第11話 彼女の長い愚痴と野望:リーサリット・フェル・レムト第三王女



「『勇者との約定』は王家に伝わる口伝であり。すでに王陛下により締結された。すなわち本件は王室主導で管理される事案である」


 第一王子にして次期国王が内定しているお兄様が、このセリフを述べたのは何度目だろう。

 瞼が半分閉じ、綺麗なお顔が眠気に歪んでいるのがよくわかる。よくもまあこの状況で。


 王城にある会議室の窓から見える水時計は、すでに日付が変わる直前を示している。確かに戦時でもなければ、いやそうであっても今のような面々がこの時間に会議などなかなか見られない事例ではないか。ましてやわたくしとお兄様という王族までもが同席して。

 そう考えるとちょっと面白く感じてしまった。勇者たちが現れてからというもの、わたくしは昂っているのかもしれない。



「陛下の戯れにも──」


「あのような若輩どもなど──」


 どこからともなく父上、現国王陛下への愚痴が聴こえてくる。当人がいないことはもちろんだけど、彼らの気持ちもわかる。


 今回の一件、明らかに陛下の拙速ではあった。

 同時に最適の一手であったことも事実なのだ。特に王室にとっては。


 アレがなければ今頃『偶然召喚された勇者一行』はここにいる面々の食い物にされていた可能性が高い。


 陛下が『勇者との約定』を持ち出したからこそ、この場は彼らの利用法ではなく、落としどころを探すという方針を取らざるを得なくなっているのだ。



 ◇◇◇



『王城に紛れ込んだ不届き者として捕縛してしまえばよかったものを』


『まあまあ、陛下のお考えも尊重せねば。この件、上手く扱えば王国の名声が高まりますぞ』


 勇者たちとの会食が終わって会議室に来てみれば、彼らはそういった主旨のやり取りに終始していた。

 たしなめる宰相の言葉が白々しい。自らの手駒にする気だろうに、そんな連中ばかりだ。


 積極性は異なっているだろうけど、それはここに集まった面々全員の思惑でもある。

 宰相を筆頭に、近衛騎士総長、軍部とそれに連なる高官たち。教会関係者に聖務部も直接的な利害関係があるからいい。食料部もまあわからないではない。だが外交部に加えてなぜか財務部や、総務部までもがここに顔を揃えているのはどうしてか。

 軍務関係の鼻息が荒いのは当然として、さすがに総務は関係ないのではないだろうか。この会議に顔を出しておくこと自体に意味があるのはわかるのだが。



「騎士系はもちろん直接戦闘職を持つ者は近衛で引き受けよう。面白そうなのが何人かいた。よくわからない連中は適当に決めてもらって構わん」


 近衛騎士総長がさも当然がごとく尊大な態度をとった。周りが顔をしかめているが歯牙にもかけていない。暗に王室案件なのだから近衛が優先であると誇示しているのだ。

 そういうところが政敵を作るのだが、彼は政治に無頓着としか言いようがない。家柄と実力は申し分なしなのだけど、そういうところを宰相に付け込まれ近衛騎士総長という『お飾り』にされている自覚がないのが始末に悪い存在だ。



「ならば聖術持ちは是非聖務部にて」


「未知の職もいるようでなによりじゃ。彼らは是非『魔力研』で引き受けましょう」


「国教威信の旗頭として、最低でも三名は教会所属に」


 そんな騎士総長の作った流れだ。各陣営が勝手なことを言いだした。

 何度も兄様が王室案件だと言っているのに、これではまるで占領地の切り取り合戦の様相だ。我がレムト王家の現状がこれかと思うと情けなくなる。舐められるだけの理由があるのがさらに痛い。

 それもこれも全ては先王と現王陛下の失政によるものだと、わたくしは考えている。


 しかも兄様が引き継ぐ次代もまた……。だからこそわたくしは、わたくしこそが。

 今日起きた望外の奇跡。わたくしはそれを手に掴む必要がある。



 ◇◇◇



 わたくしの見解からすれば、我がアウローニヤ王国の余命は少ない。


 主たる理由は南方の帝国が採る拡大主義であるが、それ以上に問題なのがそれを受けての我が国の対応だろう。

 初期は強圧外交による全面対決姿勢を採ったのだ。なにが『勇者の末裔が治める国』だ。南方人に通用するか、そんな薄弱な権威など。

 教会にも扇動を頼ったようだが、そもそも帝国では弱小勢力だ。しかも本山たる聖法国は帝国と冷戦状態。帝国にはさざ波すら立たなかっただろう。


 そして現状仮想敵国たる帝国そのものの力だ。いくら帝国が四方を敵にし、内部反乱を抱えていたとしても総兵力で七倍。国力は我が国の十倍を超える。

 敵が一時的に兵力を集中させれば、我が国は一年も持たないだろう。それとも適当な戦力で小競り合いを繰り返し徐々に削られて、五年か。

 戦争では勝てない。笑ってしまうほどに。



 そんな状況で先王陛下が採られた手段が酷かった。

 聖戦を謳った国家動員防衛体制。どうやら帝国領に攻め込む度胸は無かったらしい。


 主に農村部からの徴兵に次ぐ徴兵。中央にコネを持たない知識層までもが動員された。

 さらにそれを賄うための新税の導入。結婚税、死亡税、出産税などなど、人口減少が予想される上、国力を低下させることが目に見えるような税が五年の内に二十近く新設された。

 そしてなぜか王室財産が増加した。何を考えていたのか。亡命か。


 さすがにこれでは危険であると、現王陛下になり徴兵の輪番制やいくつかの税の減額、もちろん廃止はなされなかったが、それでも実施された。

 なぜか現王は善王であると喧伝され、そして王室財産はまだ膨らんでいた。


 だがそれでもいざとなった時、我が国民は帝国につくだろう。

 あちらの方が生活が楽になるのが自明なのだから。税制しかり、兵役しかりだ。国も宣伝戦を行うだろうが、果たしてどこまで誤魔化せるか。



 話は逸れたが、極めつけは冒険者強制動員制度だ。

 冒険者は迷宮探索を主な役割とした者たちを指すが。必然的に『力』を持つ者の集団でもある。そして彼らは故郷はあれど国籍を持たない。

 迷宮の生まれし太古より存在すると言われ、またその時より自由であるとされている。人族と魔族が分かたれていない時代よりの慣例とされているが、現代では教会や多数の国もそれを認めている。

 国家間制度こそ持たないが、どの国であれ概ね扱いは変わらない。


 なぜそれが許されているのか。理由は明白で、彼らが地上に持ち込む迷宮素材、食料や鉱物などの資源が国家に必要であり、財政を潤しているからだ。

 人頭税をケチるよりむしろ優遇制度をもって積極的に冒険者を取り込んでいる国も多い。


 繰り返しになるが、冒険者は国を持たない。が、人ゆえに故郷を持つ。いざ戦時となれば義勇兵として立ち上がるのだ。

 それを強制動員? あり得ない。


 我がアウローニヤでは現在、家族の経済に縛られた冒険者が細々と活動しているという、冒険者弱国となり果て、現王陛下の世となってもそれは覆されていない。勇者の国だからだそうだ。天罰が下るのは果たして誰のところなのだろう。



 そんな治世はどうやら同調路線の兄様に引き継がれるのが既定路線だ。わたくしの弟で、まだ八歳の第二王子は、まあ無理だろう。


 どうやらこれまで私腹を肥やし現実を直視していなかった中央も全面攻勢を諦め、それでも局地勝利からの条件闘争に舵を切ったようだが、それすら現実的ではない。

 我が国が自壊するころに帝国は満を持して参上すればいいだけのことだ。丁度東方で反乱鎮圧に動いている帝国にとっては都合の良い状況だろう。


 百年とは言わない。せめて十年先くらいは想像できなかったのだろうか。


 先見の明という自明に気付いていた地方領主や中央官僚は私財をまとめ、帝国に降る準備を万端にすべく動いている。この場にいる人間の半数以上がそうだろう。宰相などは筆頭格だ。

 母様、妃陛下に至っては母国たる北の公国に逃れるため、装飾品の収集に余念がない。


 これはもう、歴史書に何度も登場する亡国そのものだ。陳腐すぎるほどに。



 今も目の前で行われている喧々囂々に嫌気がさして内心の愚痴が長くなったが、我が国はおおよそ持って五年といったところだろう。

 さてその時、わたくしはどうなるだろう。帝国貴族あたりに差し出されるといったオチか。死ぬことも生活に困ることもないだろうが、それは本意ではない。


 わたくしはこの国の名を、アウローニヤの名を残したい。

 帝国に打ち勝ち完全独立を続けたいなどとは思っていない。たとえ属国であっても、アウローニヤの名を。



 わたくしをかき立てるもの、それは欲望だ。もはや渇望であり、運命とすら考えている。

 この時代、この情勢下において王家にわたくしが生まれた意味。歴史に名を遺す。多少不自由でも安楽な余生などは望まない。


 生か死かでも構わない。わたくしがわたくしであるために。

 そんな思いで儀式を執り行ったからかはわからない。それでも彼らは『勇者たち』は現れた。



 ◇◇◇



「大変お待たせ致しました」


 騒乱の会議室に入ってきたのは勇者を任せたアヴェステラだった。


「勇者様方はどうでした?」


「はい、身内での話し合いの後、お休みになるそうです。ただ」


 丁度良いとわたくしが声をかければ、彼女から含みを感じる返答がなされた。はてさて。気が付けば喧噪も静かになり、アヴェステラの話を聞く姿勢になっているようだ。


「勇者様方は男女別ではあるものの、同室での宿泊を希望されました」


 なるほど面白い。それなりの危機感を持っているということだ。これは使えるかもしれない。


「はっ、なるほど異民族よな──」


「勇者の同胞とはいえ、蛮族やも──」


 雑音がうるさいが、それはどうでもいい。兄様はもうおねむのようだし、ここはわたくしがまとめて差し上げよう。



「繰り返しになりますが、彼らは『勇者の約定』により庇護されし者たちです。王国として礼節をもって当たるのが当然」


 目の前の有象無象が有耶無耶にしようとしている前提を、もう一度押し出す。


「彼らがひとつの集団でありたいというならば、この国に慣れるまでの猶予を与えればいいではありませんか。勇者様がたが『上位神授職』であることは確認できました。動かすのは迷宮で力を身に付けてからでも遅くないのでは」


 誰もがハズレくじなど引きたくはないだろう?

 どうせ組織ごとにそれなりの情報網は持っているのだ。勇者たちの力、人品を知ってからでも引き抜きや扱いを考えればいいだけのこと。


「そうですね、主担当はラルドール卿、ほかにジェサルとミームスを付けましょう。報告は随時として、二か月から三か月様子見で」


 アヴェステラ・フォウ・ラルドール子爵は宰相派の中央官僚だ。そしてわたくしとも繋がっている。そこが彼女の狡猾さではあるが、そこがまた好ましい。わたくしが直接言わずともこの会議の醜態を見れば、やるべきことがわかるだろう。


 シシルノ・ジェサルは少々性格に難あれど有能な軍部の魔力研究者、ヒルロッド・ミームスは実戦的な近衛の教導官。ほら配置としてはまあまあでしょう?

 なにより二人とも現実が見えているところが良いのだ。彼らもまた引き込む余地がある。



「姫殿下がそうおっしゃるのでしたら」


 代表して白髭の宰相が頭を下げた。ここから見えない目はどんな色をしているのやら。


 このような中途半端はわたくしのやり方にはそぐわない。

 本来なら先に話を通して筋道を作っておくのが基本なのだけど、今日は事態が事態だけに仕方がない。あとで個別に利益分配をするしかないだろう。またわたくしの懐が痛むだろうが、これは必要な投資だと割り切る。なに『王家資産』は潤沢だ。


 予感がするのだ。彼ら『勇者』を取り込むことが、わたくしの望みを叶える一手になるのだと。


 アウローニヤ王国の次代を担うのは兄様ではない。わたくし、リーサリット・フェル・レムト第三王女こそが相応しいのだから。


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