第62話 シビれている




「たぶんここだと思う。地図に無い場所だったらお手上げだけど」


「それは言っても始まらないわけね」


「そういうこと」


 綿原わたはらさんと二人で地図を確認して、結論付けた。


【多脚樹木種】……、面倒だから『丸太』でいいか。アレとの死闘を制した俺たちが最初にしていることは、現在位置の確認だ。


 俺たちが落ちてきた最初の部屋を出て、ここで四部屋目。それぞれの部屋の大きさと扉の数や位置関係で、ほぼ間違いないと思える場所を見つけることができた。

 ミアと上杉うえすぎさんは今いる部屋にある二つの扉を見張ってくれている。



「それで八津やづくん、どうするの?」


「……とりあえずみんなで話し合おうか」


「そうね。ミア、上杉さん、ちょっと集まって」


 最初の部屋は扉がひとつだけなのが怖かった。ここならまだ片方から逃げられる余地もあることだし、というかこういう時ってどうするのが正解なのだろう。

 とりあえず見張りの二人とも相談しないと。



「魔獣が来まシタ。どうしマス?」


 綿原さんの声を聞いたミアが振り返って、ごく普通に魔獣の出現を報告してきた。やたら落ち着いてるけど、どういう胆力なんだろう。

 ここで魔獣の出現か。どうしますと言われてもなあ。


「えっと、相手は?」


「カエルデス。三本足の」


 三本足のカエルか。二層でソレってたぶん。


「【三脚三眼蛙】でしょうか」


「うん、たぶんそうじゃないかな」


 ここにきて上杉さんが迷宮学者みたいなポジションになっている。

 もともと『迷宮調査班』だから、当然といえば当然か。ちなみに俺と綿原さんはシステム班で、ミアは社会・戦闘班だ。戦えという意味じゃなく、こちらの人の戦闘能力を見切る担当。



「敵は一体だけデス。一度戦っておいたほうがいいと思いマス」


「だな。やろう」


 複数相手なら逃げもあるけれど、今のうちに経験をしておきたいし、なにより誰かの階位を上げたい。具体的には上杉さんか俺。情けないけど身体能力的にはそうなってしまう。



「うわあ」


 登場したソイツを見て、もう何度目になるかわからないくらいの呆れ声が出てしまった。


【三脚三眼蛙】。文字通りではあるのだけど、三本足のカエルが『直立歩行』で現れた。大きさは二メートルくらいか。白い腹にふたつ、黄色の背中にひとつ、目玉がある。


「『二口』ってどうして言わないのかしら」


「まったくだよ」


「でも【三脚無腕無頭二口三眼直立蛙】とか……、長いわね」


 綿原さんも呆れたようで、戦闘前なのにもう疲れているみたいな声だ。どうでもいいことを言いだしたぞ。

 動き方だけご丁寧にカエルっぽくピョンピョン飛び跳ねて部屋に入ってきたソレは、本来頭があるはずの部分に何もなく、腕も持っていない。代わりに腹と背中にカエル口が配置されていた。

 毎度ながら迷宮の魔獣デザインはどうなっているのかと、担当者に質問してみたくなる。SAN値判定ダイスでも振っているのかもしれないな。



「弱点は頭……、ええと、本来頭があるはずの場所です」


 穏やかな声で上杉さんが解説してくれるけど、意味不明でもある。頭なのかそうじゃないのか。


「危ない攻撃は足と舌……、唾液に毒があるとも」


「ねえ、逃げない?」


 上杉さんの解説を聞いた綿原さんが嫌そうに提案してきたけれど、もう遅い。敵は目の前だ。


「足を狙って倒してから刺せば、いけるか」


「ヤるデス!」


「頼むぞミア。上杉さんはうしろで。綿原さん、悪いけど一緒に」


「盾を持って囮ね。すごく悲しいわ」


 役割分担だから仕方ないよ。



 ◇◇◇



「どっだらああぁぁぁい!」


 驚いた。綿原さんの動きが少しずつだけど、良くなっている。ついでに掛け声がおかしな方向にも。

 いや、良くなっているのもそうだけど、どちらかといえば力任せ?


 ジャンプをした勢いでこちらを踏みつけようとしたカエルの足は、綿原さんが見事に受け止めて、そのまま脇に逸らせてみせた。カエルの体勢が大きく傾く。

 技能ひとつでここまで変わるのか。やっぱり【身体強化】がほしいな。正直羨ましい。


「来てっ、ミアぁ!」


 左手のバックラーを振り払うようにしながら綿原さんが雄たけびを上げた。


「アァィヤァァァ!」


 まるでわかっていたかのようにミアが飛び込み、直立を保とうと踏ん張ったカエルの膝にメイスを叩きつけ、そのまま股の下を滑り抜ける。すごいコンビネーションだ。ついでに凄まじい奇声。



「あ」


 二人の攻撃で崩れ落ちそうになるカエルが、苦し紛れのように背中側の口を開こうとしているのが視界に入る。そこから舌が飛び出すとしたら狙いは……、ミアか!

 最後の足にメイスをぶつけたばかりの彼女には、カエルの攻撃予兆が見えていない。


「うおぉぉ!」


 とっさにカエルの口とミアの間に体を滑り込ませる。間に合え。


「くおっ」


 左手にドカンと衝撃がきた。それでも腕を振り抜け、俺。盾役の矜持、無理やりでも受け流すんだ。

 なにかが顔にびしゃりと降りかかったけど、そんなのはどうでもいい。



「ナイスですヨ、広志こうし


 戦闘中に似つかわない機嫌の良さそうな声と共に、俺の肩を踏み台にしてジャンプするミアの姿が目に映る。緑色の瞳と一緒に綺麗なブロンドが輝いた気がした。ああ、エルフは自由だな。

 中空の彼女がカエルの頭部目指して、メイスを思い切り振りかぶった。


 あれ? 体、が……。



 ◇◇◇



「【解毒】を取得しました。すぐに使いますからね。大丈夫ですよ」


「……ゴメ、ン。しび、れて、動けな、い」


「はいはい、いま治しますからね」


 倒れたカエルの横で俺も倒れていた。上杉さんが情けない俺を励ましてくれている。なんてありがたいんだ。

 伸びてきた舌をバックラーで防いだところまでは良かった。オマケのツバが顔にかかってさえいなければ。



「八津くんの犠牲はムダにしないわ」


「……」


 水を含んだ布で顔を拭ってくれた綿原さんだけど、ちょっとだけ楽しそうに見えたのはどうしてか。その横で申し訳なさそうな顔をしているミアは、珍しく黙っている。

 俺の身体は痺れて動けないし、口もうまく回らない。


『あり得ないだろ!』


『そうだね。さすがに僕も田村たむらに同意だよ』


 現実逃避で田村と藍城あいしろ委員長の会話を思い出した。

 なんの話題かといえば、『毒』というか具体的には【解毒】という技能についてだ。


『神経毒、筋肉毒、全部別モノだ。意味がわからん』


『水だって飲み過ぎたら毒だというし、極論すれば周りの環境全てが毒だね』


『当たり前だ。そこらの土を食べれば具合だって悪くなるぞ。それを一律で治すだ? なのに病気は治せない!』


 まあそういうことらしい。作用機序だとかなんとか言っていたが、そっちはよくわからなかった。


 だが現実として『迷宮でもらった毒による状態異常』は【解毒】で全てが治り、地上の毒には効いたり効かなかったりするらしい。この世界の毒は魔力かなにかでできているんじゃないか?

 ホント、迷宮ってなんなんだろう。


『迷宮だけ別の世界だと言った方が、まだ納得できそうだよ』


 なんてことを言った委員長の気持ちは、わからなくもない。



「はい、治りましたよ。話せますか?」


「あ、あーあー。あいうえお……。大丈夫みたいだ」


「では起き上がってみてください」


 上杉さんに言われたとおりに体を起こして、手をグーパーしてみる。動く。動ける。俺は自由だ。


広志こうし復活デス!」


「おめでとう」


 ミアと綿原さんが鳴らすパチパチという拍手が虚しく迷宮に響いた。


 ちなみにぶっ倒れたカエルにトドメを刺したのは上杉さんだ。

 階位上げの優先順位を考えればそうすべきで間違いない。綿原さんもミアも、良い判断してるよ。



「俺のせいでゴメン。技能をムリに取らせたよね」


「いいんです。もっとひどい戦闘中に取らざるを得ない状況もあったでしょうし。こちらこそ安全になってからトドメを譲ってもらってばかりで」


 この人はマジモノの聖女だったか。

 すぐそばで綿原さんとミアも頷いている。同意してくれてありがとう。


「それより、食事にしませんか」


「え?」


「治癒も解毒も本人の体力を使いますから、なにか食べておかないと」


 それは確かに。



 ◇◇◇



「なんかわたし、女子力が足りないかもしれないわね」


 壁際の水路でミアの使っていたバックラーをジャブジャブと洗いながら、綿原さんが呟いた。


「アレはサバイバル力だよ」


 俺はみんなから集めた鉄串やカップを洗う。

 バックラーが鍋で、鉄串とカップが食器だな。このあたりは『迷宮探索標準装備』に含まれている。


 そんな俺たちの背後では、ミアと上杉さんが食材を『切り出して』いるところだ。


『あのカエルは一般的な食材らしいですよ。わたしたちの食事にも出たことがあるとか』


『ワタシもベスティに聞いたことがありマス。アレは食べられマス』


 二人の意見は一致していた。

 理性の上杉さんと野生のミアが言うことだし、たぶん大丈夫なんだろう。ちなみにベスティさんはメイド三人衆のひとりだ、念のため。



「迷宮ゴハンデス」


「鍋はわたし、わたしが丹精込めて作ったのよ、八津くん」


「あ、ああ。見てたから知ってるよ」


「では、いただきましょう」


『いただきます!』


 四人で声を揃えて食事会がスタートした。


 会場になったのはさっき戦闘をした部屋の隣。あちらの部屋にはカエルの残骸が放置されているので、さすがにちょっと、というわけでここになった。

 部屋のど真ん中で焚火を囲む形にしたのは、いつでも逃げ出せるようにするためだ。


 三本のメイスを組んで、その上に置いたバックラーが鍋の代わりになっている。燃料は最初に戦った【多脚樹】の枝だ。

 バックラーを腕に固定するための革パーツはこういう時のために取り外せる仕様になっていて、このあたりの手順は迷宮で食事をするためにマニュアル化されていた。歴史はちゃんと文化を発展させているのだ。


「けっこうイケるな」


「美味しいデス」


 鍋の具材は綿原さんがカットした干し肉と乾燥野菜、そこにカエル肉を少々だ。干し肉に付いていた塩とスパイスが溶けだして、ちゃんとした味になっていた。

 鍋の周りには鉄串に刺したカエル肉が直火で炙られて、油を垂らしている。動いていた時のことを頭から追い出せば、ちゃんとした串焼きに見えてくるから不思議だ。【平静】ががんばってくれている。



「『迷宮装備』もバカにできないわね。鉄串とかスプーンとか、それにスパイスもだけど」


「細かい工夫があって助かります。重たいだけの意味がありましたね」


 綿原さんや上杉さんもキッチリ食べられている。ミアについては最初から心配していない。

 俺たちも逞しくなってしまったものだ。


 治癒や解毒は患者の魔力で人間の自己回復をスピードアップさせていると想像できる。ならばその材料はどこからくるのか。当然本人の身体からで、魔力から細胞が作られているのではない。

 よって食べる必要が出てくるわけだ。食もまた迷宮探索のひとつだな。



 女子三人と迷宮メシを食べたなんて、野来のき古韮ふるにらに教えたらどんな顔をされるだろうか。一層にいるはずの連中はどうしているかな。


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