第325話 アンバランスな戦い




「人は三十人以上で、ジャガイモはまだ五体くらい残ってるかな。気配がごちゃ混ぜだから、ちょっと」


「いや、十分だよ、草間くさま


 すぐ向こうから戦闘音の響いている状況で、メガネ忍者の草間が隣の部屋の状況を教えてくれた。


 人が三十人以上ということは、当初三十五人で登場したあちらさんには明確な脱落者は出ていないと考えた方がいいだろう。

 できれば十四階位とか十五階位の騎士がいなくなってくれていたら最高なんだけど、そう上手くはいかないか。


「まだ戦闘中っていうのが最高だ。もうちょい……、一分待ったら、やるぞ」


 隣の部屋にまで響かないように落とした声でも、この場にいる全員にはちゃんと聞こえているはずだ。


「術師は魔術を維持し続けておいてくれ。奉谷ほうたにさん、終わった?」


「うんっ、柔らかグループは全員完了だよ!」


 攻撃系術師はすでに各々いつでも魔術を放てる状態を作ってある。石でも水でもサメでもだ。

 ついでにバッファーな【奮術師】の奉谷さんは、柔らかグループに【身体補強】を掛けてもらった。前衛を強化するよりも、後衛の安全と逃げ足を取った形だな。


 究極的には全員にといきたいところだが、魔力量的にそれは難しい。奉谷さんはヒーラーも兼任なので、ある程度以上は魔力を温存してもらい、状況次第で誰かを強化する作戦だ。


「……間に合わなくても仕方ない、か。広間の戦闘が終わる方が怖いし」


「信じましょ」


「ああ」


 俺の呟きに横で【白砂鮫】を三匹並べた綿原わたはらさんが、モチョっと笑ってくれる。そんな彼女の笑顔は、いつでも俺の心に落ち着きを与えてくれるのが助かるのだ。


 このまま総長たちのいる部屋に乱入してもいいのだが、初手ということもあり、万全を期しておきたい俺たちはもうひと手間をかけることにした。

 総長がおっかないというのが最大の理由なのがなんとも情けないが、怖いものは怖いのだ。


 間に合うのが最高なんだけど、頼むぞはるさん。



「来たよっ!」


 ほんの十秒くらいなのに長く感じるジリジリとした時間を過ごしたところで、チャラ子のひきさんが鋭い声を上げた。来てくれたか。


「馬が二体。このまま行っくよおっ!」


「やっちゃえ、春姉はるねえ!」


「任せて、ナツ!」


 クラス最速の韋駄天娘【嵐剣士】の酒季春風さかきはるかさんが、二体の魔獣を引き連れて俺たちのいる部屋に飛び込んできて、そのまま速度を落とさず駆け抜けていく。

 叫ぶように発した声にドップラー効果を感じてしまうのが凄まじい。姉に声を掛けた夏樹の目もキラキラと輝いているのが、実にお姉ちゃんリスペクトだな。


 総長たちが戦っているのをこっそり探りながら隣の部屋に潜伏していた俺たちは、扉の近くに控えていたわけではない。

 春さんが登場するのがあと数十秒遅ければ陣形を変えて突撃を仕掛けていただろうが、今は全員が両側の壁際に張り付いている状態だ。


 風となった春さんは両脇から見守る俺たちを他所に部屋を駆け抜け、一瞬の躊躇もないまま総長たちが戦っている広間に飛び込んでいった。



 あとに続くのは二体の馬、アウローニヤ呼称で【七脚双角馬】だ。

 前脚が三本、後脚が四本という、相変わらず意味不明の生物だが迷宮の魔獣には珍しく、意外にもフォルムは馬に見えなくもない。まあ、馬体があって、そこそこ馬っぽい頭がしかるべき場所にくっ付いているだけなのだけど。

 その代わりとばかりに両肩から斜め前方に捩じれて突き出た白い角が、俗に言うチャリオットを思い起こさせる。太い七脚と合わせて、全長三メートル近い巨体は大迫力だ。


 攻撃手段は馬の頭によるマヒ毒付きの噛みつきと体当たり。もちろん尖った角も振り回すし、シッポにまで睡眠毒が込められている。対抗手段としては普通に盾で受け止めて太い足を潰すのが基本になるが、三つ又丸太と並んで四層の中でもかなり手強い部類の魔獣と言えるだろう。俺を含む後衛は手出しすら難しい難敵だ。


 というか俺にはムリだよ、あんなの。



「お前ら、俺の時もそうだったけど、酷いことするよな」


「まだまだこれからですよ。ホントにまだまだ」


「物語に出てくる勇者様とはえらい違いだな」


 吹き抜けた風を追いかけるように突入陣形を組み立てながらヴァフターが呆れたようなコトを言えば、大盾を持って横に並んだ古韮ふるにらが気味の悪い笑みを返す。


 そうだよ。ヴァフターの言うとおりで、俺たちは昔々にいたらしい正義の勇者様なんかではない。この世界の今を生きるために必死で、使えるものならなんだって使うとても悪い勇者の集まりだ。

 そんな悪者たちはこれから、春さんが馬を引き連れて突っ込んだお陰で大騒ぎになっている広間に突撃をかける。


「前衛突撃! 抜剣許可します。できるだけ……、殺さないように」


「わかってるよ!」


 一年一組はまだしも、この期に及んでヴァフター隊にまで不殺を押し付けることはできない。ヤツらは懲罰部隊みたいなものだから肉壁扱いもできるのだが、現状こちら側の戦力としては飛び抜けたモノを持っている。使い捨てみたいなマネは戦術的にも精神的にもできやしない。

 だけどなんとなく、ヴァフターたちは積極的に相手の命を狙いにいかないだろうという、妙な信頼感があるのが嫌になるな。ちょっと付き合いができれば、すぐにコレだ。


 春さんが突っ込んでから十秒も経たないうちに、『緑山』は突入を敢行した。



 ◇◇◇



「くっそぉ!」


「なんだってこんなのが」


「あの小娘だ。畜生、押し付けやがった」


 ジャガイモとの戦闘中にも関わらず、さらにそこに春さんが魔獣をトレインして突っ込んだのだ、総長たちは大混乱に陥っていた。

 当の春さんは高い階位のベリィラント隊を避けて、十三階位がメインなパラスタ隊に馬を押し付けたようだ。これも計画通りだな。


 両者の見分けは簡単で、フルプレートがベリィラント隊で革鎧がパラスタ隊というのがわかりやすくて助かる。


「来たぞ。構えろ!」


「はっ!」


 このタイミングで俺たちが突入することなど総長には予想の範疇だろう。それはそうだ、誰だってそう考えるに決まっている。


 だからといって、防ぎきれるかどうかは別問題だ。俺たちが仕掛けた魔獣トラップと魔獣トレインという二重の準備攻撃で、総長たちは隊列を乱しまくっている。足並みなど、簡単に揃うわけがない。


深山みやまさん、藤永ふじなが!」


「うん」


「はいっす!」


 かろうじて防御態勢を取れたのは総長を含めたベリィラント隊から六人。

 それ以外の連中は隊列を組むどころではないし、宰相や【聖術師】たちは壁際に張り付いて怯えた目で魔獣を見ているだけだ。あれでは俺たちの突入にすら気付いていないんじゃないか。


 俺の指示どおりに【氷術師】の深山さんが床に水をばら撒き、そこに【雷術師】の藤永が【雷術】を行使した。

 安心安定、いつものコンビネーションが絶妙のタイミングで決まる。主に藤永の状況判断なんだけど、なんだかんだでこなしてしまうのがアイツのいいところだ。


 普段なら頭の上からぶっかけて体中を水浸しにしてからのスタン攻撃だが、今回はそこまでする必要はない。むしろ速度優先。

 なんといっても総長たちベリィラント隊は迷宮には似つかわしくない『フルプレート』装備だ。ノーマルな革鎧と違って、足元を濡らせば金属鎧はしっかり通電してくれる。


「むぅっ!?」


 総長が体をビクリと震わせ唸り声を上げるが、この程度の効果しかないのは予想の範疇だ。

 藤永の【雷術】は相手を感電させても気絶させられるような性能ではないし、いくら相手が金属鎧とはいえ内張りは革製だ。しかも高い階位が相手となれば、行動不能まで持っていけるなどという甘い考えは通用するはずもない。



「狙いは総長だ! 遠距離攻撃を集中させろ!」


「飛び道具だと? 馬鹿馬鹿しいわっ!」


 俺の叫びに総長は呵呵と笑って盾を構える。


 迷宮戦闘で長距離攻撃を見ることは滅多にないが、総長たちは近衛騎士の名に恥じぬ地上戦のエキスパートだ。そりゃあ弓矢の攻撃を受ける訓練くらいはしているだろう。


「イヤァっ!」


 奇声と共に放たれたミアの矢は総長と並んで防御陣を敷く敵の足を狙っていたが、相手も温くはない。構える大盾を少しずらすことで、見事に弾いてみせた。だけどなあ。


「ぐおっ!?」


 ミアの矢にタイミングを合わせたサウスポーの海藤かいとうが投げたのはスライダーだ。


 たしかに海藤の球は重い代わりに弓矢程の速さはない。

 だけどアイツのボールは曲がる。こちらの世界でも【投擲士】たちは鉄球を投げたりするが、変化球などは概念すら存在していないのだ。これって知識チートなのか、それとも技術チートなのか。


「勇者の投げた球は曲がって当たるんだよ!」


 してやったりとばかりに叫ぶ海藤の言うとおりなら、どうやら変化球は勇者チートに属するらしい。


「むおぅっ!」


「小賢しい!」


 矢と白球ばかりではない。笹見ささみさんの熱水や夏樹の石、綿原さんのサメが無軌道で、自由自在に敵に直撃していく。

 ただしやはり効果は薄い。いくら複雑な動きをしているからといっても、目に見える物体だからな。十三階位を超えているような連中ならば、当たってもダメージと呼べるほどの効果もみられないようだ。


 たしかに言われたとおり、小賢しい攻撃かもしれないな。だけどそれが俺たちのやり方なので、せいぜい受け止めてくれ。



「盾組、行け!」


「おう!」


 準備攻撃とばかりに魔術の雨を降らせたあとは、一年一組自慢の騎士たちとヴァフター隊の出番だ。

 十二枚の大盾を構えた仲間たちが、互い違いで二列になるような陣形で総長たちに突撃をかけて──。


「馬鹿じゃねえのか? 誰がマジメに付き合うかよ」


 ヤンキー【重騎士】の佩丘はきおかが、実にわかりやすい悪口を放ったところでこちらの騎士たちは敵の五メートル以上も前で停止した。むしろそこから後ずさる。


「貴様らっ! くっ」


 それを見た総長が吠えると同時に、ヤツの盾に矢とボールが音を立てて直撃していく。


 海藤のボールとミアの矢には【魔力付与】が乗っている。そんな物体がガンガンと当たっているのだ。まずは敵の魔力を削れるだけ削る。初期段階における俺たちの狙いはそこにあった。

 誰が好き好んで十六階位のおっさんと切り結んだりしたいものか。それがたとえヴァフターでもだ。


 ちなみにこの時、俺や王女様たちのように直接戦闘ができないメンバーは総長とは距離を取り、ガラリエさんに守られながら壁際で観戦中だったりする。部屋の端にある迷宮産の罠にも気遣いながらというのだから、これはこれで神経を使う状況だ。

 このあとの展開も考慮に入れてジリジリと移動してはいるが、位置関係からこちらの盾グループが崩れない限り、総長たちの攻撃は届かないはず。とんでもない突撃でもかけてこられたらヤバいけど。


 そう、たしかに簡単には到達できないけれど、目につく得物でもあるんだな、俺たちは。とくに王女様が。



「あぁぁいぃ!」


「しゃうっ!」


「貴様っ、どこから!?」


 魔獣と戦う者、盾を持ち対峙する騎士たち、届かないけれど視界内にいる王女様。各自の集中が偏る戦況の中、盾組の背後に潜んでいた滝沢たきざわ先生と中宮なかみやさんが動いた。


 スルリとした歩法で床を滑るように移動した二人が、それぞれ拳と木刀を振るった相手は総長たちではない。

 襲い来る馬の圧力を二人がかりの盾で必死に抑え込んでいたパラスタ隊の兵士たちが標的だ。


 武術家の二人らしい階位を超えた抜群の呼吸が、総長たち強者の思惑を乗り越えた。こういうタイミングに俺が口出しする余地はない。あらかじめの決め事だけで、機会についてはフリーハンドでやってもらうのが間違いがなくていい。


「ぐあっ」


「ぎゃっ」


 いくら十三階位とはいえ、魔獣と相対している最中に意想外からの攻撃だ。まともに受けきれるはずもない。


 ひとりは先生の拳を手首に受け、もうひとりは中宮さんの木刀で膝を打ち抜かれた。両者の関節が逆方向に折れ曲がっているのが、俺の【観察】で見えてしまう。見ているだけでも痛い。

 覚悟のキマった先生と中宮さんの攻撃は致命的な部位こそ狙っていないが、シッカリと相手が戦闘力を喪うように気を配っている。


 とても恐ろしい気遣いが怖い。ほら、食らった二人が転げまわってるじゃないか。


「あああぁぁぁいぃ!」


「しゅぅぅー、しゃうっ!」


 もちろん魔獣側には気遣いなど存在しない。地面をのたうつ兵士に襲い掛からんとした馬だったが、先生と中宮さんはそれを認めなかった。べつに兵士を助けるためではない。それが皆無とは言わないが、本命はちょっと違う。

 先生の貫手と中宮さんの突きが馬の急所、喉元に突き刺さった。それもこれも、パラスタ隊の連中が必死になって戦ってくれていたお陰だ。


 迷宮のルール、ラストアタック経験値総取りシステムには喝采を送ろうじゃないか。これで魔獣二体の経験値は先生と中宮さんのモノだ。

 敵対する兵士を倒し、ついでに彼らが弱らせてくれていた魔獣にトドメを刺した二人は、壁際でビビりまくっている宰相と軍務卿を睨みつけ、そちらに歩を進める。



「行かせるなぁ!」


 あんまりな出来事に止まっていたときを再起動させたのは総長の叫びだった。

 さすがは十六階位で長年偉いさんをやってきただけのことはある。総長の大喝で、パラスタ隊の連中はぎこちなく、ベリィラント隊は戦っていたジャガイモを素早く蹴り飛ばして宰相たちの守りに動く。

 いい根性をしている。やるじゃないか。


 だけど先生たちを警戒しすぎだ。そこの二人はたしかに階位を超える強さと、謎の技術を持っている。だが実力以上に畏怖をしては視界が狭くなってしまうぞ。


「もーらいっ!」


 そんな緊迫した場面なのに嬉しそうな声を発したのは、初っ端に突入を果たしてから広間の片隅に控えていたスピードアタッカーの春さんだ。ご丁寧にクラウチングスタートみたいなポーズを取っている。


 手にするメイスを素早く短剣に切り替えて、近くに転がってきた瀕死のジャガイモに走り寄り、そしてぶっ刺した。

 なんていうかこう、俺たちは経験値泥棒かなにかだろうか。これが勇者だとかいわれているのだから、我ながら始末が悪いと思う。


「もいっちょ!」


 慣れてしまえば魔獣を倒し切った事実は感覚的にわかるのだ。ひとつめのジャガイモにトドメを刺した春さんは、大した確認もせずにさらに数歩離れたジャガイモに短剣を突き立てた。


 こうなると敵の誰もがどう動くべきかの判断に迷ってしまうだろう。

 前線で騎士と相対している総長、先生や中宮さんから宰相を守ろうとしているベリィラント隊、そして総長に従っていはいるものの統制が取れていないパラスタ隊。



「倒したのはまだ二人」


「まだまだ気を抜ける状況じゃないですね」


 なるだけ高揚しないように気を付けながら状況を見極める俺の言葉に、同じく後方に控えて出番に備えている聖女な上杉うえすぎさんが答えてくれた。


「総長だけが突出するのはいいけど、あの六人がいっぺんはマズい」


八津やづくん。いつでも『音』は出せるから」


 あえて使用を控えてもらっている【騒術師】の白石しらいしさんの『エアメイス』を筆頭に、こちらはまだまだ伏せた札がある。

 けれどもあの総長たちが一気に動けば、事態がどう転がるかはわかったものじゃない。


 俺たちの絶対目標は全員の生還だ。誰一人欠けることのない帰還。それはこちらの弱みでもある。

 ヴァフターたちを喪っても構わない駒のように配置をすることで、そういう思惑をボカしてはいるが、どこかで気付かれる可能性は高いと思う。


 なんとも微妙で天秤がどちらに傾いてもおかしくないような状況で、俺は必死に【観察】を回し続ける。


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