第8話 お約束と心構え




「不純異性交遊は認めません。現地ハーレムとかはもってのほかですからね!」


「そりゃないですよ!」


 笑いが起きること自体に驚いた。

 先生が先生辞めるって言われたのに、けれどみんなが笑っている。普通なのもいれば、顔を伏せて無理やりっぽいのもいるけど、それでもだ。


 それともうひとつ驚いた。先生って空手家だったんだ。

 女子大学生限定だからといっても、全国ベスト4ってすごいんじゃないだろうか。いや逆に微妙な気もするし、この世界でそれが通用するのかどうかもわからない。


「先生といい、ウチの地元は強い女性が多い土地柄なのかしら」


 綿原さんがこっちを向いて苦笑いをしていた。いつもどおりモニャっとしてて、なんかこの短時間でそれに慣れてきた自分がちょっと面白い。


「ほら、日本最強女子は隣町の出身よ」


「ああいたね。芳蕗文香ふさふきふみかだっけ」


 有名なヒールプロレスラーだ。滅茶苦茶強いらしいけど、そっち方面はよくわからない。


「そうそう。案外あの人も異世界帰りだったりして」


 綿原さんと意味の無い雑談をしながらふと思う。俺は笑えているのかな。いや大丈夫。口の端っこだけでも上がってる気がする。

 先生のあけっぴろげな圧にやられて、その先生が信じるっていってくれたんだ。話している最中、先生の目は俺とも合った。そういうことだ。


 俺は俺にできることをやるしかない。


「……八津やづくん、いい目してるじゃない」


「そうかな」


 綿原さんとお互いにクスリと笑い合う。それがちょっと嬉しかった。



 ◇◇◇



「話が長くなってごめんなさい。これからわたしたちはどうすべきか、藍城あいしろ君、お願いできますか」


「はい」


 先生の話はこの流れを作るためだったのかもしれない。俺は付き合いが短いからわかっていないけれど、委員長は間違いなくみんなに信用されている。だから先生は委ねたんだと思う。


「ええっと、僕はこういうのはよくわかっていないんだ。異世界と言われても、どうしても並行世界とか物理法則とかを考えてしまう。ましていきなり『神授職』だなんて言われてもね」


 いきなりわからないと来た。そういえば委員長はSF好きだって話だったか。


「なので古韮ふるにら、いいかい?」


「おうよ」


 さくっと振られた古韮が立ちあがった。なるほど、得意なヤツに任せるってことか。

 父さんが言ってたことがある。上の人間に一番大切な能力は、仕事を任せることだって。それがこういうことなのかもしれない。



「ええっとこういうのに詳しいのは八津と野来のき白石しらいし、あとひきもだっけ」


「ちょっ、なんでアタシまでさ!」


 さっきまで帰る帰らないで当事者になってた疋さんが慌てて叫んだ。彼女もそうなんだ。


「たまにその手の読んでるじゃないか。タイトル見たことあるぞ」


「メインは恋愛系なのっ! いいからアタシを勘定に入れないでくれない!?」


「わかったわかった。口出しは大歓迎だからさ」


 怒れる疋さんを軽く宥めてから古韮の雰囲気がちょっと変わった。



「最初に確認だ。この中に『ゲームみたいな世界だし、いっちょ暴れてやろう』とか『この国の人たちが困っているなら』とか考えてるヤツはいないだろうな」


 何人かが目を逸らしたのを俺は見逃さなかった。もちろんその中にはさっき話題に上がった草間くさまも混じっていた。


「古韮くん、困っている人を助けるのは──」


 思わずと言った感じで副委員長の中宮なかみやさんが割り込んだ。見た目通りで正義感が強いんだろう。けれど。


「俺たちにそんな義理はない」


 一刀両断だ。

 古韮め、フラグ潰しから始めたわけだ。


「あ、いやごめん。言い方が悪かった。俺たちがここにいるのは偶然だし、この国のせいでもあるわけだ。つまり変な義務感を持たない方がいいって言いたかった」


 中宮さんの鋭い視線に気圧されたのか、古韮は両手をワタワタさせながら表現を切り替えた。弱いな。


「それなら、まあ。でも目の前に困っている人がいたら、もしかしたら」


「気持ちはわかる。けどな、もし『勇者との約定』とやらが言う通り、俺たちが力を身に付けたとしてもだ。力の使いどころは自分のためで、帰るためにだと、俺は思う」


 がんばってるけど、なんか違うぞ古韮。言いたいことはそうじゃないだろう。



「ええとね中宮さん。古韮が言いたいのは違うんだ」


「八津くん?」


 でしゃばってしまった。けれどこうなれば最後まで言い切るしかない。


「この手の話のお約束なんだよ。勇者ってもてはやされて万能感持ってさ、魔王と戦うなんていう謎の義務感」


「……そういうことなら。わからなくもない」


 ちょっと釈然としてなさそうだけど、中宮さんも頷いてはくれた。他の連中もかな。さっき名指しされた『わかってる側』は言わずもがなだ。


「ただもうひとつ、言っておかなきゃならないことがある。本当なら最初にしておくべきだった。そこはごめん」


 ここからは言おうかどうか迷っていた部分だ。だけどさっき『お約束』と言ってしまった以上、伝えておかなきゃダメだと思う。

 真面目な顔で古韮と野来、白石さんを見た。疋さんは、まあいいだろう。俺の雰囲気を感じてか三人は頷いてくれた。



「たしかに俺たちはこの手の物語をたくさん読んでいるし、だからパターンもいろいろ知っている。けれどさ」


 ここまで言えば理解するヤツもいるだろう。


「俺たちが陥っている現状、これはお話じゃない。知らないケースだってたくさんあるはずだ。現に俺は『勇者との約定』なんて想像もしていなかった」


 この国が王制なのはわかった。近衛騎士がいるのも。しかし貴族がいるのか、どの程度の権限を持っているのか。文化は、歴史は、法律は、そしてなにより『神授職』の正体は。

 どれもこれもが手探りするしかないことばかりだ。


「さっき古韮が言ったのはパターンというより、心構えの基本だと思う。それだけは理解しておいてほしいんだ。予想はするし、気が付いたことは追及する。そのときは頼む、協力してほしい」


「俺からも同じだ」


「あんまり頼られてもこまるからねえ」


 古韮と白石さんが俺の両肩に手を乗せてくれていた。助かるよ、本当に。



「まとめると、情報が足りなすぎるからそこをみんなでなんとかする。古韮たちはそこからパターンを推測して、なるべくトラブルは避ける。明日からはそういう感じで行こうってことだね」


 柔らかい口調で委員長がまとめてくれた。その横では先生が黙って頷いている。

 なるほどこうやって話し合いを回していこうってことか。やっと理解できてきた気がする。



 ◇◇◇



「心構えの話が途中になったけど、最後にひとつだけ。俺としては絶対に確認しておきたいことがある」


 俺の肩から手を離した古韮が一歩前に出て、ここまでで一番真剣な顔をした。


「俺たちは力をつける事になると思う。もしかしたらそのとき、この中で強くなれないヤツもでてくるかもしれない」


 ああ、ついに来たって感じだ。


「もっと言えば綿原わたはらの【鮫術師】、八津の【観察者】なんかは未発見の『神授職』らしい。強くなること自体ができないかもしれない」


 胸がキュッと苦しくなって、思わず綿原さんを見てしまった。けれど彼女は微笑んでいる。


「『弱いままで部屋に閉じ込めるか?』『仲間外れにして自分より下がいると安心するか?』それともいっそ『役立たずだから追放するか?』」



「ああ゛? 古韮てめぇ、ふざけてんのか?」


 一瞬静かになった部屋に重くドスのきいた声が響いた。


 元気な女子と穏便な男子でできている一年一組でもかなり異質な存在。

 佩丘はきおかだ。180に届く筋肉質で幅のある長身。短く刈り込んだ黒髪の下には鷹のような鋭い目がギラギラと輝いている。

 粗暴な言動も目立つ彼は、俺からしてみれば一番近づきにくい相手だった。


「追放? するわけないだろ。バカにすんな。オレたちを舐めてんのか!?」


「わざわざあり得ないことを訊かれるのは、面白くないなあ」


 続いたのは佩丘とよくつるんでいる海藤かいとうだ。強面ではないものの彼もまたいいガタイをしている、いかにも体育会系の空気を持っている。


「わりいわりい。これって定番ネタなんだよ。ホントだぞ? 追放モノってジャンルがあるくらいで」


「へっ、関係ねーな。そんなショボいこと言いだすヤツがいたら、オレが詰めてやる。最初っからくだらねえこと言うんじゃねえ」


 両手を前に出して誤解を解こうとする古韮に、佩丘は吐き捨てるように言い放った。



「ね?」


 綿原さんの不器用な笑顔は、自信にまみれていた。


「黄金パターンがひとつ潰れたよ。現地ハーレムはお預けだ」


「へぇ」


 目力強い方なんだからさ、その目つきは止めてくれ。冗談なんだよ、冗談。

 俺は今、心底ほっとして、このクラスで良かったって思ってるところなんだからさ。


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