第324話 じっくりとやろうじゃないか
「【魔力定着】、終わりました」
「ありがとうございます」
二か所目の『魔獣トラップ』を仕掛け終わった王女様を、サメを浮かせながら傍で見ていた
三層までしか魔獣の掃討が完了していないアラウド迷宮は、まさにこれから四層の調査を開始しようとしている状況だ。それこそ勇者拉致やクーデターがなければ、今日か明日には本格的に始まっていただろう。
そんな四層でも、俺たちはあえてメインルートからひとつ外れた十五番階段を使って降りてきたので、このあたりは調査はほとんどなされていない。迷宮の一般的傾向で階段付近は魔獣が薄いのだが、これでも濃い目だとか。
俺たち的にはちょうどいいくらいの塩梅なんだけどな。というか、今の時点でここは群れの真っ只中でないのは確実だろう。あったとしても、群れの端っこギリギリか。
魔獣を探しに行くよりも、これくらい適度な頻度で向こうから来てくれる方が助かるというものだ。
「やっぱ、王女様、すごいねぇ」
「ヒキ様にそう言ってもらえれば」
チャラ子の
さて、総長たちがどうやって俺たちの降りてきた階段を嗅ぎつけたのか気になるところではあるが、疋さんの言うとおり、王女様の【魔力定着】はこの状況で実に効果的な武器になる。
総長と対峙しているあいだに【忍術士】の
要所に王女様が【魔力定着】を使えば、魔獣を誘引する疑似的な『魔力部屋』が出来上がるのだ。
名付けるとすれば『魔獣トラップ』。
「ん、かかったみたいだねぇ~。ざまぁ」
王女様と話をしていた疋さんは、当然のように【聴覚強化】も使っていた。
どうやら一個目の魔獣トラップに、見事総長たちは引っかかってくれたらしい。あそこにはたぶん、馬が五体か六体くらい流れているはずだ。
「総長たちなら楽勝なんだろうけど」
「それでも時間と魔力は使うわよね。【聖術師】が消耗してたら最高かしら」
俺の言葉を綿原さんが引き継いでくれた。
ちなみに【聖術師】の消耗というのは、消えてなくなれという意味ではなく、誰かが怪我をして魔力を減らしてくれれば御の字っていう意味だ。そうだよな? 綿原さん。人的にどうこうじゃないよな?
「えっと、そういうこと。これで都合よくコトを進められると思う」
「……気になる間があったけど、まあいいわ」
綿原さんの俺に対する妙な鋭さはなんなんだろう。
まさか俺の体内にはすでにサメが埋め込まれていたとか、そういう展開じゃないだろうな。綿原さんに逆らったら腹を食い破ってサメがキシャーって生まれるとか。
「じゃあ大変だろうけど、索敵組はつぎの索敵を頼む。予定通りの二番経路で付近の魔獣を探ってほしい。ムリだけはしないように」
それはさておき、ここから先は索敵が甘い領域に近づく。草間、疋さん、
ここからの作戦において、最新の魔獣情報はとても重要になるのだから。
「了解だよっ」
いつの間にか【嵐剣士】春さんが、すっかり斥候担当になってしまっているが、彼女はクラス最速の存在だからな。行き足にしても逃げ足にしても、瞬間的な速さなら十三階位相当を見せつけてくれるのだ。
そこに【風術】まで組み込むものだから、今のところ四層の魔獣を巻くことすらやってのけている。
「【遠視】か【聴覚強化】を取ろうかなあ」
そんな言葉を残して
◇◇◇
『最初から最後まで奇襲だ。正面切って戦う時でも奇策を混ぜるしかない』
俺たちのすることは所謂ゲリラ戦。実はこれミリオタの
ところでなんで俺はゲリラのリーダーみたいなことになってしまったのか。
今はまだ一緒に行動しているが、このあとヘピーニム隊を切り離して囮紛いなことをさせる作戦すらその一環だ。当日になって参加してくれたシャルフォさんたちをこういう使い方をして悪いのだが、本来なら『緑山』の一部を分割する予定だった役割を担ってもらえそうなのは正直助かっている。
「使えるものを全部を使う」
「それっていつも通りよね」
俺の決意表明にあっさりと返してくれる
「今回のミソは魔獣と人が入り乱れた戦闘に持ち込んで、できれば魔獣をコントロール……、制御する形にしておきたいってとこかな」
「魔獣を使うって、知らない人が聞いたらテイマーみたいだよな」
事前に話し合っておいた内容を念のための再確認をする俺に、イケメンオタな
幸いにして総長一行はひとつ手前の『魔獣トラップ』で苦戦中というより、警戒の度合いを高めたのか一時停止している。
ちょっとではあるが、みんなの意志を統一する時間は作れそうな状況なので、こういう会話となったのだ。とくに『緑山』以外のメンバーには徹底しておいてほしいことが多いから。
「なるほど制御を表すのは『こんとろーる』と言うんだね。それとフルニラくん、『ていまー』とはなんだい?」
どうでもいい翻訳行動に走っているシシルノさんはさておき。
というかシシルノさんの憶える『日本語』ってほとんどが『英単語』なのに申し訳なさを感じる。誰かこんど正確なところを教えてあげた方がいいんじゃないだろうか。
うん、その時はやっぱり仲良しな文学少女の
「基本は距離を置いて、敵が魔獣に絡まれているところを狙う。余程がない限り、真っ当に当たっていいのはヴァフター隊とウチの騎士だけだ。アタッカーはとにかくヒットアンドアウェイ」
「カイティングみたいだね」
「カイティング?」
ゲーマーの
加えてシシルノさんがとても嬉しそうだ。俺まで自然に英単語を使って、なんか申し訳ない。ホント、今回の件が終わったら白石さんに出動してもらおう。
「ゲームでね、こっちが柔らかいから、距離を取ってチクチクやる戦法って感じ」
「なるほど。俺と夏樹にお似合いだ」
柔らかグループ男子として熱い友情を誓い合っている夏樹と俺だ。とはいえ夏樹の説明で出てくるのはお互い苦笑いなんだけどな。
「残念だけど、ここからは『後衛』の階位上げは無しってことで。いや、夏樹とベスティさんはアリかな」
「ムリはしないよ。わたしは護衛だからねぇ」
「僕もちょっと。ここは安定を取ろうよ、八津くん」
この状況でレベリングなんて狂気の沙汰に近いけど、不可能だとは思わない。ただし前衛に限る、だけどな。
残った九階位で遠距離攻撃が可能な夏樹とベスティさんならアリかもしれないが、二人とも遠慮がちだ。まあたしかに、現状に限ってわざわざ危ない橋を渡ることもない。夏樹とベスティさんはむしろ対人で活躍してほしいシチュだし。
「戻ったよっ!」
みんなで車座になって話をしていたところに、春さんが地図を片手に舞い戻ってきた。
出ていってからものの三分も経っていない。いちばん遠いところに派遣したはずなんだけど。
「ありがとう、春さん」
春さんから地図を受け取り、素早くマークを写していく。
「春は速いねぇ」
「
「えぇ~、ダルいっしょ」
遅れて戻ってきた疋さんも俺に地図を渡してくれて、そこから謎の部活勧誘が始まったが、そっちはノータッチだ。
茶色めの波打つ髪をしているチャラい疋さんが陸上部か。汗が似合わないようなイメージもあるが、努力家で器用だし、本気になったらいい線いきそうな気もするのだけれど。
続けてヘピーニム隊の斥候さんと草間も戻り、俺の持つ地図に直近の魔獣分布が描かれた。
ここからこそが俺の仕事だ。ほぼ単独で四層を駆け回った四人の恐怖を思えば、みんなに囲まれた安全地帯での作業なんてなんてこともない。俺がすべきことは正確に、素早く判定を下すこと。
「はい、この経路で行きます。みんな、写してくれ」
「おう」
一分で描き上げた予定経路だが、どうせ十分後には再検討することになるだろう。今回の作戦は厳密すぎるくらいがちょうどいい。
それでもムダだとは思わない。できる限り丁寧にコトを進めないと、こっちに怪我人が出てしまう。数ではちょっとだけ有利だけとしても敵に比べて後衛の比率が大きい俺たちは、前衛を削られると一気にやられる可能性が高い集団だからな。
「ん? 総長おじさんたち、こっちに来たかなぁ」
「足音は?」
「小刻みだったのが、元に戻ってるね~。全員集合し直したのかなぁ」
そんなタイミングで疋さんが総長たちの接近を教えてくれた。
トラップで押し付けた魔獣を倒したあとになって、あちらさんは偵察をがんばっているようだが、どうにも温い。さすがに単独行動などはせずに複数人数を何箇所かに送ることで対応したようだけど、斥候職がいない状況で部隊を分割するのは危ないやり方だ。
当然そのぶん進軍は遅れる。最近の迷宮でそういう行動パターンはよろしくないと、俺やシシルノさんは調査会議で進言したはずなのだけどな。
だけど四層の魔獣との対戦経験という視点なら、総長たちが上を行く。
総長率いるベリィラント隊は年イチでイベントのように迷宮に入るだけだが、皮肉にも渋々同行させられているパラスタ隊は王都軍の上澄みだ。魔獣の群れが出現する前までは、迷宮四層こそが主戦場だったはずの部隊ということになる。
できることなら総長とかにアドバイスとかはしないでほしいのだけど、あちらも生き死にがかかっているからなあ。
つまり最悪の事態としてパラスタ隊が宰相を見限って、積極的に総長に協力するというケースがありえる。というか、遅かれ早かれそうせざるを得なくなるんじゃないだろうか。
「じゃあ移動しよう。シャルフォさん、ここで一旦お別れです」
「ええ、お互いに健闘を」
「不測の事態があったら──」
「二番から四番の経路で合流ですね」
ここでシャルフォさんたちヘピーニム隊をいちど切り離す。
囮というより今回のケースでは別動隊と表現した方がいい。俺たちとは別ルートで進んでもらって、相手の裏を取ってもらうのだ。
イレギュラーがあったとしても、迂回しながら合流が可能なルートを設定してあるので、シャルフォさんたちとしても安心して動けるだろう。やっぱりひとりでも斥候職が居るのは強い。
これって俺たちも草間みたいに【気配察知】や【魔力察知】とまではいかなくても、積極的に【聴覚強化】持ちを増やすのはアリだな。後衛系でも生えやすい技能だし、今の疋さんを見ていると絶対に役立ちそうだ。
クラスの中でヒソヒソ話をしにくくなるのがデメリットといえばそうなるか。怖い怖い。
「この部屋は三分もしたらジャガイモだらけだ。総長たちには、せいぜい頑張ってもらうとしよう」
「八津お前、いい趣味してるぜ」
「
俺の悪い笑みにツッコミを入れた皮肉屋の田村だが、そっちだって負けず劣らずだぞ。
「三部屋向こうで階位上げもできそうだ。ヴァフターさん、こんどは先頭です」
「ああ、やるだけやってやるさ。宰相閣下の目の前で敵対してしまったんだ。俺たちの行く末は勇者と共にってな」
「そうあってもらいたいですね」
さっきの部屋で宰相の視線を浴びてバツが悪そうだったヴァフターたちも、この状況に肝が据わったらしい。
ここから俺たちを裏切って宰相に付くなんてやってみろ、俺たちと総長の両方から殴られるハメになる。
家族の問題や今後の境遇を考えれば、王女様一択になるのは当然の結論だ。善悪や義理人情じゃなく利害関係ではあるものの、俺としてはヴァフター隊を最高戦力として勘定しているんだから、期待に応えてもらえると本気で助かるんだよな。
『緑山』一行は迫る総長たちを心の中で嘲笑いながら、先を進む。
もちろん俺はヤンキーな
◇◇◇
「十一階位よ」
「ワタシもデス!」
血まみれの木刀を持つ中宮さんと、同じく短剣を握ったミアが十一階位を宣言する。
さっきはシャルフォさんだったので、正真正銘一年一組初の十一階位は彼女たちになる。ついにここまできたか。
さっきまで打ち合わせをしていた広間から数えて三部屋目には、予定通りに牛が二体待っていてくれた。
二度目の対戦ともなれば慣れもでてくるし、数も手ごろと言わざるを得ない。ヴァフター隊と騎士組が抑え込み、魔術隊とアタッカーが連打を繰り返せば、そう苦労なく打倒できるのも予定通りだ。
「ちょうどいい場所にちょうどいい数の魔獣だ。ツイてるよな」
「約束された勝利ってね」
見事盾で牛の攻撃を防ぎ切った【霧騎士】の古韮と【風騎士】の野来が、いかにもオタっぽいセリフを並べている。実に俺も参加したいが、無駄口を叩くには時間が惜しい。
「【鋭刃】を取りマシた。ズバズバやりマス」
「わたしは【聴覚強化】にしたわ。悪口には気を付けてね」
階位の上がったミアは解禁された【鋭刃】を、そして副委員長の中宮さんは【聴覚強化】を取得した。
これでミアは矢に乗せる【魔力付与】も合せて遠近両用の殲滅力を得て、中宮さんは前衛索敵ができるようになる。中宮さん、本当に聞き耳みたいには使わないんだろうな?
「なんかワタシも【聴覚強化】欲しいかもデス」
「ミアは欲張りすぎよ。わたしだって」
何故か二人がお互いに隣の芝生みたいな会話をしているが、俺からしてみれば選ばれし者の集いみたいで羨ましいだけだ。
そもそもミアは今の段階でエセエルフイヤーを持っている疑惑すらあるというのに。
「ミアさん、疋さん、
そんな中、
緊張が走る一年一組だけど、名指しされた三人の共通点、そしてこのタイミングでの声掛けだ。意味などすぐに理解できてしまった。
「八津君ごめんなさい。一分で済ませますので、いいですか?」
「……もちろんです」
先生は時間が押しているのをわかっている。それでも必要だと言うのなら、俺に否などありえない。
「みなさんは【鋭刃】を取得して、短剣も装備しています。使い方によっては人に傷を与えることになるでしょう。もしかしたら深刻な怪我を負わせることも……」
そう、三人は【鋭刃】を持っている。先生はそのコトについて語ろうとしているんだ。
「山士幌高校の教師としてではなく、大人でもなく、言わせてください。これは『緑山』の騎士団長としての命令です」
命令という強い単語に、あちこちで息を呑む気配が広がる。
「存分に戦ってください。これから起きる全ての事象は……、繰り返しましょう、騎士団長たるわたしが命令したことに起因し、結果に対する責任は全てわたしに帰結するのです」
ああ、やっぱり先生はどこまでいっても先生のままだった。
「総長との対決に懸念や迷いは不要です。憂いなく戦ってください。わたしからは以上です」
「はいっ!」
熱を帯びたわけでもなく、淡々とセリフを言い終えた先生への返事はひとつしかなかった。
意味がわからないだろうヴァフターたちはなにをいまさらという顔をしているが、俺たちにとってはあまりに重たい先生の言葉だ。
そこにはどれだけの悲壮な覚悟が込められているのだろう。
教師としても、日本の大人としても、刃物を使って人と戦えなどとは言えるわけがない。それがたとえ自衛であってもだ。
それでも責任を取るための理屈を見出すのなら、それは『緑山』の騎士団長命令だからとなる。
今朝、仲間として一緒に戦うために教師でも大人でもなく、同じ騎士団のメンバーだからと言った先生の言葉と似ているが、込められた意味は違う。
そこまで先生が責任を負わなくても、という言葉を俺たちは口にしない。中宮さんなどは真っ先に噛みつきたいだろうけれど、だからこそ言ってはいけないのだ。
言葉にしてしまえば、先生の覚悟に泥を塗ってしまうのだから。
「八津君。あなたにも命令です。これまで通り、これからも、指揮を任せます」
「はい!」
とてつもなく重たくて、それなのに背中に翼が生えるような荷物を先生に背負わされた俺は、大きな声で返事をした。
「総長たちは戦闘中のはずだ。反転して攻撃に出る。一刺ししたらすぐに逃げるから、その点はよろしく」
「はーい!」
映画みたいに、ここからはペイバックタイムだ、なんて言えたらカッコいいかもしれないけれど、そうはいかない。時間を使ってじっくりと総長たちを追い詰めるのが、今回の作戦だからな。
それとだ、先生の時は気合入った返事だったのに、なんで俺の場合は間延びした声になるのかな。
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