第177話 魔力に慣れるということは




「ああいうノリって男子同士でするんじゃないかしら」


「言いたいことはわかるけど、中宮なかみやさんだし」


 目の前で斬った張ったを繰り広げている中宮さんとガラリエさんを見る綿原わたはらさんの感想がそれだった。


 俺としてはまあ、ああいうのを羨ましいかなと思う。

 途中のやり取りといい、ああやって剣技をぶつけ合うのもカッコいいし、なによりお互い獰猛な笑顔なのがズルい。ガラリエさんが手加減しているから成り立っているのはわかるけれど、食らいつく中宮さんが今この瞬間ですら上達しているように見えてしまうくらいだ。



 それはもう嬉しいのだろう。

 この世界にきて初めて噛み合う剣士とやりあえているのだ。全力で技術を尽くして打ちこんでも、しっかりとそれを受け止めてくれて、あまつさえ反撃まで繰り出してくれる。


 最早当初の目的、この国の騎士の力を測るとかそういうのを超えて、こっちに来てから得た力を乗せてまで自分の全力がどこまで通用するのかを噛み締めているような戦いっぷりだ。


「しゅーあっ!」


「っ! 厄介ですねっ」


 ガラリエさんも中宮さんの技を見て取ろうとしているのだろうが、そんなに容易いことではない。

 俺には【観察】があるから中宮さんがなにをしているのかを詳細まで知ることができる。が、そこまでだ。どうしてそこでワザと踏み込みを遅らせるのか、なぜ意味なく首を傾けるのか、やっていることは見えても、そこにある理屈がわからない。


 だが結果として中宮さんの木刀はガラリエさんの理解を超えて届いている。



「もっと早くからこうしておけばよかったよ。会議で見せてもらった時には悔しさが先に来た」


「お互いに避けていた部分ですから」


「わかりきっていたのに、白々しかったかな?」


「気遣いには感謝しています」


 戦う二人を並んで見ながらヒルロッドさんと滝沢たきざわ先生がそんな会話をしていた。


 部屋の真ん中に四人で俺たちが輪になって座っているものだからといって、二組同時に模擬戦などというもったいないことはできない。

 一組をじっくり、それを二回だ。先生とヒルロッドさんは特等席ということになるな。



 一年一組と勇者担当の間にはお互いわかっているのに、それでもボカしていることが多い。

 武術については今まさにそれを開放しているところだが、シシルノさんあたりは『かがくの力』にはまだまだ先があることをわかっているだろう。それでもこちらから言いださない限りは遠慮をしてくれている。そんな担当者たちの気遣いを今回の件で思い知った。


 これまではこちらの了承がなくても、勝手に舞台ができあがって戦闘開始というケースが多かった。というか、そんなのばかりだ。人相手でも魔獣でも。

 だからこそ、こうしてヒルロッドさんが俺たちのことを考えて提案してくれたのが、俺は嬉しかったりする。それに乗じて中宮さんの相手と、ついでに野来のきのテンションを上げてくれたガラリエさんにもだ。


 上に報告どうこうは、もはやどうでもいいという空気が談話室には漂っていた。



「アレを憶えたいとは思わない方がいいですよ」


「ほう、なぜかな」


 中宮さんとガラリエさんの戦闘が激しくなっていくのを見守りながら、先生とヒルロッドさんの武術談義は続いていた。


 ヒルロッドさんからすれば中宮さんが奇怪な挙動をしているように見えるのだろう、食い入るような、という表現がピタリとはまる表情をしている。

 そこに釘を刺す形になったのが先生の発言だ。


「ヒルロッドさんが修めているのはガラリエさんと同じ剣術でしょう。中宮さんの技を取り入れようとしても、それは壊すだけになってしまいますから」


「壊す……か」


「ええ。技術の根幹部分がズレていますから、一定以上の期間は確実に弱くなるでしょう」


 先生の言っていることは間違っていないのだろうけれど、極意は教えてやらないぞ、とも聞こえる。

 だがヒルロッドさんは気にした風でもなく、首を横に振った。


「最初から考えていないよ。俺はお仕事で騎士をやっているんだからね」


「妻子のために、ですか」


「そうだよ。タキザワ先生も──」


 ダメだ。それはセンシティブになるぞ。

 俺の横にいる綿原わたはらさんはもちろん、ほかの女子たちや一部男子がドン引きしているし、中には冷たい視線を送っているヤツまでいる。


 目の前のスーパーバトルを見て口が軽くなったのもあるかもしれないが、迂闊にもほどがあるんじゃないか、ヒルロッドさん。



 周りの空気を察知したヒルロッドさんは先生の方を向いて固まっている。対する先生は中宮さんたちの戦闘を無表情で見つめるばかりだ。その口は固く引き結ばれている。


「ここまでにしましょうか」


「……そうですね」


 一変してしまった談話室の空気の中、ガラリエさんの提案で模擬戦は終了した。

 返事をした中宮さんだが、戦闘中より昂っていないか? 先生推しガチ勢だからな、中宮さん。



 今晩の模擬戦ではとくにルールを定めていない。勝ち負けもなにもないくて、当人たちが納得すれば、それでおしまい。それだけだ。

 さて今回のケースには当人たちの納得というフレーズは適用されたのだろうか。


「いやっ、見事な戦いだったよ! 俺の見こんだとおり、ナカミヤは素晴らしい武術使いだっ!」


「……ありがとうございます」


 本日二回目の大慌てをするヒルロッドさんが白々しく中宮さんを絶賛するが、ご当人の目はとても冷たい。あんな超バトルをやっていても先生たちの会話を聞きとれていたあたり、ホンモノの武術家はすごいなと思う。

 そういえば聴覚系の技能もあったな。ウチのクラスではまだ誰も取っていないが、たしか忍者の草間くさまと音使いの白石しらいしさんに【聴覚強化】が出ていたっけ。意味が薄いから取得はかなり先になりそうだけど。


 こうして俺は精神的逃避をしているわけだ。修羅場は勘弁だぞ。



「そ、そうだっ、ウチの娘がね、ワタハラの絵を欲しがっているんだよ。お願いできないかな」


 話題の転換が大クラッシュしているヒルロッドさんは、墓穴を掘り続けていることに気付いていないのだろうか。娘さんの話を持ち出すか? ここで。


「ヒルロッドさんはヘタすぎますが、サメを持ち出されたら仕方ないですね。喜んで」


「た、助かるよ。ありがとう、ワタハラ」


「娘さんの名前はたしか……、シェウリィちゃん、でしたっけ」


 シェウリィ・ミームスちゃんは七歳。ヒルロッドさん自慢の娘さんらしい。

 ミハットさんの娘、ハーナちゃんと同じく綿原画伯のファンになってくれるといいのだけど。


「それはいいんですけど、ヒルロッドさん……」


「なにかな、ワタハラ」


「先生が待ってます」


「……そうだな」


 あえて先生から視線を外していたヒルロッドさんだが、綿原さんに指摘されてしまえば無視もできまい。


 そんな先生はフィンガーグローブを装着した指をゴキンゴキンと鳴らしている。

 お得意技の片手だけで鳴らすヤツだ。強者っぽくてマネをしたいのだけど、俺にはどうしてもできなかった。


 という流れで本日の二戦目が始まる。



 ◇◇◇



「うわあ」


 その光景を見て声を上げたのは誰だったろう。

 多数決をすれば全会一致になるかもしれない。それくらいみんなの気持ちはひとつになっていた。

 いや、中宮さんだけは一挙手一投足を見逃すまいと、食い入るように目を凝らしている。【一点集中】と【視覚強化】の熟練度が今まさにギュンギュン上がっているんじゃないだろうか。


 目の前で繰り広げられている戦いは、見ているだけでも痛そうで、あまりに泥臭い。


 ドッと、俗に太いタイヤを叩くと表現される、そんな音が聞こえた。

 先生の拳がヒルロッドさんの脇腹に当たっているのだが、だからといってヒルロッドさんは動じるでもなく手にした木剣を先生に振り下ろす。それを先生は身をよじりながら肩で受けてさらに受け流した。


 先生が得意にしている衝撃の逃がし方だ。焦って少しでも速く動き出したり、逆に反応が遅れてしまうとかえってダメージが大きくなるという、おっかない技。同じくらいの階位ならあんなことをしなくても動きだけで躱せるのだろうけど、強者が相手となるとそこまでしなければ、ということだ。



『タキザワ先生はなにかあるかな。合わせることもできるが』


 模擬戦が始まる前にヒルロッドさんは先生に要望はあるかと聞いた。

 徹底して自分が上であるというヒルロッドさんの態度だが、出会った頃とは違って純粋に力の差を認め合いながらの提案なのでトゲにはならない。


 それならばと先生が出した注文が、今まさに行われているやり合いだ。


 先生が殴ってからヒルロッドさんが反撃する。十三階位の騎士を相手に先生の打撃がどれくらい通るのか、そこからの反撃速度はどれくらいのものなのか、どうやらそのあたりを確かめるのが狙いのようだ。

 ヒルロッドさんが盾を持っていないのは先生からの要望で、直接胴体を殴りたかっただけのようなのだけど、言葉にすると滅茶苦茶だな。盾を持たれたら話にならないとはいえ、堂々と要求してしまう先生の度胸がカッコいい。


 ちなみにこのやり取りは中宮さんとガラリエさんがやり合う前、つまりヒルロッドさんの大失言の前にあったものだ。もしタイミングが違っていたら、条件が書き換えられていた可能性がある。たとえばガチバトルにしましょう、とか。



八津やづよお。俺なら泣く自信がある」


「俺もだよ。だけどアレが騎士なんだろ?」


 先生たちを見ている【霧騎士】の古韮ふるにらが完全にビビっているが、受けてから殴るのがウチの目指す騎士スタイルだ。先生はヒルロッドさんをそれに見立てて、自分だけではなく一年一組の騎士組にも伝えたいのだろう。


 二人のやっていることは打ち合わせなしで、型が存在しない組手だ。

 先生の技術とヒルロッドさんの階位、この場合は反射速度がこんな光景を実現させている。


「見えるわね。八津くんならもっとでしょ?」


「ヒルロッドさんが手加減しているのはあるだろうけど、うん、見える。綿原さんも?」


「ええ。ギリギリだけど、見えるわね」


【身体強化】を持っているとはいえ、七階位の後衛たる綿原さんが見えるというのだ。ヒルロッドさんはワザと俺たちに見せてくれている。憂さ晴らしに暴れただけの近衛騎士総長とは違う、手加減をしているとはいえ十三階位の【強騎士】本来の動きを。



 ◇◇◇



「【痛覚軽減】も考えモノですね。動けなくなる直前まで気付きにくいというのは──」


「はい、治りましたよ。腕の骨にヒビを入れながら殴るなんて、やりすぎです」


「ありがとうございます。上杉うえすぎさん」


 先生は怪我を上杉さんに治療してもらいながら、ちょっとしたお小言をもらっている。立場逆転だな。さすがは上杉さんだ。


 先生とヒルロッドさんの模擬戦はどれくらい続いただろう。最終的に先生の肘が上がらなくなったところで、お互いにストップをかける形で終結した。模擬戦で【痛覚軽減】を使いまくるとか、どこまでマジでやったのだか。



「治りましたよ」


「すまんな、タムラ」


【聖盾師】の田村たむらに腹の辺りを治療してもらっているヒルロッドさんも大概だ。いくら要望を聞き入れるからといって、先生の一撃をもらうのを了承するとか、度胸にもほどがある。


 だがハッキリしたことがひとつ。十三階位で【身体強化】と【頑強】を持つ騎士に対しても、先生の打撃は通用するということだ。

 相手がノーガードで、鎧を着ていなくて、盾も持っていないという条件付きだが、少なくともヒルロッドさんは治療を必要とする怪我を負った。軽いアザ程度ではあるが、それでもだ。


 もちろんヒルロッドさんが盾を持って本気で動けば、掠らせることすら困難だろう。だけど先生ならなんとかしてしまうのではないか、そんな可能性を見た気がするのだ。


 俺たちの主力は七階位で、三層で戦い続ければ十階位までは到達できる。

 そのための道筋は今日の三層で見いだすことができた。十階位になった先生なら、届くのではないかという希望が心に湧く。



「これで本気じゃないのだから、タキザワ先生、あなたはまったく」


「……本気でしたよ? ああ、意味が違いますね。あの時は必死でなりふり構わずなだけでしたから」


「そうか。たしかにそうだったかもしれない」


 そんな感慨を覚えているところでヒルロッドさんが変なことを言いだした。先生はあれでまだ本気じゃなかった?

『あの時』ってなんだ?


 俺が頭の上にハテナマークを浮かべているのに気づいたのか、先生がチラリとこちらを伺う。珍しくバツの悪そうな表情をしているのが、かなり気になった。


「……まさか」


「アレはねえ、すごかったわよ。近づけもしなかったから」


 口に手を当て驚愕する綿原さんと、苦笑いをしながらの中宮さんの声が被る。

 そこでやっと俺も気付いた。


 まだ三階位だった先生が二層に降りて……、一日も経たずに五階位になるほどまで、戦ったことがある。

 俺たち四人が二層に落ちた時。それが、あの時か。



「わたしも制御できていなかったんです。心も体も、ですね」


 諦めた口調に切り替えた先生が、まるで悪さがバレたかのように言葉を紡いだ。


「階位で上がった力が制御できず、慌てて取った【身体強化】や【反応向上】に振り回されて……、情けないかぎりです」


「先生、そんなことは──」


「事実を事実として受け止めなければ、先に進めませんよ。綿原さんも暴走しがちですから」


「ごめんなさい」


 自虐じみた先生の言い方に綿原さんが声を挟んでも、返ってくるのは冗談交じりに温かな言葉だった。

 綿原さんにも理解できたのだろう、モチョっと笑いながら謝ってみせる。


「我ながら恥ずかしい話をしましたが、この際です。みなさんもわかってきているのでは?」


 なにをだ?

 みんなが先生の言葉の続きを待っている。


「最初の頃と違って、階位が上がった時の感覚に、新しい技能を取った時に得られる違いに、振り回されながらも慣れてきている」


「はい。わかります。もっとわかるようになります。そうなります」


 先生の言いたかったことを真っ先に理解したのだろう中宮さんが、決然と言い切った。


「一から二の時はワケがわかりませんでした。二から三階位になった時も……。だけど今なら想像できます。たぶん八階位になったら、こうなるんだろうなっていう自分が見える気がするんです」


「そうですか。期待していますよ……、りんちゃん」


「はい!」



 今夜こうして模擬戦をやるきっかけになった言葉があった。

 先生の言った『振り回されている』というセリフが、ここで繋がるのか。


 最初は知識だけで、それから体感を繰り返して、俺たちはこの世界のシステムに馴染んできていると、先生はそう言いたかったようだ。

 たしかに理解できる。階位が上がった時の感覚が事前に想像していた自分に重なって、技能を取得することでなにがどうなるのかも予想できる、そんな実感がある。


 先生はそれを意識しながら、その上で今日のヒルロッドさんの話に乗ったのか。


「面白い感じ方だね。なるほど、タキザワ先生の言うことは俺にもわかるかな」


「教官のお墨付きですか。ありがとうございます」


 ヒルロッドさんが先生の言葉を肯定する。

 異世界からやってきた勇者チートというわけではなく、この世界で強くなる人たちが持つ普通の感性か。


「魔力の無い世界から来た君たちだからこそ、慣れた時の実感は強いのかもしれないね。つまり君たちは階位や技能以外にも、まだまだ強くなれる要素を持っているということになる」


 俺たちを褒めてくれるように話をまとめたヒルロッドさんは、いつもより大きめな笑顔を見せてくれた。


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