違い過ぎていて、判断のしようがないといったところです。個別に事情を聴取したところ、ハシュテル隊の隊員同士ですら……」


 なんともいえない沈痛な面持ちのアヴェステラさんだが、ある程度予想していた展開だ。

 片方は金で買った男爵、もう片方は宰相の孫で次期男爵。どっちの言い分が通るかなんて、俺たちにはわからない。


「僕たちやヒルロッドさんが出した報告と、ハシュテル副長の証言はどうなりましたか?」


 こういう時はキマった顔になる委員長が追撃をかける。


「……以前もお伝えしたとおり、本件に関しては近衛騎士総長と宰相の判断を交え、第一王子殿下が最終決定を下したという形になりました」


 委員長の質問に答えていない言葉をアヴェステラさんは返す。


 総長が絡むとなると勇者側の報告は軽く扱われたか。いや、王子様や王女様もいるから、そのあたりは複雑か。宰相としては自分の孫を守るだろう。

 それでハウーズたちに都合がいい方向になったのかもしれないし、もしかしたらハシュテル副長もお咎め無しとかまであるかも。



「その上で、です。バスマン卿たち五名は第四近衛騎士団への出向が決まりました」


 ハウーズたちが第四に? どういう意味だ、それ。

 アヴェステラさんのセリフが意味不明に思えるのは俺だけではなさそうで、何人かのクラスメイトも首を傾げている。


 対して王国側の人たちは意味を知っているのだろう、平然としたものだ。ここに来る前に、話を通していたな。


「期限は一年。その間は『蒼雷』の一員として行動することになります」


「ああ、そういう」


 委員長はそこで理解したようだ。俺はまだちょっと。

 第四近衛騎士団『蒼雷』……。第四といえば昨日会ったばかりのキャルシヤ騎士団長か。



「キャルなら、そうだね。精々有効活用するだろうさ。ちょうど迷宮調査なんていう重要な任務もあるのだからね」


 悪い笑顔をしたシシルノさんの言葉で、俺にもやっと意味が伝わった。なるほどそういうことかと、ほかの仲間も頷く。ミアとか奉谷さんあたりはわかっていなさそうだが、横にいる誰かが説明すればそれで納得顔だ。


 ハウーズたちは迷宮『なんか』に入らない騎士団、『紫心』や『白水』に入団しながらも第四の『蒼雷』、今まさに絶賛迷宮調査中の騎士団に出向させられたというわけだ。


「十階位が三層に出払っているんだ、二層で頑張ってもらえばいいじゃないか」


 完全に部外者なはずのシシルノさんがあくどいコトを平気な顔で言う光景は、やはりマッドで良く似合う。


「遭難するハメになった二層を自分で調査か……。ちょっと哀れかもしれないな」


 遭難案件になると敏感な自衛官志望の馬那まながボツリと呟く。

 たしかにこれは、相応の罰になるのかもしれない。七階位が二層を歩き続けても階位は上がらないわけで、ただひたすら魔獣と戦うのみということになるからな。


「キャルなら大丈夫さ。万全の態勢を敷いて、それでいてギリギリの任務に仕立て上げるよ」


「イトル卿は昔からそうでしたね」


 シシルノさんとアヴェステラさんの言葉のとおりなら、第四近衛騎士団長、キャルシヤ・ケイ・イトル子爵様は中々苛烈なお人らしい。

 俺からしてみると気のいいアネゴという印象ではあるが、考えてみれば騎士団長自ら魔獣の削りをやるような人だ。王国的には、とくに近衛騎士としては気合が入ったタイプなのかもしれない。今回の調査にも協力的なようだし、王都軍の団長と気が合いそうな気がする。


 なんにしてもハウーズたちは二層で苦労することになりそうだ。

 となると、ほかが気になる。



「近衛騎士団付き【聖術師】パード・リンラ・エラスダ男爵についても『蒼雷』専従が命じられました。こちらも期限は一年です」


「うわあ」


 アヴェステラさんから続けて出てきた報告に野来が軽く哀れみの声を上げる。

 遭難騒ぎの被害者ではあるが、最後まで尊大で、しかも一番に迷宮から逃げ出そうとしたおっさんだ。そんなパード男爵は二層を連れ回されることになるのだろう。近衛が抱える【聖術師】の数を考えれば、ヘタをしたら三層までありえるか。これは立派なざまぁ案件だな。


 こうなると続きに期待をしてしまう。

 遭難事件で俺たちのヘイトを一番に稼いだハシュテル副長はどうなるのか。


「『灰羽』所属、ウラリー・パイラ・ハシュテル男爵ならびにハシュテル隊第一分隊は、期限付きで迷宮調査任務に就くことになりました」


 ハシュテル副長まで迷宮かよ。アヴェステラさんの声が心持ち冷たく聞こえる。


「王都の危機です。近衛の一員として『灰羽』からも人員を供出すると、ケスリャー・カー・ギッテル団長が自発的に」


 いちいちフルネーム呼ぶあたりにアヴェステラさんの冷めた心が見て取れる気がした。


「ウチの団長はどうやら、切ったようだよ」


 昨日まではそんな素振りが無かったヒルロッドさんが乾いた笑い方で状況を端的に教えてくれた。今朝にでも聞いたのだろう。


 そうか、第六のケスリャー団長はハシュテル副長を生贄にしたということか。

 罰としても建前としても通っているだけにタチが悪い。結局関係者全員が迷宮送りじゃないか。まるで迷宮に入ること自体が罪を償う行いに聞こえてしまう。



「一年一組とヒルロッドさんたちはどうなるんですか?」


 そして俺たちとミームス隊だ。関係者といえば関係者な俺たちの処遇がもちろん一番重要な案件なのだが、さてどうなる。

 迷宮送りといわれても俺たちはべつになんとも思わず入るだけだが、ノルマとかは嫌かな。


「報告に一部食い違いがありましたが、みなさんは自己判断であれ、命令だったとしても遭難者の救出に尽力し、それを成し遂げたのです。両殿下ともに絶賛されておられました」


 お咎め無しと明言するアヴェステラさんは、やっと普通の笑顔に戻ってくれていた。

 これにはクラスメイトたちも安堵のため息だ。たとえ建前でもお前らにも悪い部分があるとか言われたら、それはそれでちょっと腹が立つだろうしな。


 それにしても報告に食い違いか。どうやらハシュテル副長は予想どおりに俺たちが独断で動いたことにしたらしい。

 この世界に来てからというもの、いい人もたくさんいるけれど、汚い大人を見てばかりだ。高校生な俺たちは日本ではそういうのから遠ざけられていたのだと、つくづく実感するな。委員長とかは別っぽいが。



「どちらに罪があるではなく全員に、ですか」


「結果だけを見ればそうなりますが、なにぶん迷宮の危機は現実です。これに対応する必要はありますので」


 最後に委員長が感想じみたことを言えば、アヴェステラさんから返ってきたのはすごく建前っぽいお言葉だった。


「今回の裁定に勇者への配慮があったことは否定しません」


 そしてそこはぶっちゃけるのか。

 関係者に罰を与えて勇者の好感度を稼ぐというわけだ。以前と違って最近のアヴェステラさんは、回りくどい言い方をせず、わかりやすく教えてくれるようになったと思う。信頼関係なのか思惑があるか、どちらにしても学生の俺たちからすればこういう方が助かるというものだ。


「お陰で俺も隊もお咎め無しさ。君たちには感謝しているよ」


「それは……、今回の件で一番いい話かもしれませんね」


 苦労人気質同士のヒルロッドさんと委員長が笑い合う。

 俺たちのおこぼれであれ、ミームス隊の人たちにとばっちりがなかったのは喜ばしいことだ。なにせハウーズ救出では『勇者のワガママ』が発動したからな。勇者へのえこひいきの範囲がミームス隊にまで届いていたなら、そういう勇者特権は大歓迎だ。



「これでハウーズ事件も決着か」


「なんだか大昔みたいな感じよね」


 俺と綿原わたはらさんとで苦笑いを交わし合うが、あの遭難事件からまだ七日しか経っていない。その間に一回迷宮を挟んだだけでこんな感想になるのだから、時間の流れ方がおかしな気分になってしまうな。どれ、ここはひとつ。


「関係したのが全員、これがホントの迷宮入りってね」


「……そ、そうね」


 俺が繰り出した渾身のギャグは、引きつったモチャ笑いで流されたのが残念だ。



「つきましてはひとつ」


 和やかムードになった談話室に少しだけ低くなったアヴェステラさんの声が響く。なにか妙な含みがあるように聞こえたのだけど。


「宰相閣下が是非みなさんにお礼をしたいと……。それと第一王子殿下からもお褒めの言葉が」


 要らないぞ、そんなもの。


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