第426話 冒険者で商人




「そこでお父様は勇者のありのままを見届けると、そうおっしゃったわけですわ」


「それが昨日の来訪ですか」


「突然の状況での対応でこそ器量が測れるのだとか。お父様は手放しで褒めてらっしゃいましたわよ。勇者は面白いと。だからわたくしが本日こうしているのですわ」


 リンパッティア様来襲から続いた怒涛の展開の後半で行われているのは、お互いの認識のすり合わせだった。


 話し手はリンパッティア様と滝沢たきざわ先生。

 こういう場合、大抵は藍城あいしろ委員長の出番となるのだが、リンパッティア様は先生を完全にロックオンしているようだ。同じ【拳士】として思うところがあるのか、それとも悪役令嬢リスペクトなのか、先生もまんざらではなさそうに応対している。


 先生大好きな中宮なかみやさん、そこでハンカチを取り出してギリっしたら、悪役令嬢っぽくなれるかもよ。


「それは光栄ですが……。リンパッティア様、あなたはどう思われたんですか?」


「わたくしは冒険者に届いていませんもの。強さからの判断は付きかねますわ」


 薄く笑ってはいるものの、リンパッティア様のセリフは殊勝なものだった。


 ちなみにリンパッティア様からはファーストネームで呼ぶように命じられている。

 自分の名に誇りがあるのと、『ペルメッダ』呼びではややこしいからだとか。



 それはさておき、侯王様もそうだったが、この国に来てアウローニヤとの違いを大きく思い知ったのは、冒険者という言葉の重さだ。それとカニも付け加えよう。


 七階位の【強拳士】を名乗ったリンパッティア様は決して弱くないと思う。普通に迷宮二層で通用する程度には、強い。

 さっき彼女が放ってみせた右ストレートはウチの前衛なら全員が対応できる程度の速度だったが、ちゃんと形になっていた。なにかしらの武術を修めていなければ、ああはならない。


 それを語るお前は何様だと言われそうだが、俺は【観察者】だ。

 常日頃から武術家の先生や中宮さんの動きを見ているし、ひとつひとつの挙動が持つ意味を教わってもいる。俺の【観察】は七階位の【拳士】の動きを見逃すわけがないのだ。

 というかリンパッティア様のあの攻撃、初見でもたぶん俺は捌けたと思う。実に偉そうだよなあ、自分。


 この世界の武術は技そのものを磨くより、魔獣討伐を主軸に、すなわち階位を上げることを前提にしているので、型が洗練されていないというのが先生や中宮さんの評価だ。

 なんでも『起こり』が分かりやすいのだとか。だからこそ当時十階位だった先生が、負傷していたとはいえ十三階位のヴァフターを完封できた。


 逆に階位や技能のせいで、地球ではあり得ない挙動をされると、苦戦させられるというのも経験している。

 ヒルロッドさんの『曲がる剣』やガラリエさんの予測しにくい動きなんかが典型だな。


 つまり地球で学んだ武の技が通用しやすく、同時に常識が通用しない場合もある、と。

 そういう要素を合わせると、圧倒的強さで俺つえぇができそうにもないのが俺たちの立ち位置だな。ミアや綿原わたはらさんあたりは将来的にヤバイことになりそうな気もするけれど。



 振り返ってリンパッティア様だけど、彼女の技はこの世界水準でちゃんとしていたと思う。

 アウローニヤでは【拳士】系の人に会ったことはないが、少なくとも踏み込みは剣でも拳でも通ずるものがある。そしてリンパッティア様の足捌きから腰の動かし方、肩から腕への連動は、ウチのクラスメイトと比較すれば、ぶっちゃけ上位にすら入れるくらいだった。

 間違いなく俺より上手い。


 一年一組は【身体操作】持ちが多数派になってきたので、そいつらの上達っぷりは地球比較で異常だと思う。悔しいなあ。

 とはいえ、先生と中宮さんを除けば、武術に身を入れるようになってから、まだふた月と少しなんだ。年単位の修練を積んでいる人に勝てるはずもない。


 そういう前提を考慮してもリンパッティア様は十七歳で、世代的には俺たちと大した変わらないのだ。ヒルロッドさんのように十年以上の鍛錬をしているような人とは違う。


 傲慢で高飛車で口が悪いけれど、あそこでふんぞり返って扇をパチパチと開いたり閉じたりしている金髪ドリルな悪役令嬢は、努力をしている人なんだと思う。

 もしかしたらミアのような超天才のケースもあり得るけどな。



「あれだけの動きができても、冒険者ではないのですか」


 俺の心を代弁するかのような質問を、先生はリンパッティア様に投げかけた。


 あれだけの動きっていうのを軽々と捌いてみせた本人がそれを言うと嫌味とも取れるかもしれないが、もちろん先生にそんな含みは無い。

 問いかけられたリンパッティア様にしても、いきなり殴りかかったことを悪びれた様子もなく、その上で自分の力量すら自覚しているようだ。


 鋭い目つきの超美形悪役顔こそしているが、そこには理性がある。

 今のところはまさに俺たちが願っていた『悪役令嬢』像そのものだな。


「冒険者という言葉の持つ意味は様々ですわ。職業としての冒険者は言わずもがな。わたくしもお父様もなることは適いませんわね」


「そういうことではないのでしょう?」


「そうですわね。まさか侯爵家の人間が国籍を持たないわけにはいきませんもの」


 職業としての冒険者は国籍を持たない。

 国主たる人物が国籍を無くすとか、それってもう国でもなんでもないよな。それでもリンパッティア様の場合、父親が許すかどうかは置いておいて、職業冒険者になることは不可能ではない。


 婚約破棄された……、リンパッティア様の場合はした方だけど、そんな元貴族令嬢が冒険者になって大活躍。戻ってきてくれと言われても、もう遅い!

 可能不可能ではなく、アリ寄りのアリだ。むしろど真ん中のストレートだな。しかも殴り系。



 さておきだ、この場合は本人も言っているように意味が違うんだろう。

 あの侯王様がそうといわれるように、生き様としての冒険者。


「強い弱いではなく、職業としてでもなく、心の在りよう、ですわ」


「リンパッティア様にはそれが備わっていないと?」


「機会に恵まれないなどと言えば、あなた方には失礼になってしまいますわね」


 驚いた。リンパッティア様の口から自分に対して失礼なんていう表現が出てくるとは。相手を悪役令嬢だと想定して対応している先生なんかも、ちょっと目が大きくなっている。


 ところでその言い方だと俺たちが冒険者としての経験があるみたいなんだけど。

 クラスメイトたちも首を傾げている。看板としてではなく、勇者と持ち上げられたことは何度もあるけれど、冒険者と言われたことはない俺たちなんだが。


「たしか……、カッシュナー、ウエスギ、ワタハラ、それとヤヅでしたわね」


「ああ、アレか」


 リンパッティア様の並べた名前を聞いたヤンキーな佩丘はきおかが苦い顔になっている。あの時は救出側になったことでヤキモキしていたからなあ。


 ってか、二層転落事故のことまで知られているわけか。

 情報ルートはわからないけれど、この調子だと王都を出る直前まで、つまり召喚直後から戴冠式の内容までバレていると思った方がよさそうだな。


「ワタシのことはミアと呼んでくだサイ!」


「そ、そうなのですね。わかりましたわ、ミア」


 そしていつもの謎主張をするミア。

 すごいなあ、一言でリンパッティア様を押し切ったぞ。まああちらもファーストネーム呼びを求めた手前、ダメとは言い難いんだろうけど。



「死地を乗り越えた、ということでしょうか?」


 当事者意識からか、それとも席次的に先生のつぎで距離が近かったからか、聖女な上杉うえすぎさんが問いかける。ミアの存在をスルーできるあたりはさすがとしかいえない。


 異世界モノの知識が薄い上杉さんからは、リンパッティア様はどう映っているんだろう。表情自体は普段と一緒で薄い微笑みを浮かべたまま動いてはいない。


「それもありますが、諦めなかった心意気ですわ。加えて事故に遭った四人だけではなく、三階位の身でありながら仲間を助けるために、二層に挑んだ者たちも」


「階位ではない、と」


「ですわ」


 心持ち嬉しそうな声色で先生が聞けば、リンパッティア様からの返事は実に短く分かりやすかった。


「『冒険者は諦めない』『冒険者は見捨てない』。冒険者が当たり前に持つべき心を、あなた方はすでに持っているのですわ」


 リンパッティア様の言う冒険者の矜持。それは俺たちの心にピタリと入り込む。


 それこそまさに、一年一組が一番大切にしている考え方だからだ。そうか、冒険者界隈でもそういう考え方をするのか。

 この際ハウーズ救出騒動で、反対票に手を挙げたことは忘れることにしよう。


 ふと前を見れば、同じようなことを考えていたのか、綿原さんがモチャりと苦笑を浮かべていた。



「先ほど強さと言ったのは、冒険者としての強さ、ということですか」


「そうですわね。『報告書』は楽しく読ませていただきましたわ。まるで冒険譚のように」


「それは……」


「わかっていますわ。あなた方が迷宮で戦うためにどれだけ知恵を働かせ、準備をしていたのかも」


 もはや情報のダダ洩れを隠しもしないリンパッティア様だけど、俺たちが迷宮でしたことは『冒険』ではない。ましてや物語でも……。


 先生もそれを指摘しようとしたのだろうけれど、リンパッティア様はこれまた真っ当な返事をしてみせた。



 たしかに俺たちは二層転落をはじめとして、迷宮でのトラブルに事欠かいたことはない。

 一年一組は帰還のヒント探しと、自衛のための強さを得ること、ついでに政治的な意味があって迷宮に入っていただけで、危険とのダンスを楽しみたかったなんてことは断じてないのだ。


 だから事前に話し合い、言葉を交わし、模索し続けた。


『戦いそのものは大切ですが、準備を怠ることは棄権に繋がります』


 迷宮に挑むに当たっての先生の言葉だ。

 危険ではなく『棄権』。先生に言わせれば、事前の準備を万端としなければ、それは戦いの場に立つ資格を失うのと同義になる。


 俺たちはこれまでもそうしてきたし、これからもそうするだろう。


「それも含めて冒険なのですわ。お父様が昨日あなた方を訪ねたのも、それを確認したかったからですわ。あなた方がどのような顔をし、語るのか」


 まるで我がことのように一年一組と自分の父親両方を持ち上げるような言い方で、リンパッティア様は邪悪に笑った。



 ◇◇◇



「さて、あなた方が冒険者に向いているとお父様は判断していますわ。わたくしとの友好についても本当ですわよ?」


「ありがとうございます」


 リンパッティア様が発したまとめの言葉に、先生が素直に礼をする。


 いつの間にか冒険者としての意識を問われてしまっていた俺たちなのだけど、リンパッティア様は本当の意味でメッセンジャーだったのかもしれない。

 拠点の話だけでなく、冒険者として、ペルメッダ侯爵家との関係も含めてだ。


「冒険者としては未熟なわたくしですが、先ほどのやり取りだけでも見えたものはありますわ」


「それは?」


 さっきの失礼に続き、こんどは未熟と来たものだ。どうにも悪役令嬢らしからぬ単語を使われた先生は、それでも真摯に聞く姿勢を取る。


「仲間の危機に憤りつつも、抑えることができている。ですわよね? リン・ナカミヤ」


「言いたいことはわかりますけど」


 リンパッティア様に名指しされた中宮さんは複雑そうに返事をする。


 俺たちだってアウローニヤの王城で揉まれてきたんだ。抑えるところくらいは弁えている。



「わたくしが婚姻を避けることができて喜んでいるのは本当。少々無理な要求をしてアウローニヤや、そこのハキュバの困る顔を見るのも最高ですわ」


 どっかりと椅子に座り、扇をヒラヒラさせて邪悪に語るリンパッティア様は、演劇をしているようにも見えるが、たぶん本気なんだろう。

 スメスタさんが困った顔になっているのに対し、リンパッティア様は実に良い笑顔だ。作っているようには思えない。


 ちょこちょこ殊勝な単語を持ち出すのも、そちらも本音で、両方を合わせてこの人なんだろうな。


「ナギ・ワタハラ、ユズル・フルニラ、ショウイチロウ・マナ、ヨウスケ・フジナガ、リン・ナカミヤ、そしてショウコ・タキザワを気に入ったのも本当ですわよ。お話さえすれば、もっと好意を持てる人物が揃っているのでしょう!」


 綿原さんや仲間たちの名前を並べられてビクっとすると同時に、自分が挙がらなくて良かったと考えてしまうくらい、リンパッティア様の語りは本気に聞こえる。



「ですが……、アウローニヤの王女が切実な想いで見送った勇者が、軽々しくペルメッダに靡いたなどと、それこそ両国にとって恥ずかしき事態ですわ。勇者のあなた方を含めての醜聞になりうる」


 だけど良かった。そのあたりをリンパッティア様は十分に承知してくれていたのか。


 俺たちがペルメッダ侯爵家の庇護下に入らない理由はいくつかある。


 ひとつはそれがアウローニヤへの不義理になってしまうこと。

 アウローニヤを出奔した勇者がペルメッダに属しただなんて、今まさにリンパッティア様の言ったとおり、女王様の恥になる。それはできない。


 もうひとつは、俺たちが属すること自体がペルメッダの迷惑になるかもしれないからだ。


 俺たちは確実ではないにしろ、帝国と聖法国から狙われている。女王派に属していなかったアウローニヤ貴族も敵となるかもしれないが、さすがにペルメッダにまで手を出す余裕はないだろう。

 というか、そんなことを女王様がさせるはずもない。


 だけど帝国と聖法国は国家だ。

 とくに帝国はペルメッダ侯国と国境を接し、国力などは比較にもならない。つまり国家として圧力をかけてくる可能性がある。


 俺たちを差し出さなければ……、なんてな。


 そういう状況から逃げ出すために、俺たちはアウローニヤの庇護から外れたのだ。

 ペルメッダに属したら、アウローニヤにいた頃よりは少しだけマシな程度の状況を得られるけれど、所詮は場所を変えただけになる。


 だからこそ──。



「同じく、あなた方がペルメッダにて冒険者として活躍するのであれば、名声を上げることにもなりますわ。それはペルメッダの国益でもあること、おわかりですわよね?」


 そう。リンパッティア様の言っている手が、一番マシなやり方だ。


 無国籍を貫きながらも、結果として国のために働く冒険者は強い。

 そんな連中をまとめる冒険者組合もまた、強いのだ。単純な戦力だけでなく、発言力や組合同士の繋がりなどなど、いろんな意味で。


 庇護下に入った冒険者を守るのが組合の存在理由でもある。

 迷宮内で遭難する者があれば総出で捜索するだろうし、街中で冒険者が絡む揉め事が起きれば、組合は動く。万が一、背後に国が関与する形で冒険者が攫われたならば、組合同士で連絡を取り合い、最悪の場合は報復行動にすら出るらしい。

 つまり国が冒険者に手を出し、それが発覚した場合、自国の冒険者組合が敵に回る可能性があるのだ。


 最低限だけを残しアウローニヤから冒険者や組合が手を引いたのは、その一例だな。



「だったら拠点の件は」


「単なるおせっかいですわ。もちろんアウローニヤ側が慌てる姿を見たかったというのもありますわね。なにしろわたくしの名を汚したのですから」


 思わずといった感じでイケメンオタの古韮ふるにらが俺たちの懸念を口にすれば、リンパッティア様の返事は酷いものだった。


「わたくしだけでなくお父様も温くはありませんわよ」


 邪悪というよりは獰猛な笑みを浮かべ、リンパッティア様は言葉を紡ぐ。


「ペルメッダ侯家で勇者を囲う。当然検討いたしましたわ。そこにある利と危うさを天秤に乗せ、昨日と今日で実際に話を聞いて……、わたくしは先ほど誓ったばかりですわよ?」


 損得勘定も含めて、ペルメッダ侯爵家はちゃんと考えてくれていたということだ。


「利害を測り、わたくしたちは勇者と付き合いますわ」


 冒険者で商人というペルメッダの名は伊達ではないってか。



 ◇◇◇



「わたしとしては厨房が大きいと助かりますね」


「上杉さん?」


 リンパッティア様がなんか言い切った雰囲気になったところで、唐突に上杉さんが発言した。怪訝そうに委員長が聞き返す。


「わたしはお風呂ね。大きくないと困るもの」


 続けて言葉を発したのは綿原さんだ。メガネが輝いているのはワルモードってヤツだろうか。


 優雅に白いサメがテーブルの上を泳ぐ。

 ああ、上杉さんと綿原さんが結託すれば、俺にもこの先の展開が見えてくる。


「訓練場は絶対だよな。外から見えない中庭なんかがいいんじゃないか?」


 そして、こういうノリについていけるのが古韮だ。


「食糧庫は二種類だな。ウチには深山が居る」


「うん。がんばるね」


 上杉さんと並ぶ副料理長の佩丘が追加の要望を出せば、冷凍を担当する【氷術師】の深山さんは当たり前のように頷いた。


「わたしは治安が良いところがいいかな、って」


 この手の話を知っている文学少女の白石しらいしさんは立地そのものを気にしているようだ。なるほど、目の付け所は悪くない。


「大きすぎると掃除も大変だよねえ。けどまあ、談話室はでっかくて、やっぱり絨毯がいいし、八津やづのキュビ印、どうしたものかね」


 美化委員を名乗るアネゴな笹見ささみさんがそちらを心配するのも当然か。


 アウローニヤの離宮にいた頃は広くて掃除をしきれない場所もあったし、アーケラさんやベスティさんたちが手伝ってくれていたからな。

 絨毯の心配は、どうしたものか。離宮にあったのは高級品だったろうし、いまさら安物に戻れるかが心配だ。


「やっぱり隠し部屋は要るんじゃないかな。危ない時にさ」


 メガネ忍者の草間くさまは、実に忍者らしい発想をする。


「この場では提案を受けとるだけで、夜に検討する予定だったんだけどね、これ」


 諦めたように委員長が苦笑しているが、輝くメガネは前向きの証拠だ。



 そう、まだ拠点の資料すら見せてもらっていないのに、ヤツらは堂々と要望を並べている。


 急な展開にリンパッティア様は驚きの表情になり、スメスタさんは苦笑せざるを得ないといったところか。護衛のメーラハラさんは濁った目をちょっとだけ細めたようだ。

 さて、この国にいるみなさんは、この状況どう受け止めているのかな。


 小太りの田村たむらがブスくれているのはいつも通りとして、むしろ先生などは穏やかな表情を浮かべているくらいだ。中宮さんは肩を竦めて傍観モードか。


「ワタシは弓道場が欲しいデス」


「ムリだろそれ、ミア。いや、それだったら俺は野球場が」


海藤かいとうこそバカ言わないで。ハルは陸上のトラックが欲しいかな」


春姉はるねえ、それだって無茶だよ」


 こういう好き勝手な言葉の応酬こそが一年一組だ。

 とりあえずは見守る側に回った俺だけど、こういう空気は嫌いじゃない。むしろ好物なんだよなあ。



「ミアと海藤、はるさんの意見は無視してくれて構いません」


 混乱が収まらない状況に、委員長がぶった切りを敢行した。


「なんでデスか!」


「まあ、無理だよな。だったら十八・四四メートルだけでも」


「ズルいよ海藤。なら百メートルでもいいじゃない」


「ええっと、気にせず流してください」


 憮然とするミア、やたら細かいことを言い出した海藤、走ることを前提にしているだけの春さんを、委員長はスルーする。



「『めーとる』? どういうことですの?」


「メートルは無視してくれて構いません。僕たちの出した条件に添った物件があれば、是非ペルメッダ侯爵家に紹介してもらいたいということですよ」


 怪訝そうにリンパッティア様が問いかけ、苦笑したまま委員長がそれに答えた。


 少なくとも一年一組のメンバーからは反対の声を上げるヤツは居やしない。

 むしろ綿原さんをはじめとして、してやったりの表情が多いかな。


 ペルメッダ側の意思が納得できたなら、俺たちとしては驚かされた反撃をしておかないと。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る