第72話 勇ある者たち




「今回の事故について、みなさんに一切の咎はありません。迷宮において、不慮の事故はいつでも起こりうるものですから」


 冷静な表情をピクリとも動かさないまま、アヴェステラさんはそう言い切った。


 座学の時間は昨日一昨日にかけて起こった迷宮事故の議論に使われている。

 場所はいつもどおり『水鳥の離宮』、俺たちの居住区にある談話室。出席しているのはクラス全員と王国側はアヴェステラさん、シシルノさん、ヒルロッドさんにメイドさんが三人といういつものメンバーだ。

『黄石』のジェブリーさんやヴェッツさんは来ていない。離宮への出入制限、その辺りは本当に徹底していると思う。


 結論としては罠にかかって二層に落ちた四名と、ゴリ押しで捜索、救出に志願して実際に行動してしまった十八名、一年一組合計二十二名にお咎めは無しということで落ち着いた。



「経過について、君たちが知らないだろう部分を簡単に説明しておこう」


 事件解決に近衛騎士が活躍していたからか、ヒルロッドさんが引き継ぐ形で状況説明を始めた。いつにも増しておつかれ顔だけど、寝ていないのかもしれない。


「王城警護を手薄にするわけにはいかなかった。よって救出活動を行えたのは『黄石』から五分隊、『灰羽』から三分隊。王都駐留の第一軍から──」


 なんだかんだで、なんと二百名近くの人が動いてくれたらしい。この数には『運び屋』の人たちは含まれていないので、現実にはもっとたくさん。

 驚きなのは近衛だけでなく国軍、つまりこの国の軍隊まで出動していたということだ。どれくらいの軍があるかは知らないが、第一軍、通称王都軍が出張ってくれていたらしい。


 その手の知識に疎い俺でも、かなりの大事おおごとになっていたのが、なんとなく伝わってきた。

 この国の軍隊がどういう指揮系統になっているのかは馬那まなが調べているはずだし、あとでどの程度の出来事だったのか、聞いておいた方がいいかもしれないな。



「近衛騎士三分隊と君たちが一緒に最寄りの第二階段周辺を捜索したのは知ってのとおりだ。追加された近衛五分隊と第一軍は第一、第三、第四階段から展開した形だね」


 いつもの護衛以外の人たちに出会わなかったのは、ほかを探していたからだった。

 それが偶然なのか、それともジェブリーさんが誘導した第二階段が一番怪しかったのかは、ちょっと判断がつかない。


 王女様からしてみれば、護衛の人たちだけで決着がついたのは、結果的に良かったことになるんじゃないかな。



「両殿下が大層心を砕かれておりました」


 ヒルロッドさんの報告の後で、アヴェステラさんが最後に付け足した言葉には、どうして俺たちが無罪放免になったのか、その答えがとてもわかりやすく匂わされていた。

 一年一組を助けるために王女様が奔走したということだろう。


 たしか地上に戻ってアヴェステラさんたちに報告をしたのは、ひきさん、夏樹なつき、それに藤永ふじながだったはず。俺たちの願いを王女様が叶えてくれたと言いたいわけだ。


 なんとも微妙に恩着せがましいけれど、文句もつけがたい。

 本当に善意だけだったらどれだけ良かっただろうと思ってしまうのは、そういう小説の読みすぎなのかもしれない。



「この件についてのみなさんの見解を、明日までに報告書として作成していただきたいと考えています。形式などは問いませんので、なるべく詳細なものをお願いします」


「わかりました」


 返事をしたのはもちろん藍城あいしろ委員長だ。


 最終的に書き上げることになるのは白石しらいしさんだろう。お疲れ様だよ。

 俺たち四人組、ミアと上杉うえすぎさん、綿原わたはらさんと一緒に、当事者は仲間内で細かい報告をすることになりそうだ。

 王国の人たちに直接あれこれ事情聴取されないだけ、かなりマシだと思おう。


 こんなところでも気を使ってますよ的な雰囲気がありありと伝わってくる。アヴェステラさんがお忍びで現れて以来、ずっとこんな穿った見方になってしまうな。



「最後になりますが……、今回の一件を踏まえた上で、みなさんに確認させてください」


 アヴェステラさんの雰囲気が変わった。ピリピリとした緊張感が伝わってくる。


「王国としては、みなさんには今後も迷宮に入ってもらいたいと考えています。受け入れていただけますか」


 ああ、そういうことか。

 正直なところ、昨日の今日でそういうことを考えていなかった。昨日の夜は無事を祝って、今朝は【安眠】騒動であっという間だったし。

 でもそうか、事故はあった。俺たちの命が危険にさらされた。それでも、か。


「とくにウエスギさん、ミアさん、ワタハラさん、そしてヤヅさんです」


 名指しだった。アヴェステラさんの視線が俺たち四人に突き刺さる。


 綿原さんと上杉さん、ミアは当たり前みたいに俺の発言を待っているように黙ってしまったままだ。結果としてこの場にいる全員の視線が俺に集中してしまう。勘弁してくれ。



「……俺は、俺が一人だけだったら、たとえ生還できていたとしても、もう絶対にムリだって言ってたと思います」


 それくらい二層での一日はキツかった。俺一人だったら最初の敵に潰されて終わっていたはずだ。

 だけど、仲間がいた。四人のパーティで戦い抜いた。二層に来るのは危ないはずなのに、みんなが迎えに来てくれた。


「上杉さんがいて、ミアがいて、綿原さんがいてくれたから生きて戻れました」


 そしてこれはすごく不謹慎な想いであることも理解しているつもりだけど……。


 ──思い返してみたら、とても充実した一日だったのかもしれない、と。



「提案があります」


「……お伺いしましょう」


「今やっている三班に分けるやり方じゃなく、しばらくの間、全員をひとまとめにしてもらえませんか」


 少し前から思っていたことだ。それをさっきみんなに提案してみた。

 返事はまあ、聞くまでもなかった、とだけ。


「理由をお聞かせください」


「一年一組二十二人と、そこに近衛騎士の護衛を一分隊か二分隊、付けてください。まずは一層で戦闘の経験を積みながら全員を四階位以上にします」


 今のままの班構成でも問題はないと思う。なんなら俺のいる二班はこのまま二層でも戦えるくらいにはなった。だけどそうじゃない。


 二回のアタックで、俺たちは迷宮がどういうところかを、現地で学んだ。聞くと見るとでは大違いだということを思い知った。

 今までは近衛騎士のお守がついていたけれど、一層でなら俺たちだけでもやれる。


 貴族騎士の中には最初から最後まで、つまり七階位か八階位になるまでずっとトドメを刺すだけのアシストパワーレベリングに終始しているのもいるらしい。

 たしかに階位が上がれば自動的に強くなれるし、技能だって増やすことができる。


 そこに『実力』が伴わないだけで。



 俺たちは二層でギリギリの戦いをして思い知ったんだ。そうなる前から先生や中宮なかみやさんにもさんざん言われてきた。

 階位や技能で強くなるのは問題ない。そこに技術や精神を伴わせて、本当の強さになる。


 裏を返せば、階位が低くても必死の努力で技能の熟練度を上げ、魔力と関係ない部分で技や戦い方を磨けば一段上になれる。そこを目指したい。


 あとは勇気を出して潜る決意ができるか、それだけだ。



「二十二人を四つか五つの班に分けて、つかず離れずの陣形で、まずは一層で鍛え上げます。これなら安全も見込めるやり方だと思いますので」


 分けた班は、都度メンバーを組み直す。


 個人的な相性もあるだろうし、新しいコンビネーションが生まれるかもしれない。ミアは攻撃のやり方を、綿原さんと俺は盾を使った防御を、それぞれみんなに伝えることだってできるだろう。

 今でも十分強い先生や中宮さん、草間くさまはるさんもいる。

 班の数に比べてヒーラーとバッファーが少ないけれど、そこは近くで戦うという前提で動いてもらえばいいだけの話だ。


「ミームス卿はどう思いますか?」


「一層に限れば、問題はないだろうね。罠にだけは気を付けてほしいかな」


 念のためにだろう、アヴェステラさんがヒルロッドさんに確認した。結果はゴーサイン。



 まずは全員を一層で四階位にして安定を図る。それがこの提案の肝だ。じゃないと魔力が足りなくて、無理をして取った技能をフル活用できないからな。


 それになんといっても、帰還のために今できることは迷宮に入り続けるしかないということだ。これだけは見失ってはいけない。

 また迷宮に潜るのは怖い。あそこは恐ろしい場所だ。それでも、クラスのみんなが一緒なら。


 決意を示せ。



「山士幌高校一年一組、出席番号二十番、八津広志やづこうしは再び迷宮に挑みます」


「同じく出席番号二十一番、綿原凪わたはらなぎ。八津くんと並べた二枚盾は、強いですよ」


 俺の宣言に綿原さんがすかさず続いてくれた。きっとそうしてくれると、ほとんど確信していたから、俺は最初に宣言できたよ。ありがとう。



「出席番号一番、藍城真あいしろまこと。やります。委員長がいかないのは、ちょっと格好がつかないから。それとみんな、最初の目的を忘れないようにね」


「出席番号十一番、中宮凛なかみやりん。副委員長なのもあるけど、わたしは四階位だし、がんがん暴れるわよ」


 委員長と副委員長のダメ押しだ。


 世間では同調圧力なんて言葉もあるけれど、ウチのクラスはそうじゃない。どんなに言葉で悪びれていても自分の意思で突き進む連中だって、俺はもう信じている。



「出席番号二番、上杉美野里うえすぎみのりです。頼りないかもしれませんが、やらせていただきます」


「出席番号四番、ミア・カッシュナーデス! そろそろ弓を使いたいデス」


「弓はまだちょっと早いんじゃないか」


 役割は違うけど、それぞれ最強の二人も名乗り出た。

 弓を使うと言いだしたミアにツッコミを入れたのは、同じ遠距離系の海藤かいとうだ。


 こうなるともう止まらない。



「出席番号十三番の佩丘駿平はきおかしゅんぺいだ。おい八津、こんどは落ちるなよ」


「出席番号十七番の奉谷鳴子ほうたにめいこです! ボクもがんばるね!」


 出席番号もバラバラに、思い立った連中が名乗りを上げていく──。



「しゅ、出席番号十九番、深山雪乃みやまゆきのです。えと、わたしもできるようになりたいです」


深山みやまっちも名乗ったすね。なら俺も。出席番号十五番、藤永陽介ふじながようすけっす。怖いけど、やるっす」


 こっちの世界に来て、最初の頃にやった自己紹介とはワケが違う。あれは二日目の午前中だったかな、ここにいる王国の人たちにあいさつをしたとき以来だ。


 今回こそは、本当の意味で挑むという意思を込めて、みんなが名乗っていった。



「出席番号零番、滝沢昇子たきざわしょうこ。……わたしの意思は一年一組と共にあります」


 最後は先生だった。

 共にあるという言葉がこれほど重くて頼もしいと、生まれて初めて知ったかもしれない。


 クラスのみんなが、どうだと言わんばかりにアヴェステラさんたちを見つめている。

 俺たちは逃げないぞ。



「わたくし、王国子爵アヴェステラ・フォウ・ラルドール王室付筆頭事務官は、ヤズさんをはじめ、ヤマシホロのみなさんが持つ勇気に、心からの敬意を表します」


 少し間を置いたアヴェステラさんが自分のフルネームを名乗り、そして深々と頭を下げた。シシルノさん、ヒルロッドさん、メイドの三人が続く。


「肩書や伝承としてではありません。わたくしは言葉のとおり、みなさんが『勇ある者』であると、そう信じたくなっています」


「ならばわたしは『知ありし者』と言おうかな」


「俺も言うのか? そ、そうだな……『義を持つ者』」


 真面目なアヴェステラさん、ちょっとふざけたシシルノさん、ノリに付き合うヒルロッドさん、それぞれが俺たちに妙な属性を押し付けてきた。


 それは妙に重いけど、それでも悪い気はしない。


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