第93話 あなたの居場所はここにある
「ねえ
「思い違い?」
「わたしはこれでもそれなりに八津くんのこと、見てきたつもりよ。だからかな」
長くなった夜の話し合いも終わり、そろそろお開きとなったところで
談話室の片隅で、近くには人がいない。二人きりになれるのを見計らってから声をかけてきたのはわかるけれど、どういう意味で言っているのかがピンとこない。
「なんだか役割が決まってから、妙に安心しているように感じるのだけど」
「えっと、誰が指揮をやるかって話だよね? うん。安心というか嬉しいというか」
彼女の言う思い違いというのはどういう意味だ?
クラスメイトたちは認めてくれたと思うけれど、まさかそれが俺の勘違いだとでも。
「それ。八津くんの言う嬉しいってどういう意味なのかなって」
「え? それはまあ、そのままとしか」
「クラスに居場所ができて?」
それは、たぶんそうだ。
確固たるとまではいかなくても、当面俺はこういう役をやっていられるという、それ自体に安心しているんだと思う。クラスのメンバーとして。
だから俺は黙って頷いた。言葉にしてしまうと見透かされそうで、ちょっとだけ怖かったから。
「やる気とか気概とかより先に、ホッとしてるのよね、八津くんって」
ああダメか。綿原さんはもう確信した表情になっている。
「そうかな……、ごめん、そうだと思う。俺はクラスに居場所ができたのが、一番嬉しいんだ」
諦めて白状した俺を見て、やっぱりといった感じで綿原さんがため息を吐いた。
「言っておくけれどね、八津くんは最初っからわたしたちのクラスメイトで仲間なの。こっちに来てからじゃないわ。入学式の日から、とっくに」
仲間……、仲間か。そういう距離感にどうしても自信が持てていない気がする。
普通に話すことはできるのに、クラスメイトの輪の中に入れている自信があるのに、時々出てきてしまう感情だ。
「最初の頃だったらわかるわ。全員の名前も覚えていないような集団と一緒にこんな国に飛ばされて、不安だったって」
「そうだね。たしかにそう考えてた」
「それからひと月近くよ。八津くんだって、もうわかっているんじゃないかしら」
傍から見ていれば意味のわからない会話かもしれない。けれど俺と綿原さんの間ではわかり合えてしまっていた。
俺がクラスの中にいる自分自身をどう見ているのか。
「わたし以外にも見えている人はいるわ。委員長ね、今回は理詰めだったけど、普段はもっとアバウトにやっていたと思う。彼は八津くんの性格も考えて、ああいうもっていき方をしたのかもしれないわね」
急に話題が変わった気がするけれど、そうじゃないんだろう。
委員長も俺のちょろい葛藤を知っていて、それをなんとかしようとしてくれている?
「八津くんは自分の席を見つけて喜んでいる。それを悪いことだとは思わないわ。けれど、わたしに言わせればスタートライン」
言っていることが綿原さんらしくない。話があっちこっちに飛んでいる。
なんでそんなになっているんだ?
「新学期になって入った教室に自分の机と椅子があって喜んでいる段階じゃない。そこでお勉強するのがこれからってことよ」
ああ、そうか。綿原さんは俺の立ち位置に踏み込んでくれているのか。
ことあるごとに言い訳をして一歩引いてしまう俺を、どうにかしたいという気持ちが伝わってくる。
そんな彼女は、どこか切実な表情をしているように見えてしまう。
「わたしたちはとっくに仲間よ。仲間になって、それからどうするのか、でしょ?」
たぶん綿原さんは、仲間なのだから俺にああしろこうしろとは言っていない。
そもそもの起点が俺と彼女でちょっと違う。山士幌高校一年一組になった以上、クラスメイトなのは当然なのだから、それが彼女の言い分。それを踏まえて、そろそろそういう立場で考えろと、綿原さんは俺に迫っている。
「少なくともわたしはそうやって八津くんに接しているつもりよ。もちろんあなたがわたしをどう見るかも勝手」
綿原さんはただ自分の考えを言っているだけなのに、なんでそんなに不安そうなんだろう。どうして寂しそうな顔をしているんだよ。
「ありがとう」
出てくるのは感謝の言葉だ。なるだけの心を込めたつもりだけど、伝わったかな。
「で、ごめん。どうしてもたまに出てくるんだよ」
「それが八津くんならしかたないわよね。改めろとは言わない。意識だけはしてくれてると、嬉しいかな」
綿原さんが醸し出している謎の熱意、それの全部を理解できたか自信はないけれど、彼女が熱くなってくれたこと自体が嬉しい。
だから俺は笑うことができた。
綿原さんもいつものモチョっとした顔で笑っている。仕方ないなあって笑顔かな。
まったく。【観察者】が観察されているのだから世話が無い。
こっちは綿原さんの心なんて、ちっともわからないのに。
「わたしこそごめんなさい。変に熱くなっちゃったかもしれないわね」
「そんなことないよ。なんていうかこう、……気にかけてくれて、嬉しかった、かな」
「そ」
俺の恥ずかしい言葉に、軽く顔を背けた綿原さんのすぐ傍で、砂のサメが泳いでいた。
「
◇◇◇
「昨日できた新区画の調査は『黄石』が担うことになったよ。俺としては君たちの担当でここにいる方が気楽で助かるね」
「僕たちの相手は気楽ですか」
「地上でなら、ね。俺の知る限りで一番行儀ができている訓練騎士は君たちだよ」
翌日、いつもの倍くらい疲れた顔をしたヒルロッドさんは、委員長とグチなのかどうか微妙な会話をしていた。昨日の夜は報告やらで遅くなったんだろう。お疲れ様ですとしかいいようがない。
どうやら鮭区画というか、新しくできた迷宮には『黄石』のジェブリーさんたちが調査に向かったらしい。こちらも昨日の今日で大変だろうけど、一層にできた新しい区画ともなれば早急に調べる必要があるのはよくわかる。
そこで俺たちの帰還方法でも見つかれば最高だけど、そういう期待はたぶん無駄だろうな。
「よっしゃこい!」
そんな訓練場の一角に響くのは、気合を入れた
今朝になるが昨日の話し合いを受けて、みんなは新しい技能を取得した。
海藤が取ったのは【痛覚軽減】。それ自体は普通なのだが、重要なのは今あいつのしていることだ。【剛擲士】の海藤は将来的に遠距離物理アタッカーをやることになる。ただ、今の段階では『なにを投げるのか』が決まっていない。
無難なところではボールなのだろうけれど、野球経験者の海藤にはこちらの鉄球が気に食わないらしい。重さではなく形状が。
では槍という選択もありそうだけど、誤射があまりにも怖すぎる。そういうわけで彼はバットならぬメイスを振り回す近接アタッカーをやっていたわけだが、ここにきて一歩を踏み出すことにしたらしい。
「らあぁぁぁ!」
ドゴンと重たい音を立てた丸太が海藤の持つ『大盾』にブチ当たった。ちなみに丸太を揺らす係は
『盾が五枚じゃ足りないかもだろ。治療担当で委員長が入れ替わるときだってあるだろうし』
鮭の氾濫で盾役たるタンクがどれくらい機能していたか、明確に判定することはできない。比較対象がないのだから仕方ないことだが、それでも結構な数をうしろに逸らしていたのは事実だ。空を飛ぶ戦法はイレギュラーだから、そちらはカウントに入れないとしてもだ。
とくに【聖騎士】たる委員長が治癒のために動いた時が痛かった。
先生とミアがカバーに入ってくれたので、抜けていく鮭魔獣の数こそ変わらなかったものの、当然そのぶん殲滅力は落ちる。そういう連携が甘かったのは否めない。
『委員長は盾と治癒ができる。なら俺が攻撃と盾をやるようにすればいいじゃないか』
先生やミアなら盾役でも普通にこなしてしまいそうだが、超高速アタッカーの二人にそんなことをさせるのは、あまりにもったいない。少しでも多くの魔獣を速攻で『無力化』するのが優先される。
そこで男前なコトを言いだしたのが海藤だったわけだ。
「ウチだったら、やっぱり海藤しかいないもんな」
「次点がわたしっていうのが、ね」
「あはは」
それを見物していた俺と綿原さんの乾いた会話が空に消えていく。なんで【鮫術師】の綿原さんがタンク候補二番手になってしまうのやら。
一年一組の近接アタッカーは先生、
全員見事に盾適性が皆無なのだ。
先生、ミア、春さんはスピードアタッカー。中宮さんは両手剣。草間に至っては忍者だ。
そういう流れで海藤の盾役就任は必然ともいえる。そして次が綿原さんで、なんと三番手が俺だというのも。二層で苦労したからなあ。まあ指揮者が自衛できるのは悪いことではないか。
海藤のほかに【痛覚軽減】を取ったのは
このメンツがどうやって【痛覚軽減】の熟練を上げるのか、ちょっと想像できない。疋さんの鞭が唸るのだろうか。
今回四階位に上がったメンバーだけど、魔力の関係でこれ以上の技能は打ち止め。五階位に期待といったところになる。
「はーい、足上げるー!」
「いつまでやんだよ、これを」
「文句言わなーい」
「ちっ」
「疲れはしないけど、飽きるね、これ」
【聖術】のために魔力を温存したい委員長を除く騎士組も、それぞれ技能を取った。
そんな新規【身体操作】組はアスリート春さんの指導で、走り方を練習している。
俺たちも続けている
◇◇◇
「しゃけっ、しゃけっ、しゃけ~」
本日の訓練をいつもより少し早めに上がらせてもらった俺たちは、誰ともなく鮭ソングを歌いながら離宮を目指す。
今日の夕飯は念願の鮭料理を予定しているのだ。メインは
ヤンキー風のゴツい体格で男気があって、実は学校の成績も良くて、その上家事万能らしい。化け物かよ。
「鮭のシチューと焼きジャケ、バター焼き、鮭トバも作りたいですね。ちゃんちゃん焼きができないのが残念」
そんなことを言っている上杉さんも大概だ。
今晩の料理をアーケラさんたちメイド三人衆の目の前で作って、憶えてもらおうというのが俺たちの算段だ。
鮭トバというフレーズで先生の目が光ったのは、見なかったことにしておこう。
「みなさんお疲れさまでした」
離宮に戻った俺たちをアヴェステラさんが出迎えてくれた。うしろにはメイドさんたちが控えている。
午後の訓練にはいなかったのだけど、こうして離宮で待ち受けているのは珍しいな。
「みなさんの『鮭料理』を勉強させてもらおうと思いまして」
なるほど、内陸国のアウローニヤに
迷宮一層に突如現れた新素材だ。活かそうというのは当然の流れだな。これは『知識チート』か、それとも『料理チート』にあたるのか。
「それと、みなさんに見ていただきたいものもありましたので。ディレフ」
ディレフというのは赤髪のアーケラさんのことだ。フルネームはアーケラ・ディレフ。
俺たちとしてはメイド三人衆筆頭と捉えている。が。
──そんなことを考えている場合ではない。
アーケラさんが両手で俺たちに差し出した大皿には、大量の『白い粒』が載せられていた。
「みなさんの仰っていたモノだと思います。北にあるウニエラから──」
「米きたー!!」
アヴェステラさん、最後まで言わせると思ったか?
こんなの被せるに決まっているじゃないか。当然クラス全員で。
俺たちの叫び声でアラウド湖の水鳥たちが飛び立ったかどうかは定かではない。
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