第341話 資料という名の自由研究




「あ、俺も出たっす、【魔力受領】」


 奉谷ほうたにさんに生えたともなれば、そのつぎにチェインしそうな相手として真っ先に出てくるのはチャラ男で【雷術師】の藤永ふじながなのだが、見事に期待に応えてしまった。


 これ以外にあり得るのは同じく魔力タンク系のアルビノ美少女な深山みやまさんと文学メガネ少女の白石しらいしさんだが、彼女たちには【魔力受領】は生えていない。

 後衛で比較的余裕だった深山さんと、むしろ【音術】で大活躍していた白石さんとでは、藤永との役割は違っている。前衛のうしろで硬い魔力タンクをやっていた藤永に生えるのは、当然だと思う。


「とはいえ取るのはまだ先か」


「なんか俺、吸血鬼みたいっすよね」


 状況を正確に把握できた古韮ふるにらがため息を吐けば、藤永も遠い目をしている。そういうの似合わないぞ、二人とも。


 今回【魔力受領】が生えた面々は、つぎに取るべき技能がほぼ固まっているメンバーばかりだ。とくに想定外のタイミングで【聖導術】を取った上杉うえすぎさんは、魔力がヤバい。【聖導術】の取得コストが、体感で【聖術】の倍だったというのを考えれば、現在九階位の彼女は十一、ヘタをしたら十二階位までは新技能を取るのは危険だと考えているようだ。


【魔力受領】はしばらく塩漬けの技能になるかもしれないな。



八津やづっち、他人事みたいになってるのはマズいっすよ」


「そうだぞ。まだ先だけど、誰かが【魔力受領】を取ったとして、対象はどうなる?」


 藤永と古韮の圧を感じて考えを巡らせてみれば、現状の魔力タンク以外で魔力源になるのって、俺しかいないことに気付く。役割が増えて嬉しいのと同時にすごく微妙な気持ちになるな、これ。

 だけど【魔力譲渡】を持っている連中は、全員が兼業だ。俺が指揮官役を担っているからといって、魔力供給係になれるのは、一年一組にとって悪いことではない。


「いやいや、わたしもだよ。ヤヅくん。一緒に皆の糧になろうじゃないか」


「表現がなんか微妙です。シシルノさん」


 そう、【魔力受領】があれば、能動的魔力タンク以外に受動的な魔力源が出来上がることになる。もちろん同意の上ではあるが、現状の『緑山』で対象となりうるのは俺かシシルノさんくらいのものだ。

 女王様がいれば喜んで役に立とうとするだろうけど、今後そんなことは起こり得ないだろうし。


 そんな風に言ってくれたシシルノさんとも、もう少し経てば──。



 ◇◇◇



「ほかにないなら報告書についてかな。アヴェステラさんはああ言ってくれたけど」


 上杉さんと田村たむらから始まった【魔力受領】騒動がひと段落したとみた藍城あいしろ委員長が、議事を進める。報告書、か。


「八津、綿原わたはらさん、ミア、佩丘はきおか海藤かいとう、どうかな?」


 委員長が俺たちに名指しで確認してくるのも、昨日があんなだったから仕方がない。

 名前が出てこない夏樹なつきの、変な方向での図太さが眩しいな。


 去り際にいつでもいいと言ってくれたアヴェステラさんは、今回のクーデターの報告書を俺たちに書かせた場合、どこかでトラウマスイッチが入るんじゃないかと気を使ってくれていた。


 時系列での出来事を羅列していくくらいなら問題はないと思うのだけど、そんなのは女王様ご本人がその目で見ている。その場合、何度も演説めいたことをした先生こそ、変な方向で自爆ボタンが設置されていそうな気もするのだ。俺たちのトラウマとはべつの形での地雷だ。


 それはさておき、一晩経ってみて、俺は意外と元気だ。



「ガラリエさんのお陰ですかね。うん、今のところ大丈夫です」


 俺が意識して気安く言ってみれば、当のガラリエさんは顔を赤くして、口をへの字にしてしまった。本気で感謝しているんだけど、悪いことをしただろうか。


「えー、わたしは?」


「ベスティさんもですよ」


 ついでにベスティさんからも感謝の言葉を求められてしまったが、俺の返事が軽いと思われたのか、ちょっとご機嫌が優れない。なんで俺はお姉さん二人に追い詰められているのだろう。


「俺、楽になったすよ。ベスティさんのお陰す」


「タカシはわかってるわねぇ」


 姉に弱い属性を持つ海藤が俺に成り代わり、ストレートに感謝を述べた。


 それを受け止めたベスティさんはとたんご機嫌の様子となる。

 ガラリエさんのむすくれ度がちょと上がったように【観察】できるのがアレなのだけど、海藤お前、アウローニヤのお姉さんたちにモテモテとか、すごいな。


「ワタシももう大丈夫デス。いつまでも引っ張ってなんていられまセン」


「わたしもよ。昨日の夜は、ありがとうございました」


 ミアが元気な声を出せば、綿原さんもサメを漂わせてそれに続く。二人とも、口調からは強がりを感じない。本当に克服してしまったかのように、普段通りに見える。


 ちなみに昨日の夜というのは女子部屋でのことで、シシルノさんたちが女子部屋に泊っていったのだ。すなわち今日のアウローニヤ組は、女子部屋で待機してから時間を見計らって登場してくれたことになる。どこまで気配りしてくれているのやら。


「あぁ、俺は最初っから気にしてねぇよ」


 最後にヤンキーな佩丘が吐き捨てるように言えば、これにて落ち込みメンバーへの確認は終了だった。

 佩丘のソレは、こういうのもツンデレと表現すべきなんだろうか。



「途中で気分が悪くなったりしたら、遠慮なく言ってほしいかな」


 俺たちの態度を見た委員長は心配そうではあるが、それでも前向きに話を進める。


「明日以降の予定は夕方にアヴェステラさんから教えてもらえることになっているし、それなら今日は報告書っていうか、課題を決めた資料を作れるところまで作るってことで。それでいいかな?」


「はーい!」


 委員長の言葉に全員が素直に賛同した。


 けっして俺たちは報告書を書くことが好きだというわけではない。俺もそうだし、たぶんほとんどの連中が面倒だとは思っているはずだ。

 ハウーズ救出事件があった時は気合を入れたけど、アレは逃げたハシュテルが悪い。


 けれども、報告書の重要さは義務としてだけではなく、自分たちの役に立つと実感している部分もあるのだ。

 復習とでもいうか、あとになってみんなの意見を取りまとめて清書してみれば、反省点がポコポコ浮かんでくる。そこから連鎖するように、改善点や新たな試みだって思いつくこともあるわけで。

 そういう感じで自分たちの強さになって還ってくるのが気持ちいいのだ。テストの点数とかじゃなく、まるでゲームの攻略方法を模索している気分になるんだよな。


 学校の授業で仕方なくやっていたようなコトと大した変わらないはずなのに、一年一組の連中と一緒に山士幌に戻るのだという目的があるだけで、感覚も大違いだ。


 日誌とか作文とかが苦手でも、ウチのクラスの場合は優秀な書記が中心になってくれて、手伝ってくれているのも大きいかもしれない。白石さんと野来には頭が上がらないな。



 で、委員長が言っている報告書ならぬ資料作りっていうのは、言い方を変えれば自由研究に近い。

 アウローニヤに呼ばれた当初からやってきたことだけど、最近では迷宮で起きた気になることを、テーマを作って資料としてまとめてみようという行いだ。もちろん最終的に報告書の体裁にはするけれど、好き勝手な資料がたくさんくっ付いた感じになるだろう。


 これが意外と楽しかったりするのだ。


「じゃあ僕の考えたテーマから。異論は受け付けるから、やりたいことがあったら言ってほしいかな」


「ういーっす!」


 どうやら委員長はこの展開を想定していて、自由研究のテーマまで用意しておいてくれたようだ。

 用意周到でなにより。


「もちろん上杉さんは【聖導術】だね。田村も一緒に【聖術】との違いと運用方法なんかを詳しく頼むよ。奉谷さんと深山さん、白石さんも【魔力譲渡】絡みで参加かな。『迷宮手術について』ってね」


「はい」


「おう」


「りょーかい!」


「わかった」


「うん」


 まずは今回の目玉になる【聖導術】と、それに絡めた手術についてまとめるように委員長は提案してきた。名前を呼ばれた五人が、各々返事をする。


 こういうところで委員長の立派だと思うところは、おおよその外枠だけを語って、残りは担当者に任せてしまうあたりだ。


「僕は騎士のみんなと一緒に隊列の見直しあたりかな。野来の動きが大きくなってきたし、それとほかの部隊と連携とかもだね。藤永も頼む」


「っす」


 だからといって委員長は上に座って成果が出来上がるのを待つなんてマネをしない。自分もどこかのグループに入って、まとめ役以外でもキチンと活動する。そういうところがズルいんだ。


「八津と夏樹は鍋の煮込み具合でいいかな? もちろん笹見ささみさんも」


 俺と夏樹、そして笹見さんは四層でやったジャガイモや大根の煮殺し作戦の検証を依頼された。柔らかグループこそが当事者だからな。


「八津には悪いけど、グループ以外でも気付いたこと全般も頼む」


「了解」


 で、俺の毎度の役割として、指揮官としてうしろから【観察】していて気づいたことを、グループに伝えることも命じられた。

 これについては俺だけじゃなく、気付けば誰でも好きなタイミングでべつグループに口を挟んでも構わないことになっている。あんまりバカな内容だと中宮さんや佩丘あたりがキレることもあるが、それもまたウチのクラスの風物詩みたいなものだ。


「綿原さんはミアと海藤と一緒に物資の損耗を確認してほしい。魔獣の戦闘との違いなんかがわかるといいけど」


「わかったわ」


「ラジャーデス」


「ああ」


 今回の迷宮ではみんなボコボコにされたからな。装備もそうだし消耗品のチェックも必要だ。

 これについては物品全般の面倒をみている綿原さんと、遠距離アタッカーのミアと海藤が確認を担当することになる。

 戦い方だけじゃなく装備の損耗という視点から、魔獣を相手にした時との違いを探るというのは面白い視点だ。


草間くさまひきさん、はるさんは、四層の魔獣の動きと速さ、それと『魔獣トラップ』のレポートを頼むよ」


「うん」


「へーい」


「おっけい」


 今回の迷宮で大活躍してくれた魔獣を誘引する形での対人戦だが、それだけに斥候組の役割は重要だった。次回からは女王様が同行しないから【魔力定着】は使えなくなるが、四層の魔獣についてのリアルな動きは絶対にまとめておく必要がある。

 それに『魔獣トラップ』については、女王様へのお土産にもなるだろう。彼女は立派に俺たちの仲間として戦ってくれたのだから、それについてはシッカリ記録しておかないと。


「先生と中宮さんは対人戦のまとめで。とくに十三階位以上とリアルで戦った経験をお願いします」


「はい」


「任せて」


 そして武術家の二人には、王国の高階位な騎士や兵士たちとの戦闘経験についてレポートしてもらう。

 俺の【観察】でも意見は言えるだろうけど、やっぱり『わかっている』人が得たモノをかみ砕いて教えてもらえるのは大きい。騎士組の報告も合せて、激闘を繰り広げた前衛の見たモノは、全員にフィードバックされるのだ。


 ここまでの割り振りで、ちゃっかり総長の落下シーンを見たメンバーを戦闘関連から外しているのも委員長らしい。佩丘だけが例外になるが、アイツの場合は気遣いが逆効果になるだろうからな。

 各人の性格まで織り込んで差配をするのが一年一組の委員長、藍城真あいしろまことというヤツだ。集団戦闘で指揮を執る俺とは違う形で、クラスを回す大切な存在。全然敵う気がしない



「ガラリエさんとベスティさんは本来の報告書の形式で、全体の流れをお願いします。付け加えて、迷宮内での要人警護、要は女王陛下の護衛について詳しくですね」


「わかりました」


「すっかりわたしたちも勘定に入ってるんだもんねぇ」


 さらに委員長は容赦なくアウローニヤ組にも声をかける。


 迷宮で起きた一連の事象なら、女王様の護衛をしながら全体を警戒していたメンバーが一番よく見えていただろう。役割を振られたガラリエさんとベスティさんも悪い気はしていないようだし。


「アーケラさんはどうしたいですか?」


「わたくしはそうですね……、装備の点検をお手伝いしましょう」


「お願いします」


 今回同行しなかったアーケラさんは、どうやら装備のチェックに参加してくれるようだ。煮込みに来るかと思ったんだけどな。


「シシルノさんは好きにどうぞ」


「もちろんさ」


 最後となったシシルノさんには、自由にしてもらう。もはや日常だし、こういう状況でシシルノさんがサボるなんていうのはあり得ない。むしろ俺なんかより精力的にグループを渡り歩くんだろうな。



「ほかにテーマがあれば、途中でもいいから言ってくれて構わないよ。じゃあいつも通りにやろう。口出しは喧嘩にならない程度でね。グループごとに発表者は好きに決めていいから」


 最初の頃こそ、俺などはこういうやり方で責任を負わされるのにビビってもいたが、失敗しても誰かがフォローを入れてくれるし、ヤジは飛んでもあざけりはないのが一年一組だ。

 むしろ俺の方こそ【観察者】や指揮官として茶々を入れるのが仕事みたいになっているくらいで、そこで返り討ちにあうことも多い。ワザと隙を見せているんじゃないかと思う時もあるほどだ。


 こういうムードになった以上、気合を入れて資料作りをしないと、発表で何を言われるかわかったものじゃない。


「さてはて、わたしはやはり【聖導術】からかな。頼むよ、ウエスギくん、タムラくん」


 取り決めがあるわけでもないのに勝手に持ち場に分かれていく俺たちの背に、シシルノさんの楽しげな声が聞こえてきた。



 ◇◇◇



「えい」


「どうだい?」


「こっちの方が、柔らかい、かな?」


「曖昧だねえ」


 条件を変えて煮込んだ大根に夏樹が包丁を入れ、輪切りを作っていく。熱とツッコミを入れるのは笹見さんの担当だ。


 談話室から出て、離宮の厨房では俺と夏樹と笹見さんが鍋と包丁を持ちながら議論を交わしている。


「八津くん【観察】と【目測】使ってるんでしょ? どうさ」


「どうって言われてもなあ。あとの方がちょっとだけ切れ味が良かったかな。けど太さも微妙に違うし」


 夏樹の矛先がこっちに来たけれど、俺は見た通りのコトを言うしかない。

 いくら【観察】が有能だからって、柔らかさまでは判定できないぞ。


「佩丘と美野里からさ、料理に使うんだからあんまり煮込みすぎるなって言われてるんだよねえ」


「おでん食べたくなるよね、これ」


「あたしはふろふき大根かな」


 いつの間にやら二人は料理談義に移行してしまっている。

 たしかにおでんもふろふき大根も食べたいけれど、毎度のごとく醤油とダシがだな。


 目の前に転がる食材、というか大根とジャガイモの魔獣はとっくに死んでいる。


 近衛騎士総長たちとの死闘で利用した魔獣トラップの忘れ形見がコレだ。一体だって俺たちはやっつけていない。全部総長たちベリィラント隊が倒してしまった。

 つまりここにある大根とジャガイモは、俺たちの勝利に大貢献してくれた恩獣ということになる。感謝しながら検証に付き合ってもらい、最後に食さなくては失礼となってしまうのだ。


「魔力が抜けてるから生でも切れるしねえ」


「組成は一緒なんだから、相対的に比較してみたらって委員長が言ってたけど」


 笹見さんが台無しなコトを言い、夏樹が取り成す。


 こいつら、死んで魔力が抜けてるから普通に切れるんだよな、包丁で。

 俺たちが検証しているのは、どんな茹で方をしたら、どれくらい柔らかくなるのかだ。

 実戦レベルで煮込み戦法を使うならば、最小限の時間と手間で成功させたい。やっつけ本番である程度は上手くいったが、それをさらに突き詰めるという寸法だ。せっかく素材があるのだし。


「せっかく委員長が気を使ってくれたんだから、がんばらないとだね」


「夏樹?」


 俺の顔を覗き込むようにした夏樹が、含みのあることを言い出した。

 気遣うって、総長を突き落とした件か?


「あー、八津くんわかってないのかあ」


「なにをだよ」


 したり顔な夏樹がニヤリと笑う。どんな笑顔でもカワイイよな、夏樹って。なんかズルいぞ。


「【鋭刃】だよ。僕と八津くん出てないからさ。だから委員長、コレを振ったんだと思うよ?」


「なるほど」


 本当に委員長がそこまで考えて、こういう割り振りをしたのかは不明だが、俺と夏樹が【鋭刃】を候補に出せていないのは現実だ。


 なにも迷宮の中だけでなく、地上でのふとした行動で技能が生えることはある。それこそさっきまで話題になっていた【魔力受領】なんかがまさにそうだし。

 だから包丁を使って四層の魔獣を切り分けるという作業にだって、意味はあるはず……、あるのだろうか。



「おいお前ら、そろそろ昼飯作るぞ。切ったの使うから、いったん談話室戻れや」


 そんな風に食材と格闘してアレコレしていたら、佩丘が乱入してきた。もうそんな時間だったのか。


「なに作るの?」


「肉を混ぜて適当に炒めるさ」


「へぇ」


 無邪気な夏樹とヤンキーな佩丘との対比は身長差もあって、大型犬と小型犬のじゃれ合いにも見えてしまう。しかも大型犬はいかついけれど中身は優しいときたものだ。


「笹見は残って手伝えや。上杉ももう来るぞ。夏樹と八津は出てけ」


「美味しく頼むね」


「期待してるよ」


「……おう、任せとけ」


 殺伐とした昨日とは打って変わって、妙に温かい時間が過ぎていく。佩丘の口調はガラが悪いのだけどな。


 さて、どんな昼食が出来上がるのやら。


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