第9話 光の球
「ところでねえ
「どうした?」
不機嫌そうな顔をころりと変えた
そして目をつむる。
「んっ!」
「お、おいっ!?」
彼女はなにをしたいんだ?
「【鮫術】覚えちゃったみたい」
「はあああっ!?」
さすがにこの発言は看過できない。クラス全員が唖然としながら綿原さんに注目した。先生なんか腰を浮かせているくらいだ。
「……
うわあ、
「たぶんこれが『技能』ね。明日説明をして貰う予定だった」
「……説明を聞くまで触れるのは危険じゃないの?」
この場で唐突に出てきた話ではない。『技能』についてはこの世界の人が覚える必殺技みたいなものだということで、食事の時に軽く説明を受けていた。ゲームチックに言えばスキルって感じだろう。もうひとつ、レベル的な意味らしい『階位』というのもあるらしいし、本当にゲーム世界だ。
そのあたりの説明は、明日にと言われていたんだ。なんでまた綿原さんはこんなタイミングで。しかもどうやって。
「この国の人が絶対に本当のコトを教えてくれると思う? 都合のいい方向に誘導しようとしない? それって『わたしたちにとって』どうなのかしら」
「それは……」
「だから説明の前にワザと試してみたの。認識が違うかもって」
綿原さんの言うことには一理ある。あるけれど、ちょっと相手を信用しなさすぎじゃ。
だから中宮さんも怪訝そうにしているのだろうし。
「というのが建前」
「あなたねえ」
綿原さん……。中宮さんが呆れてるじゃないか。それでも苦笑い程度なのは、やっぱり長年の付き合いってことか。
「だって【鮫術】よ。取らない理由がないでしょう。ねえ」
こっちを振り向いた綿原さんは、俺が今まで見たことの無い顔をしていた。
口の両端が吊り上がり、鋭いはずの目はいつもより開かれて、そして頬がちょっと赤らんでいる。綺麗だと思うけど、それ以上になんか怖い。こんな人だったか!?
「わたしね、いつか鮫を操って小麦畑を泳がせるのが夢なの」
「い、意味がわからないよ、綿原さん」
「いいじゃない、鮫の可能性は無限大。それにね」
あ、元の顔に戻った。切り替えが速いのがこれまた怖い。
「わたしは【鮫術師】。それが【鮫術】を取るのは、多分普通でしょう?」
「それはまあ、そう、思う」
うん、間違ってはいないと思う。けど、どうやって『技能』を取った?
「説明してもらえるんだよね」
「もちろんよ」
◇◇◇
「わたしの感覚だから、みんな全員がそうだとは限らないわ。それが前提で聞いて」
クラスメイトの注目を浴びながら、綿原さんが説明を始めた。
「わたしの場合ね、頭の中に二つの球と小さな粒がいっぱい転がってるイメージなの。光の球って感じかな」
ふむ。っておい、わかる。言われてみればという表現があるけれど、なんで今まで気付かなかったのかというくらいに、わかってしまう。
頭の中に青と紫の光球がある。それと白色の小さな星がいくつか。
多分他の連中も気付いたんだろう。驚いた顔をしているのがほとんどだ。
「たぶんひとつは『神授職』の球ね。青いイメージの」
「ああこれ、王女に職を言われた時のイメージだ。なるほど青い球を覗いたら職が見えるのか」
委員長が目をつむったまま言った。やっぱり同じイメージなのか。
「紫の球は飛ばして、次は白いの。それぞれに集中してみて」
説明しながら両手を広げる綿原さんはちょっと誇らしそうだ。
「うおっ!」
思わず俺は唸った。五個か六個かある白色の粒の内、一番大きな光に集中した途端『神授職』を認識したときと同じような感覚に襲われたからだ。
「【観察】……」
「八津くんの場合はそうなのね。それを手で包み込む感じなんだけど」
「ああ」
「それはちょっと待って!」
言われた通りにしようとした瞬間、綿原さんが警告してきた。どうして。
「みんなもイメージできたかしら。けれど、白い球を取り込むのはちょっと待って」
「そうだった。みんな止まれ! 『技能』を取得するのは明日以降で、綿原さんのは……」
はっとした委員長が皆を見渡して、全員が頷いたのを確認した。
どうやら誰も勇み足はしなかったみたいだ。俺は……、正直危なかった。ハズレ臭いジョブを引いたわけで、焦りみたいなものがどうしても残っているから。
だからこそ【観察】なんていう俺そのものみたいな技能に手を伸ばしかけた。縋るみたいに。
「そう。わたしが勝手に取ってしまっただけ。しかも多分これ、デメリットというか制限があるわ」
「教えてくれ。どういうことだ?」
やっぱり俺は逸っているんだと思う。被せるように尋ねてしまった。
「白い球を握りしめるとね、緑色になるの。そうしたら、ああこの【鮫術】はわたしのモノだって実感したのよ」
白から緑に……。アクティベートしたってことか?
「それで、制限っていうのは?」
「それがね、八津くん。【鮫術】の使い方が全然わからないの」
ヘルプもチュートリアルも無しときたか。当然攻略サイトだってあるわけがない。未知の『神授職』や『技能』ってハードモードじゃないか。
「ま、まあ明日にはオススメ技能の説明があるって話だったし、使い方とかは教えてもらえれば──」
「過去に【鮫術】があれば、よね」
まったくだ。これじゃあ迂闊に『技能』を取るのは危ないな。
綿原さんのしたことは拙速だったかもしれないけれど、情報は情報だ。失敗だとは思いたくない。
「それともうひとつ」
まだあるのか。
「説明を飛ばした紫の球、それが少し小さくなったの。気にならない?」
「小さくなった……どれくらい?」
いつの間にか綿原さんとのやり取りは、俺が代表者みたいになっていた。気にするところじゃないか。
「四分の三、くらいかしら」
「スキルポイントシステムなのか? てことは今のとこ『技能』は四つまでしか取れない? いや軽いのと重いのがあるのかもしれないし。元々のポイントだって個人差が……」
いや、青が『職』で緑が『技能』なら、紫は『階位』でつまりはレベル?
レベル消費で『技能』が得られるシステム……、あり得なくはない。
「あの、八津くん?」
「あ、ああごめん。他にもある?」
「いえ、これくらいよ。ごめんなさい、先走ったことをしたと思ってる。それでも役に立ちそうかしら」
途中からの言葉はみんなに投げかけたモノだった。
何人かが考え込んでいる。当然俺もだ。綿原さんの言ったことを信じるとして、有益にするには。
「綿原さんが言ったとおり、明日受ける説明に虚偽があるかどうかは確認できますね。これは明らかにメリットでしょう」
発言したのは先生だった。
「わたしだってゲームくらいはやったことがあります。八津君ほど詳しくはないでしょうが、取れる『技能』に限界があるのですよね。なら、ひとつはっきりしたことがあります」
みんなが聞き入っている。はっきりしたことってなんだ?
「むこうが何を勧めてこようと、どれを選び、決めるのはわたしたちであるべきだということです」
「なるほど」
誰かが唸った。俺も胸になにかがストンと落ちた気がした。
今のところこの国から明確な害意を感じたことはないけれど、それだってどこまで本当かわからない。『勇者との約定』が茶番だったとしたら。
力を身に着けてほしいというのは本当だと思える。あとは方向性。どうやって強くなるか、それは自分たちで決めたい。
綿原さんは紫の球が小さくなったと言った。つまり覚えられる『技能』は有限だ。
これじゃまるで制限付きのゲームみたいじゃないか。
「ははっ、ゲームっぽくなってきたな。みんなRPGくらいはやったことあるよな?」
そう言って
「この国の連中がなにを言ってくるか聞いてからさ、検証すればいい。マニュアルや攻略本もあったりしてな」
中世風の異世界でマニュアルときたか。面白い。
「八津はどう思う? 明日までにやることってなんかあるか?」
「なんで俺に振るかな。……そうだな、寝る前に全員の白い球の内容をリストアップしておくっていうのはどうだろう」
「いいね。日本の高校生っぽくなってきた。カバンも一緒に召喚されたのはラッキーだったよ」
授業中だったから、全員がノートと筆記用具くらいは持っている。
「スマホは充電が怖いから、しばらく電源オフだねぇ。温存したほうがいいっしょ。手書きはめんどくさいなあ~」
チャラ子の
たしかにここでスマホを使うのは惜しい。この警告はたしかにファインプレーだ。
綿原さんの手引きで、俺たちは自力でこの世界の秘密をひとつ解き明かした。
◇◇◇
「なあ、気付いたのはすごいと思うんだけどさ」
「なに?」
頭の中で白い星を確認しながら隣にいた綿原さんに訊いてみた。
「どうして綿原さんだったのかなって、不思議で」
「そうでもないわ。わたし【鮫術師】って言われてからね、ずっと頭の片隅でそのことばかり考えていたの」
綿原さんはどこまで鮫好きなんだろう。さっきの表情といい、ちょっと異常なんじゃ。
途中で結構大事な話がたくさんあったよな。それでも鮫のコトを考え続けていたのか?
「なによその顔」
「い、いや、なんでもないけど」
「まあいいわ。そしたら、ね」
イメージできてしまった、と。
「大発見だよ。素直に尊敬する」
「どうせ明日になれば教えてもらえたコトだと思うけれど」
「いやいや、自分で気付くのがすごい」
「……ありがと」
メガネの向こう側にある目は、本当に嬉しそうに光って見えた。
これも光の球だなって思ったのはキザに過ぎるかな。
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