第441話 一般人が迷宮に入るためには




「勇者が無国籍者として入国したという情報は得られていたのです」


 静かに微笑みながら説明という名のネタばらしを続ける組合の事務員、マクターナさんはどこか楽しげだ。


「念のために申しておきますが、『オース組』、アウローニヤ大使館、ペルメッダ侯爵家からもたらされたものではありません」


「そこは信じています。僕たちも隠そうとしていませんし、どこからでも見えますからね」


 情報源ではないとされた組織の内、この場にいる『オース組』の七名は苦笑いをしているが、そちらをチラ見した藍城あいしろ委員長はさも当然とばかりに返事をする。


 出かける時にはフードを被っていたとはいえ、俺たちみたいな高校生がお揃いの恰好で二十人以上で集団行動をしていたのだ。

 ましてやお上りさんモード丸出しだったと聞く先日のショッピングなんかは目にもついただろう。


 勇者出奔の情報を持つ人が知れば、簡単に結び付けられるよな。


「アウローニヤで新王が戴冠し、勇者が旅立ったと聞いた時は胸が躍りましたよ。組合も盛り上がったものです」


「そうなんですか?」


「それはもう。ペルメッダにも数多くの勇者伝説は残されていますからね」


 本当に嬉しそうにするマクターナさんは、もしかしたら勇者フリークだったりするのだろうか。


 この人が組合の中でどれくらいの地位にいる人かは知らないが、この感じだとペルマ冒険者組合の職員は、ほとんど全員が把握済みってところなんだろうな。

 ついでに『オース組』はさておき、有力な組なら知っていても不思議じゃなさそうだ。マクターナさんは言外にそれを教えてくれたと。


 わかってはいたものの、姿を現さずコソコソできるのなんてウチのクラスには忍者な草間くさまくらいしかいないので、どうしようもない。

 開き直って冒険者として活躍すれば、組合が守ってくれることになるのだから、そちらに力を入れるのみだ。



「では契約ですね。書面の確認は終了いたしました。ペルマ迷宮冒険者組合一等書記官、マクターナ・テルトが立ち会い、この契約が交わされたことを保証いたします」


 微笑みのままではあるが、マクターナさんがここまでで一番の真面目顔で宣言することで、どうやら契約は成立したらしい。

 スラスラと自分の名前を契約書にサインしていくのだけど、フルネームはそんななんだ。最初っからファーストネーム呼びなんだな。


 ちなみに『オース組』の人たちも、全員ファーストネームで呼んでいる。組長ですらだ。

 むしろ苗字で呼ばれる俺たちが異質なのかもしれないけれど、大人の人たちにいきなり下の名前で呼ばれるのって違和感があるからこうしている。


 ペルメッダでの例外はティア様くらいだ。アウローニヤではベスティさんくらいか。

 少ない理由は簡単で、同世代がいないから。いや、同世代でも名前呼びって難しいよなあ。



「支払いはこの場でよろしいですか?」


「はい。みんな、頼む」


 金の話が出てきたせいか、委員長が今日一番の硬い雰囲気を伴い返事をする。


 革袋に入れたペルマ貨をここまで運んできた古韮ふるにら佩丘はきおか馬那まな野来のきという騎士職メンバーがテーブルの上に手のひらより小さいくらいの大金貨を積んでいく。


「壮観ね」


「買い物でもやったんだよね?」


「枚数が違うわよ」


 いつもは対面だけど、今日は隣に座っていた綿原わたはらさんが小声で呟いた。


 たしか買い物では合計で八百万以上使ったという話だったけど、今回は二千二百万だからな。

 一枚十万ペルマに当たる大金貨が二百二十枚だ。眩しいくらいにキラキラした光景だ。


 腰の引けている俺たちを他所に、マクターナさんは慣れた手つきで一枚ずつ金貨を手にしては、すぐ脇に置かれた木箱に詰めていく。

 枚数と……、手つきからして重さの確認なんだろう。贋金対策ってところだろうか。


 流れるような手さばきで、次々と金貨がカウントされていく。



「たしかに受け取りました。全額組合の預かりということでよろしいでしょうか?」


「おう」


 金貨を数え終わったマクターナさんがナルハイト組長に視線を向けて確認を取る。


「では、証書はこちらになります」


 組長の返事を受けとったマクターナさんは、すでに用意されていたのだろう預かり証書らしき小ぶりの羊皮紙を手渡した。


 この手のお話に登場しがちではあるが、冒険者組合は銀行的な役割も担っている。


『証書で売買ができるんだから、相当信用があるんだろうね』


 古韮や野来から冒険者組合の説明を受けた委員長の言であるが、そういう見方もあるのか。


 たとえば今さっきナルハイト組長が受け取った証書の額面は、組合の取り分を差し引いた千七百六十万ペルマだ。大金だけど羊皮紙一枚。

 で、これが『おさつ』として使える。とはいえ、相手によって受け取る受け取らないがあるので、日本銀行券とは違うらしい。


 今回は金額が大きいからお札として使うかは判断できないが、十万から百万単位、つまり大金貨一枚から十枚クラスの買い物だとペルメッダの首都、ペルマ=タでは普通に流通しているのだとか。

 利便性については、ここまで運んできて、そして目の前に積み上げた金貨の山を見れば理解もできる。試しに俺も持たせてもらったけど、重たいもんなあ、金貨の詰まった袋。


『俺の頭にあるギルドの預金って、ギルドカードなんだよなあ』


 現実を聞かされ、そういう感想を述べてしまう古韮の気持ちも理解出来なくはない。


 俺の想像する冒険者ギルドへの預金って、ギルドカードに記録されて、どこの支部でも『出金』が可能なシステムであって、お札の代わりっていうのは違うんじゃないだろうか。

 また一つ俺の中での異世界常識が砕け散った。



 ◇◇◇



「それではみなさん、お気をつけて」


 契約と支払いが終わった俺たちが会議室を出て一階に降りたところで、マクターナさんが俺たちに向き直り、優しく笑ってくれた。


「はい」


「俺たちのことも心配してくれてもいいんだよ?」


 真っすぐ返事をする委員長と、チャラけた答え方な大剣持ちのフィスカーさんの対比である。


 金貨を入れた箱はどうやらそれ専用だったらしく、下に小さな車輪がついていた。ワゴンとか台車みたいなものだな。

 テーブルに置いてあったハンドベルをマクターナさんが鳴らしたら、男性職員が二人入室してきてゴロゴロと箱をどこかに運んで行ったのだけど、大金のやり取りがあると分かっていたから二階だったのかもしれない。


 ソツなく抜け目ない冒険者組合の手順は、なるほどこれが歴史と伝統かと思わせる何かを感じさせる。

 城の門を潜ってから一時間も経っていないのに、新たな知識がてんこ盛りだな。むしろ迷宮に入ってからの方が慣れているのが一年一組だし。



 マクターナさんが俺たちを見送る場所は、組合事務所の入り口から相対する壁のど真ん中にある、これまた開け放たれた大扉だ。

 ここから先が、まさにペルマ迷宮ということになるんだろう。


 とはいえ見た目はさっき通ってきた通路をスケールダウンさせただけだ。いや、天窓が無くなって、その代わりに壁のあちこちにオイルランプが設置されている。ついでに分かれ道も無い。

 薄暗くなったぶん、謎な雰囲気が漂う感じだ。


 五十メートル程先にある突き当りには、またも大扉があって、そこに迷宮一層への階段があるんだろう。


「そっちが大浴場だ。で、あっちの大きめの扉は素材搬入口だな」


 先頭を『黒剣隊』に任せ、一年一組の真ん中あたりに陣取ったナルハイト組長があちこちを指差しながら短い通路にある施設を紹介してくれる。


 風呂もいいとして、素材窓口か、胸が熱くなるな。

 大量の素材を持ち込まれて驚いた職員さんが──。


「窓口に並べるな。奥だ。奥に入ってから出せ」


「容量無限大のマジックバックだとっ!?」


 アホな軽口を叩く古韮のセリフに、俺も合せておく。お約束は大切にしないと。


「お前ら、なに言ってるんだ?」


「いえ、故郷の話です」


「そうか……。早く帰れると、いいな」


 ツッコミを入れてきた組長に薄く笑いを浮かべた俺が返事をしたけど、何か妙な方向で勘違いさせてしまったかもしれない。

 本当に故郷の『お話』なんだけど。


「何してるのよ、八津やづくん」


「ゴメン、なんかアガっちゃって」


 すぐ前を歩く綿原さんから注意されるが、テンションがな。それと……。


「で、どう?」


「大丈夫、今のところ。【平静】すら使わなくても、イケてる」


「そ」


 俺自身だけでなく、一年一組全員の杞憂が一つ残されているんだ。


 朝のラッシュ時間を過ぎているのもあって行き交う人は多くない。

 そんな短い通路を歩く俺たちは、あえて明るく振る舞いながら前に進む。進まなくてはいけない。



 ◇◇◇



「着いたぞ。ここからこそがペルマ迷宮だ」


 大剣のフィスカーさんが、俺たちに振り返り両手を広げてみせた。


 大扉を抜けた先にあったのは、アラウド迷宮の『召喚の間』より少し小さい空間と、その先でぽっかりと口を開けている下り階段だ。

 やはりというか予想どおりというか、床材は迷宮なんだろうな、これ。色合いがアラウド迷宮と一緒だし。


 階段の面を除く左右の壁にはそれぞれ複数の扉があって、明り取りの窓は無い。それでも通路よりたくさん置かれたランプの灯りで薄暗いという感じではなかった。高い天井と相まって神秘的な雰囲気がある。

 アラウド迷宮とはまた違う、それでもやっぱり迷宮の空気を纏った場所だ。


「あんたらか。今日は引率かい?」


「ああ。そっちも警備をご苦労さんだ」


「なあに、これも仕事だ。お互い様にな」


 ここにも衛兵が五人いるけど、階段を遮ってはいない。むしろ俺たちを目にとめて、応対しているフィスカーさんともフレンドリーな態度で接しているくらいだ。



「じゃあ『入宮確認』だ。署名を頼む」


「おう」


 衛兵さんが階段のすぐ手前に置かれた小さなテーブルに乗った紙束を指し示し、まずはナルハイト組長が真っ先に名前を書き込んでいく。


 入る時に署名して、帰る時にもまた署名。冒険者組合の方にも契約書と一緒に計画書という形で書類を渡しているので、こちらは本当に名前だけだ。

 もしも計画書に書かれた『出宮時間』を大きく過ぎれば、事故があったと判定されるという寸法だな。


 アラウド迷宮でも似たようなやり取りはあったが、ペルマ迷宮もまたしっかりしている。


「ところでなんだそりゃ。階段前から魔術とは、穏やかじゃないな」


「すみません。攻撃の意図はありませんし、規則に違反はしていないと思います」


 ひとりの衛兵さんがソレを見とがめ、張本人の綿原さんが、らしくもなくやや硬い態度で返事をした。


 今、俺の右には白いサメが浮かび、左には一個の石が浮かんでいるのだ。


「そりゃあそうだが」


「実はですね、俺って前回の迷宮で怖い目に遭ったんです。それで二人は励まそうとしてくれてて」


 さすがに訝しげになった衛兵さんに、慌てた俺が説明に回る。こんな場所で悪印象を与える必要なんて欠片もない。


「魔術で励まされるってのはわからんが、大変だったんだな。大丈夫そうか?」


「はいっ。ありがとうございます」


 俺の言葉を聞いた衛兵さんは、首を傾げつつも励ましの言葉をくれた。良い人じゃないか。



 事前に『オース組』には事情を話していたが、所謂『迷宮恐怖症』というのは実際に存在している単語だ。


 俺のように迷宮で影を見たなんていうケースはあり得ないにしろ、大怪我を負ったり、仲間の死を経験することで精神的にヤラれてしまい、そのまま迷宮に入ることができなくなる病気。入り口で足が動かなくなったり、吐き気を催すなんてこともあるらしい。

 時間をかければ、もしくは無理やり引きずり込めば治るというケースもあるらしいが、それは人それぞれだ。理屈上【聖術】では治療できない精神病だな。


 逆に仲間の仇を討つかのように、狂ったように魔獣に挑みかかるような人もいるそうだけど、そっちはむしろ迷宮に入るのを止められてしまう。


 そんな人たちの中には、遺品なんかを懐に入れることで症状が収まるなんていうコトもあるらしい。

 俺の場合は綿原さんのサメと親友たる夏樹なつきの石が精神安定剤だな。


 衛兵さんもそういうのを知っているのだろう、だからこうして痛ましそうに俺を見てくれている。



「八津、どうだ」


「今のところは大丈夫。【平静】切った……。問題ない、イケる」


「【治癒識別】は……、問題無しだな。顔色も大丈夫。汗は? 動悸は?」


「そっちも大丈夫、不思議だな。むしろ高揚してるかも」


「はっ、迷宮ジャンキーかよ」


 確認の当初こそ大真面目な顔で俺の肩に手を置いて医者モードに入っていたお坊ちゃんの田村たむらが、最後の言葉で笑い顔になった。

 うん、田村が笑うってことは、俺に問題ないってか。どんなバロメーターなのやら。


「やったね」


「へっ、しょぼいコト言ったら引きずり込んでやるとこだったぜ」


「八津っち、よかったっすねえ」


「俺は心配してなかったけどな」


 そんな様子にクラスメイトたちが口々に喜びの声を上げてくれる。


 視界の端では心底ホッとしたように、滝沢たきざわ先生が目を閉じるのが映った。

 大丈夫ですよ、先生。クラスのみんなが一緒なら、俺はどこにだって行けるはずだから。


「様子を見ながら、ね」


「ああ。頼むよバディ」


「もちろんよ」


 俺の頭の上をサメがくるりと周回する。だから俺はメガネな相棒の瞳を見て笑うのだ。


 付け加えるなら、今回の迷宮では余程のイレギュラーがない限り【魔力観察】は使わない。

 そもそも俺が【魔力観察】という技能を持っているのは秘密だし、二層程度で使う理由もないからな。もちろん俺がパニックに陥る可能性を考慮してというのが最大の要因ではあるし、一年一組だけで迷宮に入る機会を待って、最初は一層の安全そうな場所で試すことになるだろう。



「大丈夫そうでなによりだ。ここでヤヅに脱落されたら、儲けもパアだった」


「先払いしたじゃないですか。フィスカーさん」


「気分の問題ってヤツだよ。仕事ってのはそういうもんだ」


 俺の様子を窺っていたフィスカーさんも、無事を悟って軽口で話しかけてくれた。


 気持ちのいい仕事か。うん、職業冒険者って感じでカッコいいな。大剣使いといい、フィスカーさんには冒険者のカッコ良さが詰まっている。


「署名終わったな? じゃあ『黒剣隊』が先導だ。お前たちは自分たちで決めた隊列で頼む」


「はい!」


 あえて気軽に、そして勇者という単語を出さずにフィスカーさんは階段に踏み込んだ。



 ◇◇◇



「『迷宮のしおり』、か」


「組長、これは中々大したものですよ」


「そうなのか? 俺はこういう手管はよ、先人の背中から盗むものだと思っていたからなあ」


 ペルマ迷宮一層へ向かう階段の途中で、微妙に物騒な会話をしているのはナルハイト組長と『黒剣隊』のリーダー、フィスカーさんだ。


 材料になっているのは俺たちが手渡した『迷宮のしおり』。総じて判定すれば、組長はネガティブでフィスカーさんはポジティブといったところかな。



 階段に入っても俺の体調に問題はなく、だからといって気を張り続けるのもおかしいだろうということで、会話のネタとして持ち出した『迷宮のしおり』なのだけど、手放しで大絶賛とはならなかった。


「組長は固いんですって」


「俺が年寄りだって言いたいのか?」


「そうじゃなくって」


 短槍使いのシェリエンさんがからかうような口調をするものだから、組長もどこかムキになっているようにも見える。

 大丈夫なのかな、これ。


「あの、ナルハイト組長」


「ん? なんだ」


 微妙な空気になっているところで声を上げたのは綿原さんだった。


 隊列の中央辺りを歩く俺の傍にサメを残し、自身は少し前に出て組長の横に並ぶ。


「コレはわたしたちが自分自身のために作ったものです」


「おう。俺はそこまで否定する気はないぞ」


 孫娘くらいの世代な女子からの物憂げな語り掛けに、ナルハイト組長がバツの悪そうな顔になっている。狙ってるのかな、綿原さんは。

 ロリっ娘な奉谷ほうたにさんに出張ってもらうパターンもあるけど、それだと破壊力が高すぎで組長が本気で落ち込んでいたかもしれない。


 さておき、大切なのはここからだ。


「そこでなんですけど、冒険者組合としてこういうのを作られるとマズいってありますか?」


「まさか売り出そうとか言い出さねえだろうな?」


「そんなことはしません。そうじゃなくって、さっき組長さんが思ったようなコト、組合ならどうなのかって」


 一年一組として確認しておきたいのはこの点だった。


 冒険者組合というのは『独占的』で『排他的』な組織だ。

 迷宮に関する仕事全般に対して強い発言力を持ち、その声は国すら動かしてしまう。たとえば国軍による素材回収は最小限に抑えるように願い出てみたり、レベリング事業もトラブルになりそうな貴族相手以外は、なるべく組合で引き受けようとする。

 一般人同士のレベリングなどはもっての外で、そもそも『水汲み』以外の一般人が単独で迷宮に入るのは許されていない。


 そう仕向けているのは国の方針ではなく、冒険者組合の意向だ。


 それを成さしめているのが冒険者という強者たちの力であり、迷宮から素材を持ち帰るという国の経済に直結する立場だろう。電気会社が国を脅すようなものだな。あまり聞かないけれどストライキとかってヤツ。父さんからは昔は年に一度くらい学校が休みになったり、バスが止まったりしたとか、ちょっと想像が追い付かない逸話を聞いたことがある。


 ストライキがこちらの世界にあるかは知らないが、国と冒険者組合は並び立ち、お互いを牽制し合うことで民が富むという構図を作り上げているのだ。



 そんなところに迷宮攻略のノウハウを詰め込んだ冊子が現れたらどうなるか。


 事実であるし誓って問題ないが、現状のしおりは冒険者や冒険者組合とは無関係だ。

 アウローニヤに現れた『王家の客人』が作り、第七近衛騎士団『緑山』が育ててきた代物。コレを咎めることなど法律はもちろん、スジとしても無理があるだろう。


 だけど俺たちが冒険者となってから、迷宮のしおりをバージョンアップさせたとしたら、組合はどういう反応をしてくるか。

 そこには新たに冒険者のノウハウが書き込まれてしまうのだから。


 これは委員長の意見だが、組合という独占的で排他的な組織は変革を嫌うかもしれないという。

 実際、目の前にいるナルハイト組長は感性でしおりを良しとはしなかった。組長と同世代以上が多いだろう組合上層部も似たような感じになるのではないか、そして俺たちに対し罰こそ下さないものの、否定的態度を取るのではないか。


 こういうのは理屈じゃない。感情ですら悪影響が出るようなマネは、俺たちだってしたくないんだ。


 綿原さんはそんな危惧をリアルにあり得ると感じ、今この場で確認をしたのだろう。



「……そうだな。お前らだけが使う分には、それは冒険者個人の努力だ。文句は出ないだろう。だが、アウローニヤに流したり、ウチの侯爵家に渡すのは、どうなんだろうな」


 少し考えた組長から出た言葉は、スメスタさんやティア様にしおりを渡すことに否定的な内容だった。


 とはいえ、現時点ではセーフだ。セーフだよな?


「わたしたちはコレをスメスタさんやリンパッティア様と一緒に作りました。まだ冒険者でもないわたしたちのしたことです、問題ないですよね?」


 咄嗟に俺が思いついたコトなど綿原さんの頭の回転ならばすぐに辿り着く。すかさず確認を取る彼女の口調には悲しみが混じっていた。

 それって半分以上演技だろ。綿原さんはこんなことで悲しそうにはしない。俺は知っているぞ。


「まあ、そうだろうな。うん、問題ないだろう。だから、な、そんな顔すんなよ、ワタハラ」


「……はい」


 だけどナルハイト組長にはクリティカルだったようだ。

 お爺ちゃん嫌いと言われたらどうなるかという光景が、迷宮の階段で展開されるとはな。



「あのさ、ソレ、組合の上の方に見せてみたら? 話のわかりそうな人がいるじゃない」


 そんな微妙な空気の中に割り込んできたのは黒髪のシェリエンさんだった。


「話のわかる人、ですか」


「会ったばっかりでしょ。マクターナさん。一等書記官って結構偉いんだよ?」


 聞き返した綿原さんに、シェリエンさんはニヤリと笑って答えてみせた。


 知ってるぞ俺は。冒険者ギルドの受付嬢が、実は大物だったっていうパターンだ。受付してたわけじゃないけどな。

 マクターナさんが実はギルドマスター、通称ギルマスでしたっていう展開すらバッチコイだったくらいだぜ。


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