第10話 二日目の朝
俺たちが『技能』をリストアップし終わってから談話室のドアを開けると、そこには三人のメイドさんが直立不動で控えていた。しかも微笑をたたえて。ちょっとしたホラーだった。
その場で
『明日の五の刻で説明会を行う予定です』
『……今はええと、どの刻でしょう』
『ちょうど十一の刻ですね』
『もしかして刻というのは、十二まで?』
『はい』
その時にしたメイドさんと委員長の会話だ。
ちらりと腕時計を見た委員長が気にしたのはこの世界の時間についてだろう。さすがはSF者、俺なら『どうせ一刻は二時間ピッタリなんだろ』で済ませてしまいそうなシチュエーションだった。
◇◇◇
「隣、賑やかだな」
「ありゃ
談話室から控室に男女に分かれて移動すると、そこにあったのは並んだ布団ではなくベッドの列だった。仕切りのカーテンがあったら病室みたいに感じたかもしれない。
俺と
隣の女子部屋からは元気な歌声が聞こえている。
奉谷さんはちっこくて元気印。白石さんはこっち側の人でメガネにおさげな文学少女っぽい人だ。おとなしいイメージだけど、こんな元気な声で歌うんだな。
高校生になってから三日。だけどこの半日だけで、今までの二日半の十倍くらいクラスメイトが見えてきた。良かった探しだろうけど、異世界に来て進むこともあるんだな。
それなら。
「悪い古韮。ひとりじゃまだちょっと怖いから付き合ってくれないか」
俺がチラ見した先にはがたいのデカイ二人がいた。
「ん? どした?」
明るい声で顔を上げたのは
「えっと、お礼を言っておきたくなって」
「礼だぁ?」
やっぱり佩丘はガラが悪いな。睨みつけるような視線には慣れそうにない。
「さっきさ、庇ってくれたじゃないか」
「庇う?」
「追放なんかするわけないって、言ってくれて、嬉しかった。そのお礼」
佩丘も海藤も黙ってしまった。というか心底呆れ顔だ。酷いな、こっちは真面目に話してるのに。
「八津さ、お前なに言ってんの?」
ちょっと間をおいてから海藤が口を開いてくれた。まだ呆れたままで、
「……まあいいや。こうやって話すの初めてだな。
「
「まあなんだ。同じクラスだしボチボチやってこう。……おい」
「……
「うん。よろしく」
佩丘はチラっと視線を向けてから、すぐに逸らしてしまった。嫌われたかな。
しかたない。言うことは言ったし、退散するか。
「なあ八津。お前母ちゃんだけなんだって?」
意外なセリフが背中から聞こえた。佩丘だ。
「うん、半年前に父さんがいなくなって。知ってたんだ」
「狭い教室だからな」
意外なところを突っ込んできたな。それがどうしたっていうんだろう。
それ以上なにも言わない佩丘たちを置いて、俺と古韮は自分たちのベッドに戻った。
「佩丘な、あいつも父親いないんだ」
「そうなんだ。だからあんなこと」
「事情とかは本人に訊いてくれ。仲良くなれるといいな」
「だな。古韮もありがとう。いろいろ助かったよ」
「お互い様だ。疲れたな。寝るべ」
「ああ」
異世界初日の夜は、思った以上によく眠れた。なにか夢を見た気がするけれど、憶えていなかった。
◇◇◇
「うおおお、すっげえ!」
目が覚めたのは誰かの大声のせいだった。
なんとか目を開けてみれば、あたりは明るくなっている。もう朝なのか。
「おい、八津も見ろよ。すごいぞ」
「古韮……、朝から元気だな」
男連中が何人か、それぞれベッドの上に座ったまま窓を開けて外を見ているようだ。
無理やり控室にベッドを搬入したからこうなっていたのか。昨日は気付いていなかった。
俺のベッドは入り口側で窓は無い。どれどれと向かい側のベッドによじ登って、みんなと同じように窓から外を見てみた。
「こりゃあ、すごいな」
最初に目に入ったのは一面の水だった。ひたすら水。これは多分湖だ。
そしてそこから少し先、湖の端に石造りの壁が見える。距離がありすぎてその壁がどれほどの大きさかはちょっとわからない。
そしてさらに向こうは森とはるか遠くの山だった。遠くの山って緑色というか青く見えるから不思議だ。
「男子、みんな起きてる!? すごい、すごいよ! 開けても大丈夫!?」
扉の向こうから元気な声が響いた。この声の幼い感じ、たぶん奉谷さんだ。あっちも朝から元気に溢れている。
直後、こちらの返事も待たずに扉が開いて飛び込んできたのは、やっぱりちびっ子奉谷さんとほか数名の女子だった。
「女子部屋って窓がふたつなんだけど、両方とも全部湖! しかもここ、高い!」
それを聞いてゾワっとした感覚になった。
俺たちは城に召喚されて、そこから『離宮』とやらに連れてこられた。
この部屋と女子部屋から見えるのが全部水? 城はどこへいった。壁と山ばかりで、それ以外の人工物が無い。高い場所?
「あ~なるほど。『水鳥の離宮』ってそういうことか」
古韮の言葉で俺にもやっと意味が理解できた。
ここは城から通路一本で繋がった湖の上にある建物で、たぶん俺たちは隔離ないし監禁された形になっているんだと。大泥棒が忍び込んだ城をふと思い出した。
◇◇◇
「で、ほぼ二時間だった」
スッキリした顔で報告する委員長の顔を直視するのが、ちょっと申し訳ない。
異世界二日目。朝の大騒ぎのあと、俺たちは談話室に集まっていた。
この城には時計台みたいなものがあるらしく、夜は静かだけど四刻から十刻、つまり八時から二十時まで二時間おきに鐘が鳴る仕掛けになっているわけだ。
ちなみに今は四刻で朝の八時だ。十時から説明会ということになっているから、身内での最終ミーティングになる。悪いと思いつつ夜番をしてくれていたメイドさんたちは追い出した。
「僕と
委員長と小太りでお坊ちゃん風の田村が腕時計を見せている。なんかホントに申し訳ない。
二人の時計はソーラー式なので、多分スマホのバッテリーまで気を使ってくれたんだろう。しかも委員長に至っては、この世界の太陽が地球産の太陽光パネルに充電できるかまで心配している。すごいなSF者は。
ところで俺は田村と会話をしたことがない。背は百六十ちょっとで小さ目だが、小太りでいつも不貞腐れたような顔をしているし、あまりみんなの会話に乗ってこない。事実昨日のやり取りでも一言も発言していなかったと思う。だからといって行動を合せないわけでもないのが変なところだ。デレの無いツンデレ系かもしれない。
古韮の話ではあの強面男、佩丘と幼いころから反目しているらしいが、周りからしてみると『じゃれ合い』だそうだ。背の小さい小太りとでかいヤンキーのじゃれ合いとか、俺の想像の埒外ではある。
「意外とダブってるね。それと『神授職』寄りのがあるってことか」
昨日の夜に皆がメモしたノートを照らし合わせて『技能』を確認してわかったことがある。
委員長が言ったように、ひとつは共通している『技能』だ。
「みんなの候補に載っているのは【体力向上】【痛覚軽減】【平静】【高揚】……。僕には【視野拡大】がないな」
委員長が読み上げていった『技能』は十個くらい。全員が全部を持っているわけではない。
たとえば俺は【高揚】が見当たらなかった。このあたりは個人差なのかもしれない。
もうひとつ、『神授職』の名前からたぶん前衛系で、たとえば委員長の【聖騎士】だと【身体強化】【身体操作】、後衛型の
なんと誰にでもありそうな【観察】は俺ひとりだけだった。ユニークスキルかよ。
「やっぱり『魔力』関連があるわけね」
「それはまあ、こんな世界だしね。お約束なのかな」
横にいた
「【鮫術】を使うのが楽しみね」
「なにが起きるかわからないよ。部屋の中じゃさすがに」
「わかってるわよ」
もしも【鮫術】が攻撃魔法だったり鮫を召喚するような『技能』だったら大変なことになる。よってここまでは使用を待ってもらっている。本人の目は爛々と輝いているわけだが。
ちなみに『魔力』の『魔』については、こちらの単語ではどちらかといえば『超』とかに近い。反対に『魔獣』や『魔族』の『魔』は明らかに悪い意味合いをもっている。
だからといって『超力』とかになるとややこしいというかしっくりこないので、日本語では『魔力』だし『魔法』でいこうということになった。
「マジック」と「デーモン」の違いみたいなものだ。バイリンガルも悩ましい。
「いいのかい?」
「今さらだよ委員長。綿原さんと一緒で【観察者】が【観察】取らないとか、あり得ないと思う。俺しか取れないのも、もちろん理由だし」
「まあそれもそうか」
話し合った上で俺は一大決心して【観察】を取得した。綿原さんの言ったとおりで紫の球が小さくなったが、織り込み済みなので動揺をしないで受け入れられるのは大きい。感謝だな。
「それに【観察】があれば、話し合いでなにか気付くこともあるかもしれないから」
希望的観測ではあるけれど、ここは博打のしどころだと説明して納得してもらったわけだ。
【忍術士】
他にもいくつか意思の統一もできた。一応だけど心の準備はできたと思う。
俺たちは五刻、すなわち十時の鐘を待つ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます