第316話 そこに魔力を留めて




「アタシは【鋭刃】ねぇ」


「あたしは見送りだねえ」


 それぞれ十階位になった【裂鞭士】のひきさんと【熱導師】の笹見ささみさんが、取得する技能を発表した。

 とはいえ笹見さんはヴァフターによる拉致で一度に二つも技能を取ったので、ここでは見送りとなる。


 そして疋さんは、早速とばかりに【鋭刃】を選択した。

 メイスで殴ることを得意としない疋さんは、フィニッシュに短剣を選択することが多い。器用な彼女のことだ、怪我をしないようにうまく使いこなしそうな気がする。ヘタをしたら攻撃も使えそうだけど、そのあたりはコンビネーションも合せて周囲との相談かな。



 そこまではよかったのだけど──。


「これはどうなんだろうね。美野里みのりもまだ取れそうにないんだろ?」


 技能の取得をスルーすることにした笹見さんなのだが、技能候補が増えていたらしい。タイミング的には十階位になるとほぼ同時に。


「【熱導術】って、すごい【熱術】でいいんだよねえ。なんか取れそうにないのはわかるんだけど」


 笹見さんが言うように、その名も【熱導術】。だけどご本人はだからどうしたといった、むしろ困ったような顔をしている。

 候補に出たのに取得できないからだ。


 アクティベートしていないから取れないというのはゲーム的にはアリな現象だが、同じく【聖導術】を候補に出している【聖導師】の上杉うえすぎさんも、自分の名前を出されて小首を傾げている。

 もしかしたら仲間が増えたと内心では……。



「本当に、本当に……、勇者なのですね」


「俺、この場をやり過ごしても、あとで天罰とか食らうんじゃないだろうな」


 日本人側は【強聖術】とか【超熱術】くらいにしか受け止めていないが、アウローニヤの人間はそうではない。


 上杉さんが【聖導術】を候補にしていることを初めて知ったシャルフォさんは感動の表情で、聖女の件は知っていても笹見さんが【熱導術】を出現させたと聞いたヴァフターはビビっている。なにせ笹見さんを拐った張本人だからな。

 そうなるとヴァフターの中で綿原わたはらさんや俺の扱いはどうなのかというのは、まあこの際どうでもいいか。


「伝承が現実となる場に立ち会えたことを光栄に思います」


 これまた仰々しい王女様のお言葉だけど、上杉さんと笹見さんのコレってあくまで自己申告だからなあ。もちろん二人がこんなコトで嘘を吐かないのはわかってはいるけれど、アウローニヤ側の人たちが素直に受け入れてビビッているのは、二人が【聖導師】と【熱導師】なんていう神授職ブランドのせいなんだろうか。



 かくも【導術】系は、王国では伝説の部類だ。

 初代勇者たちが使っていたともいわれているし、それから五百年ものあいだに『何百人』もの使い手が存在したとされている。なのに今現在はひとりもいないところがミソだよな。


 要はおとぎ話だということだ。実在した可能性は、さてどれくらいなのか。

 繰り返しになるが自己申告であり、取得できていないとはいえ、【導術】を候補にしているだけでも二人は『勇者』にふさわしい存在であるとされるのがアウローニヤの解釈だ。


「そういうのは勘弁してほしいんだけどねえ」


 長身な笹見さんは本気で困惑しながら頭を掻いている。

 その姿と言動からは勇者っぽさは伝わらないのが日本人的感情だ。微笑みで固定されている上杉さんの方は個人的に聖女認定しているけど。


「使えなけりゃ意味ねぇだろ」


「解放条件みたいのがあるのかな」


 皮肉屋の田村たむらが現実的なコトを言って腐せば、ゲーマーな夏樹なつきが明るく疑問を呈する。

 夏樹は確実に心の中でワクワクしているはずだ。ゲーマーっていうのはそういう存在だものな。わかるぞ。


「階位かベース技能の熟練度か、【安眠】の時みたいに前提技能が揃えばいいのか」


「覚醒イベント展開もあるよね」


 イケメンオタの古韮ふるにらがマジ検証を始めれば、メガネ忍者の草間くさまはアニメ的なことを言い出した。

 俺も参加したいところだが、これは収拾がつかないだろうし、そろそろツッコミが入るだろう。


「この場ではどうしようもないでしょ。それより、王女様はどうするんですか?」


 見かねたとまではいかないだろうけど、我らが迷宮委員の綿原さんがサメを浮かばせながら検証組ににらみをきかせる。脱線が長かったようだ。

 それを指摘されたアウローニヤ組がなぜかキョドっているのは、クーデター中であってもこの話題が重要なものに思えていたのかもしれない。


 雑談終了宣言は綿原さんじゃなくても、そのうち中宮なかみや副委員長あたりが言い出していただろうし、【導師】ネタはこのあたりまでだな。



「わたくしは【魔力回復】を選ぼうかと」


 そして綿原さんの誘導を受けた全員の視線を前に、王女様はちょっと意外なコトを言い出した。


「【魔力回復】、ですか」


「ええ。わたくしも皆様のお役に立ちたいと、それなりに考えてみたのです」


 疑問形な委員長に対し、王女様は真顔で返す。


 その背後にシシルノさんがニヤつきながら立っているのが、すごく気になるのだけど。


「イヤだなあ。わたしは姫殿下の相談に乗っただけだよ」


「そのとおりです。わたくしからシシルノに持ちかけました」


 俺たちのジトっとした視線を受け止めたシシルノさんが肩を竦めれば、王女様もそれに同調する。つまりこれはシシルノさんによる誘導ではなく、王女様発案の何かということか。


 それにしてもここで【魔力回復】とはな。身体系技能候補が少ない王女様だ、てっきり【思考強化】か勇者ムーブで【睡眠】あたりかと思ったのだけど。



「試してみるのが一番でしょう」


「試す?」


 なにやら実験を始めるような王女様の言葉に、綿原さんが訝しげな顔になる。


「そうです、ワタハラ様。さっそくですが……、いえ、その前に。クサマ様、ヒキ様」


 王女様に名指しされた草間と疋さんが揃って首を傾げた。


 だけどその二人が指名された意味は誰もがすぐに気が付けるものだ。


「隣接する部屋は空っぽ、です」


「物音はしてないよ~」


 草間と疋さんがそれぞれの口調で王女様の期待に応えてみせる。

 念のためといった感じだったがこれは当然の結果だ。隣に魔獣の気配があればそもそもこんな雑談じみたことはしていない。


「ヤヅ様、一番近くに魔獣が居そうな方角はどちらでしょう」


「あ、えっと」


 こんどは俺の名前だ。


 そろそろ王女様のやりたいことが想像できてきたので、対応だってしやすくなってくる。

 この部屋にある扉は三つ。付近のマップは頭に入れてあるし、魔獣の存在を俺たちは求めているので、必然的に俺は予定した進行方向を指さすことになる。


「あっちです」


「ありがとうございます」


 俺の示した扉に向けて王女様がスタスタと歩き始めるわけだが、さすがにそれはスルーできないぞ。当たり前のようにシシルノさんとベスティさんも一緒に歩いているし。


 あまりに自然な王女様の足取りに、一歩遅れて慌てて動き出す護衛担当のガラリエさんと海藤かいとうだけでなく、俺に指示されるのも待たずに全員が陣形を動かした。こういうのは勘弁してほしい。

 シャルフォさんどころかヴァフターまでもが反射的に動いているところを見ると、意外と真面目なんだということが認識できる。


 そうなんだよな、敵になっても味方モドキでも、ヴァフターは真っ当な行動を取っている。敵に真っ当さとかそういうのは要らないのだけど、それでもだ。

 さすがは騎士団長だけのことはあるのだろうか。つくづく最初っから味方であってほしかった。



「王女様。迷宮で勝手な行動は……」


 それはそうとして、これだけは言っておかないといけないことだ。

 俺が言わなければ間違いなく綿原さんが口を出すだろうし、彼女はさっき出張ってくれたからな。今回は俺の番ということで。


「申し訳ありません。皆様の益になれるかと思うと、思わず。以後は気を付けます」


「わかってもらえたならいいです。頭は上げてください。お願いしますから」


 だからといって素直にペコリと頭を下げられると、こっちも困る。

 ヴァフターも含めてこの場の誰もが俺たち勇者を舐めていないのは知っていても、それでも王女様は王女様なのだから。王女様の勇者アゲが重い。


「ヤヅ様。よろしいでしょうか」


「……どうぞ」


 今度は確認だ。否定の言葉など言えるはずもない。

 シシルノさんが監修している以上、俺たちを窮地に追い込むような実験ではないだろうし、好きにやってくれ。


「では。【魔力定着】」


 その場に跪いた王女様は両手を迷宮の床に当て、何をしたのか声に出してみせた。


 迷宮内での【魔力定着】。

 俺たちも想定していた、王女様にのみにできるかもしれないコトだ。



「魔力トラップってか」


「『とらっぷ』?」


 思わず口に出してしまった古韮の単語に王女様が素早くツッコむ。


「あ、いえいえ。魔力罠……、いや、違うか。魔力で魔獣を引き寄せる、ですよね」


「そうですね。それも効果のひとつです」


 慌てて言い直す古韮に対し、王女様はツラっと言ってのけた。効果のひとつ?



 アウローニヤの巫女でもある【導術師】のリーサリット王女が使う【魔力定着】は、その場に魔力をとどめる効果を持っている。

 疋さんや中宮さんの使う【魔力伝導】、【剛擲士】の海藤や【疾弓士】のミアが最近手を出した【魔力付与】と違い、その場に魔力を込めるだけの技能だ。武器にも生物にも使えなくて、魔力がただその場に留まるだけ。


 アウローニヤにおいて王女様の【魔力定着】は『召喚の儀』に使われる。年に一度、『召喚の間』で勇者を呼ぶためという名目で行われる儀式で、そこで王女様は主役を張るわけだ。そう、ただの儀式でしかなく、そこには年中行事以上の意味などないはずだったのに。


 本当に王女様によって俺たちが呼び出されたのかは未だに不明だが、それはさておきだ。


「うまくいけばいいのですが」


 では【魔力定着】が儀式でしか意味を持たない無駄技能かといえば、そんなことはないというのが俺たちの見解になる。

 今まさに王女様が言ったとおり、魔獣をおびき寄せる性能は十分に見込めるはずだ。


 魔獣が魔力に引き付けられるというのは、一年一組とシシルノさんの共通見解で、それについては経験則も合せてほぼ確定していると言っていいだろう。

 普段の俺たちは魔獣をおびき出す必要がある場合、草間や春さん、ミアなんかが囮になってくれるのだが、王女様の【魔力定着】が有効ならば大歓迎だ。なにしろこちらは万全の態勢で待ち受けることができるのだから。


 そこに草間が【気配察知】を被せれば、数も種類も判別できる。

 ヤバければ逃げるのも良し、受けるもアリだな。


 だけど王女様はソレを効果のひとつと言い、シシルノさんは悪い笑顔を浮かべていたわけで。



「ホウタニ様、乗ってみてもらえますか」


「ボクが?」


 何故か王女様は、ロリっ娘の奉谷ほうたにさんを指名した。自分で自分を指さす奉谷さんが可愛らしい。


 でもなぜ奉谷さん……、ってまさか、そういうことか。なるほど、これはありえる。

 チラっと俺を見る奉谷さんに頷き返してあげれば、彼女は素直に王女様の近くに寄っていった。


「どうだい? ホウタニくん」


「そういうことかあ。うん、魔力の回復が速いね!」


 偉そうにふんぞり返ったシシルノさんがニヤリとし、ニパっと笑う奉谷さんがその現象を端的に表現してみせた。


「この一角は、いわば『魔力部屋』だよ」


「報告書にあったような強力なものではありませんし、範囲も狭くなっています。ですが少しならお役に立てるのではないかと」


「間接的な【魔力譲渡】としても使えるだろうね」


 シシルノさんと王女様がタッグを組んで説明を並べる。


 これはなるほど面白い。魔獣の誘因は想定していたけれど、魔力の回復までは考えが及んでいなかった。

 以前三層でいろいろと試した『魔力部屋』だが、簡易的とはいえ王女様はそれを創り出したのだ。


「効果範囲は行使した姫殿下とわたしはもちろん、クサマくんなら見えるだろう?」


「はいっ。えっと、ここからこのあたりまで」


 シシルノさんなら【魔力視】で、草間なら【魔力察知】で境界線を見ることができるのだろう。

 そんな草間が歩きながら地面の四隅を指さしてくれた。だいたい五メートル四方といったところか。



「だから【魔力回復】を」


「そうなりますね。ワタハラ様の仰るとおりです」


 少し気の抜けたような綿原さんの呟きを王女様が拾ってみせる。


「わたくしは迷宮の魔力を吸い上げ、束ね、とどめます。勇者の皆様方のために」


 自分の役どころを見つけられたのが嬉しいのか、ちょっとトリップしたような表情になった王女様が両手を胸に当てて天井を見上げた。


 言っていることはわかるけれど、それじゃあまるで、迷宮の部品みたいじゃないか。表現の仕方がよろしくないと思うのだけど。

 俺と同じような考えになったのか、綿原さんをはじめ、何人かが神妙な顔になっている。



「そのために【魔力定着】と【魔力回復】を使い続けましょう」


 完全に高揚していたように見えた王女様は少しだけ落ち着きを取り戻し、俺たちひとりひとりの顔を見ながら言葉を続ける。


「幸いとは言いかねますが、迷宮の魔力は増大を続けています。わたくしはこれから時間の許す限り【魔力定着】を続けたいと考えています」


 そのセリフには違和感があった。

 時間の許す限りとは、今回の迷宮を指しているだけではないような。


「そうです。わたくしがアウローニヤの頂点に立ち、自由に『召喚の間』を訪れるようになれば」


「それってまさか、僕たちのような者を増やす気ですか」


 王女様は『召喚の間』と言った。となれば想像できるのはひとつ、委員長が口を挟んだように、さらに勇者を召喚するつもりなのか!?


「いいえ。召喚の儀としては執り行いません」


 けれども王女様はきっぱりと言い放つ。


「召喚の意志を込めるつもりはありません。迷宮がわたくしの意を汲んでくれれば、ですが」


「だったらなぜっ!?」


 王女様を問いただす中宮さんの声は、ほとんど悲鳴に近かった。



「……呼び出された場所こそが帰還の扉になると考えるのは、自然ではありませんか?」


 俺たちも考えたことはある。


 だけど『召喚の間』は五百年をかけて魔力を溜めてきたはずだ。魔力が増大しているとはいえ、いまさら短期間で。委員長の懸念するとおり、もしかしたらほかの誰かが召喚される可能性だってある。

 いくら王女様が意志を込めると言ったところで……、それが無駄で危険をはらんだ努力だと感じてしまうのは俺だけじゃないだろう。


 そもそも、俺たちはクーデターが成功したとしても──。


「帝国の手から逃れるためとはいえ、アウローニヤを離れていただくのは心苦しい限りではありますが、わたくしはわたくしなりに尽くしたいのです」


 王女様はさっきまでの高揚など欠片も残さずに、すでに冷静な空気を身に纏わせていた。むしろ悲しげな。


「わたくしのすることが無為になるのならば、それでも構いません。皆様方ならば、いつか迷宮の深層で帰還の術に辿り着くこともできるのでしょう。ですがこれも、ひとつの可能性です」


 そんな切実な言葉にクラスメイトたちは押し黙る。


 やれる者ができることを、それぞれ全力でこなす。そんな考え方は、一年一組のモットーそのものだから。


「無責任な考えではありますが、遠くない将来、皆様は誰にも文句を付けさせぬ形でこの国に戻られるのではないかと、わたくしはそう信じているのです。わたくしが二年という区切りであってもアウローニヤ王国を立て直したいと願う理由。こんどこそは堂々と勇者様方をお迎えできるような国でありたいと、ここは勇者様の創りしアウローニヤである、と」


 アウローニヤの第三王女、リーサリット殿下の声だけが迷宮に響いていた。


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