第293話 戦いのあとには朝ごはん
「明らかに相手の動きが鈍っていましたからね。みなさんのお陰です」
迷宮産の革ひもと鉄の鎖でヴァフターたちが次々と拘束されていく中、
自分だけの戦果ではない。クラスの全員が頑張ったからなのだと。
「
「はい!」
二層転落事故の時とは違い、先生に湿っぽさはなかった。むしろ独力で脱出してきた俺たち三人を誇らしげに思っているような口ぶりに、こちらも元気に返事をする。
あの時はあれで先生の暖かさが感じられて嬉しかったが、今回はなんだか一人前くらいには認めてもらえたような、そんなくすぐったい嬉しさがあるのだ。
それでも一部はベソをかいていたりしていて、その筆頭が笹見さんだったりするのが彼女らしい。
「ゴメンね、八津くん。僕がもっと」
「それはナシって話だろう。俺だって」
傍に寄って来たメガネニンジャの
草間は斥候として、馬那の場合は自衛官を目指しているという意識で、目の前で仲間を拐われたことを悔やんでいるのだろう。
「それを言ったら俺は【観察者】だよ。真っ先に捕まるなんて、大恥だ」
だから俺は、あえて笑って返してやるのだ。
「助けに来てくれるって、信じてたしな。どうやって『黄石』なんてわかったんだ?」
せっかくだし、軽い空気のままで疑問に思っていたことを聞いてみた。綿原さんもだったけど、俺も気になっていたんだよな。
「
「へえ」
馬那の答えは意外な名前の羅列だった。
田村や上杉さんはなんとなくわかるけど、深山さんや藤永までか。
「詳しく」
「それはあとでよ。離宮に戻ってから」
俄然興味が湧いてきた俺は、一年一組がここに辿り着いた経緯を教えてもらいたかったのだが、それは副委員長の
こんなゴタついた現場で話すことでもないのは、たしかに中宮さんのおっしゃる通りだな。
◇◇◇
アヴェステラさんの指示でヴァフターたちはどこかに連れていかれるようだが、それをしているのはジェブリーさんたちカリハ隊だ。
自分たちの団長を牢屋に閉じ込めるような作業をしなければならないジェブリーさんたちの表情は優れない。そりゃあそうだろう。
以前にあだ名の話題で盛り上がった時のヴァフターは豪放なおじさんという意味で、悪印象を抱けるような人ではなかったが、それがこの結果だ。政治やら派閥やらが個人の関係を壊す様を見てしまうと、どうしても気分が沈む。
「あれ? なんでアヴェステラさんが仕切ってるんだ?」
「王女様の名代なんだって。『黄石』が怪しいってわかったら、速攻で書類を取って来たんだ。走ったのはヒルロッドさんとベスティさんだけどね」
ふと浮かんだ俺の疑問に、草間がサクサクと答えてくれる。
クーデターの時にアヴェステラさんは王女様の名代をすることになっていたけれど、それがこんなタイミングになるとは。もちろん騒動が収まれば返納するのだろうけど。
なんか昨日から今日にかけて、激動すぎて心が落ち着かない。体が疲れ切っているのもあるのだろう。ああ、それにしても、腹が減った。
「ほれ」
「馬那?」
なんとなく感傷に浸っていたら、俺の目の前で馬那がしゃがんで背中を見せていた。
「乗れ。いいから」
これは俺をおぶってくれるという意味なんだろう。気持ちは有難いし、実際にクタクタだ。それでもなんとなく気恥ずかしさが……。
昨日の夕食は食べそこねたし、夜から朝にかけての激闘で体も精神もヤラれている。地上なせいで魔力の回復はギリギリだし、ついでに【聖術】と【造血】を掛けてもらったお陰で栄養が足りていない。
ダイレクトに表現すれば、俺は腹が減っている状態なのだ。
「理由もあるんだよ。アヴェステラさんの指示」
「そうだ。だから乗れ」
草間と馬那の圧に負けた俺は、【岩騎士】の背に乗ることになった。
ヤンキー【重騎士】の
近くでは中宮さんが綿原さんを、笹見さんはミアがおぶっているのが見える。
ミアと笹見さんの身長差が際立つ光景だけど、優しさ以外でこれにどういう意味があるのだろう。
「ほれ、これを被ってろ」
そこで馬那に『緑山』謹製の迷宮用マントをばさりと被せられた。笹見さんも綿原さんも。なんでだ?
これじゃあまるで荷物みたいで──。
「もしかして。隠そうってことか?」
「さてな。俺もここに来る途中で聞かされたから、理由は知らん」
「そっか」
寡黙な馬那に背負われたまま、俺は第五近衛騎士団『黄石』の本部から出ることになった。
◇◇◇
「お待たせしました」
料理長の
ようやく『緑山』の本拠地たる『水鳥の離宮』に戻って来た俺たちは、とりあえず朝食ということにした。
窓から入り込む陽の光は、すっかり朝だ。ヴァフターの魔の手から脱出したのが四時くらいだったから、今は七時といったところか。タイミングとしてはまさに朝飯の時間だな。
上杉さんと佩丘は、なんとお粥を作ってくれた。朝粥とは優雅な。
ガラリエさんとベスティさん、それといったん『灰羽』に行ったヒルロッドさんはまだ戻ってきていないが、悪いけれどお先に食べさせてもらうとしよう。
疲れ切っているせいもあって、誰かがごはんを作ってくれるというのが、本当にありがたいと実感させられる。
俺の向かいの席で白いサメを一匹だけ浮かべた綿原さんも嬉しそうだ。
魔力が危ないのに、それでも最低限のサメを作ってしまうあたりが彼女らしい。離宮に戻って【白砂鮫】に戻したけれど、今後【血鮫】はどうするつもりなのかな。使い分けができるかどうか。
「佩丘くんが頑張ってくれました」
「今日ばっかりは、消化にいいものだろ。いいから早く食おうぜ」
聖女な上杉さんがもてはやし、ヤンキーな佩丘はツンデレモードが全開だ。
全員の皿にお粥がよそわれていく。
「『やきじゃけ』もたくさんありますので、好きに食べてくださいね」
続いて大皿に焼き鮭を山積みにしたアーケラさんも登場した。朝からお粥と焼き鮭食べ放題だ。やったぜ。
「行き渡ったかな? では、いただきます」
「いただきまーす!」
「勇者が拉致された件については、流言も含め各所に伝わっているでしょう。捜索の手を広めるためにはどうしても必要でしたから」
食事をしながらになるけれど、アヴェステラさんがキリリとした表情で現状を説明してくれている。
お粥は鶏ガラスープと塩だけの薄い味付けで、それが優しく胃に納まっていく。具材は特になし。卵が貴重品なのと、梅干しが見つからないのが残念だ。
「救出に成功した事実は、今のところは伏せておこうというのが王女殿下のお考えです。とはいえ、ベスティたちが戻ってくるまでは確定ではありません」
もしも俺たちが本当に『黄石』に囚われていて、救出に成功したらという条件で、王女様はそれを秘密にするようにと指示を出していたらしい。
「なぜですか?」
「数日であれ勇者捜索という名目で王命を継続できるというのもあります。それだけで各所への侵入が楽になりますので。加えて、情報が混乱した方が、事実を知る人間が得をするというのもあるのでしょう」
委員長の問いかけに、アヴェステラさんが王女様の考えを代弁する。
たしかに今回の件で決着の場にいたのは、犯人のヴァフター一味を除けば『緑山』とミームス隊、カリハ隊だけになる。『黄石』の内部では大騒ぎになるだろうけれど、王女様が事件解決を公表しなければ一枚岩とはいえない反王女派を混乱させられるんじゃないかという狙いらしい。
ここで大きいのは、勇者が見つかっていなければ、王女様が『王命』を盾にしてかなり勝手に行動できるのだとか。そういうところが黒いお人だと思う。
この焼き鮭、薄い塩加減がいい感じだな。さすがはアーケラさんだ。それでも醤油と大根おろしが欲しくなるなあ。
アラウド迷宮にはいちおう『大根』が居るのだけど、四層の魔獣だから、現状では貴重な高級食材になってしまっているのだ。大根価格の高騰ってやつだな。
「それって宰相あたりに逆手に取られたりしませんか?」
「……あり得ます。相手の出方を想定しつつですが、一日か二日が限界でしょう。勇者の悪名に繋げるわけにはいきませんので」
「それは助かりますけど──」
などという委員長とアヴェステラさんによる政治のお話を聞きながら、食事の感想を心の中で呟く俺だが、みんなは昨日徹夜だったんだよな。あっちこっちで欠伸をしているヤツもいる。
捕まった三人は薬で眠らされていたから、疲れてはいるけれど、それほど眠くはないのだ。なんか申し訳ない。
睡眠不足でも動けるような技能ってあるのだろうか。アヴェステラさんの取っている【疲労回復】は効果がありそうだけど。
俺たちにも候補としては出ているから、本当に長時間迷宮で活動するなら、余裕ができればアリな技能なのかもしれないな。
なんてことを考えながら食事をできているのも、みんなが助けに来てくれたお陰だ。感謝してもしきれない。
◇◇◇
「そういう感じだったのね。すごいじゃない」
「まぁなあ。俺よりかは、上杉、
朝食が終わってもベスティさんたちは戻ってこず、だからといって寝て待つのも失礼かと思った俺たちは、場所を談話室に移動していた。
どうして『黄石』を疑ったのかという経緯を田村から聞かされたわけだが、綿原さんも目を輝かせて驚きの声を上げている。
ちょっとした推理モノっぽかったのがカッコいい。上杉さんが客の顔を憶えているというのも大したものだが、綿原さんもそうなんだよな。ヴァフターと一緒にいた騎士の顔を知っていたし。それぞれ小料理屋とコンビニの娘さんたちだからこその特技なのだろうか。俺なんかは【観察者】なのにさっぱりだ。
「でな、先生が決断したわけなんだが──」
そこからはこういう話を伝えるのが上手い
速攻で王女様から名代の紋所、というか書面を取り付けたアヴェステラさんと一緒になって、『緑山』は全員で『黄石』の本部に押し掛けた。ヒルロッドさんはダッシュでミームス隊を呼び出し、途中で合流したそうな。
クラスメイトたちが『黄石』に到着した直前には、たぶん宰相が通りかかっていたはずなので、もし出会っていたらどうなっていたのやら。午前四時くらいの時間帯に宰相府から遠い場所を徘徊するおじいちゃんとか、ちょっとしたホラーだぞ。
「ジェブリーさんたちが夜警で助かったぜ」
押しかけてみれば『黄石』本部の警備はジェブリーさんやヴェッツさんのカリハ隊が担当していた。
問題はそのあとだ。『黄石』には団長が一人、副長が二人いる。片方の副長は夜の迷宮を担当していて不在。ついでにもう一人の副長は夜間の城中警備任務中だった。平民騎士団だけに、そういうのを押し付けられやすいのが『黄石』の可哀想なところだな。
そこまでは予定どおりのシフトだから問題ではなかったのだが、肝心のヴァフター騎士団長の姿が見当たらない。これはおかしいということになった『緑山』はアヴェステラさんが強権を発動する形で、ジェブリーさんに『怪しい場所』、つまり隠し区画に案内しろと命令を下した。
その結果が、隠し区画に続く倉庫で、血まみれになっている俺たち三人と、そこに迫る『黄石』所属の騎士を発見してしまったというオチだ。
「『黄石』のバークマット団長、ファイベル隊の内、二分隊は捕縛されました。ですが──」
最後に現状をアヴェステラさんが説明してくれる。
今回の拉致事件に関わったとされる人物の内、捕まえられたのはヴァフター団長とファイベル隊所属の二分隊。マルライ・ファイベル隊長は捕まったわけだが、一分隊は行方不明のままだ。
今回は姿を見せなかったが、ヴァフター本人が隊長をしているバークマット隊の三分隊と、最初に俺たちを拐った王都軍所属になるパラスタ隊の三分隊もこれまた行方知れずらしい。合計七分隊が行方不明。
これは四十人以上の敵対戦力が潜伏していることを意味する。
この場にヒルロッドさんがいないのも、ミームス隊を引き連れて各所の捜索に当たっているからだ。
「パラスタ隊は王女派に属していました。本当に申し訳ありません」
「いえ、アヴェステラさんが悪いわけじゃなくって」
大問題になったのは、階段で俺たちを襲った人たち、パラスタ隊が『第三王女派』とされていたことだ。
アヴェステラさんが頭を下げるものだから俺が勝手に返事をしてしまったが、こういうのはクラスの誰もが責めたいなどとは考えないだろう。
悪いことをしたヤツが悪いだけの話だ。
「ほら、ジェブリーさんたちが仲間になってくれたことですし」
慌てて委員長もとりなしてくれる。
そう、ヴァフターから勝手にしろと言われていた『黄石』の騎士たちだが、今回の件を経てカリハ隊が王女様、というより勇者の味方になると明言してくれた。かなりなし崩し的だったが、一年一組の戦いっぷりを見て、思うところがあったらしい。
俺は助けられただけだけどな。
◇◇◇
「でねえ、八津がゆらっと立ち上がってさ、ブツブツ言いながら窓の方に歩き出したんだよ。あたしは驚くばっかりさ」
笹見さんが熱弁を振るっている。
「そっからが八津のすごかったとこでさ、ヴァフターを慌てさせるような演技がもう」
一年一組側の動きを聞き終わってからは、今度は俺たち拉致された三人がどうしていたかが話題になったのだ。そりゃあ聞かれるよな。
俺はもちろん、綿原さんもどこか気恥ずかしそうで、語りは笹見さんにお願いしたわけだが、ちょっと誇張が大きくないだろうか。
「マジかよ」
「すげーな、八津」
俺がガラスに頭突きを食らわせたというあたりで盛り上がりは最高潮に達した。
クラスメイトたちの俺に向ける視線が熱い。勘弁してくれ。
「錯乱したように見せかけてね、途中に日本語を混ぜて
ノリノリになってきた笹見さんが喋りまくる。
一か八かの賭けではあったが、あの時は血と水くらいしか思いつかなかったんだ。
「そういやその時、八津が面白いコトを言ってたんだよねえ」
そこで笹見さんの口元が怪しく歪んだ。
なにがどうした? すごく嫌な予感がするのだけど。
「『好きな子ができたのに』、だったかなぁ?」
「
「ぶはっ!?」
とんでもないセリフの直後、綿原さんのサメが笹見さんの顔に直撃した。手加減はしていたのか、煙幕みたいな使い方だな。アレは戦闘でも応用できるかもしれない。
……いやいやいや、ちょっと待て。俺ってそんなコトを言ったのか?
あの時は自分の世界に入りまくっていたから、適当に好き勝手なことを言っていた記憶はあるのだけど、マジで?
ああ、綿原さんが顔を真っ赤にしてこっちを睨んでいる。
なんかクラスメイトたちが俺を見てニヤニヤしてるし、どうするんだよ、これ。
「戻ったよー」
救いの女神はノックと同時に談話室に入って来たベスティさんとガラリエさんだった。
「王女様からの伝言、というかすっごく大事な話」
こっちの状況に頓着せず、ベスティさんはすかさず話を切り出した。横にいるガラリエさんは黙ったままだ。だが、顔色はよろしくない。
「宰相が姿をくらませたってさ」
ベスティさんが談話室に爆弾を放り込んでくれた。
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