第296話 ヤバい皇子
「あの……、宰相を捕まえたとして、王女様はどうするつもりなんですか?」
綺麗な顔を少しだけしかめながらそんな質問をしたのは、副委員長の
わかっていても俺たちが目を逸らしていた問題をここまで引っ張ってしまったのだ、いい加減確認をしておく必要がある。
なにせ事態は急変した。王女様はひと月を目途に王位簒奪を目論んでいたようだが、今の状況では三日後に決行と言われてもおかしくない。だからこそ、確認したい。したくないけど、それでもだ。
イザとなれば
今回のクーデターで重要となるターゲットは二種類。
王城に残る王族、つまり王様と第一王子。そして宰相派閥の主要メンバーの身柄の確保だ。
このうち王族は生かすと以前に聞いた。王様には表面上病死してもらうが、隔離することで話はついているし、第一王子も北のウニエラ公国に逃がすことになっている。
中宮さんが聞きたいのはそれ以外の連中の処遇だ。とくに宰相について。
「戦闘に関わる事象です、こちらの損害を減らし成功率を上げるためにも、決行時は『生死を問わず』、それが基本となります。ですがナカミヤ様が聞きたいのはその先ですね?」
ズバっと返してきた王女様の言葉に、中宮さんは無言で頷く。
「わたくしが密約を結ぶ帝国の第二皇子は、悪辣な知恵者です」
返ってきた王女様の発言はかなりの変化球だった。
はぐらかされたと感じたのか、中宮さんは黙ったままで面白くなさそうな顔をしている。
話題が明後日に飛んでいったが、これってもしかしたらアヴェステラさんが匂わせた件が絡んでくるのか?
「状況を楽しむ方、とでもいうのでしょうか。アウローニヤが墜ちることが確定した現状、わたくしがどれだけあがけるのかを眺めている節があるのです。わたくしと敵対する宰相の行動すら含めて」
「それはちょっと趣味が悪い、ですね」
あんまりな内容に中宮さんが低い声を漏らすが、俺も含めて周りも概ね同じようなものだ。
あからさまに表情を変えたのはシシルノさんくらいか。それも嬉しそうな方向に。本当にいい趣味をしているよ。趣味が話題になっただけに。
「帝国とのやり取りを続けている際にわかってきたのですが、宰相は当初、第二皇子にすり寄っていたようです。わたくしよりも先に。バルトロア侯はその手の機微に聡い者ですから。そうですね、アヴェステラ」
「はい。主戦論がまだ勢いを残していた五年以上前には、すでに接触を図っていたかと」
いちおうは宰相派の皮を被っていたアヴェステラさんが、王女様の振りに淡々と同意する。
五年も前から逃げる算段を立てていたというわけか、あの宰相め。しかもキチンと帝国内の勝ち馬を狙っている。
もっと前から帝国の内部を調査していたんだろうな。生き意地の汚いジジイというわけか。
「ですが第二皇子はわたくしを焚きつけて、それを楽しむようなお方です。およそ宰相もそれなりの条件を出されたのでしょう。ある時期から、勝ち目の薄い第三皇子とも接触を図るようになったようですね」
第二皇子にビビった宰相は第三皇子に鞍替えとまではいかなくても、両天秤を測りにいったと。
「その結果が第七皇子による勇者拉致未遂です。ヤヅ様とワタハラ様には申し訳ありませんが、ウエスギ様とササミ様を狙ったということ自体が、第三皇子側の思惑に合致するかと」
「こうして無事ですから」
「だねえ」
王女様から名前を出された
上杉さんは薄く微笑みながらも不動で、俺はといえば話に聞き入るばかりだ。
勇者っぽい肩書に期待する第三皇子……、というよりわかりやすい手柄が欲しい第七皇子は【聖導師】の上杉さんか【熱導師】の笹見さんを狙うのは自然だと思える。【聖騎士】の委員長がベストなのだろうけれど、前衛騎士職は暴れられたら困るからなあ。
それはわかるけれど、話が逸れていないだろうか。
さっきまでの話題は宰相を捕まえたとして、そのあとのコトだったのだけど。
「そんな第二皇子ですが、悪癖を持っているようで」
「うえぇ」
病弱腹黒軍師という段階ですでにヤバいキャラ付けをされている第二皇子だが、まだこの先があるのだと王女様は言う。思わずといった風に大人し系な
これ以上なにが出てくるのやら。
「第二皇子は専属の参謀集団のほかに『諮問団』という組織をお持ちなのです」
「諮問団?」
王女様の言った聞きなれない単語に中宮さんが問い返す。
諮問……、諮問会議なんてフレーズを聞いたことがあるような、ないような。
「帝国各地から集めた文官たちに意見を戦わせ、行動指針や細かな策の参考にするというものなのですが……」
話だけなら普通にいいことにも思えるのだが、王女様から伝わる雰囲気はよろしくない。
「そこには第二皇子に敗れた政敵や、攻め滅ぼした国の文官を積極的に集めているのです。諫言に耳を傾けることこそ上に立つ者の務めとはいえ、自ら進んで。しかもあえて奴隷のような扱いをしながら」
「それはさすがに、趣味が悪い、ですね。……まさか宰相を?」
「あちらからのご指名です。ほかにも数名ほど。わたくしが排斥したいと考えている者を、見事に理解されているようで」
王女様と委員長のやり取りに、周りはドン引きすることになった。シシルノさんを除くのは毎度だけど。
文官奴隷とでも言えばいいのだろうか。帝国各地というからには、当然併合した国の人間も含まれるわけで、恨みをもった者も多いだろう。そんな連中に政策問答をやらせる、と。
ふと古代モノのマンガとか小説とかで出てくる『剣闘士』なんていう単語が思い浮かぶ。奴隷が剣を持って命懸けで戦い、それを娯楽として楽しむ観客や偉い人たちが出てくるようなお話だ。
もしかしたらそれの文官バージョンという感じなのかもしれないな。観客は腹黒な第二皇子。
……趣味が悪すぎるだろう。論戦に負けたり、気に食わないコトを言ったらどうなるんだ?
「それって、将来のアウローニヤにとって都合の悪い作戦の出所とかになりませんか?」
「その時はその時、としか」
震える声で委員長が聞いても、王女様の返答はそれしかないという結論だった。
それもそうだろう、第三王女の立場とアウローニヤという国を保証してくれる相手だ、それくらいの要望に対してダメとは言えない。むしろ、王女様の政敵になるような連中を処分することができるという見方もできるくらいだ。リストが王女様にとって都合がいいというのも、第二皇子の狙い通りなのだろうし。
「どうやらバルトロア侯の生き様に興味を持たれたようです。わたくしにも同じく興味があるそうですが、さすがに王女に手を出すのは控えるようで、ならば『遊ばせてみよう』と考えたのかもしれません」
「そう、ですか」
どうやら王女様の身柄は無事っぽいが、それでも委員長は疲れ果てた表情だ。
生き様とやらで興味を持たれて奴隷扱いされるかもしれないなんて、俺たちとしては完全に敵判定している宰相だけど、これは本当にざまぁになるのだろうか。
正直に言えば、俺はべつに宰相を殺したいなどとは思っていない。
これまでの流れで敵対する羽目になったハシュテルやヴァフターにしても、視界に入らない場所で苦労してくれればそれでいい、くらいの感覚だ。できることなら一発ぶん殴ってやってからだけど。
けれどまあ、捕まえた宰相をアウローニヤ衰退における諸悪の根源みたいな扱いをして、仮に公開処刑をするとなれば、俺はその場にいたいとは絶対に思わない。クラス全員がそうだろう。俺たちが日本人だから。
となれば宰相やらが帝国で悲惨な目にあうのも見なかったことにするだけだ。うん、そうしよう。あまり想像を膨らませて鬱になる必要もない。
俺たちはがんばってクーデターの成功に協力し、あとは自由になるだけだ。
捕まえた敵対者は王女様に任せて、適当に……。
あれ? わかりやすい敵対者って、ほかにもいたような。すごくヤバいのがもうひとり。
◇◇◇
「総長さんはどうしマスか? ワタシとしてはブッチメたいデス」
黒くよどんだ空気の中、ミアが放ったセリフは鮮烈だった。
そうだよ、近衛騎士総長とかいう明らかな敵対者をどうするんだ?
そんなミアの言葉に、一部はなにをいまさらという顔で、もう一部は完全に忘れていたといった風情だ。俺は忘れていた側になる。武力方面ではすごく重要な敵キャラじゃないか。一時期はラスボス疑惑まであったというのに。
度胸と復讐に溢れるミアの言葉に、皆の視線が王女様に集中した。
「近衛騎士総長、ラペリート・ヘィグ・ベリィラント伯については、わたくしも考えあぐねている不確定要素です」
近衛騎士総長、たしかそんな名前だったな。
だけど考えあぐねるとか、王女様らしくない。熟考して、冷たい決断を出すことができるのが、目の前に座る第三王女のウリだ。勝つためにならワリと卑怯な手段もいとわない。
そういう点では話題の第二皇子ともお似合いだが、王女様の場合はちゃんとエサもくれるからなあ。
「わたくしに敵対することに間違いはありませんが、そこからの動きが難しいのです。通常ならば王陛下の守護に専念するのが筋なのですが」
「近衛騎士で一番偉いんですから、それが当然デス」
総長絡みで俄然やる気を出したミアが、王女様との会話を続ける。
そりゃまあ王様を守るのが仕事でなければ、なんなのかという肩書だ。逆にそれ以外にどんな動きがあるというのか。
まさか、逃げる? 宰相みたいに?
「これもまた前提になりますが、ベリィラント卿は完全な『抗戦派』で『第一王子派』です。これは今も揺らいでいません」
「ハイ?」
どうやらこの段階でミアは脱落のようだ。短かったな。
総長が王子派閥なんていうのは当然すぎていまさらだ。俺はまだ見ていないが、派閥関係の資料を読んでいたメンツは顔色一つ変わっていない。
ということは、総長は宰相と別行動を取るのか。
元々は『第三王女派』と対立するために協調路線を取っていた『第一王子派』と『宰相派』は、第一王子襲撃事件からこちら、分裂状態になっている。それどころか王子側から宰相に乗り換えるのがブームになっているくらいで、本気で王様と第一王子を支持しようなんていう勢力はそう多くはないらしい。腐ってるよな、この国。
別の国に逃げ出すか帝国に降るかは各々だが、『宰相派』は基本的に王様を利用するだけ利用してから見捨てようとしている連中の集まりだ。それに対して『第一王子派』は現状の既定路線、つまり第一王子を立太子させ、次世代を繋いでいくのを目指す勢力。つまり帝国が間近に迫っているのに現実が見えていないか、目を逸らしているか、はたまた敢然と立ち向かって散ってみせるか、という集まりになる。ワリと軍部にシンパが多いのだとか。つまりは『抗戦派』が含まれる。
こう考えると『宰相派』よりはいさぎ良さも感じるが、徴兵を推し進めて、そのための増税を提案したのはそもそも『第一王子派』で『宰相派』はそれを乗っかった形だ。実際にそういう制度を作った当時は先代王様の時代なので『王党派』と言ってもいいだろう。
なんていうのを、委員長や
ミアをはじめとした何名かが、滅茶苦茶苦手な授業を受けているような顔をしていたが、ウチのクラスはこういう部分での情報共有をシッカリすると決めてあるので仕方ない。
それでも得手不得手はみんながわかっているので、ある程度は見逃してもらえる優しさもあるぞ。理解出来なくてもいちおう付き合わせるが、得意分野で頑張ればいいのだ、と。
「近衛騎士総長は宰相を守るんじゃなくて、最後まで王様と王子様を守るってことですよね。一番手強い相手が」
「おおよそ……、そうなると思います」
ミアと交代し、こういうのに理解が早いオタクリーダーな
「別の可能性があるんですか? 逃げ出すとか」
「いえ、それはないでしょう」
なんともボヤけたやり取りをする古韮と王女様だったが、ならば懸念はなんなのだろう。
「王室区画、『黒い
王女様は古韮の疑問に真っすぐ答えず、王様と王子様をどうやって攻略するかを語り始めた。
名前が出てきたミームス隊の隊長たるヒルロッドさんも、夕食からはこの場にいる。昨日から動きっぱなしで、普段の疲れ顔が本気でヤバいことになっているが、一言も発さずに黙ってコトの成り行きを伺っているのが哀愁を誘うな。
ちなみにイトル隊は『蒼雷』団長のキャルシヤさんが率いる部隊で、ヘルベット隊は『紅天』団長さん直卒の部隊のことだ。近衛騎士団でも上澄み中の上澄み。全員が十三階位や十四階位で構成されている。
いくら近衛騎士総長が十六階位とはいえ、こちらには十分に攻略可能なメンバーが揃っているのだ。
「決行時の警備態勢については、問題を起こした『黄石』を外し、『紫心』と『蒼雷』が配置させます。そこに総長直卒、ベリィラント隊も」
王室区画の警備態勢にまで王女様は手を入れるようだ。
とはいえ、総長と第一近衛の『紫心』がいるのは当たり前で、第二の『白水』は宰相側だ。『白水』の扱いが、すでに近衛でもなんでもなくなっているな。
第四の『蒼雷』はキャルシヤさんが配置を操作するはずだから、普通にこちら側への寝返りがある。女性王族専属の『紅天』は王女様の手の内だから動くわけもない。
最大限に警戒しなければいけないのは近衛騎士総長本人と、その人が指揮するベリィラント隊くらいか。近衛最強部隊にして、アウローニヤ最高峰の戦力だ。
それでもほぼ万全だろう、これ。総長だって普通に倒せそうな配置だ。むしろ居場所が不確定な宰相を見つける方が面倒に思えるくらいに。
王女様がなにを心配しているのか、さっぱりだ。
「今回の計画を根底から頓挫させる、とてもわかりやすい方法があります」
「……まさかっ」
呟くように放たれた王女様の言葉に、古韮がビクリと体を震わせて反応する。
ああ、俺も気付いてしまった。そうか、まさかソレをやるのか。近衛騎士総長という人物は。
「反旗を翻したわたくしと、扇動した勇者を誅する。それですべてが片付くのです」
「でも王女様は俺たちと迷宮ですよね?」
決定的な表現で自らと俺たちの死を表現した王女様に、それでも古韮は震えた声で念を押した。
「はい。彼の者は、わたくしたちを追って迷宮に入ってくる可能性があります」
やっぱりラスボスじゃないか。しかも待ち受けているタイプじゃなく、追尾型の。
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