第120話 はっちゃける人たち
「出席番号二十番、【観察者】の
「出席番号二十一番、【鮫術師】
俺、
ただ今日は、ここで終わらない。
「出席番号二十二番、【熱術師】アーケラ・ディレフ。準備はできています」
赤髪メイドのアーケラさんが出席番号二十二を名乗る。
彼女の格好は俺たちとほぼ同じだ。しっかりと軍装マントも着こんでいるし、背嚢も背負うというフル装備になっていた。
なんで出席番号かといえば、わたしもやりたいとダダをこねた人がいたからだ。
「出席番号二十三番、【冷術師】のベスティ・エクラー。んふふっ、準備はできてるよお!」
そう、この人、ベスティさんが──。
『せっかく一緒に迷宮に入るんだから、やっぱりわたしたちも番号は欲しいよね。イザって時は番号で呼ぶんでしょ?』
と、熱烈に要望してきたわけで。
たしかに言っていることには一理があった。
『迷宮のしおり』にも記載しておいたのだが、本当に余裕の無い時、とくに急いで指示出しをすることになるだろう俺の発案で各人を番号で呼ぶことにしたのだ。ただしフィルド語で。
たとえば綿原さんの出席番号は二十一だが、これを日本語的には『にじゅういち』ではなく『にーいち』と呼ぶことになる。
ちなみにアウローニヤは十進数がメインでゼロの概念がちゃんと存在している。これには委員長が叫ぶかと思ったけれど、指が十本だからそうもなるさと勝手に納得していた。
「わたしは平民出だからさ、出席なんて単語、初めて使ったかも」
ベスティさんがやたら嬉しそうだと思ったら、そういう理由もあったのか。
まあ、仲間意識を高めるという意味ではアリだと思うので、それならそれで良しとしよう。
王都には貴族子弟が通う学校みたいなのがあるので、貴族家出身のアーケラさんとガラリエさんは平然としたものだ。いや、もともとの性格からして気にしていないかもしれないな。
「出席番号二十四番、【翔騎士】ガラリエ・フェンタ。準備完了」
最後は現役バリバリ、第三近衛騎士団『紅天』から派遣されている、ということになっているガラリエさんだった。
伊達に近衛騎士をやっているわけではないのだろう。口調や動作はキビキビとしていて、俺たちもお手本にしたほうがいいんじゃないかと思うくらいだ。騎士なのに装備は俺たちに合わせてくれていて、そのあたりからも誠実さが伝わってくる。
「なあ、わたしも番号がほしいのだけど。なんで前回はそうしなかったんだい?」
「流れ、でしょう」
「つれないねえ」
俺たちが点呼を取っているのは離宮の談話室で、ここには迷宮に入らないもう二人、シシルノさんとアヴェステラさんもいる。ヒルロッドさんたちは『召喚の間』で待ってくれているはずだ。
そんな中でシシルノさんがダダをこねた。ベスティさんに続くダダっ子二号だな。
綿原さんがさらりと流してくれたけれど、次回以降、どこかでシシルノさんと一緒に潜る時は番号付与が為されるだろう。べつに嫌だっていう話でもないし。
「じゃあ二十五番はシシルノさんで予約しておきます」
「ありがとう、ヤヅくん。君はいい子だね」
「いやあ」
そんなどうでもいい約束にも本当に嬉しそうにするシシルノさんに癒されていたら、周りの目が少し冷たいことに気が付いた。とくに綿原さんあたりが。
嫉妬というよりこれは、自分だけいい子になりやがってという目だ。どうしよう。
「ではわたくしは二十六番を。いつかがありましたら」
微妙な空気の変化を感じたのか、アヴェステラさんが取り成してくれて場は収まった。
なんでこんなコトで冷や汗を流すハメになるのやらだ。
「じゃあ行こうか」
「おう!」
我関せずと静観していた委員長の一言で、俺たちは出撃する。ズルくないか。
◇◇◇
「おはよう。調子はどうかな?」
「万全です。ヒルロッドさんも出席番号要ります?」
召喚の間にやってきた俺たちを待っていたヒルロッドさんが挨拶をしてくれて、それに対する委員長の返事がコレだ。ウチの委員長はただの堅物ではないのがいいところなのだけど、そのネタを引っ張るのは勘弁してほしい。
「い、いや俺は別に」
そしてその辺を一歩引いている感じなのはヒルロッドさんだ。微妙にどもりながらもこちらの提案を断ってくれた。冗談は通じても悪ノリには付き合わないといったところだろうか。
ヒルロッドさんが親身なのはわかっている。だけど仕事と割り切っているのか、小さな垣根が残っているのをところどころで感じてしまうのも事実だ。それともほかになにか思惑があるのか、とは思いたくないな。
「ではみなさんお気をつけて」
「次はわたしも一緒だからね」
ミームス隊の人たちと運び屋とも軽く挨拶をして、ついに出発の運びとなった。
アヴェステラさんが丁寧でシシルノさんはフランクに、お二人らしい見送りの言葉を投げかけてくれる。魔力調査の関係で同行していたがっていたシシルノさんだけど、今回は宿泊が絡む上に、実習的要素が強いのでご遠慮願った。
「ねえ、わたしは見たことないんだけど、アレ、やらないの?」
「なにをです?」
いよいよみんなが一歩を踏み出そうとしたとき、ツッコンできたのはベスティさんだった。
本当に意味がわからなかったのだろう、返事をした委員長も首を傾げている。
「ほらアレ、言ってたよね。おー! ってやるヤツ」
ああ、コールね、コール。みんなもそういえばって顔をしている。
「アレって一番最初に迷宮に入った時にだけ、やったっきりで」
「えぇ? 楽しそうなのに」
委員長の言葉に心底意外そうなベスティさんだけど、ここ数日でどんどん俺たちとの距離が壊れていっている気がする。
別に空気を悪くしているわけではないのだから、どうしたっていう話でもないし、むしろ親近感を持っている連中も多い。ベスティさん自身はたぶんそういう方向に持っていこうとしているのだろう。これが軍隊上がりのやり方ってことなのかもしれない。
「いいじゃないか。やろうよ。せっかくだしね」
「うんっ、やろう!」
ニカっとアネゴ顔で笑いながら
彼女たちがそう言い出せば、こっちもその気になってくるというものだ。チラリと横の綿原さんを見れば、彼女もこちらを見ていて、それから頷いた。やるか。
「よっしゃ。やるよっ、ほら」
笹見さんが伸ばした手に、みんなの手が被さっていく。前回は最後だった俺だけど、あの時とは違って真ん中くらいの順番だ。違わないのは綿原さんの手が俺の上に載せられているくらいか。
「ほらっ、楽しそうだよ。アーケラ、ガラリエ。それと──」
「もちろん混ぜてもらおうじゃないか」
駆け寄ってきたベスティさんたちが輪に加わって、最後に満を持して登場するのはシシルノさんだ。楽しそうでなにより。
さすがにアヴェステラさんは見物で、ヒルロッドさんたちミームス隊も遠巻きに見守ってくれている。いつかその気になった時でいいから、混ざってくれたら面白いかもしれないな。
「山士幌高一年一組ぃ~。ファイオー!」
『ファイオー!』
「ファイオー!!」
『ファイオー!!』
あの時と全く同じ笹見さんの叫びを号令にして、俺たちは腕を上に突き上げた。
◇◇◇
「三の十八、カエルが三だよ」
「ん、了解。悪いけど、十四も見てきてくれるか」
「人使い荒いなあ」
軽い感じで文句を言いながらも、【忍術士】の
こちらから魔獣を探してまわるこういう状況では、草間の【気配察知】は圧倒的だ。なにせここに来るまでほんど全てのケースで、高階位の騎士たちより先に敵を見つけてしまっている。
俺はといえば、マップを片手に一番安全な場所で指示出しの真っ最中だ。
なんとも偉そうだけど、これも役目ということで納得するしかない。迷宮に入ってからはずっと、移動から戦闘まで俺が指揮を執る形でコトを進めている。事前のルート設定をしたのも俺だし、視界に入れば全部が見えるのだ。
これが他人事なら、絶対にお前が適任だと言うだろう。
迷宮二層を進む俺たち一年一組二十二名とメイドさんが三人、ヒルロッドさんを含めたミームス隊が七人で、運び屋が十人。合計四十人という大所帯は、それでもつかず離れれずで一塊となっている。
いつもなら近衛から回復役を一人、まあシャーレアさんなのだけど、彼女も参加しているところだが、今回は宿泊が絡むということでキャンセルにしてもらった。それでも四十人に三人というヒーラーは、アウローニヤ基準ではとても高い割合になる。軍だと百人に一人も危ないらしい。
今回の迷宮では、通常行動で明確な班分けをしていない。
いちおうのペアとかグループは事前に決めてあるが、敵の種類や数、こちらの状況、とくにレベリングの進み具合に合わせて、これまた俺が出撃メンバーを選定するやり方だ。副官に奉谷さんがいてくれるとはいえ、責任が重すぎるだろ。
「大丈夫大丈夫、ここまでちゃんとできてるよ!」
「奉谷さんってさ、心読んでる?」
「んーん、なんとなくだよ。八津くんはめんどくさいコト考えてる時って、眉毛がこう、むーってなるし」
顔に出ていたということか。それにしても奉谷さんの観察力がすごい。技能頼りの俺とはえらい違いだな。
いや、観察力というより洞察力か。新人類的なアレかもしれないな。
「三の十四、確認してきたよ。『丸太』が一」
戻ってきた草間が簡単に報告をくれた。
速いな。お願いしてから一分も経っていない。【気配遮断】も使って、ギリギリの距離から確認できてしまうのは、本当に心強い。三人くらいほしいくらいだ。【分身】とかいう技能はないのだろうか。
「ありがとう。階位上げ期待しててくれ」
「贔屓はダメだからね。優先順位はちゃんとしてよ?」
「草間は十分上位だよ」
軽口を叩く草間だけど、本心では一刻も早いレベルアップを望んでいるだろう。
とことんやると決めた以上はすぐにでも強くなりたいと思うのは誰でも同じだ。
「カエルが先に来るだろうけど、これなら出向いても問題ないか」
「先にカエルをやっつけるんだね」
こういう何気ない奉谷さんの一言が俺に勇気をくれている。大した根拠もないはずなのに、彼女に肯定してもらえると力が湧いてくるのが不思議だ。生粋のバッファーとはこういうことかもしれない。
「十八のカエル三体、こっちから出向いて叩くぞ。盾は
「おう!」
「ワタシの弓が唸りマス!」
選抜されたメンバーが気炎を上げながら走りだした。それほど急がなくてもいいのだけれど。
「丸太は残りの盾とアタッカー。綿原さんと笹見さんで阻害。こっちのトドメは
今回の迷宮で俺たちは最低でも全員を五階位に上げる。
二層での四から五階位へのレベルアップは一層の一から二階位相当になるので、これはそう難しい話ではない。
もちろん魔獣の難易度は上がっているので、ネズミの時のように誰かに抑えてもらっておっかなびっくり、なんていうワケにはいかない。それでも俺たちは強くなったし、【平静】も使い込んで、なにより慣れた。嫌なコトかもしれないけれど、現実に向き合った結果なのだから仕方がない。
「ええっと、上杉さんと白石さんがそろそろかな。奉谷さんもだね」
「だね。あとは田村くんと凛ちゃんもあと一回か二回かな」
直接指揮を出さない奉谷さんには、レベル管理もお願いしている。
やっているのは各人がトドメを刺した魔獣の種類と数のカウントだ。あくまで目安程度の話で正確な計算ができるているわけではないが、魔獣ごとの大まかな経験値は知っておきたい。
暇だから役目を寄越せとはよく言ったものだと思うけど、彼女の場合はナチュラルに健気さをまき散らしているので断れなくなるのだ。自分にできないことを言いださないのも、なかなかできることではない。
いろいろな意味で信頼できる副官がいるのは頼もしいな。
◇◇◇
「終わったぞ。トドメは田村が一で、白石が二だ。そいで」
十分もしないうちに佩丘を先頭にカエル組が獲物を引きずりながら戻ってきた。
血みどろの連中も混じっているのに、もはや動揺している様子もない。こうもなるのか。
「わたし、五階位だよっ。上がった」
「やったね。
「うんっ」
レベルアップしたという白石さんと、両手を上げて待ち構えていた奉谷さんがハイタッチだ。実に微笑ましい。同時にあの白石さんがここまで、と末恐ろしくもなる。
ま、まあよし。よしよし、ここで五階位が出てきたということは、初日で半分以上はいけそうだ。
明日は一日全部を使えるから、トラブルでもない限り全員の五階位は万全だろう。あとは最終的にどれくらいが六階位になれるかだな。
責任は重たく感じるけれど、それでもこうやってみんなの笑顔で報われるなら、やっているかいもあるというものだ。
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