第239話 暗殺なんて怖くない



「このように稚拙な行動を取るとは予想していませんでした」


 とりあえずは言うべきことを言い終えたアヴェステラさんの口からでたセリフは、悔いというよりはもはやグチに近いモノがあった。


「まさかハシュテル副長を使ってくるとは、ね」


 いちおうは同僚に当たるハシュテルを、言い方は悪いが鉄砲玉にされたヒルロッドさんにも、思うところはあるようだ。


 あのハウーズ遭難事件以降、ハッキリとハシュテルはヒルロッドさんを敵視していたらしい。俺たちからいわせれば完全なる逆恨みだが、自分が男爵であることを盾にして、騎士爵のヒルロッドさんにはキツく当たっていたとか。


「そうですね。わたくしの対応が至らぬばかりに、ヒルロッドさんには心労をおかけしました」


「い、いやいや。そこは気にしないでほしいかな、ラルドール卿、いやその、アヴェステラ」


 いつの間にかファーストネームで呼び合うのが暗黙の了解になっている勇者担当者たちだが、アヴェステラさんとヒルロッドさんがそうすると、なにかこう非常にヤバい雰囲気の会話に聞こえてしまうな。

 ヒルロッドさんは正真正銘の既婚者で奥さんと娘さんがいるのだからさあ。女子数名が目をギラつかせているのも視界に入る。


 子爵のアヴェステラさんと騎士爵のヒルロッドさんがタメ口なのは今に始まったことではないが、それでも名前呼びというのは、なんとも面白い。


 ちなみにアウローニヤの人で俺たちのことをファーストネームで呼ぶのはベスティさんだけだ。しかも女子限定。



「拙速でありすぎたからです。まさかここまで杜撰ずさんなやり方をするとは、逆に──」


「万全を期すならハシュテル一党を使うはずがありませんし、時期も場所も違った形にするはず──」


「手駒が少ないからこそ、こうなって──」


 そこから少しのあいだアヴェステラさんの語る内容は物騒なモノばかりだった。


 どことなく言い訳じみてもいるが自省が多く、とにかく聞いていて居たたまれないものがある。

 もはや話しかける相手はヒルロッドさんだけでもなく、適当に視界に入った誰かがターゲットにされている様相だ。それだけ今回の件が不本意だったのだろう。

 そんなアヴェステラさんの様子を見ていると、今回の件が仕込みではなかったのが伝わってきてしまうのがこれまた。


 序盤こそ生き生きとしていた女子たちも、かなり初期の段階でコレはダメだと見切りをつけたのか、今では乾いた表情でおざなりにやり取りを聞いているフリをするだけだ。そういうのはよろしくないと思うぞ。責任感を持ちたまえ、君たちも。


「二度目、三度目があるならば、必ず事前に潰してみせます」


「ははっ、それはまあ相手がいることですから」


 こんな状況でもアヴェステラさんに付き合ってあげる藍城あいしろ委員長は立派だと思う。

 こういう場面で滝沢たきざわ先生が前にでることは滅多にないからな。今も遠巻きにして会話を見守っているといった感じだし。



 今回の拉致事件だが、なぜこのタイミングでああいうやり口だったのかというのも、アヴェステラさんの説明で見えてきた。


 背景としては帝国の本拠地に当たる東方で大規模な反乱が起きていて、それが最近になってやっと鎮圧されたという事情がある。このあたりは近衛騎士総長襲撃事件の時に説明は受けていた話だな。

 反乱が起きていなければ、とっくにアウローニヤは消えていただろうというアレだ。


 つまり最近になってやっと、帝国からしてみれば本来の侵攻目標になるアウローニヤやアゥサに目を向ける余裕が生まれたことになる。



 そんな状況で今回の誘拐を企んだのは、帝国の東方反乱鎮圧で名を上げようとして、逆にやらかしてしまった第六だか第七皇子らしい。

 東で失態を犯したので、西側でなんとか挽回したいと考えたのだろう。だからといって完全な戦争状態でもない相手に手持ちの戦力は使えない。そこでアウローニヤに勇者が現れたことを聞きつけた黒幕は、現地人を利用した誘拐を思いついた。


 繰り返しになるが帝国とアウローニヤはお互い異民族で異教徒だ。

 帝国は勇者などという存在にありがたみなどは欠片も感じていない。せいぜいちょっと強いかもしれない戦士、くらいの受け止め方だったらしい。そんなのが二十人くらい集まったからといって、帝国からしてみればだからどうした、となる。


 つまりはせっかく作った現地協力者を危険にさらしてまで、成功しても大した成果にならない若造どもを暗殺してしまおう、という考えにはならなかったということだ。それだけは本当に良かったと思う。

 帝国とアウローニヤでは人種すら違うので、肌の色が濃い帝国人が自然と紛れ込むのは難しいらしい。帝国にしても王国にしても、お互いの情報収集や後ろ暗い活動は現地人に頼る形になっているようだ。それだけに気軽な無駄遣いなど、できることではない。


 なので帝国の糸を引いていないが、それでも勇者たちに恨みを持つハシュテルが選ばれた。帝国の皇子にも焦りはあったのだろう、殺すな誘拐しろという無茶な命令を下したわけだ。成功確率をあまり考えず、失敗してもとぼけるつもりで。

 実行犯に黒幕の情報を与えないのは、こういうのの基本だな。



 こういった帝国側の事情を含めた情報は第三王女の伝手でもたらされたものだ。もちろんアヴェステラさんは王女様の名前を出さなかったが、いろいろなルートから帝国のお話を引っ張ってきているらしい。

 ついでにアヴェステラさん自身も王城内にはそれなりの情報ネットワークを作り上げているようだ。関わる人たちは良い悪いの判断もつかずに、噂話レベルのつもりでせっせと情報を流しているのだろう。式典の仕切りもそうだったが、頼もしくて怖い人だ。


 そんな話になったあたりでガラリエさんがしょっぱい顔をしていたのにはなにか理由があるのだろう。けれど、こういうのはツッコんだら危険そうなので見て見ないフリだ。


 勇者担当者たちが全部ではないにしろ、そういう後ろ暗さを晒してくれるようになったのも、昨日と今日との違いだと思う。

 もはやグチを隠しもしないアヴェステラさんや、いつもどおりのヒルロッドさんとシシルノさん。まだまだ裏がありそうなメイド三人衆もいるが、先ほどの味方の誓いもあって、場の空気は思った以上に緩かった。



「だがアヴェステラ。そう簡単に二度目はないと思うよ」


「言い切れるのですか?」


「まさか。ただ今回の事件について詳細が出回ったとしてだ。ある程度の頭があるなら、勇者を害する困難さに気付くだろう」


 会話の流れでヒルロッドさんとアヴェステラさんが持ち出したのは、つぎの拉致事件が起きるかどうかについてだった。


「俺は城中政治には疎いが、集団戦闘についてならわかる。そうだな、ガラリエ」


「わたしですか?」


 話を振られたガラリエさんが少し不愛想に会話に加わる。


「俺も君も勇者たちの戦いを見ていないのが残念だが……。さて、彼らは半数程度の敵とはいえ、十二や十三階位を相手にして引けを取らなかった。お互いに殺し合いをしようとはしなかったがね」


「そうですね」


「では君ならどれだけの戦力を用意すれば、勇者たちを無力化できる?」


「……十階位では足りませんね。十二から十三階位を集めて、できれば同数」


 なにか俺たち、すごく過大評価されていないか?

 クラスメイトの何人かがニマニマしているのが視界に入る。調子に乗っていると足元をすくわれるぞ。それ以前に先生や中宮なかみやさんあたりに説教される。騎士団長と副団長直々にだ。怖かろう。

 なので俺もニヤつきは心の中だけにして、話の続きに耳を傾ける。近くではサメがピチピチしているけど。


「そうなるだろうね。分隊規模ではなく最低でも三分隊、つまりは部隊単位が動くことになるだろう。王国でも上位の戦力を有する部隊がだ。そうなればアヴェステラ、それはもはや政治だろう?」


「はい。事前に発覚しないわけがありませんし、のちの隠蔽も不可能でしょう。そうなれば当然連座も視野に入ります」


 ガラリエさんの意見に賛成したヒルロッドさんは、結論をアヴェステラさんに求めた。


 俺たちを誘拐しようとしても、それだけの戦力をどこから持ってくるのか、そんなのバレないわけがないだろう、だからやれない、という理屈だ。

 今や一年一組は俺という七階位を除けば八階位と九階位の集団で、普通に十階位くらいとは戦えてしまうだろう。事実、先生や中宮さんあたりは、談話室の訓練で十階位のガラリエさんと五分に持ちこめている。お互いの持つ裏技まで引っ張りだせば、たぶん山士幌組が勝つだろう。



「後先を考えない……、迷宮のどこかで暗殺という条件でもない限り、君たちを害するのは困難だというのが俺の結論だよ」


 暗殺などという物騒な単語を持ち出したヒルロッドさんだが、今の俺たちに悪さをしでかすとなれば、それくらい限定された条件になるということだろう。

 話の内容的にも一年一組の強さと連携が前提になっているのがちょっと誇らしくも思えるわけで、当然悪い気はしない。


「迷宮で暗殺を狙ったところで誰かひとりでも、それこそクサマさんが逃げ切ることができれば、部隊ごと処刑されるのは間違いないでしょうね。家がいくつ消えることか」


「逃げませんって」


「ふふっ、たとえの話です」


 結論を聞いたアヴェステラさんが納得したようにメガネ忍者の草間くさまを引き合いに出した。


 すかさずツッコむ草間だが、二層転落事故に助けに駆けつけてくれた時に逃げないと断言したのを目の前で見てしまったからな。今日の救援要請についても裏方だけど大切な役割を担ってくれたのだし、滅茶苦茶頼りになる仲間なのは間違いない。

 見た目は線が細くて長い前髪がメガネにかかるくらいの、所謂そっち系なのだけど、中身は俺なんかよりよっぽどしっかりしていると思うのだ。



「暗殺なんて、ないですよね?」


「成功しても共倒れが確実ですからね。それでも調査の網は広げておきます」


 名指しされた草間が心配そうにすれば、やたらと責任を感じているアヴェステラさんが気合の入った表情で返事をする。


 俺たちを嫌うまではいかなくても、疎ましく思う連中は帝国どころかアウローニヤにもたくさんいるだろう。理由の多くが自分たちの配下にできなかったから、というのがかなりアレだけど。

 そういうのをメインにアヴェステラさんたちが目を光らせてくれていれば、俺たちは俺たちで迷宮に集中させてもらえる。役割分担というやつだ。



「今回の件が帝国の手引きであることを発表するかは上の判断になりますが、ハシュテル一党が勇者に暴行を働いた事実だけは間違いなく明らかにされるでしょう。総長と『灰羽』の団長も否を出すはずもありませんし」


 哀れハシュテルだが、自業自得だ。襲撃メンバーの中にはしがらみで付き合った人もいたかもしれないが、それに気を使ってあげるほど俺たちは偉くない。

 後味とかはどうでもいいから、一年一組の視界からいなくなってもらいたいだけだ。


「あの、こんなことになっちゃいましたけど、明後日からの迷宮は予定通りいいですか?」


 そんな確認をしたのはサメを引き連れた綿原わたはらさんだった。


 俺などは襲撃事件のせいですっかり抜け落ちていたが、さすがは迷宮委員、今後のことをしっかり考えてくれている。


「正式な回答は明日の午前にはできると思います。個人的には、予定通りにするのが望ましいかと」


「どうしてです?」


 アヴェステラさんは背中を押してくれるわけだが、綿原さんはその理由を知りたいようだ。小首をかしげているのが可愛いな。


「あんな事件があったにもかかわらず、予定通りに勇者たちは迷宮に入る。王国のためを思い、魔獣に溢れる現状を打破するために、ですね」


 美談すぎるよ、アヴェステラさん。


 普段ならとっくに日本人だけになっている時間帯の談話室に、笑い声が響いた。



 ◇◇◇



「でも、本当の意味での黒幕っていうか、アウローニヤ側にも首謀者がいるんですよね? そっちはいいんですか?」


「もちろん対応します」


 話の流れで委員長が問えば、アヴェステラさんは当然とばかりに答えた。


 焚きつけられたハシュテルではなく、まかり間違って勇者の拉致に成功してしまった場合に、その後を担う役回りがいるはずなのは自明だ。それをするはずだったのは、状況的にもレギサー隊で間違いないというのが、この場にいる全員に一致した見解になる。


「レギサー男爵というより、レギサー伯家の内偵は進んでいると思います。今この時にも」


 やっぱりそうなるのか。


「レギサー伯家はハスハからの移住組でアウローニヤでは冷遇されていた経緯もありますし、帝国の鼻薬も効きやすい御家ではあるでしょう」


 もはや王国というより大人の黒さを聞きたくない俺ではあるが、アヴェステラさんが話す以上は聞かざるを得ない。イヤだなあ。


 帝国に滅ぼされたハスハ王国に所属していた貴顕の末路はそれぞれだとか。

 その地に残り帝国の配下として政治を司る者、本来は敵国であるアウローニヤと繋がっていて、こちらに庇護を求めてきた者もいる。その中にはレギサー『元侯爵家』などのように、伯爵家としてアウローニヤ貴族となって今も続いている家も。


 だが、大多数の貴族が頼りになると判断したのは聖法国アゥサだったようだ。

 お陰で聖法国には正統を謳う『ハスハ解放政府』なんていう組織が正式に存在しているとかなんとか。

 冒険者たちの一部はペルメッダ侯国を目指したようだし、このあたりがアウローニヤの信用の無さを示しているのかもしれない。



「しばらくは泳がせることになるでしょう。そもそもレギサー隊は一番上でも十階位の編成ですから、勇者のみなさんに手出しをできるとも思えません」


 スンと顔を澄ませたアヴェステラさんが結論を述べた。


 黒幕っぽいレギサー隊並びにレギサー伯爵家は経過観察だ。もちろん王女様の意向が優先されるのだろうけど、妥当な落としどころだとは思う。

 それにしてもレギサー隊長たちは最高でも十階位だったのか。なるほど、俺たちが知らないうちにハシュテル隊に倒された隊員といい、人間砲弾にされたのといい……、トラウマになっていないといいのだけど。



 ◇◇◇



「では、明日は予定通りに午前は書類と戦ってもらうとして、どこかで続報が入るかもしれないね」


 意地の悪いコトを言いながらシシルノさんが立ち上がった。


 やっと話もまとまってお開きムードになったのだが、王国の人たちとしては今までになく遅い時間だ。十一刻をすぎて、日本人的には二十三時くらいになろうとしている。勇者担当者がこんな時間まで離宮にいたことはなかったな。


「長い一日だったね」


 普段通りのお疲れ顔なヒルロッドさんはどうやら今日は家に戻らず、王城にある『灰羽』の宿舎に泊まるようだ。ほかの『灰羽』の人たちから事情を聞かれまくるんじゃないだろうか。


「あのさあ、今日はここに泊まってもらえばいいんじゃないかな」


 そんなコトを言い出したのは温泉旅館の娘をやっている、笹見ささみさんだった。


 この離宮にはいくらでも客室が余っているし、メイドさんたちも手伝ってくれて、そこそこに掃除もされている。アリといえばアリだが笹見さん、商売っ気を出しているわけじゃないよな? 有料ってこともないだろうけど、山士幌にいたころのノリで。


「いやさぁ、あんなコトがあったんだし、六人とも途中で別れて戻るのって、ちょっとねえ」


 すまない笹見さん、俺の心が汚れていたようだ。


 たしかにこんな時間にヒルロッドさんやガラリエさんならまだしも、文官系のアヴェステラさんとシシルノさんを単独行動させるのはちょっとなあ。

 本人たちに問題はなくても、俺たちの心が休まらないかもしれない。



「ならさ、わたしは個室じゃなくってみんなと一緒の部屋でもいいかな?」


「いいね。それは楽しそうだ」


 ベスティさんが大発見みたいなコトを言い出せば、速攻で乗っかるのはシシルノさんだった。


「それはまあ、構わないけど。うん、イザとなったら隙間に布団を敷けばいいかな」


 そんな女性陣の悪ノリに、笹見さんはしっかりと応えてしまう。臨機応変は旅館の女将の嗜みか。


「ボクはなぎちゃんと一緒のベッドでもいいよ!」


「わたしは構わないわよ」


 ロリっ子な奉谷ほうたにさんが元気な提案をすれば、綿原さんもそれに付き合うことにしたようだ。


 もしかしたらあんな事件があったあとだからこそ、こうしてポジティブなイベントを欲しがっているのかもしれないな。

 勢いに乗せられたアヴェステラさんやガラリエさんも女子部屋に行くようだし、アーケラさんは話が出た当初からそのつもりだったようだ。

 これにて女子会が開催されるのは間違いないだろう。あまり夜更かしをしないように気を付けてほしい。


「俺は個室でいいよ」


 女子たちのノリについていけないヒルロッドさんだけは男子部屋を遠慮した。

 それはそれでヒルロッドさんっぽい。



 だけどコレってアレだよな。


 夜中に勇者担当者たちが裏切るとか、こういう露骨なタイミングで外から襲撃者がやってくるとか、朝になったら誰かがいなくなっていたとか、そういうパターン。


 変なイベントが発生しないことを祈りつつ、俺たちは就寝することにした。



 ◇◇◇



「忘れてたよ。【目測】のコト!」


 翌朝、変事は起きていなかったが、俺が一番バカだったということだけは思い知らされた。


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