第411話 悲しい襲撃




「全体いったん停止してくれ! ミトラーさん、来てください」


 大声で俺が指示を出し、五台の荷車はゆっくりと速度を落として停止した。


「……またか」


「はい」


 ヘピーニム隊の斥候担当、ミトラーさんが駆け寄ってきて俺の指差した場所を見下ろす。


「ヤヅお前、こっちの道でも食っていけるぞ」


「故郷に帰ってから考えますよ。それより、どう思います?」


「……半刻も経っていないな」



 中宮さんの誕生会をやった翌日、『緑山』一行はザルカット領北部を通る細い道を東に向かって進んでいた。

 道は相変わらずだけど、綿原さんの砂や夏樹の集めた砂利をあらかじめ穴に埋め、隊列が通過してから回収して再利用するというリサイクル戦法と、なによりみんなの慣れが大きく、隊列はワリいいペースで進んでいると思う。


 夏樹の石は相変わらず三個までが限度なので、周りの連中が手に持って穴にブチ込んでいるのが実情だけど、回収の方は魔術前提だ。

 三個ずつだけど空中に舞い上げて荷車に落下するコースを確定させればそこで術を切り、つぎの石に取り掛かる。魔術のオンオフ、ターゲットの切り替えタイミングが絶妙なものだから、まるで十個くらいの石が一度に宙に飛んでいるように見えてしまう。魔術的ジャグリングってところだな。

 ひたすら石を操作することに熟達した夏樹だからこその技なんだろう。砂を一塊として扱う綿原さんとは、ひと味違う魔術の使い方だった。



 そういう道路事情は俺の領分ではないから、そちらは温かく見守るとして、こちらのお仕事はルートの確認と路面の把握だ。何度見ても地図の縮尺は滅茶苦茶で、どれくらい進めば目的地なのかは判別を付けにくいので、ひたすら目安で進むしかない。

 川を二本渡り、変な形をした岩もさっき見た。次の目印としてこの先にあるはずなのは、小さな村だ。


 そんな村の手前あたりで【観察】を使っていた俺は、妙な足跡を見つけてしまった。しかも二度目。

 早朝のうちにミトラーさんに習った技術がこんなに早く役立つなんて、と喜びたいところなのだけど、それが意味するところは面白くもなんともない。


「車輪の跡は無し。軍隊でもない。地元の猟師っていうのが一番ありそうなんだが……」


「さっきも半刻前って言ってましたよね」


 つい五分くらい前にも同じモノを俺は見つけていた。

 ミトラーさんの見立てでは、ここを歩いた人物はつい一時間くらい前に、道を横切り森に入っていっているらしい。言われてみれば、たしかにそういう足跡の並び方をしているのが俺にもわかる。

 鮮度については、まだまだわからないな。


 車輪の跡が無いなら行商人や軍は考えにくい。できれば猟師であってほしいのだけど、それ以外の可能性なんて……。


「賊商売の斥候にしては雑すぎる。駆け出しなのか、それとも……」


 ミトラーさんが続ける言葉で、嫌な予感が増幅されていく。



「シャルフォさん、すみませんけど方針お願いできますか」


 さすがにこの状況で一年一組の独自性とか言っている場合ではない。経験者か、少なくともそっち方面の知識を持っている人に頼る場面だ。

 ガラリエさんは近衛上がりなので屋外でのこういう出来事には慣れていない。野生のミアも捨てがたいが、ここはやっぱりシャルフォさんしかいないだろう。


「【気配察知】は何もなし。やっぱり射程がね」


 騎士に守られながら少し前を探っていた忍者な草間くさまが残念そうに戻ってきた。


 迷宮や部屋の中ならまだしも、屋外での【気配察知】は視界に比べて射程が短い。相手が百メートル以上距離を置けば無効化されてしまうレベルだ。

 俺の【観察】にしても対象が視界に入ればなんとかなるが、【視野拡大】と【視覚強化】【遠視】【集中力向上】を全部乗せしても全周の完全観察は無理だし、魔力が持たない。


 途切れ途切れにオンオフをしているからこそ、こうやって足跡を見つけることができたが、人影を見るところまでは至っていないのがもどかしい。

 思い付きで【魔力観察】も試してはいるが、風景の中で違う色の魔力も見当たらないし、魔力の使い損になっている有様だ。


 この辺りがアップダウンのある林の中で、道が曲がりくねっているのがやりにくいな。

 もしも相手に『土地勘』があるとしたら……。


「クサマさんを前に、ミトラーをうしろに置きましょう。ヤヅさんはこのまま中央で。【聴覚強化】と【視覚強化】を使える人を均等に、できれば事前に方角を決めて」


「はい」


 シャルフォさんの指示は、俺たちの考えていたことと大体同じだった。


 実績のある人の言葉と俺たちの想定が一致するなら全員が行動しやすい。事前の取り決めがそのまま通じるのは助かる。


「じゃあ僕は前に」


「了解でさあ」


 直ぐに草間とミトラーさんが動き始めた。

 斥候が板についた二人の行動が即座というのは気持ちいいな。頼もしい二人だよ。


「それと……、旗を三つに分けましょう。前と中央、うしろです。これ見よがしに」


「軍隊だって誇示するんですね」


「ええ。通じると助かるのですが」


 最後の言葉を苦々しげにこぼしたシャルフォさんの考えていることは、俺たちにも知識として伝わっている。


 こちらは美味しそうな荷車を五台も抱えてはいるが、四十人近い集団で、あからさまに国や軍を思わせる旗を掲げている。

 そんなのを相手に偵察紛いのことをしているのが真っ当な賊なら、余程の食い詰めでもない限り、まずこちらを襲うことはないだろう。


 だけどもし、相手が危険を冒してでも物資を求めていたり、そもそも旗の意味を正確に理解できていない輩だったとした場合。

 それはすなわち──。



「止めろっ、行くなっ」


「けどっ!」


 そんな声が聞こえてきたのは右側の森、俺の位置からだと、ちょっとうしろだった。


 片方は掠れて低く、もう一方は高い声。少なくともこの一行にいる誰でもない人間が発したものだ。


「ダメ。森相手だと距離も位置もムリっしょ」


 即座に反応してくれた【聴覚強化】持ちのひきさんだけど、あっという間に音を上げる。

 迷宮や王城のように音が反響してもオブジェクトが少ない場所に慣れた疋さんは、屋外の森という環境そのものに対して経験が浅い。


 ああもう。イタルトでベゼースさんにヤラれたのと同じパターンじゃないか。

 偶然でなければ相手は遠くからこっちの斥候が誰なのかを把握していて、この状況を利用してきた。


 なのに声を上げるというのが矛盾極まりないが、数秒の間があって俺の【観察】がやっと人影を捉えることに成功する。視認に成功すれば【聴覚強化】を持たない俺でも森をかき分ける音が聞こえるような、それくらいの至近距離まできてやっとだ。


 時折木や枝葉で視界が途切れがちであるが、大きいのと小さいのが森の中をこっちに向かって走ってきている。


「おじいさんと、子供!?」


【観察】が捉えた対象は、とても賊とは思えない二人だった。



「射るな!」


「ここまできたんだから仕方ないでしょ!」


 小柄な人影が走りながら弓を構え、じいさんの声を無視して前に出る。まさか攻撃してくる気なのか?


 視認できたタイミングで三十メートルくらいあった距離だが、賊というにはあまりに場違いな二人に虚を突かれた俺たちは、一瞬だけど見守る側になってしまった。そもそも俺以外が相手の正確な位置を掴みかねている。

 そんな数秒で距離を稼がれてしまい、たぶん少年なんだろう、その子供の矢は放たれてしまった。


 彼我の距離は二十メートルを切っていたけれど、勢いはない。森の中で取り回しができる短弓で、しかも階位が無いのか弓そのものが弱いのだろう。


「矢は一本。当たりません! 全員動かなくて大丈夫」


 真面目に軌道を予想するまでもなく、これは届かない。俺は声を大きくして、とりあえずは安全であることを伝える。


 案の定、その矢はこちらの誰かに届くでもなく、力尽きたように弱々しく道端に落下した。

 射た相手がどこにいるのか視認できていないメンバーも多く、俺の警告があったとはいえ、いきなり地面に現れた矢を見てぎょっとしている人もいる。



「射ったよぉ!」


 矢の行く先を見ることもせず、子供が叫ぶ。

 声の方向は、明らかに俺たちを相手にしたものではなかった。


「俺の指示に従えって言っただろうが! ばっかやろうがあ!」


 直後、罵声を上げたじいさんが子供をうしろから抱え込み、引きずるように森の奥へ戻ろうとする。


 追うべきかどうか、ここは俺の判断じゃない。


「シャルフォさんっ」


「追う必要はありません。様子見です」


 だよな。


 森から出てきた二人だけど、どう考えても囮だ。じいさんの方はそこそこの動きをしていたから、なおさらこちらから森に入るというのは無しになる。森に慣れた伏兵に鉢合わせとか考えたくもないが、たぶんその線は薄いんだろうな。


 あの二人、意見が一致していないような言動をしていたし、要は俺たちにつっかけるかどうかを判断しかねていたんだろう。

 で、子供の方が暴走した。



八津やづくん、前から人が来る。三十人くらい」


 状況から考えればあまりにもあからさまなタイミングで、前方で索敵を担当していた草間が叫ぶ。


 やはり横からの二人は囮で、俺たちが動揺したところを前方の部隊がなんとかするという算段だっんだろうけど、これはあまりに……。


「なに、あれ」


 俺の横で思わず声をこぼしてしまった気弱な文学少女の白石しらいしさんから見ても、アレは驚愕の光景なのだろう。


 曲がった道の向こうから現れた連中は薄汚れ、明らかにやせ細っていて、くわや鎌を持っただけの哀れな集団だったのだから。

 もはや賊というレベルにも達していない。


 たまたま食料を持つ集団が通過したものだから、思考停止で襲おうというだけの考えで、意味も無く武器を持ってしまった一団。

 そんなものを見てしまえば、敵意よりも先に哀れみが心を包んでしまうのは、やっぱり俺たちが日本人の感性を持っているからなのかな。


 いや、ガラリエさんやシャルフォさんたちの表情を見ればわかる。どうやらこの状況はアウローニヤの人にとっても悲惨であることに違いないようだ。



「白石さん。予定通りに投降呼びかけで」


 もはやシャルフォさんの判断を仰ぐまでもない。


「う、うん」


 真面目な白石さんのことだ、とっくにこの状況の持つ意味には気付いていたんだろう。

 だからこそ、目の前に現れた人々を見て、想像とのギャップに心を沈ませている。


「ひっ!?」


「うわっ」


「な、ななっ!」


 俺たちに襲い掛かるかどうかの決意すらまともにできていなかった連中の背後で、ドンという重たい音が数度響く。

 慌てて振り向く者もいれば、その場でうずくまる人もいる。


 もちろん【騒術師】白石さんの【音術】が行使されただけだ。


 こちらは騎士職たちをはじめとした面々が最前列に並び、さらには横にもうしろにも警戒を切らしていない。

 伏兵がいるとはとても思えないが、それでも万全の態勢は取らせてもらう。


『君が昔見た空は、赤くて遠くて、優しく呼ぶ声が──』


 畳みかけるようにと表現すると彼女に申し訳ないが、そのまま白石さんの【鎮静歌唱】が鳴り響く。


 くたびれ薄汚れた集団は、手にした武器とも言えない道具を取り落とし、その場に座り込むしかできなかった。



 ◇◇◇



「この老骨の首ひとつでなにとぞお許しを」


「俺も小僧を止めることができなかった。同罪だ。せめて女子供だけでも──」


 村の中央広場では、村人たちが全員地べたに頭をこすりつけ、その中でも村長らしき人と、猟師の親玉みたいなおじいさんが必死になって謝罪の言葉を繰り返していた。


 相手が五十人以上の集団とはいえ、大半は老人で、女性と子供が数名だけ。対してこちらは俺たちが若造ではあっても四十人近い、見た目は軍人。力の差は圧倒的だ。


 正直居たたまれない。


 俺たちを横合いから迫ってきた少年猟師の師匠らしいおじいさんは、左足が粗末な木製の義足だった。それでいてあの動きができていたということは、それなりの階位を持っているのかもしれない。

 矢を射てしまった子供は当初こそ不満そうだったが、命の危機だと怒鳴られてからは、下を向いて黙り込んでいる。


 この二人、襲撃隊が諦めた時点で自発的に森から出てきて、おじいさんの方が皆を説得し、こうして村まで案内してくれた。変に抵抗した方がマズいという判断をしたのかもしれない。

 自分だけで逃げることをせずこうしているのは、たぶん責任感と諦めなんだろう。



「……わたしは、第七近衛騎士団『緑山』団長のタキザワと申します」


 ため息を我慢しながらも、村人にもわかるように端折った部隊名を告げた滝沢たきざわ先生は、俺たちと同じくとても苦い表情になっている。


「やはりあの旗、近衛だったのか」


「あなたは……、名乗る必要はありませんので」


 こちらの正体を知り、さらに顔色を悪くした猟師のおじいさんが唖然としているが、先生はそこを追及する気はないようだ。

 むしろおじいさんの名前を知ることで、記録に残ってしまわないように配慮までしている。


「三十年前まで東方軍に所属して、いました」


「……ペルメールの乱ですか」


「はい」


 目の前で畏まっているおじいさんは、以前東方軍に所属していて、三十年前のペルメールの乱で片足を失ったらしい。

 それを機に小銭だけを土産に退役を言い渡されて、故郷の村で猟師として暮らしたいたのだとか。

 先生の気配りが伝わったのか、おじいさんは自分どころか所属部隊まで口にしなかった。


 そんなのがアウローニヤの実態だ。いや、ここ数年で悪くなる一方か。

 なにしろ胸糞の悪い話まで聞かされたのだから。


『十日ほど前に東方軍がやってきて、巡回に必要だとかで備蓄していた食料を──』


 村長が語った内容は、典型的な悪徳軍人の在り方だった。


 先生からしてみれば、こんな話を俺たちには聞かせたくはなかっただろう。

 それでもこの世界の現実を一年一組は共有しておかなければいけない。


 現実を知り、覚悟を据えてこの世界に立ち向かう必要があるのだから。



「我々第七近衛騎士団『緑山』と王都軍ヘピーニム隊は、王都より東方への物資輸送訓練中でした」


「ははっ、大変な失礼をっ」


 村長たちの言い分を一通り聞き終えたところで、先生はこちらの素性を明かにした。

 途端これまで以上に顔色を悪くした村長や猟師のおじいさんたちが這いつくばる。二人だけではない、この場の全員が。

 やっと場の空気を理解したのか、矢を射ってきた少年までもだ。


 ああ、本当にイヤな光景だな。こんなのは見たくなかった。


「では、今回の『訓練結果』についての総評を……、ヤヅ隊長から」


「はい」


 先生からのご指名を受けた俺は、勇気を出して跪く人たちの前に出る。


 茶番のスタートだ。



「本日は『輸送任務中における賊襲撃への対応訓練』に協力してくださり、ありがとうございます」


「なっ!?」


 俺の言葉に反応できたのは軍人上がりという猟師のおじいさんだけだった。ほかの人たちは意味がわからないという表情だな。


「みなさんとしても『この村を襲う賊への対処訓練』として、いちおうの成果はあったと思います」


「そんなのはなにも──」


「黙って聞いてろ、村長っ」


 続けた俺のセリフに村長がツッコミを入れてくるが、猟師さんが物理的に口を塞いで黙らせた。

 正直助かる。しばらくは黙って聞いていてほしいんだ。


「ですが、もう少し連携が取れていた方がいいと思います。とくに攪乱を担当したお二人は、意見を合わせてから行動することが重要でしょう」


 俺はなに偉そうなコトを言っているんだろうなあ。


「事前の偵察は見事でした。さすがは地元ですね。地形を把握されている強みでしょうか」


「……励みます」


 こちらの意図を察してくれた猟師さんが、最低限の合いの手を入れてくれる。


 ガラリエさんやシャルフォさんの報告書にも記載されることになる内容だ。

 概要は極端な拡大解釈でも、詳細では嘘を吐くつもりはない。あちらの偵察に判断を迷わされたのは事実だしな。


 野外での行動パターンとして、今後の課題にさせてもらおう。



「俺からは以上です。タキザワ男爵閣下」


「ご苦労様です、ヤヅ隊長」


 これで俺の出番は終了だ。


 あんまりに下手くそな俺の喋りに、こんな状況でも笑いそうになっている仲間もいるが、堪えろよ?

 あちらは命が危ない状況だって気付いているのだし、さすがにここで笑うのは俺じゃなくて相手に失礼だ。


 当たり前だけど、国軍どころか近衛騎士団に平民が攻撃を仕掛けたなんて、大問題だ。

 しかもこちらには男爵が二人と騎士爵が多数。国家反逆レベルの大罪人判定されてもおかしくない。


 それが理解できてしまった村長や猟師のおじいさんは、こちらの対応に涙を流しているくらいだ。

 ここで俺たちがホンモノのワルだったら、騙されたなバカめ、とかやるかもしれないが、いちおう俺たちは正義の勇者なので、ここはそういうムーブをさせてもらう。



「では、ワタハラ分隊長。彼らの協力に見合った報酬を」


「はい」


 珍しくサメを引っ込めたままの綿原わたはらさんが先生の言葉に動き出した。


 繰り返しになるが、いきなり剣を引き抜いて、これが貴様らへの報酬だ、とかいうネタではないぞ。



 ◇◇◇



 三時間後、あの村からさらに東に向かった俺たちは、本日宿泊予定の廃村に辿り着いていたのだけど、昨日と違ってテンションは低い。


「偽善、なのよね」


「知るかよ。たまたま困ってる村があったから施した。それ以上でも以下でもねえ」


 綿原さんの自虐に、皮肉屋の田村たむらが被せる。


 俺たちの引いてきた荷車は四台になっていた。

 予定外の行動ではない。道中にある村の状況次第で、こうすることは決めてあった。


「本当ならフェンタ領に全部持って行きたかったのに」


「いえ、わたしとしてもああするべきだったと納得しています」


 申し訳なさそうな綿原さんがサメをしょんぼりさせているが、ガラリエさんは微笑んで慰めの言葉をかける。


「勇者が二台でわたしが二台。予定通りですよ。アレはおまけですから」


 ガラリエさんが言うように、村に残した荷車に積み込んでいたのは予備として用意していた食料ばかりで、ワインなんかの嗜好品は含まれていない。

 当面を食つなぐにはちょっと量が足りていないだろうけど、【氷術師】の深山みやまさんが再冷凍したから、腐らせることにはならないはずだ。


「麦ももうすぐ刈り入れだって話だし、別口の輸送隊も来るだろうし」


 農家な息子の野来のきが複雑そうな表情で言っている内容は、建前だった。


 女王様がザルカット伯爵だけでなく北や西の大貴族に対し、備蓄を放出しろと命令を出してくれることにはなっている。これは本当だ。

 だからといってザルカット伯爵が素直に従い、あの村を守備範囲に入れるかどうかは微妙なところだろう。


 輸送を担うことになる東方軍がどこまで真面目に仕事をしてくれるのかも。


「勇者が通った村だって記録が残るんだ。伯爵とやらが手を抜いたなんて話になったら、あとで酷い目にあうだろうよ」


 捨て台詞みたいなコトを言う田村だけど、いつものツンデレモードとは違う。本来のヤツなら最後に優しさが入るのだけど、今回ばかりは悔しそうだ。


「間に合うといいんだけど」


「言っても始まらねえだろ。似たような村がどれだけあるかもわからねぇ」


 野来が心配そうにあの村のあった方角を振り返り、田村は相変わらずの不機嫌だ。



 もしも俺たちにチートがあれば、あの村で食料なんかを大放出して、再建を手伝って、なんてコトまで考えてしまう。

 そしてザルカット伯爵の手下が現れた時に、村の豊かさに驚くことになるのだ。辺境の寒村がいつの間にか、なんてな。


 だけど残念ながら一年一組は辺境系スローライフに対応するチートを持ち合わせていないし、そもそもそんな物語も望んでいない。


「身軽になったと考えて前向きで行きましょう。キャンプはどこにするの? 八津やづくん」


「だな。ミア、委員長、海藤かいとう馬那まな。付き合ってくれ」


 キリっと表情を切り替えた副委員長の中宮なかみやさんが皆に発破をかけて、それに従い俺たちは動き出す。


 王都を出発して今日で三日目。予定通りに行軍が進めば、明日にはガラリエさんの実家があるフェンタ領に到達できるはずだ。

 いろいろ思うところがあった今日一日だったけど、今の俺たちはやれるだけのコトをするしかない。


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