第71話 新たな技能




「ねえ、起きてよ」


 誰かが体を揺さぶっている。なんだよ。


八津やづくん。古韮ふるにらくんも」


 俺と、古韮? ええとこの声は。


「んんん。……どうした野来のき。ああもう朝か」


 なんとか目を開けてみれば、そこに野来がいた。ちょっと近いぞ。

 迷宮だと床の上で短時間しか寝れなかったから、一日ぶりのベッドは貴重なんだが。


「ああ、アラウド湖が光って綺麗だな。こういう光景はこっちに来てから初めて見たかも」


「そうだね……、そうじゃなくってさあ!」


 妙に盛り上がっているようだけど、悪いコトが起きたという感じではなさそうな声色だ。

 湖に朝日が反射していて、そんな野来の顔を照らしている。不必要な描写だな、これ。



「どうしたんだよ」


 声につられて古韮も起きてきた。

 他にも何人かが目を覚ましたようだけど【睡眠】が切れてなかったということは、まだ結構早い時間なんじゃないか?


「まだ五時じゃないか。いくらなんでも早すぎだよ」


 藍城あいしろ委員長が自分の腕時計を見てぼやく。実は委員長、朝はあまり得意なタイプじゃない。もう二十日以上も同部屋付き合いをしているわけで、それぞれの個性も見えてくるというものだ。


「それで野来、どうしたのさ」


「そうそう八津、すごい発見だ」


 朝から騒ぐなと文句をつけられ、ちょっと気まずそうになっていた野来の顔に輝きが戻った。


「技能が増えてるんだよ。【安眠】」


「ホントか! やっぱりあったのか」


「ああ、みんなも確認してみなよ」


 周りの連中も見渡しながら熱弁を振るう野来に促されて、とりあえず俺も脳内を探ってみる。寝ている間に技能候補が生えたケースもあったので、寝起きには確認するようにしているのはみんなの日課だ。


 ある。たしかに【安眠】だ。まだアクティブになっていないから白いままだけど、たしかに光る球があった。こうして新しい候補が確認できた時って、なんともいえない感動があるな。ゲーム脳とか言われそうだが。


「あ、俺もだ」


「僕も……」


 そこかしこで声が上がり始めた。俺や野来以外でも【安眠】が出ているのがいるらしい。

 この喜びを共有できるとは、生還からの翌日にして実にいい朝だ。かなり早い時間だけど。



「じゃあ僕、女子にも──」


「野来、死ぬ気か?」


 女子部屋は壁一枚を挟んで向こう側だが、直通の扉が無いのが救いだったのかもしれない。

 自分が最初に新技能を発見したという事実にテンションが上がりまくっていた野来は、自分がヤバい行動をしようとしていることに気付いていなかった。

 こんな時間に女子部屋に突撃とか、自殺と変わらないぞ。


「うるさいわね。男子、どうしたの?」


 壁の向こう側から大声を出したのは、たぶん笹見ささみさんだろう。

 野来は助かったのだ、よかった。白石しらいしさんになんと申し開きをするか見てみたい気もしていたけれど、全員が無事な方がいいに決まっている。

 まあイザ本当にやりそうになったら、誰かが羽交い絞めにしていただろうけど。


「技能確認して!」


 俺から言ってもよかったけれど、お手柄は野来だ。目で合図をしたら嬉しそうに大声で壁に叫んでいた。



「ふえっ!?」


 向こうから変な声が聞こえてきた。この可愛い声は、奉谷ほうたにさんかな。

 びっくり顔が目に浮かぶようだ。



 ◇◇◇



【安眠】という技能は、なにも野来が新規に見つけたモノではない。とっくに資料では確認されていたし、いつかは誰かに生えるのではないかと予想していた技能のひとつだ。

 探そうと思えば今まで会った中にも候補に出ている人はいるんじゃないだろうか。特に軍上がりの人とか。


 効果は文字通り、安らかに眠ることができる技能だ。永眠じゃないぞ。


「たぶん間違いないと思う」


「うん、証拠がありすぎるし、いかにもな組み合わせだよ」


 古韮と野来のやり取りを全員が見守っている。

 一時間程早い起床になったが、二度寝する気にもなれないみんなで支度をしてから、イレギュラーに早めな朝の打ち合わせだ。


「【睡眠】と【平静】」


「両方取っただけじゃなくて、ある程度熟練が必要だったってことだよ」


「こうやって同じタイミングに出たとなるとな。まあ間違っていたとしても、大した関係ないか」



 こちらの普通は知らないが、俺たちには俺たちなりの常識もある。

 スキルがあるなら、それが変化したり派生したり、そんなのはあるあるすぎる展開だ。


 技能が新しく候補に登場するのは何度も経験してきたことだ。

 神授職に引っ張られて、それなりの行動をして、体を痛めつけて、そして聖女が優しくしてくれて。最後のはアレだが、文献を漁っていた俺たちは、ほかの可能性もキチンと認識していた。


「今回のは前提条件型の技能なんだろうな」


「【睡眠】はみんな同じタイミングだったから、【平静】の熟練度が引っかかってたと思うんだ」


 下した見解を古韮と野来がポンポンと並べていく。


 今回はかなり多くの連中に【安眠】が出現した。

 出なかった人の方が少ないくらいだ。先生、上杉うえすぎさん、ミア、白石しらいしさん、そして田村たむら、以上が候補に出なかった面々だ。

 理由はすぐに特定できた。


 先生以外の全員が、十六日目に【睡眠】を取った。なのにそのうち四人には【安眠】が出ていない。

 答えは簡単、【平静】を取得したタイミング、それだけだ。



「出なかった五人以外は七日目に【平静】を取っている」


「なるほど。だけど【平静】の使い時はそれぞれだよね」


 古韮の説明に委員長が合いの手を入れる。


「そうだな。だから今朝になっていっせいに生えたのは、【睡眠】の熟練が足りてなかったからだと思うんだ」


「そういうことか。【睡眠】はほとんど全員が同じタイミングで使っているものね」


 納得した風の委員長だけど、気付いてたよな。説明がみんなにわかりやすくなるように仕向けているだろ。


「じゃあ確実に【睡眠】が足りているはずの先生にどうして出ていないかといえば、理由は【平静】の方だ」


「律速段階ということか」


「なんだそれ?」


 委員長の妙な単語に古韮がクエスチョンマークを浮かばせた。


「ああごめん。簡単に言えば両方の条件を満たさないと、片方がどれだけ伸びてもダメだっていう話、かな」


 どうやら化学や生物なんかでよく使う用語らしい。勉強というよりSF好きの委員長らしい単語のチョイスだと思う。



「つまりわたしがもう少し【平静】を使って、それで【安眠】が出れば証明なるということですね」


 先生がまとめて、これで結論だ。


「そうですね」


「もちろんその時がきたら報告しましょう。これはわたしも【平静】を使い込まなくてはいけませんね」


 イタズラっぽい先生の言い方にクラスのみんなが笑い声を上げる。

 昨日の泣き顔については、もう誰も触れようとしていない。そりゃそうか。



 さて【安眠】の効果だが、文字通りとしか言いようがない。

 安静に眠ることができる、【平静】と【睡眠】の合わせ技だ。それはいのだけれど。


「【睡眠】が置き換わるわけじゃないのがな。新しく取らなきゃダメとは」


「コストが気になるわね。わたしとしては、ほしいけど」


 ぼそぼそ独り言をつぶやいていたら、綿原わたはらさんが横にいた。


「俺もだよ。なんかずっと夢見が悪い気がしてるんだ」


「八津くんもなんだ」


 そういう綿原さんもか。


 うなされるというほどでもないけど、ここのところずっと悪夢らしきものを見ている気がする。起きたら忘れているが、どうにもな。

 いつからこうなったのかは覚えている。この世界に召喚されてからじゃなく、迷宮に初めて入った日、つまり魔獣を殺してからだ。


 魔獣の呪いというよりは、なにかを殺めてしまったことが原因なんだろう。

 あの日、先生が【睡眠】を取るべきだと言ってくれたのが、こんなところで派生するとは思わなかった。



 なぜ俺たちの知る『王城』の人たちが【安眠】を持たないのか、これで理屈が通った。単純に【平静】や【睡眠】を持っていない人が多いから。ましてや両方を使い込んでいる人なんて。

 貴族組で【睡眠】を持っている人は稀だ。別の理由で【平静】持ちもほとんどいない。

 前者はそもそも取る必要がないから。後者は取るのがみっともないからだ。【平静】みたいな精神系技能は貴族の誇り的によろしくないらしい。


 本当のところは取得するための『内魔力』がもったいないからだと、俺たちは想像している。


 俺たちには『勇者チート』らしきものがあって、初期状態からこっち、『内魔力』が通常の倍になってる臭い。レベルアップ時の増加分も倍なので、常に二倍ということになる。

 それがシステム的なバグなのかチートなのか、それとも現代日本人が中世風異世界で生きていくために神様がくれた哀れみなのかは置いておこう。ちなみに五階位でも倍が続いているのは先生とミアが確認してくれた。


『内魔力に余裕があるのなら、なおさら基本を大切にしたいですね』


『戦うのに直接役立たなくても、日本人からしたらほしい技能はあるからね』


『選ぶなら基礎と精神系は重要ね。不健全だとは思うけど、背に腹は代えられないわ』


 それぞれ先生、委員長、中宮なかみやさんのありがたいお言葉である。

 もちろん俺たちに異論はなかった。


 たくさんの技能を取れば取るだけ強くもなれるし、システムだって見えてくるかもしれない。

 今朝みたいな派生だって。



 そう、派生だ。話を戻そう。


 今回の一件ではっきりしたのは、前提技能をから派生する技能があるということだ。しかも熟練度依存の可能性も含めて。


「【安眠】みたいな出現条件の技能は、絶対ほかにもあるはずだ」


「言い切るのね」


「そりゃそうでしょ。妄想が止まらないよ。複合スキルや進化スキルだって見つかるかもしれない」


 綿原さんが首を傾げた。

 俺ならほら、【観察】が他のなにかと合体して超使える技能になるとか、あるあるだろ。


「八津くん、楽しそうね」


「楽しんじゃマズいんだろうけど、それでもね」


「踏み外しちゃダメよ?」


 もちゃっと笑う綿原さんだけど、たしかに心に刻んでおかなきゃダメだな。

 リセット無しの一回こっきりなんだ。ゲーム感覚はほどほどにしておかないと。



「文献だとおとぎ話だったり伝説だったりしてた技能も多かったけど、意外とホンモノも混じってるのかも」


「わたしとしては【帰還】がほしいわ」


「それが最高だね」


 やたらとフラグっぽいセリフだけど、魔力的に召喚が為された以上、帰還が無いとは言い切れない。

 だけど転移系技能ってどの文献でも見当たらないんだよな。



 ◇◇◇



「ところでさ、誰か取るの?【安眠】」


 ゲーム好きがそうでない連中にアレコレと説明している中、ふと思いついたように野来が言った。

 そういえば追加の魔力コストが必要だろうし、無理してまで取る技能なのか、コレ。確かに滅茶苦茶魅力的だとは思うけど。


「あの、俺が取ってもいいすかね?」


 情けない顔で手を挙げたのはチャラ系男子の藤永ふじながだった。

 そしてなぜか俺以外の全員が納得顔をしている。そういう扱いなのか!?


「えっとまあ、コストも確認しておきたいし、藤永が四階位になったら取るってことで、どうかな?」


 言いにくそうだけど言うべきことを委員長は言ってくれたと思う。立派だ。


「良かったね、藤永クン」


「ありがとうっす、深山みやまっち!」


 なんだかなあ。


 俺が『滑落罠』から生還した翌日、山士幌高校一年一組は異世界召喚二十二日目の朝を迎えていた。


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