第342話 それはちょっといきなりでは
「五日後……、ですか。それはまた、思っていたより随分と」
多かれ少なかれのクラスメイトたちも似たようなものだ。ミアや
さておきだ、夕方というよりすでに夜の談話室には、なんともいえない空気が流れている。
わりとのんびり自由研究をしていた昼間のムードとは大違いだ。
「はい。三日前の時点で地方には知らせを送ってあります。一番の遠隔地、たとえばガラリエのご実家、フェンタ家でも本日には届いているかと」
シレっと言ってのけるアヴェステラさんだが、女王様が書類上即位したのは昨日の夕方だ。
三日前といえば俺たちが拉致から解放され、クーデターの決行日を伝えられたあたりか。コトを起こす前なのに地方領主たちに召集をかけるとか、どこまで思い切ったことをするのやら。
「元々陛下の即位に署名を入れていた諸侯については、いつであれ動ける態勢が指示されていました。ラハイド侯、というよりもベルサリア王姉殿下などは二日後には登城されることでしょう」
王国の北にあるラハイダラ迷宮を監督しているラハイド侯爵家は、女王様の姉にあたるベルサリア元第二王女が嫁いでいる。
事前に聞いていた話では強かな女傑といった感じの人で、先代アウローニヤの巫女でもあるらしい。
基本的に女王様の味方だが、クーデターが失敗していたら第三王女に与していたことを隠して中立派として動く予定だったとか。女王即位に賛同する署名が入った書類が流出したらどうする気だったのだろう。
なんとも不明な女王様とベルサリアというお人の関係だけど、アヴェステラさんたちから聞く限りでは仲良し姉妹ではあるらしい。すごく黒い仲の良さじゃないだろうか、それって。
表面上は仲がいいけど裏では、とかいう意味ではなく、二人でそろって悪の企みをしそうなという感じで。
「知らせを送ったって言いましたけど、内容はどうなんです? そもそも宰相派の人たちって来るんでしょうか」
「『王陛下がお隠れに』、ですね」
「うわあ。あれ? それ、王兄殿下……、第一王子の名前じゃないですよね」
「ええ。第三王女、リーサリット殿下の名義です」
委員長とアヴェステラさんの会話が物騒すぎて、クラスメイトたちが引き気味だ。
シシルノさんはとても良い笑顔になっていて、ヒルロッドさんは疲れた苦笑を浮かべている。
こういうところでズルいのが女王様だと思う。
こんな知らせが第三王女名義で届いたら、受け取った人はどう思うのだろう。
裏を考えないなんてことはあり得ない。考えて考えて、そして出した結論を女王様は逆手にとってイジるのだ。
今回ならば父親でもある王様の生死をボカしてみたりして、そういうのはどうなんだろう。
勇者の関与にしてもまたしかりで、俺たちが女王様を焚きつけたのか、逆に女王様から勇者に助太刀を望んだのかは不透明のまま。
『召喚の間』での決起を見た人たちなら勇者が第三王女に命じたように見えたかもだけど、帰ってきた場では勇者の助力でコトがなったように映っただろう。
あとで都合のいいように話をまとめるなり、相手によって真相を変えて伝えるなりをするようだが、いつかどこかで痛い目にあいそうで俺には怖い。
まあ女王様とアヴェステラさんのタッグなら、うまくやれてしまいそうな気もするのだけどな。それでもできれば嘘は少なめで、かつ穏便な結末を期待してしまうのは、俺がまだまだ子供だからなのだろうか。
『リーサリット陛下の戴冠式と勇者のお披露目、そして追放……、旅立ちを一日のあいだに行います。日取りは五日後を予定しています』
今回の話題は夕食後に談話室に移動したまったりムードの中、アヴェステラさんがそう切り出して始まった。
この場にいる面々は『緑山』のフルメンバー。一年一組二十二人と、アヴェステラさん、シシルノさん、ヒルロッドさん、アーケラさん、ベスティさん、そしてガラリエさんだ。
やはりこの人たちが勢ぞろいすると落ち着くなあという気分だったところで、こんな話題だ。動揺している自分は、どれだけ心の準備が甘かったのかと思い知らされた。
「五日後と設定したのは、みなさんの身の安全を優先した結果です。ご理解いただければ」
「それは……」
前置きとして黒い話も混じっていたが、アヴェステラさんの言うように女王様の真情はそこにあるようだ。
俺たちの安全。それを持ち出された委員長が言いよどんでしまうのも仕方がない。
「この度の騒動について、正確性が確保された情報が帝国に届くには十日以上がかかると見込まれています」
「それなら戻って来るのも合せて二十日以上、帝国側でも相談するとしたら、ひと月はかかるんじゃないですか?」
「そうですね……」
続けるアヴェステラさんの説明を聞いて、俺たちは首を傾げる。委員長が指折り数えるようにして帝国の動向を予想するが、そんなのは計算するまでもないくらいだ。
ならなぜこんなにも急ぐ必要があるのだろう、という思いが浮かばなくもない。
ひと月の猶予があれば、俺たち全員を十三階位にすることだって夢ではないのだけど。
それでも急ぐ必要があるとしたら。
「帝国の工作員や宰相派の残党が独自に動く可能性を否定できません。本国からの指示がないからこそ、読みにくいのです」
「その人たちは勝手に動いてでも手柄を欲しがる、ってことですか」
アヴェステラさんと委員長が会話をする中で、あえて出していない単語がある。
【聖導師】、【聖導術】、そして『聖女』。
俺たちも覚悟はしていた。
「さらには聖法国です。強硬手段として連絡に大河を使った場合、最短で四日。なにより、アウローニヤ教会内部のアゥサ派が直接動く可能性が……」
「そっちもあったんだよね。あっちもこっちもさあ」
アヴェステラさんの口から聖法国の名前まで出てきたところで、
迷宮で上杉さんが【聖導術】を使う時に軽く説明は受けていたが、もしかしたら帝国よりも聖法国の方がマズいかもしれない。
勇者の存在を誇示する聖法国アゥサがこれまで俺たちの存在を黙認していたのは、いちおうアウローニヤとは友好関係を結んでいるからだ。とはいえ帝国が勢力を伸ばしたお陰で、この国と聖法国を結ぶ連絡路が細くなってしまっているからこそ無事で済んでいる、というのが実情らしい。
ともに勇者を信奉する国として、聖法国アゥサとアウローニヤ王国は同じ教会、『勇者教』みたいなのを掲げている。それでも教会そのものが国みたいな聖法国と、法律で力を弱められているアウローニヤとでは宗教としての在り方はまったく異なるわけで、だからこそ俺たちに直接この国の教会が接触してくることはなかった。
そこで事情が一変する。聖女の存在が明らかになれば、アゥサはもちろんアウローニヤの教会、正確にはアウローニヤ教会内部にいる親アゥサ派までもが全く信用することができなくなるのだ。
「わたしがみなさんに謝罪したところで意味はないでしょうし、ひとりだけで犠牲になろうとも思いません。一年一組のみんなで決めたことですから」
「上杉……」
いつもの微笑みを隠して真面目顔になっている上杉さんは、最初から自分を生贄にするつもりはないようだ。感極まったように
「わたしの夢には『うえすぎ』で同窓会を開くというものがあります。
「いいなあ、それ。俺、二十歳になったらどんなことしてるかなあ」
「古韮くんならカッコいい大人になっているんじゃないでしょうか。普段からそうしたがっているのですし」
「ああ、ああ、そうだな」
なんか上杉さんが夢を語り出して、それに古韮が乗っかって、すごくいい話っぽくなっている。
いやまあ、実際に良い話だし、俺もその同窓会、出てみたいとは思うけど。
ただその、俺の【観察】が『飲み放題』っていうフレーズが出た瞬間に、先生の肩がビクっと動いたのを捉えてしまったのが、ちょっと……。
「アヴェステラさんのお話はわかりました。僕たちは女王陛下の判断に異を唱えません」
「ご理解くださり、感謝いたします」
「大袈裟ですよ」
軌道修正を図る委員長がアヴェステラさんに提案の了承を宣言した。
もちろん委員長は一度俺たちに視線を送って、賛否の確認をするのも忘れてはいない。
「いきなり五日後って言われたらさ~、覚悟はしてたけど、ちょっと寂しいかなぁ」
「そうね」
チャラ子な
対照的な二人だが、名残惜しいという感情は一緒なんだろう。
いつかはこうなるというのは女王様の計画を聞いた時から知らされていたし、覚悟だってしていたつもりだ。なにしろ俺たちの最終目標は山士幌への帰還なのだから、この国の人たちとお別れするのは当たり前のことなんだよな。
それでも、リアルな日数として提示されてしまうと。
「前向きにいこうよ。アウローニヤを出たら冒険者だよ。冒険者」
「だね。冒険者かあ」
湿っぽくなった空気を文系男子でオタな
「やっぱ冒険者だよな、
「そうは思うけど。古韮お前、切り替え早いな」
突如俺の肩に腕を乗せてきた古韮がチョイイケメンな顔でニカリと笑う。
ついに冒険者か。法律の関係でアウローニヤではお目にかかることのできなかった職業だ。
女王様が提示してくれた俺たちの採るべき選択肢のひとつが冒険者になること。
なにしろ罪を犯していない冒険者に対する不可侵は、多くの国が採用している方針だ。ただしアウローニヤを除く、というのがなんともはやだが、俺たちが向かう予定のペルメッダ侯国は冒険者の保護に前向きなことで有名な国でもある。
ペルメッダは帝国とも貿易でうまくやっているようだし、アウローニヤに居残って女王様の手伝いをしているよりは安全が確保されるというのがアヴェステラさんたちの見解だ。今さっき出てきた聖法国とはアウローニヤを挟んで東に反対側の国なので、距離を取ることもできる。
それにしてもだ、国籍と貴族の身分が無い方が安全で自由度が高いとか、勇者というのはなんなんだろう。俺たちはタンスを漁ったわけでもツボを割って歩いたわけでもないのに、酷い話もあったものだ。
「リーサリット陛下の治世において、勇者の存在が濃くなりすぎるのは望ましくありません」
アウローニヤを去ることになる寂しさと冒険者への希望とで、なんともいえない空気になった談話室に、なかなかキツいアヴェステラさんのセリフが響く。
勇者不要とも取れる言葉だけど、さてどう続くのかと耳を傾けるくらいに、俺たちはアヴェステラさんを信頼している。
ワザと毒っぽい単語を選んでセリフを組み立てたのだろうアヴェステラさんは、こちらの表情を伺うと、困ったような表情なってしまった。だったら最初から言わなければいいのに。
「勇者の威光は建国時にのみ輝くことが望ましいのです。そこからの
最後の方はもう途切れ途切れのセリフになってしまっている。
もはや自分の言っているコトが本質を突き、それが事実だとしても、アヴェステラさんの想いとしては嘘になってしまうのだろう。
そもそも女王様が離宮に現れた時のやり取りで、できることなら勇者にはアウローニヤに残っていて欲しい的なコトを言っていたのだから、いまさらすぎる言い訳だ。
「わかってますよ、アヴェステラさん。ありがとうございます」
だから委員長は素直に礼を言った。
「ミア、意味はわかってる?」
「もちろんデス。ここにいるアウローニヤの人たちは、ワタシたちを大事にしてくれてマス!」
「うん、そうだね」
委員長がミアに振れば、彼女はニカリと笑って核心を突いてみせる。委員長が爽やかに笑った。
会話で理解したというよりは、アヴェステラさんの表情から何かを感じたってところだろうか。
エルフセンスは侮れない。あえて問いかけた委員長も嬉しそうだ。
俺たちがアウローニヤを離れることは、一年一組のメリットになるだけではない。
王国にも得るものがあるのだから、勇者たちは安心して旅立てばいいと、アヴェステラさんはそう言っているのだ。
アヴェステラさんにしては、なんとも不器用なやり方だよな。バレバレになるのはわかっているはずなのに。
「初代の勇者はアウローニヤを建国して、旅立っていった。冒険者って職業はその時にはもう存在していたんだろ? 俺が勇者なら絶対になるよ、冒険者に」
「だよね!」
複雑そうな表情で固まったアヴェステラさんを放置して、古韮が明るく言い放つ。賛同の声を上げたのは野来だ。
「俺もそれしかないって思う」
せっかくなので俺も乗っておこう。
どう考えてもお約束展開だし、やっぱり異世界に来た以上、一度は冒険者というものに触れておきたいという思いがある。
異世界を楽しみたいという意味ではなく、これは必要に駆られてだからな。ちょっと嘘ついた。
「みなさんには本当に感謝しています」
「アヴェステラさん、気にしすぎだよー」
「ホウタニさん……」
俺たちの無理やりな持っていき方で再起動したアヴェステラさんが、改めて頭を下げた。
そこで元気に声を掛けるのは我らがバッファー、
「もういいじゃないですか。わたしたちは納得してます。女王様としても勇者がアウローニヤに居続けると困るんですよね? わたしたちと帝国、聖法国との板挟みで」
「……そのとおりです。ワタハラさん」
トドメとばかりのセリフを吐いたのは、堂々とサメを纏う
「女王様が王女様だった頃に決めてたことです。ご褒美に追放っていうお話が、どうして湿っぽくなるんですか」
「それは……、みなさんのお気持ちを置き去りでしたから」
強気モードな中宮さんと同じ方向でタメを張れる鮫使いさんは、不敵な笑顔で言葉を続ける。
対するアヴェステラさんは、らしくもなく引け腰だ。
「そもそも
ガンガン押していくような言葉遣いをしていた綿原さんの口調が、最後の最後で情けなくなってきた。
サメもちょっとしょんぼりモードになっている。どうしてそうなるかなあ。
結局、この場にいる全員がいきなりの別れ話……、これだと恋愛みたいだな。もとい、離別を悲しんでいるからこういう空気になってしまうんだ。
受け止めるしかないのにな。
「式典は五日後って話ですけど、迷宮に入る時間ってありますか?」
だから俺はアヴェステラさんに訊ねる。
昨日あれだけ迷宮で激闘を繰り広げたのに、それでもまただ。迷宮で暴れて階位を上げれば、心だってアガるはず。
「八津お前、迷宮をなんだと思ってるんだ?」
みんなも呆れ顔で俺を見るのは止めてくれ。
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