第291話 一年一組が立ち向かう




「ヤヅじゃねえか。それにおい、ワタハラとササミもかよ」


 なんてことはない顔をしたまま倉庫に入ってきたジェブリーさんに続いて登場したのは、分隊長のヴェッツさんだった。


 こちらもまた革鎧を着込んだ金髪のおじさんだ。といってもジェブリーさんよりは少し若かったはず。確か二十の後半だったか。

 続けてカリハ隊の部隊章をつけた騎士が五名。口々に驚きの声を上げながら倉庫に入ってきた。


 これで状況はほぼ五分になる。口は悪いが、この状況ではこれ以上なく頼もしい人たちだ。

 ただし『敵』でなければ、だけど。


「俺たちのこと、聞いてませんか?」


「……なにをだよ。これはどういう状況なんだ? マルライ」


「……」


 俺の言葉に訝しげな表情になったジェブリーさんが、俺たちと対峙していた騎士のひとりに話しかける。マルライっていう名前なのか。


 だが、マルライとやらは無言で顔を険しくするだけだ。事情がわかっている俺から見れば、判断に苦しんでいるのが丸わかりだぞ。それは俺もなのだけど。


「さて、どうしたものか。なあお前ら、怪我してるよな?」


「まあ、はい」


「煮え切らねえなあ」


 ジェブリーさんが血を流す俺たちを見て表情を険しくする。

 本当ならヴァフターから逃げるためにやったことだと、声にしてしまいたい。だけどジェブリーさんとヴァフターの関係が読めないのだ。どこまで話をしてもいいのだろう。



「『黄石』団長、ヴァフター一党の勇者拉致。それがわたしたちがここにいる理由です。拐われたのはわたしと玲子れいこ八津やづくんの三人。わたしたちは自力で逃げ出し、ここまでたどり着きました」


 そんな俺の懸念を他所に、綿原さんは堂々と言い放ってみせた。丁半博打のようなヤリ口だが、ある意味彼女らしいかもしれない。それとも信じる理屈でもあるのだろうか。

 それでもあえてだろう、宰相の名前を出さないあたりはさすがだと思う。アレに関わる部分は聞かせること自体が迷惑になりかねない。


「待て、ジェブリー。話を聞け」


「ほう?」


「お前は、こんな小娘と俺や団長、どっちを信じるんだ?」


 綿原さんの宣言に慌てたのかマルライが言い訳を始めるが、そもそも俺たちがこの場にいること自体が証拠だ。どうしたって覆せるわけもない。

 ああ、そうか。この状況だけで勇者拉致という事実は成立している。綿原さんはそれを明言しただけで、むしろ敵味方をハッキリさせる方を優先して考えていたのか。


「へぇ、団長までかい」


「そ、うだ」


 ジェブリーさんに答えたのはマルライではなかった。


「今な、ら、見逃し、てやる。引け」


 途切れ途切れのかすれ声ではあるが、ヴァフターが騎士を四人引き連れて、石の扉から姿を現した。


 全員が顔に火傷を負い、目を充血させているが、それでも立って歩いている。

 あれだけ必死に殴っても綿原さんや笹見さんの攻撃では行動不能までは持っていけなかったか。わかってはいたけれど、高階位の騎士という理不尽が恨めしい。


 これで人数ならばあちらが上か。厄介な状況だ。

 それでも会話を聞いていれば、ジェブリーさんたちは敵の側でないことだけはハッキリした。そしてジェブリーさんからしても、ヴァフターが勇者拉致をやらかしたことが確定したわけだ。


「たしかに俺たちだけだと分が悪いかもな。勇者を人質にする気なんだろう?」


「そう、だな。同じ、団員同士、で、争いたく、はない」


 そんな会話をするジェブリーさんとヴァフターの言葉に乗ったのか、敵方の騎士たちが俺や綿原さん、笹見さんの方にわかれてにじり寄って来た。

 女子二人はサメと水球で反撃をしているようだが、見えている状況では効果が薄い。敵の歩みを留めるところまでは至っていないんだ。



 だけど、もう大丈夫。扉の向こう側からチラチラこちらを覗き込んでいるヤツらがいるんだよ。

 ジェブリーさん、すっとぼけていたんだな。


「限界です」


 怒りを通り越した、鬼の声が倉庫に響いた。

 俺はその声を知っている。いつだって俺たちを見守ってくれている、本当だったら教壇の向こう側から聞こえてくるはずだった英語の先生の声。


 扉付近に陣取っていたカリハ隊の列から一陣の風が俺に迫る。

 刺激をしないようにゆっくりと俺に近づく騎士などは置いてきぼりだ。


「やあぁぁ!」


「ぐあっ!」


 まるで地面を這うような低さで倉庫を駆け抜けたその子は、両手に持ったメイスの片方を、掛け声とともに騎士の膝あたりに叩きつけた。

 バキンと派手な音を立てて、明らかに騎士の脛が叩き折れたのがわかる。まったく手加減なしか。


「風っ!」


 膝をやられた騎士に手を伸ばし、そう叫んだ『はるさん』の声とともに空気が動き、バランスを崩した相手が地面を転がる。カッコ良すぎだろ。


「待たせてゴメンね、八津。大丈夫?」


「もちろんさ。待ってたよ」


 目尻を赤くしながらニカリと俺に笑うその子は、クラス一のスピードアタッカー、十三階位が相手でも走り勝ってみせる【嵐剣士】、酒季春風さかきはるかだった。



「イヤァっ!」


「ぐおぉぉ!」


 鋭い掛け声が聞こえると同時に、綿原さんに迫る騎士の腕に矢が刺さり、持っていた剣が地面に落ちて重い音を立てる。

 近衛騎士の領域だからという安い理由で、飛び道具があるとは思っていなかったってか。甘い。さっきまでさんざん魔術攻撃を食らっていただろうに。


「ミアっ!」


「助けにきまシタよ、なぎ


 頬に涙をつたわせているのに、普段とは打って変わったキリリとした声で言い放ったのは、金髪ポニーで妖精顔の【疾弓士】、ミア・カッシュナー。

 すでに次の矢をつがえ、連射の構えを取っている彼女からは一切の油断が感じられない。いつになくマジモードというやつだ。


「ワタシはもう、容赦しまセン!」


 彼女の矢には【魔力付与】が乗せられているはずだ。当たった場所が腕とはいえ、革鎧を着た高階位の騎士を貫くとは、凄まじい威力が見て取れる。


【魔力付与】といえばもう一人。



「がっ!?」


 すでに笹見さんの腕を掴んでいた騎士の肩に白球がガツンと音を立てて直撃した。それに合わせて笹見さんが残り少なくなった『熱水球』を敵の顔に叩きつけ、拘束から逃れることに成功する。


「おいおい、怪我してるじゃないか。大丈夫かよ、お前ら」


 ミアと同じようにジェブリーさんたちカリハ隊の列から一歩前に出ているソイツは、やることをやってからうろたえていた。


 左腕を振り抜いた投球フォームから、つぎの球を投げるために体勢を戻しているのは、野球小僧で左のエース、【剛擲士】の海藤貴かいとうたかし

 ヤツのボールも【魔力付与】が追加されていたのだろう、明らかに当たった時のダメージが大きくなっているのがわかる。



「勇者、か。面倒、な、人質──」


 火傷だらけの顔を歪ませたヴァフターは、うろたえずに人質を確保しろと言いかけたのだろう。

 だが言葉の先は倉庫に響くパァンという炸裂音で遮られた。


 部屋全体にではない。あくまで一角、それも勇者とは反対側の石扉のあたりからの音だ。敵からしてみれば明らかに後方に何かが起こったと感じられたはず。

 それの証拠にヴァフターたちの注意が一瞬で後方に逸れる。


 カリハ隊に遮られていてどこにいるかは見えないが、誰がやったのかはクラス全員が理解していた。丸いメガネとおさげがトレードマークな文学少女、【騒術師】の白石碧しらいしあおいが使った【音術】の仕業だ。



「がっ!?」


 気を逸らした騎士のひとりが膝を抱えてうずくまる。


「笹見さん、ゴメン」


「うひゃあ!?」


 忽然と笹見さんの傍に登場したメガネ男子が、なんと、自分より背の高い彼女を抱え上げた。

 笹見さんがアネゴらしくない可愛い悲鳴を上げたのがなんともはや。【気配遮断】を使っていたのだろう、クラスが誇る斥候ニンジャ、【忍術士】の草間壮太くさまそうたは、笹見さんをお姫様抱っこしながら自陣へと走りだした。


「ほら、凪もしっかり掴まって」


「春、ありがと」


 いつの間にか俺の下から離れていた春さんが、綿原さんを脇に抱えて騎士たちのあいだをジグザグに縫うように駆け抜ける。こっちはお姫様扱いじゃないんだな。

 超スピードで反復横跳びをするような動きをする春さんを、敵の騎士たちは捉えることができていない。要所で【風術】も織り交ぜた疾走は安全地帯まで続いた。



「八津お前、なんでこんな怪我してんだよ」


田村たむら、悪い、自分でやった」


「なんなんだよ、バカじゃねえのか」


 盾を構えて俺の傍にやってきたのは、皮肉屋で小太りな測量仲間の【聖盾師】、田村仍一たむらじょういちだ。


「【聖術】と【造血】するぞ。いいな」


「ああ」


 言葉にすることで治療の意思をお互いハッキリさせるのは、魔術の効果を上げる。

 田村の場合、その時だけは優しげな顔つきになるのが面白い。医者の父親を尊敬しているなんて聞いたこともあるが、本当なんだろうと確信できるような、そんな表情だ。


「それじゃあ、治るまでは俺が守りかな」


 いちおう周囲に気を配っていた俺と田村だが、そこに頼もしい援軍が追加された。

 ちょいイケメンといった風貌だが、中身は俺と一緒のオタク野郎な【霧騎士】の古韮譲ふるにらゆずるは、大盾を構えて敵に威嚇の視線を送っている。

 俺にとってはクラスで初めてできた友人は、最高に頼もしいヤツだった。これで気配りもできるのだから、それだけでも俺からすれば立派なチーターだ。



「えい」


「っす」


 扉の方から小さな声がふたつ聞こえたかと思えば、天井に這わせるように広がっていた水が一斉に地べたに落ちて、数名の騎士を濡らした。そして体をビクリと震わせる。


 凍ってしまうギリギリ直前までの冷水を操っていたのは、ぼんやりアルビノ系薄幸少女、【氷術師】の深山雪乃みやまゆきの。そこに【雷術】を落として敵をスタンさせてみせたのは、深山みやまさんの相方で、デキるチャラ男の【雷術師】、藤永陽介ふじながようすけだ。

 相変わらず息はピッタリだな。


「がっ」


「ぐっ」


 痺れたせいで動きが悪くなった敵騎士にガンゴンと石がぶち当たる。ついでに海藤かいとうのボールも混じっているか。もちろんミアの矢も。

 ホーミングした複数の石を自在に操り、しっかりと敵にダメージを与えているのは、一年一組全員の弟、【石術師】の酒季夏樹さかきなつき。大人しい顔のわりにはえげつないことができてしまう男だ。


 遠距離攻撃組の連中、ハシュテルの時に比べて随分と開き直ったな。



 大混乱に陥っているヴァフター一味と対峙する自陣営では、クラスどころかアウローニヤの聖女と呼ばれるまでに存在感を増した【聖導師】の上杉美野里うえすぎみのりと、『御使い』の二つ名を持つ元気ロリっ娘な【奮術師】の奉谷鳴子ほうたにめいこが、綿原さんと笹見さんの怪我を治療しているのが見える。


「一年一組だけで前に出るのか?」


「ああ、俺たちでやらなきゃケジメにならない、ってな。みんなブチ切れてるんだ。俺も」


 呟く俺に、古韮ふるにらがふっと笑みを浮かべた。俺たちが捕まっているあいだに何があったのやら。


「どうしてそうなるのか、よくわからないんだけど」


「だから言ったろ、俺たちは仲間に手出しするヤツらを……、ハイそうですかとは、許せないなあ」


 そう言いのけた古韮はいつもと違って見えた。いや、クラスメイトの全員が。

 俺が二層に落ちた時とも、ハシュテルの襲撃を受けた時とも、それとも違う。もう一段違う、何か。



 いつの間にかジェブリーさんたちカリハ隊は左右の壁際にわかれ、入り口中央には一年一組が陣取っていた。

 委員長こと真面目系メガネ男子で【聖騎士】の藍城真あいしろまこと、ヤンキー系の風貌だが実は女子力の高い男子で【重騎士】の佩丘駿平はきおかしゅんぺい、寡黙で筋トレマニアな【岩騎士】の馬那昌一郎まなしょういちろう、そして大人しくて線が細いのにヤル時はヤル男、【風騎士】の野来孝則のきたかのり

 四人が大盾を構えていつでもチャージできる態勢を取っていた。


「ウチらの仲間を拉致って、怪我させて? タダで済ませるわけないっしょ」


 そんなヤツらの後方には、チャラい風貌、チャラい口調だけど、仲間想いの【裂鞭士】、疋朝顔ひきあさがおがムチをしならせ、いつでも中距離攻撃ができる構えだ。



「遠距離攻撃はストップ。切り込むわよ」


「相手は抜き身で【鋭刃】と【大剣】を使ってくるでしょう。意識して対応してください」


「弱っていても高階位。油断はしません、先生」


「いい顔ですね。わたしたちが先陣です。やりますよ、りんちゃん」


「はいっ!」


 整然と並んだ味方騎士の列の前に堂々と立つのはふたり。


 ひとりは盾を持たずに木刀をだらりとぶら下げた、黒髪ポニーの美少女サムライ、【豪剣士】の中宮凛なかみやりん

 もうひとりは俺たちの先生で、こちらは完全に無手に黒いフィンガーグローブだけを拳に装着した、ブラウンヘアーに伊達メガネが凛々しい空手家、【豪拳士】の滝沢昇子たきざわしょうこ先生。



 アウローニヤに呼ばれた最初の頃なら絶対に言わなかっただろうセリフを、先生は言った。


 さんざん魔術攻撃にさらされて、春さんの大暴れや、草間の一撃、ミアの矢や海藤のボールを食らったヴァフターたちは、確実に動きが悪くなっている。中には膝を突いて立ち上がれないでいる者まで。

 それでも敵は実剣を使う危険な騎士たちだ。向こうは明らかに劣勢で、もはや勇者を人質として生かしておこうとかそういう考えは吹っ飛んでいるかもしれない。それなのに、自分たちでやるのだと先生は言う。


 クラスメイトたちの力を信じて、前に出ると言ったのだ。



「いいのかよ。ヒルロッド」


「ケジメらしいよ。止められなかった」


 これ以上の大人数になれば身動きが取れなさそうな倉庫には、一年一組が勢ぞろいしている。


 そんなクラスメイトの列のうしろで、ジェブリーさんがヒルロッドさんを問い詰めていた。それはそうだろう、ジェブリーさんたちカリハ隊がいて、ヒルロッドさんがいるということはミームス隊だって来てくれているのかもしれない。彼らに任せておけばいいだけのことなのに、それでも一年一組は最前線に立っている。


「こういう状況なら術師が有効で、ついでに実戦経験も積めるのだそうだよ」


「マジかよ、いつの間にそんな度胸を据えたんだか」


 一層のネズミ相手に泣きべそをかいていた俺たちを知っているだけに、ジェブリーさんも思うところはあるのだろう。

 ましてや今回は人間相手だ。この国の貴族や騎士なら鼻で笑うかもしれないが、俺たちが人間と戦うという意味をヒルロッドさんたちは重く受け止めている。


「本気になって立ち向かうんだろう」


「相手はウチの団長だしなあ」


「違うよ」


「違う?」


「彼らはアウローニヤに……、いや、帝国にもそれ以外にも、全部に立ち向かう気でいる」


 さすがはヒルロッドさん、俺たちのコトをわかってくれているじゃないか。



「行きましょう」


「おう!」


 先生の掛け声の下、一年一組は前に出る。


「さて、治ったぞ。俺たちも混ざるぜ、八津よぉ」


「ああ」


 田村に肩を叩かれた俺は、前進を始めた集団に駆け寄った。


 とはいえ俺の定位置は、一番うしろなのがカッコつかないかな。


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